蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

今こそ、待たれる「国際的な坂本竜馬」の出現!

2007-01-09 00:34:04 | 時事所感
1月8日(月) 晴れなれども雲多し。1~7度。

  夕食後、コタツでうたた寝をしてしまう。目が覚めたら11時近く。アトリエのPCも薪ストーヴの火もそのままになっているのを思い出した。
  急いで、凍てついた戸外に出て庭先のアトリエに行き、PCの電源を切り、ストーヴのおきを掻きだし、居間の囲炉裏に移した。
  囲炉裏に赤々と炭がおきてみると、今度はこのまま寝てしまうのが惜しくなった。
  そこで手許のノートPCを立ち上げてみた。先日来、書いてみようかと思うことが薄っすらと頭をよぎる。

  ここのところ、元旦早々の新聞紙面に載っていたフセイン元大統領の処刑前の写真が目に焼きついて離れなかった。その伏し目がちな観念したかに見える表情を見て、私は一抹の憐れさを感じた。
  それは、平家物語の壇ノ浦の憐れさといったら少し大げさで奇麗事すぎるだろうか。驕る者の亡び行く姿を目の当たりにするレクイエムだろうか。

  彼の暴政については、クエートへの侵攻、クルド人への暴虐、父親の権力を笠に着ての息子たちのしたい放題悪行の数々等、様々に報じられてきた。
  しかし、自身を取り巻く政治情勢に鋭敏だったが故に複雑な民族・宗派対立の中にありながら、多年、政権を維持してきた者としては、あまりにもブッシュの恫喝に対して無防備というか、甘くみたというか為す術をしらない政権の崩壊であった。

  そして、一巻の終わりを告げたフセインの末路に対して、我々日本人にとって、もっとも目障りなのは、もっと身近な暴政の権化、金正日の存在である。
  彼は未だに健在であるどころか、居丈高にわが国への威嚇の咆哮を強めてさえいる。世界の大国を手玉にとっての言いたい放題したい放題である。

  いつになったら彼の暴政は止むのだろうか。彼の生物学的な生命が尽きる将軍様のご臨終の時を、世界は座して待つほかないのであろうか。

  喩えて言えば隣家の親父が暴君で、その家族に対しての暴虐はもとより、ご近所にまで様々な不法行為を、欲しいままにしているのを目の当たりしながら、周囲の者の誰一人として、何とも阻止することができないもどかしさはどうだろうか。

  21世紀の今、人類は何故このような不正義を拱手傍観のほか為す術をもたないのだろうか。

  それは、結局、世界の各国が未だ、自国の利害だけにしか目がいかないからではないだろうか。反対に自国の目先の個々の小さな利害に拘るがゆえに、より大きな人類普遍の正義や、多数の大きな幸福を失っているのではなかろうか。

  今、この地球に、人類という種のみが、跳梁跋扈しこの地球のあらゆる資源を食いつくし飲みつくし、自身の生存をさえ危うくしかねない、再生不能の地球環境を破壊しようとしている。

  かかる今こそ世界は、どこかこの地球の片隅から、幕末維新の坂本竜馬のような調停者の出現がまたれるのではないだろうか。
  そして、世界各国が大政奉還(各国独自の軍備を捨て、世界政府に供出すること)し、人倫の正義に服することを誓う以外に、人類共生の大道はないと思うのは、山家の隠居の寝ぼけた戯言だろうか。

と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか。




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2 コメント

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本当にご無沙汰でした! (さくら)
2007-01-11 18:23:10
そちらは雪だったのですね。
こちらは暖冬とはいえませんが雪はまだです。

さて久し振りにコメントを。

フセインの最後は本当にあっけないものでしたね。
また携帯で死刑の映像を撮るなど、裁く側もあまりに「不謹慎」な感じを受けました。

「悪いことをするとこうなるよ」という見本のような
最後だったかも知れません。


金日正はこれをどう思って見ていたか知りたいです。
学習能力があれば「今のままではいけない」と思うはずですが。

少し前、せっかく母親と息子3人で危険を犯し脱北した男性が、またジャーナリスト(ビデオで内情を撮影する)として北へ帰った、という報道を見ました。

わたしはこの男性の勇気と本当に国を思う心に感動しました。
過激な発言かも知れませんが、北でクーデターが起こることが国民のためかも知れません。



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金正日の感慨? (蛾遊庵徒然草)
2007-01-12 01:29:55
 さくら様、お久しぶりのコメントありがとうございます。
 こちらの雪はまだ融けません。東京の冬の過ごし易さを知る身には、年とともにこちらの冬の厳しさが沁みてくるように感じます。
 だが、今更尻尾を巻いて東京に逃げ帰るわけにもいきません。
 反面、周囲の山なみの美しさはたとえようもありません。毎日、清清しい思いで心をみたしてくれます。

 ところで、さくら様のおっしゃる<金日正(正日)はこれをどう思って見ていたか知りたいです。>とのことです。

 私は、彼は、「俺様はあんなヘマはやらない。俺様には関係ない」と思っているのではないでしょうか。
 まあ、アメリカに楯突く仲間内が一人消えたのは一寸寂しく感じたぐらいはあったでしょうが。

 これは、交通事故死をいくら見聞きしても、自分には関係ないとして平気ですましている私たちと同じではないでしょうか。
 だからこそ、私たちは今日も平気で車を運転できるのではないでしょうか。
 
 金正日に、フセインの最後やルーマニアのチャウセスクの最後を見て、明日はわが身と思う理性というか正気がある人間なら、とても国民を飢餓の淵に彷徨わせておいて、原爆だテポドンだとはしゃぎまわってはいられないと思うのですが、いかがでしょうか。

 世界は、こんな極悪非道の人をのさばらせておくのでしょうか。まことに歯がゆいものではありませんか。

 この人に比べれば、今日、買ってきた週刊新潮のコラム「変見自在ー帝京大学教授、高山正之氏」によれば、イスラムの教えが宗派の対立を生み常に国家の分断の危機をはらませ、女性の人権を奪っていたのを、フセインこそは、イスラムを押さえ込み女性に教育と社会活動を保証するまともな国家にした功績があったと評しています。

 確かにアメリカが軍事介入する前のイラクでは国民が飢渇の淵を彷徨していたとは聞きませんでした。

 今のイラクの現状を見るなならば、フセイン治下のイラクの方が、一般のイラク国民にとってはどれだけましだったかとさえ思えてきますが、一体、真相はどのようなものなのだろうかと、考え込んでしまいます。

 
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