道楽ねずみ

ドイツに関するものを中心に美術展,オペラ,映画等の趣味の世界を紹介します。

アンドレア・シェニエ(新国立劇場)

2016年04月17日 | オペラ道楽

新国立劇場でオペラ・アンドレア・シェニエを見ました。

2010年に上演されたものを、キャストを変えた上で再演したものです。

シンプルな舞台ながら、興味深い演出です。

幕はギロチンの刃からとった斜め形にしてあり、左右に幕が開閉します。

幕の内側の幕もギロチンの刃のように斜めの形で下に降りてきます。第1幕と第2幕の幕間では、ギロチンが2の累乗形式で、2,4,6,8,16,32・・・と次々と増殖していく映像が流れ、血の粛清の連鎖という恐怖政治の実態を語りかけてくれます。

それと、舞台が最初から最後まで歪んでいて、水平方向にならず、セットがみな傾いているのも、当時の不安定な情勢や登場人物の歪んだ心情をうまく表していると思います。

 台詞はありませんがロベスピエールも後ろ姿で第2幕に登場します。肖像画でみられる髪型が特徴的です。サン・ジュストはいなかったようです。そのほかにもヴァルミーの戦いの勝者デュムーリエ将軍など、実在の人物の名前もちらほら出ます。

音楽にもラマルセイエーズのおしまいの方にあるmarchons, marchonsの部分のメロディーも入ります。

 

第1幕では、マッダレーナの属する貴族階級のノー天気な様子が描かれます。詩人であるアンドレア・シェニエが民衆の困難な生活を歌っても、貴族階級は全く意に介せず、気分を損ねるだけです。マッダレーナの父に至ってはケーキを食べ続けるなど飽食の限りを尽くしています。

第2幕になりますと、既に王制は廃止されているどころか、王も処刑され、舞台はロベスピエールの恐怖政治の時代になっています。革命裁判所の検事アントワーヌ・カンタン・フーキエ=タンヴィルの密偵も暗躍しています。

第3幕では、革命裁判所が舞台となります。ジェラールは、マッダレーナを手に入れるためにシェニエを消すべく、シェニエの起訴状を書きますが、マッダレーナの愛の深さに心を打たれ、裁判では虚偽の起訴状を書いたと述べますが、シェニエはそのまま死刑になります。

第4幕では、シェニエを助ける術のないマッダレーナは、他の死刑囚と入れ替わりシェニエと共に死刑になることを選びます。

第3身分の苦しみを全く理解しない、ノー天気な貴族と恐怖政治の血の連鎖の両方がうまく描かれている演出と思いました。

シェニエやマッダレーナの歌がとても素晴らしく、いいオペラです。

主要なキャスト3人はとても素晴らしかったですし、それ以外の歌手も頑張っていたと思います。オケも頑張っており、楽しむことができました。

 

【指揮】ヤデル・ビニャミーニ

【演出・美術・照明】フィリップ・アルロー

【衣裳】アンドレア・ウーマン

【照明】立田雄士

【振付】上田 遙

【再演演出】澤田康子

【舞台監督】斉藤美穂

 

キャスト

【アンドレア・シェニエ】カルロ・ヴェントレ

【マッダレーナ】マリア・ホセ・シーリ

【ジェラール】ヴィットリオ・ヴィテッリ

【ルーシェ】上江隼人

【密偵】松浦 健

【コワニー伯爵夫人】森山京子

【ベルシ】清水華澄

【マデロン】竹本節子

【マテュー】大久保 眞

【フレヴィル】駒田敏章

【修道院長】加茂下 稔

【フーキエ・タンヴィル】須藤慎吾

【デュマ】大森いちえい

【家令/シュミット】大久保光哉

 

【合唱指揮】三澤洋史

【合唱】新国立劇場合唱団

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

【芸術監督】飯守泰次郎

 

 

あらすじ

【第1幕】革命前のパリ。宴の準備が進むコワニー伯爵家では、父と共に奴隷のように仕える従僕ジェラールが貴族制度への不満を募らせていた。一方で彼は伯爵家令嬢マッダレーナを密かに愛している。宴が始まり、マッダレーナの求めに応じて客のひとり、詩人アンドレア・シェニエが愛の詩を即興で読むが、それは貴族制度を批判する内容でもあった。マッダレーナは大きく共感。ジェラールも己の使命を悟り、従僕の衣服を脱ぎ棄て、館から去る。

【第2幕】革命から5年後。ロベスピエールの恐怖政治が敷かれるパリ。「革命の敵」と疑われ密偵に監視されるシェニエは、友人に国外脱出を勧められるも、何度も受け取る匿名の手紙の主が気になって仕方がない。その人は実はマッダレーナで、出会った2人は愛を誓う。革命派幹部になったジェラールも彼女を忘れられず、居場所を探し出して彼女を捕らえようとしたとき、傍らの男と決闘。重傷を負うが、その男がシェニエだとわかり2人を逃がす。

【第3幕】革命裁判所の大広間。シェニエ逮捕の一報が入り、これでマッダレーナが自分のものになると満足したジェラールは起訴状を書き始めるが、ふと我に返り、かつて貴族の奴隷だった自分は今や情熱の奴隷になってしまったと愕然とする。ジェラールの前に連れてこられたマッダレーナは、自分を差し出す代わりにシェニエを救ってほしいとお願いする。シェニエが入廷し、自分は愛国者であり決して裏切り者ではないと主張。マッダレーナの願いを受けたジェラールも、彼への罪状は間違いだったと訴えるが、シェニエに死刑判決が下される。

【第4幕】サン・ラザール監獄の中庭。辞世の詩を読むシェニエ。そこに、彼と死ぬために女囚と入れ替わったマッダレーナが来る。ジェラールは2人を救うためロベスピエールのもとへ走るが、2人は愛を誓い断頭台へ向かう。

 


Werther

2016年04月03日 | オペラ道楽

新国立劇場で上演中のオペラ、ウェルテルを見ました。

ご存じゲーテの「若きウェルテルの悩み」をもとにマスネが作曲したオペラで、実はフランス語オペラです。私も見るのは初めてです。「若きウェルテルの悩み」自体も前半は、ストラスブールで法律学を学び、帝国最高法院(Reichskammergericht )のあるWetzlarに司法修習生(Rechtsreferendar)として来ていたゲーテ自身の人妻への恋の物語がベースになっており、後半はゲーテの友人の話がベースになっているということですが、オペラ・ウェルテルの舞台もWetzlarであります。帝国最高法院は、1495年の設立で、最初はFrankfurt am Main、次にSpeyerにおかれ、しかる後にWetzlarに移っており、いずれもドイツ西部の帝国都市か自由都市にあったことになりますが、これは皇帝の影響力を薄めるべく、意図的にウィーンの宮廷から遠ざけられたことによるようです。

 

オペラのストーリーは、基本的にはゲーテの小説をもとにしていますが、小説よりもストーリーは簡略化されています。シャルロットは結婚後もウェルテルへの愛は変わりませんし、アルベールもとても紳士的です。小説よりもストーリーがそぎ落とされている分、ストーリーはひたすらウェルテルとシャルロットの愛の話ばかりです。オペラでは、シャルロットの妹ゾフィーという役が作られ、ゾフィーはウェルテルのことが好きになるのですが、ゾフィーの出てくる場面くらいしか普通の話はなく、後は悲恋の話ばかりです。

 

とてもいい上演で、主要な役柄の歌手の歌は素晴らしく、オケも良かったので、新国立劇場の上演自体はとても素晴らしいと思います。シャルロットの服が、婚姻前は鮮やかな服であったのが、婚姻後は常に喪服になっていて、シャルロットの気持ちをうまく表現しているなど、演出も興味深く思いました。

ただ、なんといっても話が暗いのです。「トリスタンとイゾルデ」とは違い、最後までウェルテルとシャルロットの恋は誰からも許されないままに終わります。それはそれで当然なのですが、そうであるならどうしてこんな暗い内容のオペラを作ったのであろうかと思ってしまいます。事実、このオペラは作曲されてから、あまりの話の暗さに上演する劇場がなく、しばらくはお蔵入りだったそうです。

 

とてもいい上演であった割には、見た後に疲れが出てしまいました。

 

スタッフ

【指揮】エマニュエル・プラッソン

【演出】ニコラ・ジョエル

【美術】エマニュエル・ファーヴル

【衣裳】カティア・デュフロ

【照明】ヴィニチオ・ケリ

【舞台監督】大仁田雅彦

 

キャスト

【ウェルテル】ディミトリー・コルチャック

【シャルロット】エレーナ・マクシモワ

【アルベール】アドリアン・エレート

【ソフィー】砂川涼子

【大法官】久保田真澄

【シュミット】村上公太

【ジョアン】森口賢二

 

【合唱指揮】三澤洋史

【合唱】新国立劇場合唱団

【児童合唱】TOKYO FM 少年合唱団

【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

【芸術監督】飯守泰次郎

 

あらすじ

【第1幕】7月。子供たちがクリスマス・キャロルを練習している大法官の家に、詩人ウェルテルがやってくる。彼は、舞踏会で大法官の長女シャルロットの相手を務めるために来たのだ。幼い弟妹たちと、彼らの母親代わりのシャルロットの美しい佇まいに、ウェルテルの胸がときめく。舞踏会から帰宅したウェルテルはたまらずシャルロットに愛を告白する。しかし彼女には、亡くなった母と約束した婚約者アルベールがいた。ウェルテルは絶望する。

【第2幕】9月、牧師の金婚式のため、教会に人が集まっている。結婚して3か月目のシャルロットとアルベールが教会に入る様子を、ウェルテルは遠くから眺めている。教会から出てきたアルベールに明るく振る舞うウェルテルだが、シャルロットには詰め寄り、再び愛を訴える。その思いに応えられないシャルロットは、街を離れることをウェルテルに勧め、クリスマスに再会することを約束する。ウェルテルは永遠に街を出ていくことを決意する。

【第3幕】クリスマス・イヴの夕方。ウェルテルからの手紙を何度も読み返し、彼への思いに揺れるシャルロットの前に、約束通りウェルテルが現れる。部屋にあるオシアンの詩に思いを託して朗読したウェルテルは、激しく愛を告白する。シャルロットは思わず抱かれるが、決然と別れを告げて部屋から去る。アルベールは、ウェルテルから妻宛ての手紙を見て激怒。手紙の中で彼は旅に携行する銃を望んでおり、アルベールは使用人に届けさせる。

【第4幕】シャルロットがウェルテルの家へ向かうと、拳銃自殺を図ったウェルテルが瀕死の状態で横たわっていた。ウェルテルは、君を思って死ねるのは何より幸せだと語り、シャルロットは、初めて会った時から愛していたと告白し、口づけする。子供たちが歌うクリスマス・キャロルが聴こえるなか、ウェルテルは息を引き取る。

 


Song: Erdowie, Erdowo, Erdogan | extra 3 | NDR

2016年04月01日 | ドイツ語

Song: Erdowie, Erdowo, Erdogan | extra 3 | NDR

 

一昨日、ドイツのニュースZDFを見ていましたら、とても面白い報道をしていました。

ドイツの放送局NDRの番組extra3で放映されたErdowie, Erdowo, Erdoganという、トルコのエルドアン大統領を茶化した歌がトルコとドイツの外交問題に発展しているということです。トルコはアンカラにいるドイツの大使に対して抗議もしているようです。

この歌の映像はyoutubeで見ることができます。

 

歌のタイトルからすぐわかるのですが、Nenaのヒット曲irgendwie, irgendwo, irgendwannの替え歌です。

自然保護地域に許可なく建築された、1000室を超える大統領公邸の違法建築の問題に始まり、自己の意に沿わないジャーナリストを拘禁したり、出版社を取り締まったり、催涙ガスを使用してデモを鎮圧したり、国際女性デーにおける女性の集会を暴力によって解散させたり、クルド人を嫌悪し、クルド人地域に爆撃したりと、ボスポラスのボスことエルドアンの評判の悪い行為が歌の中で取り上げられています。難民の受け入れの代償としてEUに60億ユーロの支援を求めている話への言及もあります。

歌詞は、見事なまでに綺麗に韻を踏んでいて、もとのNenaのヒットソングにピタリとはまっています。映る映像もエルドアンがオスマン帝国の皇帝気取りのような恰好をしているものから、メルケル首相と金ぴかの豪勢な椅子(皇帝の椅子のようです。)に座っている映像、クルドへの爆撃の映像、IS(イスラム国)の映像など、とてもよくできています。

ヨーロッパであれば政治家へのこの程度の風刺は当たり前なのでしょう。

ちなみにextra3はほかにもメルケル首相、ジグマー・ガブリエルSPD党首、ゼーホーファーCSU党首(バイエルン州首相)、最近亡くなったヴェスターヴェレ元FDP党首、プーチン大統領、オバマ大統領についても風刺の替え歌を放送しています(Guido Westerwelle元党首についての替え歌も、JuliのPerfekt Welleという曲のメロディーにうまく合わせてありました。)

ヨーロッパで当たり前のことも、東方世界にあるボスポラスのボスには受け入れがたいのかもしれません。

これを見ているとやはりヨーロッパは自由な世界と思うのですが、それでもひねくれたねずみには気になることがあります。

ドイツにおいても、このような風刺が差し控えられているおそらく唯一の国があるのではないかと思っているからです。

いうまでもなく中国です。中国の指導者についてこのような風刺がされれば、中国は隠れた経済制裁を行って締め上げを図るので、ドイツも中国のことだけは風刺しないようにしているのではないかと思っています。私が留学していたころには、ドイツの番組では天安門事件のことが取り上げられることが多かったように思うのですが、ずいぶんと変わったものだと思います。