蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

早、一昔…!我が田舎暮し賛歌

2014-07-29 01:16:27 | 田舎暮らし賛歌
 2014.7.28(月)晴れ。 

 TVをつければ、新聞を開けば、人殺しのニュース。大は、イスラエルとハマスの何時止むとも知れない殺戮の応酬。
 小は、高校1年生の女生徒が同級生を殺したうえ、首や手足を切断した…とか。
 人間とは、どういう生き者なのだろうかと、つくづく考えさせられてしまう…。
 こんな馬鹿な間尺に合わないことをする生物は、この地上に人間以外、存在しないことは確かだろう…。

 だが、そんな世間とは、私の日常生活は別世界の極楽に思えてくる。
 しかし、それは、同時にこんなことを云うと何かに対して申し訳ないような、何か後ろめたいようにさえ感じられるのは何故だろうか…。

 職場を60歳の定年退職と同時に、東京のマンションを処分し、この標高600m余りの茅ケ岳山麓に越してきて早十年が過ぎた。
 越してきたときは、来た衆(し)(※ ここの方言、新参者の意)として誰一人、知人も親しい隣人も居なかった。

 それが、今は、10数軒のお隣さん(組内)はもとより、組に入ったおかげで持ち回りの役を務める中で、100軒余りの集落のあちこちに顔見知りや、親しい知人にも恵まれた。

 今日も、夕方、涼しくなったところで愛犬の散歩にでかけた。途中、大根を掘ったからと、あるいはトウモロコシが採れたからと、朝、起きてみると玄関先に黙って届けてくれる篤農家のKさんの家に立寄った。
 心ばかりのお返しを届けるために…。

 Kさん夫婦は、自宅前の作業小屋に居た。
 私がその話し声に釣られるように顔を出すと、「ああ、いいところにきたよ…。今、珍しいジャガイモ掘ってきたばかりだから、食べてみて…」とのこと。
 「これから、上の方に行くから、玄関前においておくよ…」とのこと。
 私が、持ってきた小さな袋を手渡して「冷やして、お茶請けに…」と云うと、「いちいち気にせなんで…」とのこと。
 僅かなお返しに来て、またその場で戴くとは…と、恐縮しつつその場を後にした。

 目の前に瑞々しい緑一面の稲田が広がる。雪が融けて、こげ茶色の荒木田。やがて耕運機できれいに耕され、水が張られ、雪解けの山々を美しく映しだす。五月、早苗が風にそよぐ。なんともいえない可憐さ。
 しかしそれも旬日。空行く浮雲を映していた水面はたちまち見えなくなり、一株一株くっきりとした輪郭をもった株立ちとなる。
 その稲穂の上を夕風が渡ると、銀緑色の漣(さざなみ)が走る。やがて稲穂が黄金に輝き今年の稔りの秋を迎えるのだ。
 この稲の稔りに私の生命が生かされているのだと思うと、なんとも云えず神々しくありがたい気持ちになる。
 こんなことは、東京で暮らしているときは、思ってみなかった。お米は単に白くさらさらとした米粒でしかなかった。

 小一時間、南北約1k、東西2kほどの圃場を一周して帰途につく。目の前の稲田の中をまっすぐに伸びる農道。
 その向こうに横一列、左下がりに吾が集落の家並みが連なっている。その中に、先ほど、別れてきたKさんの家もある。
 集落の後景の八ヶ岳は、裾野だけをみせ峻烈な峰々は、夕日の薄赤みを帯びた雲に覆われている。その左に目をやれば、鳳凰三山の巨大な山塊が落日を肩に藍(あお)あおと立つ。

 そんな夕景を眺めながらつくづく思った。
 ここに来て早、10年余り。本当に良い終(つい)の棲家にたどり着けたものだと…。
 四季折々の変化の美しさ。松くい虫に荒れつつはあるが、そこここに残る雑木林の中を歩く楽しさ。緑に包まれて生きていることのなんという安らぎ。まさに人生の林住期にふさわしい。
 
 絵描きを第二の仕事にと思ってやってきたはずが、今や、日々の風景の美の豊かさと変化に追いつけず、絵を描く気持ちを失ってしまった。
 私が現役の頃、あれほど多忙な日々の合間を見て、風景画に魅せられて走り廻ったのは、東京と云うコンクリートジャングルの中での日々の息苦しさからの逃避であったことを、今にして悟った。
 
 黄昏の中の我が家に戻ると、家人が「ほら、こんなに戴いた…」とヴェランダに置いてある、ビニール袋を示した。
 美味しそうなかぼちゃが3個。「ジャード・クイーン(中は紫)サラダ用です。」とメモの入った小さめのジャガイモがごろごろ。もう一袋には、「レッド・ムーン」とのメモ。アケビの一回り大きいような金時色したジャガイモがずっしりと入っていた。

 この重さこそが、我が田舎暮し10年の答えの一つか…と、しみじみ有り難く思う…。


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