すっかりブログを更新する習慣がなくなってしまっていますが、5月には神代植物公園の春のバラフェスタにも行きました。
春と秋の年2回のバラフェスタは恒例ですが、今年も混んでいました。
さまざまなバラが少しずつ満開の時期を変えて咲くので、いつ行ってもそれなりに楽しむことができます。
変わった色のバラもありました。
ブルームーン
すっかりブログを更新する習慣がなくなってしまっていますが、5月には神代植物公園の春のバラフェスタにも行きました。
春と秋の年2回のバラフェスタは恒例ですが、今年も混んでいました。
さまざまなバラが少しずつ満開の時期を変えて咲くので、いつ行ってもそれなりに楽しむことができます。
変わった色のバラもありました。
ブルームーン
GW期間に東京都9庭園のうち、唯一行っていなかった殿ヶ谷戸庭園に行きました。
中央線の国分寺の駅から歩いてすぐのところです。
武蔵野の自然の地形、すなわち段丘の崖にできた谷を巧みに利用した「回遊式林泉庭園」で、崖の上の明るい芝生地と崖下の湧水池、樹林で雰囲気が一変する造園手法がみどころのひとつということです。こちらももとは三菱の岩崎家別邸ということです。
旧芝離宮のように都心部にコンパクトにある庭園とは違うタイプの庭園かと思いきや、さほど大きな庭園ではありませんでした。
庭園内の藤棚です。もう終わりかけです。
竹林と筍です。
竹林が乱立しないように、筍をとるのでしょうか。
六義園のしだれ桜も見に行きました。
同じ3月27日に行きましたが、有名なしだれ桜は満開です。
こちらの方は、小石川後楽園どころではない大混雑です。
私は年間パスポートがあるので、待たずに入れるのですが、入場券を買う人の長蛇の列ができています。入っても、人、人、人、我々だけ鼠です(いつものギャグですみません。)。
もうどうしても人が入らない写真は撮れません。
毎年混むので、今年は夜桜は諦めようと思って、日中にでかけたのですが、日中も大混雑でした。
本日、小石川後楽園のしだれ桜を見に行きました。
朝早く天気がよくないので、空が曇っていてさえない景色にしかなりません。
しだれ桜の下にあった「小石川後楽園」という表示が今年はありませんでした。
近くに日中友好会館があり、そこに宿泊施設があることにもよるのでしょうか。
中国人の観光客がとても多いように感じました。
込み合う前に小石川後楽園に行って正解でした。
三連休を利用して、谷中七福神めぐりをしました。
既に日野の七福神めぐりをしているので、今年は2回目の七福神めぐりになります。
最初は田端駅の近くにある東覚寺に行きます。ここは福禄寿です。
道祖神のようなものもあります。
西日暮里の方まで歩き、駅前の道灌山通りを越えて、青雲寺に行きます。ここは恵比寿(もちろん地名の恵比寿ではなく、恵比寿様)です。
今までこのエリアを訪れる機会も少なくなかったのですが、日暮里から少し離れたこのあたりにまで、寺がいろいろあるということを私は知りませんでした。
そのすぐ近くに修性院があります。こちらは、布袋尊です。
中にある布袋様
そこから富士見坂をあがります。
つい最近までは、この坂から天気のいいときは富士山が見えたそうです。
夕焼けだんだんの坂上を通り、近くのじねんじょカレーで昼食休憩をし、朝倉彫塑館に行ってから、再び七福神めぐり再開です。
長安寺は、寿老人です。
谷中墓地を通って、天王寺です。こちらは毘沙門天です。
谷中霊園は、さすがに有名な墓地だけあって、著名人が多数眠っていそうですが、散策すると疲れるので、今回は素通りです。
再び谷中霊園を通り、言問通りまで歩きます。この辺りは将軍の墓所まであります。
根津、上野が近くなり、すっかりなじみの場所になります。
護国院は、東京芸大のすぐ近くです。ここは大黒天です。
最後は上野公園を通り、不忍池弁天堂まで行きます。いわずと知れた弁財天です。
少し横から見ると、こんな感じです。高層マンションがそびえたっています。
おっと後ろを振り返ると、清水観音堂が見えます。広重の「上野清水堂不忍ノ池」で有名な、あの丸です。
それほど長時間を要することなく歩くことのできる七福神めぐりでした。
何でも谷中七福神めぐりは日本最古の七福神めぐりということです。
由緒正しい七福神めぐりのようです。
谷中、上野の散歩をしながらの楽しい七福神めぐりでした。
ご朱印は、最初に色紙ではなく、巻物のように巻かれた図柄の紙をもらい、そこに各地でご朱印を押してもらう形になります。
2016年の七福神めぐりはやや方向を変えて日野七福神を回りました。
京王線の高幡不動駅を中心に、京王線と多摩モノレールを使えば効率的に無理なく回ることができると聞きました。
最初は京王線百草園の駅から歩いて真照寺の恵比寿様です。
川崎街道沿いにあり、ぽかぽかした天気だったので散歩も気持ち良いです。
いったん高幡不動駅に出て、多摩モノレールに乗り換えて万願寺で降ります。
石田寺にいく途中には、標識もあります。
このあたりは土方歳三の生家もあり、新撰組ゆかりの土地です。
京都の壬生寺にも行きましたし、函館の五稜郭や土方歳三が討ち死にした場所にも行ったこともあります。
ただ、私はどうも「誠」という文字が苦手です。私の知り合いの「誠」という名前の人は、どうも不誠実で信用できない人が多いようです。
閑話休題。石田寺に着きました(土方歳三の墓も石田寺にあります。)。
ここは福禄寿です。このお寺の中にあるとてもちっぽけな祠に祭られているのですが、お寺のお堂は写真に撮ったものの、肝心の祠の写真は撮り忘れました。
万願寺駅の反対側にある安養寺に行きます。近くには土方歳三資料館もあります。
こちらは毘沙門天です。
ここも写真はありませんが、コンクリート造りの軍事施設のような形をした薬師堂があり、そこに毘沙門天が祭られています。
最初はわからず、いったいどこに毘沙門天があるのと探してしまいました。
本堂の方は趣があるのに、残念です。いかにもついでに設けられたという感じの無機質な建物でした。
モノレールの万願寺の駅から高幡不動駅に戻ります。
そこから、言わずとしれた高幡不動に行くのですが・・・人、人、人、あっ自分だけはねずみでした。
大変な混雑です。
さすが関東三大不動の一つだけあります。あとの2つのうちの1つは成田山新勝寺というのですから、当然かもしれません。
この大混雑の中、入場し、ようやくご朱印をいただけるところを発見しました。一応高幡不動の境内の地図が頭の中に入っていたからできたことで、初めてだと見つけるのは困難です(警備員さんはみな知りませんでした。)。
忘れていました。高幡不動=金剛寺なのですが、ここは弁財天ということです。
混んでいない、別の機会に撮った写真を載せておきます。
こちらが弁天堂
こちらは土方歳三の像です。
さらに京王線にのって、南平駅に向かい、そこから浅川沿いの散歩です。
徒歩20分を優に超えます。
知らない場所の徒歩30分程度はかなり遠く感じます。
途中では完全に道を間違えたと思いましたが、正しい道だったのに、いつまでも到着しませんでした。
高幡不動の駅で、おばさんたちがバスを探していた意味がこの時になってわかりました。
それにしても、若くもないのにドラマに出てきそうな川べりを延々と歩くなんて何とも不思議な感じです。
やっと着きました。次から次へと皆、自家用車で乗り付けていました。
延命寺にある寿老尊です。他の七福神めぐりでは、寿老人だったり寿老神といった名前であったのですが。
延命寺は、日枝神社とセットとなっており、明治の神仏分離以前の姿をとどめているそうです。
そのまま、少し戻って今度は善生寺の大黒天です。
善生寺には大仏もあります。
最後は南平駅から京王線で平山城址公園駅まで行き、そこで降りて歩きます。
宗印寺に祭られているのは布袋尊です。
宗印寺には、平山季重の墓があるということです。平山季重は、平治の乱では、悪源太義平にしたがって平重盛と戦い、また源平の争乱では、源義経に従い、各地を転戦したものの、平家滅亡後は義経に従っていたのが災いして、頼朝に無断で官職に任じられ、不興をかったというエピソードまでついています。
下の祠に布袋尊が祭られています。
これでゴールです。
今回、少し離れたところに来ましたが、多くの人が車で七福神めぐりをしていました。
浅草や墨田のように徒歩で回る人たちは稀です。日野七福神めぐりは、駅からも遠いところがあるので、徒歩でする場合にも最初から最後まで徒歩は大変ですので(特にトイレ、食事、水分補給など)、必ず京王線やモノレールを使用する必要があると思います。
それと日野七福神では、ご朱印をいただく色紙にあらかじめ七福神の名前と寺の名前が記載されており、そこに朱印をもらうだけの形になっています。
時間は短くて効率的となりますが、その場その場で書いてもらうのと違い、文字も整いすぎていて若干面白味にかけます。
やはり、各スポットを巡って、その場その場で筆で書いてもらって朱印をいただくと、文字にも味わいが出て、不統一な感じも趣があってよいように思いました。
また、毘沙門天なり布袋尊なりが祭られている小さな祠が、お寺の本堂とは別個にあるというのも不思議に思いました。
12月初めに紅葉を見るために世田谷の蘆花公園に行きました。
蘆花公園というから京王線の芦花公園駅から行けばいいだろうと思っていたのですが、道がわかりにくく迷ってしまいました。
芦花公園駅を降りて、世田谷文学記念館を通り過ぎます。昔、ドイツ年の時に世田谷文学館に「画家と詩人 ヘルマンヘッセ」と題する企画展を開催していたところです。企画展を見終わった後、2階にいき、北杜夫が躁うつ病のそう状態だった時にマブセ共和国の建国を宣言したというようなことが書いてあったことだけは覚えております(せっかくのヘッセよりもマブセ共和国の方が強烈なイメージとして残りました。)。
閑話休題。
蘆花公園ですが、ご存じ明治、大正期の文豪徳富蘆花夫妻が後半生を過ごした旧宅、庭、墓所を中心として造られた公園です。入場料は無料でした。敷地の中には徳富蘆花の旧宅も残されており、その中には幸徳秋水にちなんで名づけられた秋水書院もあります。
徳富蘆花は、大逆事件に際しては、幸徳秋水らが無辜の罪で処刑されるのを阻止すべく、桂太郎首相に助命を求めようとしたのでした。しかし、明治政府は猛スピードで処刑を強行し、蘆花が助命を求めた際にはすでに処刑を完了していたということでした(もっとも明治政府は、無実の人間をあえて犯罪者に仕立て上げて、外見的には合法的に殺害しようとしているのですから、助命嘆願など受けるはずもないのですが。)。秋水らの処刑を知った時に、蘆花が愛子夫人に「オヽイもう殺しちまったよ。みんな死んだよ」と叫んだというエピソードは以前どこかで読んだことがありました。
蘆花はこの後「謀反論」を書き上げることになります。
徳富蘆花旧宅
梅花書屋
秋水書院
蘆花の墓
今回、本来の目的は紅葉を見に行くことでしたが、紅葉はほとんど見られず、秋水書院を見て、昔聞いたことのある、いわゆる大逆事件に際しての蘆花の行動に思いを致すことになりました。やはり大逆事件時点での明治政府は、およそ法治国家とは名ばかりの状態であったといえそうです。
高幡不動の紅葉を見に行きました。
ようやく紅くなってきたというところです。
五重塔と紅葉のコラボがいいところです。
ちなみに11月には紅葉まつりをやっており、ライトアップもありましたが、その時はまったくと言っていいほど紅葉はありませんでした。
12月5日の土曜日に紅葉を見に新宿御苑に行きました。
といいますか、近所ですので散歩感覚で3週間続けて出かけています。
この週末になってようやく見ごろになってきたようです。
そうはいっても今年はずいぶん色づくのが遅いようです。燃えるような紅い紅葉になっているところは、限られており、全体としてみると、まだまだ緑を残した黒っぽい赤が多いようです。
今年はいったいいつになったら本当の意味での紅葉の見ごろになるのでしょうか。
週末に百草園に紅葉を見に行きました。
下の写真ですと見ごろという感じですが、全体としてみるともう少し遅い時期の方がもっときれいだったように思います。
小高い丘まで登ると、黄色の木々も見えます。
ちょうどハープのコンサートのイベントも開催中でした。
既に終了しておりますが、日野市にある高幡不動の菊まつりに行きました。
多摩菊花連盟参加11市の菊作り愛好家の菊が出品されています。
例年は湯島天神の菊まつりにしか行かないのですが、高幡不動は敷地も広く、ゆったりと菊を見ることができました。
ブログの更新は怠っていましたが、行動をしていなかったわけではありません。
10月末には、神代植物公園で開催していた秋のバラフェスタに行きました。
今までバラフェスタといえば、新宿御苑か旧古河庭園しか行ったことはなかったのですが、神代植物公園のバラフェスタはとても規模が大きいです。
しかもバラの種類が多いため、終了間際に行ったにもかかわらず、十分にバラの花を楽しむことができました。
まだこのころまでは日中暖かかったこともあり、バラの花と日光浴を思う存分楽しみました。
ゴールデン・メダイヨン(ドイツ)
モンパルナス(フランス)
菊の展示も始まっていました。
再び高幡不動に行きました。
前日に雨が降っていたらしく,花に雨の雫がついていました。
高幡不動は,敷地内の山全体にあじさいが点在しており,その中の一部の区画が山あじさい園になっており,ワイルドな感じがします。
敷地の中で一番大きく立派なアジサイが咲いているところがあります。
残念ながらそのアジサイは咲いているところが高く、うまく写真を撮ることができません。
65歳はとうに超えてそうな高齢者3名(ニコンのカメラを所持)がよってたかってアジサイの花が咲いている枝を無理やり下まで引きずり下ろし、かわるがわる写真を撮影していました。
このあさましい高齢者は、中国人ではありません。残念ながらこのような下劣な振る舞いをするのは、今や決まって日本人の高齢者です。
これが朝日新聞の中の記載であれば、全部捏造ということすむ話なのですが、残念ながらこれは朝日新聞の記事ではありませんので、真実です。
高いカメラを持ってこんなことしかしないような老人達には、年金を支払ってもらいたくありません。
一人一人ならこのような恥知らずの行為に及ぶことはないかも知れませんが、集団になると何でもやってしまうというこのメンタリティーこそが第2次世界大戦の時の虐殺、レイプなどの鬼畜のような行為に繋がったのだろうと妙に納得した次第です。
少し紹介が遅れましたが、5月30日に旧古河庭園にも行きました。
今年も春のバラフェスティバルに行った次第です。
しかしながら、いささか遅すぎました。
バラはほとんど散っています。
様々な種類のバラがあるのですが、全滅又は一輪を残して全滅ばかりです。
一輪だけ残っているというのも千利休風にいえば、わびさびを感じることができるのかもしれませんが、やはり被写体としては寂しい限りです。
今年の秋か又は来年はもう少しいい写真を撮りたいものです。
Cardinal(枢機卿)というバラ
Helmut Schmidtというバラ
こちらはCharles-de-Gaullesという名前のようです。
高幡不動のあじさい祭りに行きました。
あじさいと言えば、白山神社や六義園のイメージで、決まった場所に集中してあると思っていたのですが、高幡不動は敷地の中に広大な庭というか山があり、そこにあじさいが点在しているのです。もちろん、その中の一部をあじさい山として、あじさいを集めたりもしているのですが、基本的には敷地の広い範囲に点在しているので、まとまった時間をとらないといっぺんに見切ることができるものではありません。
境内の案内図
ガクアジサイが中心でありましたが、セイヨウアジサイも咲き始めていました。
アジサイの種類も多いようなので、まだ当分楽しめそうです。
これは黒姫アジサイだっと思います。
敷地の中には88ケ所めぐりの仏像が置かれており、その近くにもアジサイが咲いています。
私が置いたものではありません。誰かが残していったものです。被写体に適しているので、そのまま撮影しました。