へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

団塊の世代

2007年02月13日 04時30分11秒 | Weblog
今、団塊の世代が話題になっている。
私はその前の世代である。
昭和17年、日本が敗戦に向かい始めた頃である。
日本という国が、大きく方向転換した時期ではないかと思う。
これは戦争の事だけではない。
私達の世代は、古い日本と、新しい日本の間に位置しているように思う。
私が確か小学5年の時だと思うが、それまでの尺貫法がメートル法に変わると言う事で、算数の時間に尺貫からメートルへ切り替えるための勉強をさせられた。
おかげで、尺貫法もメートル法も通じるのだが、団塊の世代になると、尺貫法は通じなくなる。
労働の現場でも、私達以前の世代では、上司や親方、先輩の力が圧倒的に強く、うっかり口答えでもし様ものなら、怒鳴られるのは当たり前。
殴られる事も、けして珍しくは無かった。
仕事も、教えてもらうと言うより、「見て覚えろ」と言う方が多かったように思える。
そして時が移り、「私達が威張れる時代が着た」と思ったら、とんでもない。
今度は、若い世代(団塊の世代の子供達?)の顔色を伺わなければならないのだ。
なんとも皮肉な事である。
ものの考え方も、デジタルではなく、アナログ。
音楽にしても、アナログのレコードが主流である。
今はデジタルが主流の時代になってしまったが、本当にそれでいいのだろうか?。
なんとも味気ない世の中になってしまった様な気がしてならない。
アナログには、デジタルに無い暖かさがあると思うのだが。
次から次えと新しい便利な物が作られているのだが、それでいいのだろうか?。
それらの製品を考え、作る出す人々は、進化してゆくのだろうが、使う人たちは退化してゆくように思う。
認知症の人が増えている原因の一つではないだろうか?。
私は名前のとおり、へそ曲がりなので、便利だからと言っても直には受け入れない。
人によっては、「古い時代の頑固者」と言う人もいるだろうが、私は気にしない。
安易に受け入れて、後で泣くのは自分なのだから。
今、日本の車は、オートマチィック車が殆どのようだが、私の車はマニュアルである。
「オートマは楽でいい」、それが嫌なのである。
「苦あれば楽あり、楽あれば苦あり」と言う言葉もある。
或る意味で、オートマが主流になる要因がある。
我々の時代は、マイカーブームの初めの頃だと思う。
やっとの思いで手に入れた車、運転する事自体が楽しい事だった。
しかし今はどうであろう?。
町中にあふれる車。
車は運転を楽しむのではなく、移動の手段になっている。
しかも、オートマは一酸化炭素(温暖化ガス)の排出も多い。
私の乗っている1500CCの車は、オートマだと、リッター10キロから12キロ位らしいのだが、15キロ位走ってくれる。
省エネと言う事から考えても、オートマはマイナスである。
ハイブリットカーの方が、より優れてはいるのだが。
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