フランク・ロイド・ライトと浮世絵
アメリカの建築家フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright, 1867-1959)は、日本と関係が深く、東京千代田区の帝国ホテル・ライト館(大正12年[1923年]竣工)のほか、兵庫県芦屋市の旧山邑家住宅(大正13年[1924年]竣工)や東京豊島区の自由学園明日館(大正10年[1921年]開校)などの国の重要文化財を設計したことで知られる。
今月の「永遠の英語学者の仕事録」は、日本の近代建築に大きな足跡を残したフランク・ロイド・ライトの文章を英語で読んでみよう。
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Now look about and see for the first time what severe simplicity of form and beautiful materials left clean for their own sake can do for a house interior. Enter a scene of shifting color and quick movement. No noise but silvery laughter. All clean for soft white-shod feet. How can anything human be so polished and clean? Sliding screen partitions moving aside beneath great carved wood open panels cross the matting and make the general space into separate rooms at will.
As we pass by the rooms we glimpse charming sights. Guests robed in silks, fan in hand, heads gleaming with polished black. Ah! you see — in everything inimitable, imperishable style! Black, as in itself a property, is revelation here.
では、あたりを見回し、形がどこまでも簡素で、本来の美しさをそのまま活かした素材を用いることで、一軒の家の室内装飾に何がもたらされるか、ここで初めて確認してみよう。色の変化と速い動きが感じられる場面に入ってみる。聞こえてくるのは銀のように澄んだ笑い声だけ。柔らかい白い足袋で移動できるようにすべてがきれいに保たれているのだ。人間のものがどうしてこんなにきれいなのか。透かし彫りが刻まれた大きな欄間(らんま)の下を襖がすっと畳を横切り、大広間に小部屋を自在にいくつか作り出す。
ひと部屋ずつ通り過ぎるたびに魅力的な光景が目に入る。絹をまとい、扇子を手にした客人たち。頭部は磨き上げられ、黒々と輝いている。おお、いずれもほかでは見ることができない、朽ちることにない様式だ。黒それ自体に価値があり、ここでは啓示のように感じられる。
これはフランク・ロイド・ライトの浮世絵に関する文章を集めたThe Japanese Print: An Interpretationにあったもので、同書によると、「The Anderson Galleriesが1927年に出版した The Frank Lloyd Wright Collection of Japanese Antique Printsにライトが寄せた序文」とある。
おそらくこの英語はライトが初来日した翌年の明治39年(1906年)に書かれたものなので、古く、凝った表現がいくつも見られる。
たとえば、great carved wood open panelsは、「大きな、透かし彫刻が刻まれた、パネル」だが、日本家屋の知識がないと適当な日本語に訳出できない。これはおそらく襖の鴨居の上の部分に装飾用の「大きな(great)、彫刻が施された(carved)、向こう側まで『開いている』(open)、パネル(鏡板、羽目板)」があるということになり、それを何かと考えれば、「欄間(らんま)【ルビ らんま】」ということになるだろう。
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フランク・ロイド・ライトの文章をもうひとつ挙げる。
All the while, to and fro in the corridors, Geisha parties noiselessly undulate to and fro, samisen in hand, faces crimsoned slightly at the temples, otherwise foreheads and cheeks whitened to brilliant scarlet lips. Yes, then, except the more reddened cheeks, even as in New York today. Just as Harunobu, Kiyonaga and Utamaro, Shunsho and Shigemasa faithfully recorded it, that the world might never lose it. Again exclaim — "It is all just like the prints!"
その間ずっと、芸者たちは廊下を行ったり来たりしている。三味線を手にして音もなくうねるように動き回る彼女たちのこめかみがわずかに紅潮しているが、額も頬も白く染め上げられ、鮮やかな紅の唇が際立って見える。そうだ、ひどく赤みを帯びた頬を除けば、今日のニューヨークでも同じものが見られるのだ。この暮らしを鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、勝川春章、北尾重政が忠実に記録し、決して世界から失われないものにしたのだ。ふたたび声を上げる。
「すべて浮世絵に描かれた通りだ!」
引用した文章には、ライトがいつ、どのようにして日本の版画と出会い、どこに魅了されたかが語られたのちに、日本の浮世絵の技法、モチーフ、芸術性、文化的価値(当時の日本の生活を映し出す記録)などが印象深く記される。
読者はライトの言葉による巧みな案内を受けながら、浮世絵が映し出す江戸の当時の暮らしぶりや文化に思いを馳せることができる。
フランク・ロイド・ライトは熱心な浮世絵のコレクターとしても知られる。明治38年(1905年)の初来日以来、浮世絵に惹かれ、何枚も買い集めてアメリカに持ち帰った。ライトの功績もあって、アメリカには日本の質の高い浮世絵が数多く残されることになる。
そしてライトは浮世絵に関する興味深い文章も数多く残した。
来年令和7年(2025年)は、フランク・ロイド・ライト来日120周年を迎える。この記念すべき年に、浮世絵を愛したライトの一面がうかがえる本が出せたらいいと思っている。
上杉隼人(うえすぎはやと)
編集者、翻訳者(英日、日英)、英文ライター・インタビュアー、英語・翻訳講師。桐生高校卒業、早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同専攻科(現在の大学院の前身)修了。訳書にマーク・トウェーン『ハックルベリー・フィンの冒険』(上・下、講談社)、ジョリー・フレミング『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』(文芸春秋)など多数(日英翻訳をあわせて90冊以上)。美術関連の訳書に、ベン・ルイス『最後のダ・ヴィンチの真実 510億円の「傑作」に群がった欲望』(集英社インターナショナル)などがある。