エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

立春と云えど

2012年02月05日 | 
立春と云えど、まだ「遠からじ」であり「まだき」である。



しかし、この二日間は比較的穏やかで、暖かい日であった。

日向ぼっこ日和であり、かつ春の柔らかな日差しは感じられたのであった。





      日向ぼこ木の温もりに座りおる       野 人





沈丁花の蕾が赤味をいや増してきた。
芳香を放つ日も間近なのであろうと推測できる。

立春・・・故人は良く観察していると感心しているのである。

24節季の巧みさは言をまたない。
実に的確で、加えて美しい言の葉で表現されている。

日本語が象形文字であることによる美学が24節季に凝縮されているとも言えるのである。
正に、日本語は象形文字であることによって、文字に意味のある言語となりえたのである。
俳句は、日本語だからこそ生れた文学であるのだ。



俳句は、その美しい日本語によって紡ぎだされる短詩である。



この冬は「冬夕焼」を良く詠んだと過日紹介した。



実はもう二つ多く詠んだ対象がある。
一つは「蠟梅」であり、もう一つは「福寿草」である。






      蝋梅や花重ねても寂かなり       野 人




句会に出せなかった俳句も多い。
だがしかし、一つひとつの俳句が愛おしいのである。





   
      思い出をつけ加えたり福寿草      野 人



      


今日の穏やかな日和に、身体が布団のように干された。
そして、パタパタパタと叩かれて誇りが払いだされた気分である。

春・・・美しく待ち遠しい季節である。
春・・・匂い立つような語感である。





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 荒野人


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