日々是チナヲチ。
素人による中国観察。web上で集めたニュースに出鱈目な解釈を加えます。「中国は、ちょっとオシャレな北朝鮮 」(・∀・)





 日曜日ですので雑談いきます。

 最近しばしば思うこと。私は大学に通った経歴を持ちながら、学問をすることはついになかったなあ、という反省です。

 中国語という技術、それも「時事評論の読み書きができるようになる」という一点豪華主義に特化し(もちろん会話はできて当たり前ですけど)、そのためのノウハウとその方面、つまり中国の政治・経済・社会に関する知識を仕入れただけの大学生活ではなかったか、と。

 その知識も系統立ったものではなく、恩師や教員や中国人留学生の友人たちから教えてもらった断片です。まあ私自身、系統立った学びごとがどうも苦手で、片言隻句から何事かを察する、ということを好む傾きがありましたし。

 で、そういう各方面から得た様々な断片を総合して私の頭の中にイメージされた中国は「社会主義国」ではなく「一党独裁政権」というものでした。社会主義というのは統治の方便上掲げているだけだろう、と。

 反右派闘争とか大躍進とかそのしっぺ返しともいえる大飢饉とか文化大革命、そういうものについての個人的体験ばかり周囲から聞かされていたので、自然とそう思うようになっていました。

 ――――

 1980年代後半のころです。当時の中国は改革・開放政策を進めながらも、教条主義的ともいえるマルクス馬鹿の保守派がそれなりに力を持っていて、ときに反撃して改革派の要人を失脚させるなどしていました(例えば当時の胡燿邦・総書記)。改革派にも夢見がちな部分がありましたが、保守派はいまの言葉でいえば「空気読め」といった浮世離れした集団にみえました。

 生真面目なイデオロギーの争いという点では利権が見え隠れしがちな最近の政争に比べれば健康的だったといえるかも知れません。でも結局は一党独裁政権の内部でごちゃごちゃやっているだけではないか、と当時の私の目には映っていました。そもそも政権自体が民意の洗礼を受けて誕生した訳ではありません。どうしても「社会主義国」とは思えませんでした。

 これが後に上海に留学して民主化運動から天安門事件、またその後の極端な政治的・経済的引き締め政策を体感する破目になったことで、「中国は一党独裁」という見方がより強固なものとなり、

「中共政権はつまるところ『中共人vs中国人』」(官vs民)

 という認識に固まっていきます。

 「中国=一党独裁」という先入観を抱いたまま留学しましたし、中国語を時事問題を語ることに特化させていたせいか、上海にいたころは雑談となるとついそういう話題に落ちてしまいます。ですから友人たちもそれ相応の顔ぶれになりました(笑)。

 民主化運動のときはもちろん、引き締め政策下でも学生リーダーたちが訪ねてきては色々な話をしてくれましたし、民主化運動に積極的だった先生が授業が終わって教室から出ようとした私を呼び止め、私の掌に電話番号と住所を書いた紙片をそっと握らせて、

「ここでは何の話もできない。私の家に来てくれ。いろいろ話そう」

 と言われたりしました。

 ――――

「中国は社会主義?馬鹿言っちゃあいけないよ」

 ということも片言隻句から得たものでした。

 留学前の話です。中国にカクマツジャクという当時すでに物故していた有名な作家がいましたが、私の大学の経済学部で、第二外国語の中国語の授業をその息子さんが非常勤講師でやっているということを知りました。

 私は自分の学科とは常に距離を置いていて、むしろ経済学部に友人が多くいました。親しく教えて下さる教員もまた然りで、その筋からそのことを耳にしたのです。私の学科の連中はほとんど知らなかったでしょう。

 私は常々書いているように大学時代は極めて不遜な学生でしたから、これは食い付くに限ると思い、ただその目的のために経済学部のその授業を履修しました。

 第二外国語の中国語などは入門編のようなもので、おまけに教員も学生もあまりヤル気がありません。そういう授業でテキストでも音読させられれば、こちらは本職ですから当然目立ちますし、回を重ねるごとに目をかけてもらえるようになりました。

 別の学部なのにわざわざ履修しているということと、経済学部の先生の口添えもあったのだろうと思います。

 で、思惑通りというか話を聞かせて頂けるようになり、ある日「飯でも食いに行こうか」と放課後、桜肉三昧の店へ連れて行ってもらい、ガンガン酒を飲みながら色々な話を聞かせてもらいました。

 私は酒の旨さがわからないのですが、幸い飲めば酒量はある方です。ところが先生もそれに付き合ってどんどん飲むのでこりゃあ相当なオヤジだと思いました(笑)。

 ――――

 帰路は二人で肩を組むようにしてフラフラと駅まで歩きました。

「御家人君。ゲーテだよ。大学生なんだからゲーテぐらい読んでいなくちゃだめだ(ういっ)」

「先生、ゲーテや中国語なんかどうでもいいです。それよりピアノを教えて下さいピアノを(くはー)」

 といった感じで酔っ払いそのものです。

 「片言隻句」はもちろんそうなる前の、駅前にある桜肉専門店まで大学からバスに乗っているときに先生の口から出た言葉でした。

「先生、中国は社会主義国だと称していますが、ああいう段階の踏み方でも社会主義といえるのでしょうか?」

 と私がふと尋ねると、先生はフンと鼻を鳴らして、

「御家人君、中国が自分で社会主義と言っているんだから社会主義国なんだよ」

 と一言。それで私は何かを頓悟したようです。

 ――――

 それからは「中国の特色ある社会主義」とか「社会主義初級段階論」といった言葉に接しても、

「方便方便。要するに資本主義めいたことをやりたいがためにひねり出した屁理屈だろ」

 と笑い飛ばす悪い癖がついてしまいました。そういうものを学問的に探求する立場でもなかったので気楽なものです。

「まあ中国が自分で社会主義だって言っているんだから社会主義国なんだろ。その本質は一党独裁で、民意に拠っていないあたりは歴代王朝そのものだけどな。だいたい今さら法治国家の実現を、なんて言ってるしw」

 てな感じです。いま胡錦涛や温家宝が唱えている「和諧社会」(調和のとれた社会)なんて悪い冗談にしか思えません。呵々と笑いながらおいおいシャレだろそれ?とツッコミを入れつつ、中共政権がとうとうそういう悪い冗談を真剣に言うほかない袋小路状態に陥ったことを少しばかり複雑な心境で眺めています。

 少しばかり複雑なのは、私にとって「懐かしいひとたち」がいまなおそこで生活しているからです。

 ――――

 ……以上は今年の全人代(全国人民代表大会=立法機関)の最大の見所である「物権法」の審議が開始されたことを念頭に置きつつ閑話として書き散らしたものです。

 「物権法」は公有制を揺るがすものとして根強い反対意見があり、過去に何度も制定が見送られたイワクツキの代物です。実際に「中国の特色ある社会主義」のあり方を探求する学者レベルでは大問題でしょう。

 前にも書いたように「物権法」そのものについては『産經新聞』中国総局の福島香織記者がやっているブログ
「北京趣聞博客(ぺきんこねたぶろぐ)」が実に見事に解説していますが、その福島記者も指摘している通り、中国は未だに法治国家ではなく、法治国家でないために法律そのものも保障されない可能性があります。

 http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/

 2004年に中国で開催されたサッカーアジアカップで中国が日本に負けた腹いせに中国サポーター?が日本公使の公用車の窓ガラスを叩き割りました。2005年春の反日騒動では北京の大使館に暴徒が投石し窓ガラスが割られたりしまた。これらは中国の法に照らしても立派な刑事犯罪の筈ですが、いずれも犯行現場に多数の警官が居合わせながら逮捕者が出ることはついにありませんでした。

 党が国家の上に立ち、党による政治的な善悪の価値判断が法制を超越してしまう中共政権下で「物権法」が議論されているのはまことに生真面目な風景というほかなく、ある種のユーモアさえ感じます。私は学者ではありませんから、まあ頑張って下さいというのみです。

 個人的印象でいうなら、庶民の権益が保護される方向へと一歩踏み出すという点で評価できると考えています。過去に当ブログで飽きるほど紹介してきた強制的な土地収用問題などについて、「官」にとっては余計な手続きが必要になりますから。……ただし法律より党の価値判断が優先されるお国柄です。「物権法」が通ったら通ったで、きっとその法律をタテにした新手の利権や汚職が生まれることになるでしょう。

 そういう汚職行為を摘発する機関が国家部門にも設立されることになるそうですけど、他の部門同様、どうせその汚職摘発機関にも党委員会が設置されることでしょう。例えば四川省のトップは四川省長ではなく四川省党委員会書記。北京市のトップも北京市長ではなく北京市党委員会書記。

 ――――

 だから今回のタイトル通り、「中国は一党独裁。ただそれだけ」なのです。「和諧社会」が呼号されるのは「官vs民」という対立軸(または官及び官と結託した民vs庶民)が来るところまで来てしまったからでしょう。「物権法」の制定で中国の社会主義がどうなるというのは学者の議論にすぎません。

 一党独裁制という本質、そしてそこから生じる「官vs民」という対立軸を何とかしない限り、中国は袋小路から抜け出すことはできないでしょう。

 まあ、その一党独裁制に終止符が打たれる、というのも浮世離れしたおとぎ話ですけど。




コメント ( 14 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
Unknown (90)
2007-03-11 17:06:13
先日会社の50年配の女性と話をしていたら「なぜ中国は50年共産党の支配下にありながら貧富の差が拡大したのでしょう?」と言われました。御家人さんのお話にその回答がでていますね。
 
 
 
スローガン、プロパガンダ、そして、、、、 (dongze)
2007-03-11 17:38:47
御家人さん、
まあスローガンで終わるかどうかは、中共組織の姿勢と意識の変化が無ければダメでしょうね。
10年後に、格差が無くならないのは外国の所為だと、90年代の反日の蒸し返しのようなプロパガンダが始まって、結局昔のように欧米からやり返される、、中共=中華意識が消えない限りくり返されると。
 
 
 
Unknown (fuzu-fuzu)
2007-03-11 18:03:02
はじめてコメントします。古い古い話しで恐縮ですが、私の学生時代、いまだ全面講和か単独講和の議論の華やかな時代、偶然、大阪の中ノ島公会堂で、中共友好---何とかの会があって、友人と立ち寄ったのですが、ちょうど前進座の中村カン衛門の中共への密航なんかあって時で、北京のどこがで中村カン衛門とコウセい夫人が握手した感動の瞬間は生涯忘れられないとか、要するに大戦後の中共がいかに生まれ変わったか。講演とか余興があって、間もなく何人かの偉いさんが舞台に並び、(その中に、内山完三(?)とか言う支那で内山書店とかを経営したいて、運動家を匿った功績とか----。)そして、日中友好会館の建設をしたいのでご寄付をと-----、そんな記憶があります。以後何十年か後、仕事で中国人とも付き合いがあったし、大学でも中国人がいたのですが、みんな温厚な人柄でした、その点朝鮮人とは大分違っていました。当時は台湾は吉田茂と民自党が支持するだけで、進歩的な学者や評論家、学生はみんな中共にむいていました。さらにそれ以後は、反日の江沢民まで趣味も関心もなかったのですが、昔のそんな意識が今もあって、今の中国は何たる成り上がり,にわか成金と、その思いは石原慎太郎と同じです。
長くなりましたが、福島香織さんの記事はよく読みます。念のため。
 
 
 
比較すると日本の幼稚さが (てんてけ)
2007-03-11 18:30:00
某映画の
「正しいことをしたければ、偉くなれ」という言葉が幼く読めますね。
というか、世界を相手にして日本の外交力の無さを指摘する人って結構いますけど、じゃぁ日本国内で権謀術数の訓練が出来るのかといえば、やったら非難されるでしょう、出来ないでしょう。
イデオロギーを抜いて技術だけ残した中共人で、日本の外交を任せるに値する人って、誰でしょう?
 
 
 
行方不明 (Oink)
2007-03-11 19:39:11
 【香港支局】
1989年の天安門事件で失脚した趙紫陽・元中国共産党総書記(2005年1月死去)の発言録の著者である宗鳳鳴氏(87)が、2月下旬から行方不明となっていることが9日、分かった。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070309id24.htm
 
 
 
郭末若 (ぬばたま)
2007-03-11 21:13:15
 久しぶりにこの名前を目にしました。

 私も学生時代に御家人さんと似た経験があります。外国語は難しい言語を避けて、馴染みのある中国語を選択しました。ただ、担当先生は中国への研修旅行だとかで北京当局の便宜を受けたりしていたので、雑談の内容が納得し難いものでした。
 一方で、趣味として専攻外の国語教師の免許を取るために、国語関係の講義も受けました。その中の漢文の授業で、漢文の先生は気概がありました。郭末若が文化大革命で自己批判を強いられ、自己の業績を全否定させられた経緯を義憤を以って語ってくれました。

 息子さんに罪はありません。多分、今は名誉回復も為されているのではないかと想像します。
 
 
 
物権法は自由と人権を守る (後塵)
2007-03-11 22:03:20
エライ硬派なタイトルですが、国家が国民の生命と財産を守るための仕組みがようやくできるのですね・・・ハイエクまでもちださなくても、人権は財産権のない社会では絵に描いた餅、戦中日本は軍事施設作るのに収用法すらロクニ適用できていないのです(それほど土地の権利が強かった!)。そりゃ弾丸列車用地は、お国のために安く買い叩かれたかもしれないけど任意の買収です。
国会で決めた法律に則らないで税金は徴収できないのが世界の常識、それをやろうとしてイギリスやフランスでは革命が起きたんですよね・・・世界史で習った筈です。
そんな常識のない国を人類の楽園みたく憧れたインテリやジャーナリストってのはどういう精神構造だったんでしょう?
でも、子供の頃、馬賊には憧れたなあ・・・
粛清を生き延びたソ連の連中に、日本の政治家は手もなく捻られ、食い下がったのは角栄一人だったてのを何かで読んだ。その角栄さんも中国大好きだった。日本人のDNAですかね・・・
 
 
 
幼稚っすか? (ランバダ)
2007-03-11 22:16:52
権謀術数があれば優れてる、ってものでもないような
気がしますが。それは戦略の違いなんじゃないかと。

術策の結果辻褄が合わなくなれば、記録を書き換え
ればいいと中共は思ってるでしょう。
事実そのとおりの事をやっていますし。
御家人さんは今の状態を「袋小路」と言ってますが、
彼らはそう思っているのかどうか。
 
 
 
「中国は一党独裁」 (Scara)
2007-03-11 23:18:46
 これは、王朝時代から変わらぬ中国の伝統なのでしょうね。
 ただ、「物権法」については、ちょっとした期待があります。ずいぶん前に「日本人はなぜソ連が嫌いか」という本を読んだとき、「資本主義が行き詰まると社会主義になるのではなく、所有の観念が未発達または曖昧な国においてのみ社会主義は可能なのではないか」という趣旨の記述を読み、なるほどと思ったことがあるからです。
 また、正確には分かりませんが、もし今回「私的所有」が正式に認められると、中国の歴史が始まって以来のことになるのではないでしょうか(日本でいえば、鎌倉時代の到来ですねw)。
 中共にとっては「物権法」など複雑化した経済社会問題を解決する上での一つの「方便」に過ぎないと思っているのでしょうが、「所有の観念」が一般に定着し、かつ既得権益化してある種の「化学変化」が起きたとしたら、中国の民衆が「一所懸命」の精神で官に立ち向かうこともありうるのではないか。そして、下克上が起こり戦国時代の到来が・・・などと妄想してしまいますw
 もっとも、その前に叩き潰されてしまう可能性の方がはるかに大きいとは思いますが。。。
 
 
 
物権法だけでは意味が無い (エミル)
2007-03-12 02:37:19
趙紫陽氏の言葉「最悪の資本主義をやっている。」はまさに的確だと思います。共産党独裁体制のまま経済だけ自由化すれば、権力を持つ者がいくらでも民衆を搾取できます。物に関する権利を認めても、人に対する権利(人権)を認めないのですから、何の意味もありません。極端な話、誰かの財産を合法的に奪いたかったら、その財産を持っている人を不法に投獄し、処刑した上で、堂々と犠牲者の遺産を没収すればよく、現に、同様のことが現在法輪功学習者に対して行われているのです。
 
 
 
みなさんコメントありがとうございます。 (御家人)
2007-03-12 02:42:39
私自身は「物権法」に注目していますけど、期待はしていません。「ないよりマシ」程度の実効があればいいかと。庶民の権益が保護される一方で、党幹部やそれと結託した越後屋が悪行三昧の果てに築き上げた資産も私有財産として認められてしまいます。

法の運用が……って中共政権は「法制あれど法治なし」(有法制却没有法治=中国人向けオヤジギャグ)ですから、「物権法」で貧富の格差がいよいよ拡大する可能性の方が大きいかも知れません。

それから「主動的失地農民」がわらわらと湧いて出る可能性があります。都市部への人口集中です。ただ都市部では現在でも労働力過剰ですから、街に出たって失業者になるだけです。治安が悪化するのではないかと思います。

このあたりを戸籍制度改革でどう折り合いをつけるのか、果たしてつけられるのか、といったことも課題です。下手をすると人津波というか雪崩的現象が起きてしまいます。しかし都市部にそれらを養ってやるだけの甲斐性があるとは思えません。

それにしても、一党独裁というのは日本人の感覚では想像の及ばないところがあります。職場ごとに中国共産党委員会(党委)がある。役場にもある。あるだけではなくて、市長より市党委書記の方が格が上なのです。省でも自治区でも県でも鎮でも同じです。地方政府のトップはみんな共産党員という訳です。

ですから私の周囲には出世のために入党した知人もいますし、出世のために入党したものの日本に住み着いてしまい党籍の旨味がなくなって、党の活動から離れてしまった不良党員もいます。

「今の中国は何たる成り上がり,にわか成金」というfuzu-fuzuさんのコメントには全く同感です。厳密にいえば「バブル成金」。外資と海外市場(輸出)に頼って成り上がってみたものの、外資の技術を吸収するなり自前で研究・開発・商品化をするといった民度がありません。愚民教育の副作用ですね。人数だけは余るほどいても肝心のマンパワーがないのがバブルたる所以です。

それからランバダさん御指摘の「袋小路」ですが、政権発足以来の言行からして、胡錦涛や温家宝は少なくともその危機感を有していると私は思います。「和諧社会」というのは主として国内向けのスローガンでしょうが、これは社会に対する危機感や問題意識を強く反映した言葉です。

それでいておとぎ話の楽園のように空疎で嘘っぽいのは現在の社会情況に照らしてみるとまるで現実感がないからです。国家としての経済発展は肯定しつつも、生み出された富が偏在している環境で生活していますから、中国国民の多くは冷めた眼で「兩會」を眺めていることと思います。

胡錦涛にこの歪んだ構造を力づくで軌道修正させるだけの器量があるでしょうか。趙紫陽は「あいつの器量じゃ無理だ。結局は既得権益集団に潰される」という趣旨のことを語り残しています。それはそれで面白い展開ですけど、私は「無理ぽ」と思いつつ党大会までは様子をみてやるつもりです。
 
 
 
Re:郭沫若 (御家人)
2007-03-12 03:05:28
>>ぬばたまさん
 郭沫若はあっさり転向したので変節漢みたいな言われ方をしたりもしましたけど、いまはもう昔の話です。

>息子さんに罪はありません。
 もちろんです。いまも日本に定住しているのかどうかちょっとわかりませんけど、本業では中国公演も行っている筈です。あの先生、実はピアニストですから。
 
 
 
Unknown (こぺてん)
2007-03-12 03:27:38
中国は、実は独裁主義、それも英雄主義なんじゃないだろうか。劉邦とか毛沢東とか、ああいった英雄が独裁する国家を欲しているんじゃないか。そう思う。彼らは非常に自己主張が強く、自分たち一人一人が小英雄だと思っている(勘違いしている)。小英雄を治めることができるのは大英雄だけである。だから、大英雄が治める独裁国家が彼らの潜在的な心理にある願望なのである。
 
 
 
ここは一つ! (名前はまだない)
2007-03-12 13:32:25
いつも愉しく読ませていただいております。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070311i502.htm
御家人さん!是非ご参加のほどを!!(笑)
 
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