ダウンワード・パラダイス

「ニッポンって何?」を隠しテーマに、純文学やら物語やら、色んな本をせっせと読む。

『竜とそばかすの姫』を考える。03 なぜ、すずは竜を?

2022-10-16 | 映画・マンガ・アニメ・ドラマ・音楽




 『竜とそばかすの姫』の話が宙ぶらりんになっている。当ブログでは「手を付けたものの中断してそのまま」の案件がまことに多い。「あらためて文学と向き合う」のカテゴリなんて、本来なら今年度のメインとなる筈だったのに完全に忘れ去られている。『戦争と平和』『カラマーゾフの兄弟』『自負と偏見』『ミドルマーチ』『赤と黒』『レ・ミゼラブル』ときて、あとの4作は何やねんという話である。もちろん自分の中では決まっていて、ドイツ、アメリカ、そして本邦から1作ずつ選び、ラストに近代以前の古典のなかから凄いのを1本、という心づもりでいるのだが、こんな調子ではおそらく生きてるうちに終わるまい……というよりそもそも始まるかどうかもわからない。まあ、じっくりと腰を据えた評論はあきらめて、ダイジェストふうに凝縮した批評だったらできるかもしれないが……。でも簡にして要を得た批評ってものは往々にして長文よりも難しいのだ。
 とにかく、安倍元首相が暗殺された7月8日いこう、落ち着いて「文学」やら「物語」に耽っていられないのは確かなのだった。
 それでも直近の「竜そば」の話くらいは片づけたい(それにしても「竜そば」という語感はなかなかのものだ。豪華な具材がたっぷり入った中華麺を連想してしまう)のだが、テレビでの初放送から3週間が過ぎても、ビデオを見返す気分になれない。『君の名は。』の初放送を録画した際は、劇場で観ていたにも関わらず、立て続けに2度も見返したもんだけど……。
 だから本格的な考察はできないので、これも覚え書きていどのものである。
 なんにせよ、『君の名は。』にはぐいぐいと引き込まれたが、『竜とそばかすの姫』にはまるで感情移入できないのだ。
 『君の名は。』の中盤、瀧が三葉を探し求める心情は痛いくらいにわかる。「オレだってこの状況なら必死になって捜すよ」と思う。いっぽう、すずが自分の大事なライブを妨害した竜の正体を追究する心情はわかりにくい。
 むろん、「すずが竜の中に自分とそっくりの哀しみと孤独を見出したから」だと細田監督は言いたいんだろう。しかし、それがこちらに伝わってこないのが駄目なのである。理屈じゃなく、有無をいわさず響いてこなきゃ嘘なのだ。
 舞台となる仮想空間の名称は「U」である。竜のシルエットを特徴づける2本の角はUの形をしている。そして、ベルの容貌を特徴づけるそばかす(というよりほとんど隈取に見えるが)も、左右でそれぞれUの字を描いている。たぶん、細田監督はそういった趣向で(図像学的に? 記号論的に?)2人が「似た者同士」ってことを示唆してるつもりなんだろうけど、そんなマニアックでマニエリスティックなやり方ではなく、話の流れでしぜんに観客を納得させなきゃしょうがない。
 だからやっぱり脚本が下手なので、なんで今作に限ってこう下手なのかといえば、これまで何度もいってきたとおり、「地味な女の子が隠れた才能を開花させる話(≒シンデレラ)」と、「ちょっと風変わりな女の子が、恐るべき怪物……とみえて実は純真な王子様と心を通わせる話(≒美女と野獣)」とを無理やり一緒くたにしてしまったせいだ。
 とにかく、序盤早々、「なぜ、すずが竜の正体をけんめいに探し求めるのか?」が腑に落ちぬままにストーリーだけがどしどし進んでいくので、面白くなるわけがないのである。
 「SEEK & FIND」というエンタメの王道技を繰り出していながら、それが空を切ってるんだから勿体ない。
 すず=ベルの歌があれほどのパワーを持っていたのは(中の人がmillennium parade ×中村佳穂だということを度外視して、作品のロジックだけに即していえば)、彼女の悲しみと孤独がそれだけ深かったせいだろう。そして、恵くん=竜があそこまで強かった理由もまた、彼の抱えた悲しみと孤独がそれだけ深かったせいだ。つまり、ベルの力は「他者との共鳴を促す」ほうに特化しており、竜の力は「他者を攻撃する」ほうに特化していた。両者はいわば表裏一体なのであり、だからこそベルは竜に惹かれた。
 こういうのは物語の定跡なので、細田監督がそれを目論んでいるのは理屈としてはわかるんだけど、あくまでも理屈としてはわかるってだけで、話の流れの中でしぜんに響いてはこない。
 2つの物語要素を強引に結合させたのが失敗とはいえ、それでも、脚本と演出を練りさえすればもう少し良いものになったはずなので、今回、細田監督は何かほかのこと(たとえばディズニーから招聘したアニメーターとの擦り合わせとか)に気を取られていたとしか思えない。
 他にもまだ言いたいことはあるのだが、この作品を語ることにこれ以上の熱意を保てないので、わが『竜とそばかすの姫』評はいちおうここまでと致します。たとえば『鎌倉殿の13人』に絡めての実朝の話とか、いろいろとブログでやりたいことはあるのだが、政府が底知れぬほど無能(なのかあるいは本気で壊日を画策している)せいで生活が苦しく、やらねばならぬことが山ほどあってままならない。困ったもんだ。