蛾遊庵徒然草

おこがましくもかの兼好法師にならい、暇にまかせて日頃感じたよしなし事を何方様かのお目に止まればと書きしるしました。

人間の心の闇の怖さ!「佐世保、高一同級生殺人事件」に思う

2014-08-07 00:01:24 | 時事所感
2014.8.6(水)

 今、先月、7月26日(土)の夜、長崎県佐世保市で県立高校の1年生の女性徒が、親しい友人の同級生を、独り暮らしの自分のワンルームマンションへ誘っておいて、いきなり後頭部を工具で何度も殴ったうえ、ひものようなもので首を絞めて殺害した容疑で逮捕された事件を巡って、加害者の両親をはじめ複雑な背景等が連日のように様々なメディアで報じられている。

 このような特異な事件の報に接するたびに、私は、人間というものの不気味さになんともいえないやりきれなさを感じる。
 特に今回の加害者は、学業成績は抜群で、そのうえスポーツでも華々しい実績を残しており、その父親は、九州でも指折りの弁護士事務所を主宰するやりての弁護士、母親は東大出の元地元放送局アナウンサーだったとのこと。
 およそ犯罪とは無縁の恵まれた環境と傍目には見える。
 
 それが何故、加害者の女性徒はこんな事件を起こしてしまったのだろうか…。
 あまつさえ、その動機が、「ただ人を殺してみたかった…。猫では満足できなかったので人間を殺して解剖してみたかった…」と云っていると報じられている。

 突如、不幸にして殺された被害者の女性徒はその瞬間何を、感じ何を思っただろうか…。
 佐世保市では、以前にも小学生が同級生を殺害する事件があり、学校教育の場で「命の大切さについて」生徒達に対して懸命に取り組んできたという。

 だが、このような事件は、そんな学校での何時間かでの学習で何とかできるようなものではないのではないか…。

 先ず、普通の人間の感情をもったものであれば、蚊や蝿、ごきぶりはともかく、小鳥や、犬、猫を見ていきなり殺してみたいなんて思うだろうか…。
 血を見たり、むごたらしいものを嫌悪するのが普通の人間としての感覚ではないか…。

 それが、そうではなくて積極的にその血を見たいというのは、もはやこれは正常な感覚の持ち主ではなく生来の異常者というべきではないか…。
 つまり、そのような異常性格は、教育や何かで何とかできるものではないのではないか…。

 これは、本人のもって生まれた遺伝子のどこかに損傷か欠陥があるとしかいえないのではないか…。
 そして、それは直接の産み育てた両親の責任範囲を超えるものなのではないか…。
 人間が一定数に達したら、その中にある確率で必ず生じてしまう避けられないものなのではないか…。
 そしてこのような遺伝子を持って生まれてきた本人自身の自覚無き救い無き不幸の大きさと重さは…。

 このように考えてみると、被害者はもとよりそのご両親をはじめお身内の方々のご無念はいかばかりかと拝察される一方、加害者の両親を責めるのは酷であり救いがないように思えるのだが…。

 ところで、加害者は、まだ15歳。これから裁判を受けても、精神鑑定を受けたりして、今の我が国の司法制度では、やがては幾年も経ずして再度社会に出てきて、誰かの隣人となることは確かだろう…。
 その時、このような人物と誰が平常心で接することができるだろうか…。
 いつ、また爆発するかわからない手投げ弾の傍に座すようなものでないだろうか…。

 私たちの社会は、このような異常者にどう対処していけばいいのだろうか…。
 その答えはどこにあるのだろうか…。

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