上海のトップだった陳良宇・上海市党委員会書記(党中央委員・党中央政治局委員)が上海の役職を全て解任され、限りなく有罪に近い汚職容疑で北京で事実上囚われの身となってしまいました。
私にとっては久しぶりに目にする失脚劇です。直轄市のトップとか党中央政治局委員の失脚は1995年の陳希同北京市党委員会書記(当時)以来11年ぶりとのこと。
そのとき香港にいた私もそのニュースは耳にした記憶がありますが、当時の私は自暴自棄な生活を送っていて、なんちゃって漢方医で薬を売りまくったり怪しげな通訳で荒稼ぎしており、ともかくチナヲチとは縁遠い暮らしを送っていました。1993年くらいまでは趣味として入れ込んでいたんですけどね。つい放埒になってしまいまして。
ですから私にとっての「失脚劇」は1989年の天安門事件における趙紫陽総書記(当時)までさかのぼることになります。それからその前任者の胡耀邦(1987年)。あと失脚とは少し違うのですが、方励之ら改革派知識人の党籍剥奪。天安門事件では趙紫陽のブレーンら若手官僚や知識人が軒並みやられました。
中国は何事も政治優先、国よりも党優先のお国柄ですから、政治的に悪人認定されると全否定されてしまうのでこちらは迷惑しました。例えば何冊も本を出してきた若手評論家が党籍剥奪などの目に遭うと、その人の書いたものは全て悪書認定で即発禁処分。失脚や党籍剥奪にならなくても売れていた本が政治的な基準に引っかかって突然禁書になることもあります。
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そんな訳で、上海の大学に留学していたころは図書館やその事務室に出入りして職員とダベったり、旅行帰りにちょっとした土産物を渡したりすることは欠かしませんでした。私のお目当ては図書館やその職員ではなく、事務室にあるコピー機。
「××が発禁になった」
と聞いてそれが入手前の本だったりするともうお手上げです。でも問題意識があって私の部屋によく遊びに来ていた親しい中国人学生らの中に持っている奴が必ずいましたから、それを図書館事務室のコピー機で複写する訳です。
留学生担当教員・職員の事務室にもコピー機はありましたが、いくらその大学に強力な後ろ盾を持っていた私でも、さすがに伏魔殿に禁書を持ち込んでコピーする訳にはいきません。貸してくれた中国人学生にも迷惑がかかりますし。
で、図書館事務室のコピー機を使わせてもらうのですが、すっかり私と親しくなっていて私の狙いを知っている事務員が私のコピーの仕方を見かねて、
「そんなにゆっくりやっていたら危ない」
と言って代わりにコピーしてくれたりします。それがまた神業としかいいようのないスピードで、コピー機に息つくヒマすら与えずに数百ページを一気にコピーし終えるのです。ニヤリと笑って本とコピーを私に渡しつつ、
「それは面白い本だ。おれも読んだ」
と言うこともあれば、
「あ、これは読みたかったんだ。でもすぐ売り切れちゃったからな」
などと言いながらついでに自分の分までコピーすることもありました。
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話がそれましたが、私にとって失脚劇といえば趙紫陽や胡耀邦、それに改革派知識人などがイデオロギーで社会主義バリバリの保守派からの猛攻でやられる、というイメージでした。
1980年代後半のトウ小平というのは最高実力者といっても先代の毛沢東と比較されますから、
「あれはバランサーに過ぎない」
という評価が一般的であり、実際に子分を守りきれずに見捨てるしかなかったケースもありました。カリスマ扱いされるのは江沢民時代以降です。……おっとまた脱線しかけてしまいました。
要するに私の中の「失脚劇」というのは権力闘争の産物であり、罪状もまたイデオロギーの禁を破った、といった類のものばかりでした。私からみれば、中国をもっといい国にしよう、とする試みや主張が因循姑息な守旧派に叩かれて惜しまれつつ職を去る、というイメージです。
それで一昨日は「陳良宇失脚」の報におおっと興奮してしまったのですが、この大ネタも醒めてみると確かに権力闘争の産物ではあるものの、罪状は紛れもない汚職。しかも天下国家のためじゃなくて私腹を肥やすといったもので、隔世の観があるというか、「失脚劇」も随分と品下ったものだなあ、という感慨が湧いてきました。
まあ、それはそれとして。
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党中央政治局員という大物を汚職嫌疑で一刀のもとに斬り捨てた胡錦涛政権、もし中国も日本のような世論調査ができるとすれば、この一挙で支持率がグッと高まったことでしょう。
世論調査ではありませんが、「人民網」(『人民日報』電子版)が今回の事件に対する「網民」(ネットユーザー)の書き込みを公開していました。むろん胡錦涛側の果断な処置に拍手を送る内容の詰め合わせというのはお約束ですけど、これはネット世論の大方の感情を代表したものとみていいかと思います。
http://news.people.com.cn/GB/61141/61143/4855839.html
汚職幹部しかも上海市トップ&党中央政治局員という大物を斬首したということには、「上海嫌い」「上海憎し」といったかなり一般的な感情も手伝って快哉を叫びたくもなるかと思います。
「はいはい権力闘争権力闘争」
「それで、裁いた側の汚職はどうするんだ?」
という冷めた見方をする者も少なくないでしょうが、そうした内容の書き込みは削除されますし、書き込んだことで当局にマークされかねません。
ともあれ胡錦涛政権は「庶民派」という擬態を改めて国民に信じ込ませたことになりますが、
「おれたちのところの汚職幹部も何とかしてくれ」
なんて声があちこちから上がって無用に忙しくなるといった藪蛇があるかも知れません。
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上海閥ひいては「反胡連合」(反胡錦涛諸派連合)も同じ手で「擁胡同盟」(胡錦涛擁護同盟同盟)の有力者を叩くことができればいいのですが、まあ無理でしょうねえ。
本来それをやるべき党中央紀律委員会はどうやら胡錦涛サイドにしっかり掌握されているらしく、今回の件に関しても相当数の調査チームを上海に送り込んでいます。
陳良宇の解任は奇襲攻撃のようでもありますが、そのための段取りは事前からよく準備されていた形跡があります。
「奇襲」も出たとこ勝負ではなく、まさに敵の虚を衝くタイミングで行われた、という印象です。
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さて、トップを失脚という衝撃的な形で失った当の上海の話です。
以下は「九・二五」事件ともいうべき9月25日の陳良宇電撃解任を電子版で速報した香港各紙の報道などを参考にしつつ話を進めていきます。各紙とも翌26日には紙面を大きく割いてこの事件を伝えています。
陳良宇解任は市民レベルならともかく、役人や役人と親しく付き合うことで商売を円滑に進めてきた連中にとっては戦々兢々。商習慣が一変するケースもありますから、とりあえず先行き不透明感も手伝って当日の上海関連株は下落しました。
要するに「民」はともかく、「官」や富裕層はもし「上海のしきたり」ともいうべき商習慣が否定されれば、もうどこから累が我が身に及ぶか見当もつかないので動揺するばかりです。
最初に人事の話をしておくと、前回既報の通り、陳良宇の解任されたポストは韓正・市長が兼任代行することになりました。むろんこれは中央による処置で、陳良宇解任と同時に発表されています。
(「下」に続く)
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