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エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

今夜はお星様が綺麗である!

2009年12月19日 | 日記
晴れ上がった夜空である。
モナリザからの通知によると三日月が綺麗だ!と言うのである。

残念ながら、東京のこの地区からは月が見えないのである。
先ほどまで、街中をカメラをぶら下げてほっつき歩いていたのである。
星は、輝いている。
北斗七星も鮮やかに中空にかかっているのであった。


今日の昼には抜けるような空が広がっていて、ケヤキの落ちていない枯葉が空を区切っていた。


夕方の空は、雲が浮遊しつつ夕日に照らされていた。
これはこれで「雲は天才である!」と言わざるを得ないのである。


我が家のジャコバサボテンの花は、ピンクに染まりつつ咲いているのである。
この花は、次々と咲いて楽しませてくれる。
性格の良いサボテンである。


気がつけば、モクレンの蕾が膨らんできているのである。
暖かい日が続いているのである。
ここ数日間は寒波が南下して日本海側と東北、中部地方は大雪に見舞われている。

大雪お見舞いを申し上げるものであります。


先ほど三日月を探して歩いたとき、薔薇の匂いに誘われた。
ピンクの薔薇が咲いていたのである。


そして赤みの強い蕾がひっそりと開花の準備をしている。
香りを溜め込んでいるのに違いない。

そう思うと妙にいとおしく思えるから不思議である。
「綺麗に咲いてね!」と声かけをして、その場をそっと離れたのであった。

もしいま起きているなら、寒さ対策をされてお星さまをご覧になられたらいかがだろうか?
素晴らしい星空が待っているのである。




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                     荒野人


フィリピンの旅は野性的である

2009年12月19日 | 旅行
フィリピンの治安が不安定である。
貧しさからの解放が未だ進んでいないのだろうと推測するしかない。

それこそ、環境問題と合わせた古くて新しい課題「南北問題」を考えざるを得ないのである。
貧しさからの解放こそが、この惑星を救うであろうと確信する。

COP15が産みの苦しみに喘(あえ)いでいる。

キリスト教十字軍による世界への武力進出以来、宗教の教義を守るとする殺戮は今も続いている。
かつては「植民地」として支配し、現在社会では暴力による「恐怖政治」が支配の根源的政体となってしまった。
悲しい現実である。

この暴力的支配は児童にその犠牲を強いている。

かつてこの国フィリピンはそうした児童労働と虐待の代表的な国であった。
いまは、宗教的な暴力の前にすくんでいる。

フィリピンは、都市部よりも田舎が素晴らしいのである。


町の夕景である。
空に色が茜色に染まって綺麗だ。
ただし、以上に電線がおおいのも特徴的である。


ここは工場の構内ではない。
町中の景色である。
道路上は電線だらけだ。

ひどい場合は、電線の束が(おそらく100本以上)頭上に通っている。


ここは港町のホテル前の通りである。

この国の資産家は中近東系の人たちが多いのである。
だから、中近東系の働き手がどこにもいる!といった気配である。
黄色い服を着た子は、絵葉書を売っているのだ。

ぼくは、このホテルを出て港に向かった。


フェリー乗り場である。
人口密集地であっても、港の埠頭から外海に出ると海水は綺麗である。


フェリーの曳航である。

島に向かうのである。

                              つづく



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                 荒野人

昨日の昼食は?

2009年12月19日 | グルメ
昨日の昼は、ぼくの友人たちとの会食となった。
食事を共にする場合、それは気心の知れた人であることが最も重要な要素である。

例え、そんなに豪華でなくても美味しくなってしまう。
人という調味料のなせる技である。

会食の場所は、蕎麦屋さんである。
場所は教えない。
人数は5人である。

メニューは二種類となった。

天丼の着いた蕎麦定食と三色蕎麦である。


これは天丼と蕎麦である。


これは天丼とうどんである。


天丼は、貝柱・海老・烏賊・芋・人参などの海鮮と野菜がサイコロ状となって分厚く揚げられているのである。


サラダはフレンチ・ドレッシングがかかった水菜である。
シャキシャキした触感が爽やかである。


三色蕎麦定食である。


こんな立派な天麩羅が付いてくる。




それぞれの蕎麦の盛である。
美味そうではないか。

これで一人千円しないのだから、食後には結構お得感が残るのである。

さてさて、気心の知れた仲間たちと食事して楽しい時間を過ごしたのであるけれど、天気は快晴であった。


蕎麦屋の近くでは、トランペットの木に花がぶら下がっていたのだ。


ブラシの木に赤い花が開きつつあった。
寒い中で咲く花ではないのだけれど・・・やはり暗澹とした気になったのである。

環境問題は何時でも気になっているけれど、それでも余りあるのは楽しい食事の時間であったことだ。



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