へそ曲がりおじさんのひとり言

常識にとらわれるのが嫌い。
他人と同じ事が嫌い。
世の中、別な角度から見ると新しい物が見えるから。

「だから言ったじゃないの」

2009年07月17日 19時38分35秒 | Weblog
15日の朝日新聞朝刊のコラムのタイトルなのだが、衆議院の解散時期についてあれこれ書いているのだが、「だから言ったじゃないの」と言われても今更手遅れだし、かと言って「じゃぁ、言うとおりにやったら上手くいったの?」と問われたら、いったいどのような返答をするのであろうか?。
このコラムを書いた人に限らず(私も時折あるのだが)新聞テレビなどで報道される話の内容は「結果論」に終始するものが非常に多いのが困り物である。
仮の話だが、貴社の言うとおりにやって悪い結果が出たとしたら、いったいどのような記事を書くのだろう。
おそらくは「知らぬ顔の半兵衛」を決め込むのではないだろうか。
評論家や有識者などと言う輩はこの手の人間がほとんどで、あくまでも「意見の内容は推測(想像・予想)に基づいている」と言う事である。
言い方を変えれば「競馬や競輪の予想屋と同じ」と言うことで、あくまでも「予想」でしかなく、外れたからと言って責任を取るわけではない。
「政治や経済はギャンブルではない」と言う方も多いだろうが、私に言わせれば「どんな結果が出るかわからない事を予測するのだから、なんら変わりは無い」と言う事になる。
地球上の何処を探しても「100%間違いなく将来のことがわかる人などいない」と言うことを考えれば、「予測は当たる事もあるが外れる事もある」と考えるべきで、むしろ「当たったら儲け物」ではないだろうか。
現在の自公政権(与党)の政策が適切だなどと言う気は毛頭ないのだが、民主党を始めとする野党の主張はそれに輪をかけたようにひどいもので、「単なる人気取り政策」で、明確な財源の裏づけを欠いている。
「無駄を無くして・・・・」などと言っているのだが、「無駄=悪」と言う論理に基づいての話だろうが、人間社会の繁栄は「数々の無駄な物を生み出す事によって成し得た」と言う事に気がつくべきだろう。
日本経済が世界的不況の荒波の中で低迷しているのも、「お金が無いので無駄な物が買えない」と言う事が主な要因である。
これを分かり易く書くと、不景気でお金が無い→余分(無駄)な物が買えない→商店は物が売れない→仕入れが減る→問屋が困る→製造メーカーの仕事が減る(従業員の給料が減る)→原材料を収める会社も困る→・・・・・、と言った按配で、景気回復のために良い事など一つも無いのである。
ここに来て(前から言ってはいたが)「高速道路通行料金の無料化」と言う事を言い出しているのだが、単純に「無料化」を喜んではいられないだろう。
高速道の無料化によって車の通行量が増える→道路の痛みが激しくなる→補修工事にはお金が必要→通行料金が入らないので新たな財源が必要→更に財源不足がひどくなる→・・・・・・・。
これに似たような事は、バブルがはじける前まで自民党が使っていた「票集めの常套手段(伝家の宝刀)」であって、初めのころはそれなりに切れ味も良かったのだが、「如何せん、使い過ぎた」と言う事で、刃はぼろぼろになり錆び付いて使う事が困難な状態に追い込まれてしまったのである。
それを知ってか知らずか(国を代表する衆議院議員に成るほどの人たちだから、知らないはずは無いだろうが)、民主党が抜こうとしている。
抜いたが最後「大変な事になる」のは必定で、「そのツケを払うのは民主党ではない」と言う事を肝に銘ずるべきだろう。
「それでは一体誰が払うの?」
「我々国民」と言いたいところだが、我々高齢者(特に後期高齢者)などはそれほど払う事も無いだろうが、若い世代ほど「より多くのツケ」が回ってくるだろう。
コメント
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