中国では毎年3月に全人代という重要会議が開催されます。正式には全国人民代表大会、これは「×中全会」のような中国共産党の重要会議ではなく、年に1度開かれる政府の立法機関の全国大会です。国家主席や首相などもこの場で形だけの選挙を行うことで任命されます。
ただ一党独裁制で政府の上に党が君臨するお国柄ですから、全人代も党の決定を政府として追認するようなものでしかなく、「ゴム印」と揶揄されるような存在です。「それではいけない」という形式的なかけ声も毎年のように上がりますが、常にかけ声だけで終わります。あるいはちょっとした新しい動きを新華社や『人民日報』がことさらに書き立てて「もはや全人代はゴム印ではない」と報じたりします。
私はこの全人代については常に「全国人民代表大会=立法機関」とのみ書いています。日本のマスコミには「国会」とか「日本の国会に相当」と注釈をつけるところがありますが、これは断じて間違いです。
とは、国会でいう「議員」に当たる「全国人民代表」は民意の洗礼を受けていないからです。むろん一党独裁制を憲法が保障していますから、政権への不信任動議のようなものや政権交代の足がかりになるような機能も有していません。当然ながら政権を担う可能性を有する「野党」といえる存在もありません。
まあ中共政権自体、内戦で国民党を台湾へ追い出して中国本土を独り占めにしただけで、民意に拠って政権が成立している訳ではありませんけど。
――――
ただ、国民に全く選挙権がない、という訳でもありません。「全国人民代表」は全人代に出席できる人民代表の最高位ですが、その下に行政部門のランクごとに人民代表がいます。
省・自治区・直轄市レベル、市(一級市)・区レベル、県・市(二級市)レベル、郷・鎮レベル……というように各レベルごとに「人民代表」がいて、各レベルごとの「人民代表大会」を全人代前に開催しています。
で、その末端レベルの人民代表に対しては中国国民も選挙で候補者を選ぶことができます。もっとも大半が官選候補で、民選候補として出馬しようとした人が事前に潰されたり、民選候補に投票しないよう有権者に圧力がかかったりします。例外的に民選候補が当選することもありますが、末端レベルですから大した仕事はできません。
これより上の人民代表から全国人民代表までは、民意を問うことなく党の意向が色濃く反映された人民代表常務委員会で選出されます。
法律の規定に従って人民の権利を行使することがいかに困難であるかは、前回に紹介した広州市・太石村の「農民の民主化運動」がその典型例といえるでしょう。21世紀の現在に至ってもなお「依法治国」(法治の徹底)を国家が実現すべき重要課題のひとつとして呼号しなければならないのが中共政権であり、その一党独裁制という本質的には北朝鮮と何ら変わらぬ政治制度も含めて、日本とは価値観をとうてい共有できない国家です。
むろん個人レベルの交流は別ですが、私はもう歳ですからそういう面倒な作業に精力を注ぐことは放棄しています。友人はいますけどよほど深い部分で結び合った古馴染みの連中以外とは浅い付き合いにとどめていますし、また新たに中共政権下の人間と知り合う機会も極力避けています。犯罪に巻き込まれるのも怖いですし。
――――
……実はここまでが前フリでして、かといって今回は本題というほどのものもないのですが、北京市で昨日(11月8日)、末端レベルの人民代表選挙の投票が行われ、胡錦涛以下政府要人や引退した元要人らが投票を行ったことが大きく報じられました。
●「新華網」(2006/11/08/21:57)
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-11/08/content_5306507.htm
例によって江沢民が胡錦涛に次ぐ序列2位で登場し、党の最高意思決定機関である党中央政治局常務委員のメンバー以外で唯一、投票する様子などに言及されています。投票する選挙区は恐らく戸籍に基づいているのでしょうが、北京で投票していたので、戸籍ともども上海に退隠した訳ではなさそうです。
記事では胡錦涛の投票する様子が描写され、続いて江沢民の投票風景、そのあと党中央政治局常務委員××がどこそこで投票した、という機械的な文章が続くのですが、香港紙『星島日報』(2006/11/09)がそこに食い付いています。党中央政治局常務委員の中で、黄菊だけが「外地で視察活動中」のため唯一投票所に赴かず、代理人が投票したとなっているのです。
●『星島日報』(2006/11/09)
http://www.singtao.com/yesterday/chi/1109eo05.html
――――
もちろん代理人が投票したことにピンと来たのではなく、それが元上海市長であり指導部クラスの現役上海閥である黄菊だからです。同紙の記事によると、黄菊の「視察活動」は長期に及んでおり、公式報道からみて、先月末(10月28日)から現在まで2週間近く上海に居座り続けている、異様だ、ということなのです。
久しぶりに往年の香港紙らしい切れ味鋭いツッコミに私はうなってしまいました。ついでに「新華網」で調べたところ、確かに黄菊は10月28日に上海に姿を見せ、そのまま上海に居座り続けたまま、同地で開かれたイベントに出席したり、11月8日にはアルジェリアの大統領とやはり上海で会見しています。
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-10/28/content_5260792.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-11/01/content_5277853.htm
http://news.xinhuanet.com/politics/2006-11/08/content_5304939.htm
上海閥といえば次世代を担う有力者の陳良宇・上海党委員会書記(当時)が汚職容疑で解任され、その後も続々と地元上海の政財界関係者がひっくくられるなか、「次は黄菊か賈慶林か」といった話題が『争鳴』『開放』『動向』といった香港の中国情報誌をにぎわせているところです。
そんな折りに鋭い観察を示した『星島日報』に、プロのチャイナウォッチャーならともかく、記者レベルでの中国観察屋もまだまだ健在だな、と胸のすくような思いがした次第です。
――――
もっとも、昨日いちばん騒がれたのは世界保健機関(WHO)の次期事務局長(トップ)を決める選挙で、香港人のマーガレット・チャン(陳馮富珍)女史が当選したというニュースでした。
中国が強力に後押しをして経済支援などで中国に借りのあるアフリカ署国などから票集めをしたうえ、欧州票をも引き寄せたのが効いたようです。親中紙を含む香港各紙はいずれも「香港人が初めて国連機関のトップになった」という慶祝ムードの記事が大半を占めました。
その中でちょっと毛色の違う報道をしたのが反中色が強く香港の最大手紙でもある『蘋果日報』(2006/11/09)。まず同女史の当選を、
「カネで買ったポスト」
とシニカルに報じたうえ、
「台湾のWHO入りが一段と困難になった」
「彼女の当選でWHOによる疫病情報の透明度が低くなる恐れがある」
という趣旨の記事をネガティブ色で掲載しています。さらに社説では「不安を感じさせる事務局長」というテーマで同女史をこき下ろしています。
「陳馮富珍の事務局長当選は中国の外交における勝利だ」
として、中共政権が様々な経験を積んでその外交手腕が向上しつつあるのを指摘したうえで、
「だが多くの香港市民にとって、彼女の当選は納得のいかないものだ」
と続くのです。同女史は英国統治時代の官僚あがりで中共色はないのですが、この社説によると衛生部門の責任者としての香港における同女史の仕事ぶりは芳しくなく、常に衛生面の危機や伝染病の流行に対する反応が鈍くていつも危機的事態を軽視する態度を示してきたと指摘。実例として1997年の鳥インフルエンザ事件や2003年の中国肺炎(SARS)での状況に対する反応の遅さと判断の悪さを挙げています。
その上でこの社説は「こうした傾向がWHOを支配する事を懸念する」とし、一例としてもともとWHOに協力的でない中共政権の疫病情報に対する隠蔽体質を強めることになるのではないか、と懸念を示しています。そして、
「世界の公務員として、WHO加盟国の情報公開度の向上に厳格な姿勢で臨んでほしい」
「中国肺炎当時の失敗を教訓に、タイムリーな情報提供によって疫病の流行拡大を防ぐことの大切さを認識してほしい」
と結ばれています。マーガレット・チャン女史のこれまでの仕事ぶりからすれば、たとえ2003年の中国肺炎流行のような事態が中国本土で起きても、渡航自粛勧告に踏み切るといった必要不可欠な対応がズルズルと先延ばしにされることになるでしょう。また、WHOは以前から中国の鳥インフルエンザ(H5N1型)の関連情報についての非協力的な姿勢を批判し続けてきましたが、今後はその姿勢も軟化するのかも知れません。
純然たる香港人で英国統治時代以来の官僚、中共色もなしとはいえ、その仕事ぶりが地元香港人からでさえ不興を買っている人物です。疫病大国・中国を隣国とする日本は、WHOの動きにならうだけでなく、必要な際には独自の判断で有効な措置を講じなければならなくなるでしょう。
それにしても、『蘋果日報』がマトモな社説を掲げるのを実に久しぶりにみた気分です(笑)。
| Trackback ( 0 )
|
この香港のおばさんには期待できません。
台湾のWHO加盟は遠のきますね。
残念です。
「97年の禽流感のときに『事態は沈静化しているし、私は毎日鶏肉を食べているけど』って言ってた女だ」と教えてやったら「ああ、あの人!」と配偶者(香港人)も怒り心頭で、いま『蘋果日報』(電子版)を熟読中です。
惜しくも当選を逃した尾身茂さんは現実認識がしっかりしていて適切な処置をとれるだけでなく、必要なら果断な措置に踏み切ることのできる胆力も持ち合わせている人です。本当に残念でした。
コレ、、、2つともいいTOPICSじゃあないですね。イエローさんは今頃逮捕されたかっての部下がベラベラ喋ったことの火消しでしょうか?
香港の件は、、、今年もワクチン注射を心に決めました。。。
地下の陸奥宗光が泣いているぞ。
誰がどんな色の権力を持ってて
だれが権力者なのか・・・
本来は委員会制で委員の多数決制度なはずなんですが
地方王国ありの軍部ありの元老ありの粛清ありの
派閥ありの禅譲ありの・・・
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1163385107/
地球上に住む約65億人の健康を守る役割が、香港出身の女性医師、陳馮富珍(マーガレット・チャン)氏の手にゆだねられることになった。
5月に急死した韓国の李鍾郁氏の後を受けて、世界保健機関(WHO)の次期事務局長に選ばれたのだ。中国から国連機関のトップが誕生するのは初めてだ。
チャン氏は97年に鳥インフルエンザの人への最初の流行が起きた際に香港政府で指揮をとり、鶏を大量に処分して抑え込みに成功した。05年からはWHOの感染症担当の事務局長補を務めていた。
大いに腕を振るってほしいと思う。
情報の出し渋りが心配されているのが中国だ。02年に中国でSARSが現れた際、実情を正確に公表したのは5カ月後だった。その遅れが、香港を経て世界に広げる結果を招いた可能性もある。
ソース:朝日新聞
http://www.asahi.com/paper/editorial20061112.html#syasetu2
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。