3月22日(水)曇り、夕方から雨。東京は桜開花宣言とか、山家は未だし。
連れ合いが、久しぶりの休暇。3時過ぎ美容院から帰って来ると、今日は近くの温泉に行きたいとのこと。こちらは、曇り空を見上げてあまり乗り気ではなかったが、異を唱えると後が面倒なので黙って付いて行くことにした。
今日の行き先は、国道20号線(甲州街道)を西に向かい蔦木宿を過ぎたところ、山梨県と長野県との県境に位置する塩沢温泉(公共の湯・市営)である。ここは、フォッサマグマの湯として人気が高い。地下1500M付近の断層の裂け目から湧き出る源泉は、万病に効能豊かである。
平日とあってそこそこの先客である。ここには、寝湯といって、浅い弓なりの板張りの湯船に仰向けに脚を伸ばし、浴槽の縁を枕に寝転がって温(ぬる)い湯につかれるようになっている。これが頗る快適である。そのままの姿勢で目を開ければ、大きなガラス窓越しに裏山の雑木の梢の重なりと空が見える。なんともいえない開放感がある。微かな硫黄分が鼻腔を擽る。
私は、いつものとおり、この寝湯に15分、ついで隣の熱めの湯に5分、洗い場で10分、サウナに6分、露天風呂に5分…と入って出た。脱衣場の時計を見上げると5時半である。大変だ。幕内後半の取り組みが終わってしまうじゃーないか。慌ててテレビの置いてあるロビーに急ぐ。
テレビの前のソファーには、連れ合いの姿があった。自分から誘うほど好きなくせに早風呂である。
「琴欧州が、勝ったわよ」と傍に座った私に教えてくれた。
画面いっぱいに栃東の仕切っている顔がアップでせまった。目が何か不安そうである。これは…と一瞬、悪い予感がよぎった。しかし今日の相手は魁皇。角番、引退を云々されている相手である。四方谷と打ち消す。画面は替わって魁皇のアップ。こちらは相手を呑み込まん気迫である。
軍配返った。両者正面から、がーっと一気にぶつかった。しかし、栃東の当りが弱い。まるで巨大な磁石に吸い寄せられる細釘といった感じである。案の定、じりじりと押され為すすべなく土俵を割った。
一巻の終わりである。また振り出しである。がっかりだ。これでまた暫くは日本人横綱はお預けである。ロビーの相客がぼやいた、「だめだねー」と。私も大きく相槌うった。
それに反して、結び、横綱朝青龍、対白鵬戦。見応えあった。土俵に苦もなく捻り這わされ、天を仰ぐ朝青龍の“ああ、だめだったかー!”と言いたげな顔が印象的だった。朝青龍一人天下の終焉を見た。
帰路に思った。人は誰でも他人の期待に応えられるかどうかでヒーローになれるかどうかが決まるんだなー、と。そんなことは自明である。人は自分に期待されたとき、よほどのへそ曲がりで無い限り、その期待に応えようと、一生懸命になる。
しかし、その期待に応えることの何と難しいことか。
それでも、栃東のように母親のお上さんが、あまり真面目過ぎるので、少しは気分転換に「銀座のクラブにでも行ってきたら」と水を向けても、一向にそんな言葉にのることはないそうだ。それほど真剣に取り組んでの結果であれば見てるこちらとしては、「また一から頑張れよ」と優しく慰め、エールを送りたくもなる。
しかし、どこかの「でまかせ・ただの目立ちたがりや代表」のように「私にまかせろ!、明日は見てくれ!」と、さんざん天下万民・善男善女に期待をもたせて、歌舞伎十八番“暫く”の団十郎ばりの大見得きっての、挙句の果てが「国民の皆様ごめんなさい。」とあっちゃー、どう引っ込みをつけるのか?、罪作りもいいとこどっこい。
「これで一分じゃー、けえられみぇやー」
と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。
連れ合いが、久しぶりの休暇。3時過ぎ美容院から帰って来ると、今日は近くの温泉に行きたいとのこと。こちらは、曇り空を見上げてあまり乗り気ではなかったが、異を唱えると後が面倒なので黙って付いて行くことにした。
今日の行き先は、国道20号線(甲州街道)を西に向かい蔦木宿を過ぎたところ、山梨県と長野県との県境に位置する塩沢温泉(公共の湯・市営)である。ここは、フォッサマグマの湯として人気が高い。地下1500M付近の断層の裂け目から湧き出る源泉は、万病に効能豊かである。
平日とあってそこそこの先客である。ここには、寝湯といって、浅い弓なりの板張りの湯船に仰向けに脚を伸ばし、浴槽の縁を枕に寝転がって温(ぬる)い湯につかれるようになっている。これが頗る快適である。そのままの姿勢で目を開ければ、大きなガラス窓越しに裏山の雑木の梢の重なりと空が見える。なんともいえない開放感がある。微かな硫黄分が鼻腔を擽る。
私は、いつものとおり、この寝湯に15分、ついで隣の熱めの湯に5分、洗い場で10分、サウナに6分、露天風呂に5分…と入って出た。脱衣場の時計を見上げると5時半である。大変だ。幕内後半の取り組みが終わってしまうじゃーないか。慌ててテレビの置いてあるロビーに急ぐ。
テレビの前のソファーには、連れ合いの姿があった。自分から誘うほど好きなくせに早風呂である。
「琴欧州が、勝ったわよ」と傍に座った私に教えてくれた。
画面いっぱいに栃東の仕切っている顔がアップでせまった。目が何か不安そうである。これは…と一瞬、悪い予感がよぎった。しかし今日の相手は魁皇。角番、引退を云々されている相手である。四方谷と打ち消す。画面は替わって魁皇のアップ。こちらは相手を呑み込まん気迫である。
軍配返った。両者正面から、がーっと一気にぶつかった。しかし、栃東の当りが弱い。まるで巨大な磁石に吸い寄せられる細釘といった感じである。案の定、じりじりと押され為すすべなく土俵を割った。
一巻の終わりである。また振り出しである。がっかりだ。これでまた暫くは日本人横綱はお預けである。ロビーの相客がぼやいた、「だめだねー」と。私も大きく相槌うった。
それに反して、結び、横綱朝青龍、対白鵬戦。見応えあった。土俵に苦もなく捻り這わされ、天を仰ぐ朝青龍の“ああ、だめだったかー!”と言いたげな顔が印象的だった。朝青龍一人天下の終焉を見た。
帰路に思った。人は誰でも他人の期待に応えられるかどうかでヒーローになれるかどうかが決まるんだなー、と。そんなことは自明である。人は自分に期待されたとき、よほどのへそ曲がりで無い限り、その期待に応えようと、一生懸命になる。
しかし、その期待に応えることの何と難しいことか。
それでも、栃東のように母親のお上さんが、あまり真面目過ぎるので、少しは気分転換に「銀座のクラブにでも行ってきたら」と水を向けても、一向にそんな言葉にのることはないそうだ。それほど真剣に取り組んでの結果であれば見てるこちらとしては、「また一から頑張れよ」と優しく慰め、エールを送りたくもなる。
しかし、どこかの「でまかせ・ただの目立ちたがりや代表」のように「私にまかせろ!、明日は見てくれ!」と、さんざん天下万民・善男善女に期待をもたせて、歌舞伎十八番“暫く”の団十郎ばりの大見得きっての、挙句の果てが「国民の皆様ごめんなさい。」とあっちゃー、どう引っ込みをつけるのか?、罪作りもいいとこどっこい。
「これで一分じゃー、けえられみぇやー」
と、思うこの頃、さて皆様はいかがお思いでしょうか?。
私もこの一番をテレビで観て、がっくりしたクチでした。
栃東も先場所は強かったのですけれどね・・・。
先場所はテレビで観ていても「強そうな顔をしている」と感じていましたが、今場所は「・・・ちょっと弱そう」と思っていました。
これで「日本人横綱」がまた遠のきましたね・・・。
彼は、勝負士にしては、生真面目で優しすぎるようですね。今朝の新聞の記事で見ると、魁皇のカド番が気になって思い切り当たっていけなかったような談話が出ていました。
皮肉なことに今日の白鵬戦、戦う前に私は、一緒に見ていた連れ合いに「今日は、栃東が、吹っ切れて勝つような気がするな」と見立てを告げたのですが、結果そのとおりになってしまいました。
まあ、これで、千秋楽まで行けば、来場所につながるのでしょうが、どうも、年齢的に見てどうでしょうかねー。人間、昇るときに一気にいくようでないと、なかなか後でのリペンジは難しいようです。
これは、山家の隠居の身につまされてのため息でもあります。
ではまたよろしくお願いいたします。