道楽ねずみ

ドイツに関するものを中心に美術展,オペラ,映画等の趣味の世界を紹介します。

ワルシャワ蜂起

2009年08月01日 | 衒学道楽
1944年8月1日,ワルシャワ市民は,占領するナチスドイツに対し,一斉に蜂起しました。
東部戦線でドイツはソビエト軍に連戦連敗をしており,ソ連軍はワルシャワを流れるヴィスワ河の対岸まで迫っていましたから,あながち無謀な試みともいえなかったでしょう。
しかし,ドイツは意外にも奮戦しました。流石に腐っても鯛と言いますか,ここまで戦況が悪化していても,ワルシャワ市民の武装蜂起を握りつぶし,ワルシャワという町を壊滅させる程度の力はまだのこっていたのです。

問題は,ワルシャワ蜂起を組織したのが,ロンドンにある亡命ポーランド政府であったことです。亡命ポーランド政府が親英米政府であり,ソ連軍は亡命ポーランド政府が戦後,ポーランドの政府となるのを忌み嫌ったのです。
スターリンは戦後を見越し,ルブリンに「ポーランド国民解放委員会」(PKWN),俗にルブリン政権と呼ばれる自国の傀儡政権を別に樹立しており,ヒトラーが亡命ポーランド政府を抹殺してくれることは渡りに舟であった訳です。
かくして,ソ連軍はヴィスワ河の対岸に留まり,ワルシャワがナチスドイツによって壊滅させられてから,ワルシャワを解放し,その後,ルブリン政権をワルシャワに移して,ポーランドの正当政府に仕立てあげました。

ワルシャワ蜂起のことは,アンジェイ・ワイダの「地下水道」にも取り上げられていますし,そしてレジスタンスと共産党政権との関係については「灰とダイヤモンド」で取り上げられています。

冒頭の写真は,ワルシャワ市内のワルシャワ蜂起記念碑です。

そして次の写真は,ヒトラーによる壊滅から再び元通りの姿に再建されたワルシャワの旧市街の姿です。いずれも大昔に旅行した時の写真ですので,見にくくてすみません。