エミリーのつれづれ

日々の暮らしぶりを紹介します。

いよいよ旅もおわり・・

2011年05月25日 | Weblog
           

5月24日(曇り)
どんなに楽しい旅もスタートをした時から終わりへのカウントが・・・。景勝地を訪ね、その合間に笑い、おしゃべりし、美味しいものを食べと、あっという間の一週間でした。


18日は初夏らしい暑さのなかを出発しましたが、週末から天気が崩れ、南国・四国にいるのに肌寒い日が続いています。行きも車の後部は荷物で一杯でしたが、帰りも、土産と美食で体重が増え分が加算され前の車体が浮き上がるほどです。

心も身体も車もぷくぷく満腹状態で友人のご実家を後にして帰路へ。帰りは徳島・淡路島を通って奈良へ。4時過ぎ無事安着。走行距離は1530kmでした。すべて行程を一人が運転されましたが、私は後ろ座席で、喧しい外野係り(おしゃべり時々居眠り)に終始しておりました。こんな楽しい旅をまたしてみたいです。♪



桂浜から五台山・竹林寺へ

2011年05月25日 | Weblog
   

5月23日(雨)
昨夜からの激しい雨はまだ止んではいませんが、今日は桂浜へ。きれいに整備された遊歩道を歩いていくと公園の一角に「坂本龍馬像」が立っています。観光スポットだけに、雨の中も大勢の観光客が来ています。

岬の突端に立ちました。「龍馬」ほどに凛々しい姿ではありませんが、私も腕組みしてどこまでも続く広い海原を睨みつけ、「龍馬」の熱き胸のうちを想像してみました。そして今の日本の状況を「龍馬」ならどのような「策」を打ち出されるかと、天の声に耳を傾けましたが、この広い海のように茫洋していて分りませんでした。

   

昼食は近くの中央市場にあるすし屋に入り、新鮮な魚で握った「寿司」をいただきました。「ごっつう」美味しかったです。
そのあと「五台山」にのぼりました。ここはNHKの高知の天気予報の映像に使われているスポットであるとききましたが、城の天主閣から見た市内とはまた一味ちがう顔を持つ市街地が広がっていました。


そして四国霊場第31番札所「竹林寺」に行きました。いろいろな事に感謝し、心静かに手を合わしました。境内の樹木は雨に洗われ、緑が更に映えてすがすがしい空間でした。
  

             

北川村「モネの庭」へ

2011年05月25日 | Weblog
     

5月22日(晴れ)
今日は先ずは「龍馬の生れた街記念館」へ。ボランティアの方の丁寧な説明をうけながら、一階から2階へと案内していただきました。昨年のTVドラマ「竜馬伝」を見ていたので、龍馬が育った風土や家族模様がよくわかりました。

この館をでた後、東の方向・室戸岬に向かって走ります。途中「南国市」を通過したところで、走行1000kmを越えました。ここからひたすら美しい海岸線を走り、「奈波利」を越え、山間部に入り「モネの庭」に到着しました。

  



画家モネが愛した風景を模した花の庭・水の庭・風の庭をゆっくり散策して睡蓮や初夏の花を堪能したあと、北川村の北川温泉に行き、まったりとした湯に浸かり疲れも一掃。
天気が崩れ始めた3時過ぎに高知市に戻り、車を置いて歩いて昨日下調べをしておいた「ひろめ市場」へ夕食を食べに全員で傘を差して移動しました。
市場中央に設えてある食事コーナーで、あちこちの屋台から買い集めた珍しい珍味をテーブルに並べ、食べてはまた別の料理を買い、その度にビールを再注文してと・・、何とも気まま旅の醍醐味を味わいました。

高知市へ

2011年05月24日 | Weblog
         容堂の居室

5月21日(曇り)

友人の実家は市内にあって「龍馬の生れた街記念館」が近くにあり、早くから観光バスや遠来からの観光客が来ています。今日は同行の一人が友人の親戚の方と早朝から釣りに出かけたので、女どもは市内観光へ。先ずは歩いて高知城へ。
追手門をくぐって板垣退助・山之内一豊の妻らの銅像を見ながら石段をくねくねと曲がりながら登っていくと「本丸」に着き、ここで藩主が暮らした御殿内の上段の間を見た後、天主閣にのぼりました。1749年に再建されたもので急な階段がつく4層からなる高い望楼から、15代藩主山内容堂や吉田東洋・後藤象二郎・武市半平太・坂本龍馬たちが生き、活躍した幕末を想像しながら、どこまでも広がる近代都市・高知市街地をみました。

   

城を見学した後、近くにある繁華街を歩き、その一郭にある「ひろめ市場」に行きました。海産物を売る店・雑貨店・新鮮な食材を料理して食べさせてくれる屋台など60以上の店が迷路のように入り組み店を開いています。
カツオの塩たたき・どろめ(カタクチイワシの稚魚)・のれそれ(アナゴの稚魚)うつぼのたたきなど食べた事がない珍味が味わえます。

夜は友人が釣って来たアジと鯖を刺身とし、予約注文してくださった皿鉢料理を堪能しました。「こじゃんと旨い料理」は初めてです。土佐名産の「栗焼酎」を頂きながら遅くまで酒盛りを楽しみました。
  
                            友人の今日の釣果


②竜串・見残し海岸から高知へ

2011年05月24日 | Weblog
 
                    船底から見た海底
5月20日(晴れ)
時間がなくて見残した!「竜串・見残し海岸」へ行くため、昨日通過してきた土佐清水方向へ進路をとりました。

ここは砂岩台地が3000~8000年前の太古から波の侵食をうけて造られた奇岩が見られる場所です。
先ずはグラスボートに乗り込み(ここの船は船底の一部がガラス張り)珊瑚や熱帯魚の遊泳を見ながら、海岸線の突端(見残し海岸)へ。
「見残し」はジョン万次郎が名づけたといわれていますが、それより1000年も前、弘法大師がこの辺りを通りながら「見残し」て行ったという伝説があって、今も「見残し海岸」と呼ばれているそうで、1972年に国立公園の指定を受けています。
50分ほどの遊覧を楽しんだ後、「見残し海岸」の船着場に上陸し、蜂の巣のように無数の穴があいた奇岩、人が通れるような穴が開いたトンネルの岩、海綿状の岩肌、渦巻き状の岩、屏風を立てたような岩など、カーブを曲がるたびに現れる奇岩の連続に声も出ません。こんな光景を見たことがありません。そんな光景を堪能しながら急な坂道を登り展望台にでました。素晴らしい眺望です。
          

一時間ほどして迎えの船が到着し、その船に乗って竜串漁港へ。これまた大小の竹が横たわったような不思議な奇岩・奇壁の海岸線を歩きました。



四万十川を渡り56号線を入って高知へ。今夜から3泊お世話になる友人宅のご実家へ(ご両親が亡くなられ、現在は空家)に無事、安着

①足摺岬へ

2011年05月24日 | Weblog
   

5月20日(晴れ)
7時に朝食を頂いた後、ホテル前のジョン万次郎(この地が彼の出生地)の足湯を横目に見ながら亜熱帯の樹木や椿の並木トンネルの遊歩道を歩き足摺岬灯台へ。
月一回の地元民の清掃奉仕日が今朝であったのか、大勢の人たちが清掃奉仕に出ていて、歩く道は綺麗に掃かれていて、気持ちのよい散策道が続きます。
途中、空海伝説の奇岩(亀石・爪書石・地獄の穴)などを見ながら岬の突端に立つ白亜の灯台に着き、木立の間から太平洋を眺望しした後、234段の石階段を下り、白山洞門(県の天然記念物)に到着。
高さ16m・幅17m・奥行き15mの穴の向こうから太平洋の波が白いうねりをつくり出たり入ったりしています。長い年月、波が造った迫力ある造形美に感嘆あるのみです。

  

今度は234段の階段を息あらく上って車道にでて、近くの金剛福寺(四国霊場38番札所)を参拝。早くから白装束の巡礼者の姿がありました。


愛媛県(松山)から高知県(足摺岬)へ

2011年05月24日 | Weblog
    
  道後温泉本館(日本最古の湯)      からくり時計

5月19日(晴れ)
昨夜は長距離のドライブで疲れ、夜の温泉街の散策はせずに寝たので、朝食後ホテルの近辺を散策する事にし、先ずは道後公園に行って展望台から松山城を遠望し、温泉街を歩いて「砥部焼き物」を見たり、おみやげを見たりとブラブラ歩きを楽しみました。

10時過ぎ松山から宇和島を目指してドライブ。56号線は内陸部を走る道路なので新緑と、山の斜面に続くタワワに実をつけた「枇杷」に初夏を感じながらのドライブを楽しみました。

    

宇和島から海沿いの道を走り「田茂岬」へ。途中、「みしょうMIC」からグラスボートに乗り宇和海・海中公園にいきまました。
グラスボート(水中展望船)は船の側面がガラス窓になっていて、この窓から海中の珊瑚(シロコ珊瑚)や色鮮やかな熱帯魚の小魚の群れがみえます。「鹿島」に上陸し、エメラルド色の海を眺めたあと再乗船して船着場へ。ここから「宿毛」に入り愛媛県から高知県へ。



321号線の美しい海岸を眺めながら土佐清水へ。ここから足摺岬の突端へは3つのルートがありますが、不案内の我々は外海線を走ったので、だいぶ遠廻りをして突端にあるホテルに到着。今日の走行距離は350kmです。

温泉に入って疲れを取った後、豪華な皿鉢料理に舌鼓をうちながら、今夜もまた乾杯。寝る前にホテル屋上に造られた露天風呂へ。漆黒の空に少し欠け始めた下弦の月が大海原の上に見え、何とも豪快な眺めでした。

   


一路四国へ

2011年05月24日 | Weblog


5月18日(晴れ)

朝8時半、迎えの友人夫妻の車に乗り込み我が家を出発し一路「四国」へ。今日から1週間の旅に出ると聞いた友人達は一様に「四国八十八ヶ所巡礼の旅に出るの?」と聞かれますが、今回の旅は2夫婦と私の5人で「四国一周の遊覧と美食」が楽しみの、何とも気楽な旅です。

兵庫県・池田インターも渋滞なく通過し、中国自動車道の左右の新緑を装った美しい野山の風景を楽しんでいるうちに「しまなみ海道」へ入る山陽自動車道路への分岐点を見過ごしてしまい、岡山県を通過し広島県まで来てしまったので、三次インターで下り、184号線を南下して「尾道」へ。ここからようやく「しまなみ海道」へ。

「しまなみ海道」は瀬戸内海の浮かぶ因島・生口島・大三島・伯方島の4島が大きな橋で結ばれ、島から島へと移動していくのですが、ほとんど島内の道からは海が見えないので瀬戸内海を渡っている感覚は全然ありません。
大三島の「大山祇神社」は行ってみたい場所であったので、ゆっくりと参拝し、他の島は外周を走っただけで四国・今治へ。
今治からは松山方向に向かって317号線を走り「道後温泉へ」。5時半にホテルに到着し、温泉に浸かり、海鮮中心のお料理を頂きました。
本日の走行距離は520km。途中道を何度か間違えたので、運転してくださった方の疲れは大変だったと思いますが、一日目の安着を祝って皆で乾杯しました。

    

「大山祇神社」                  樹齢2600年の神木


耳をつんざくような松山水軍太鼓の演奏を聞く

近江八景めぐり

2011年05月12日 | Weblog
    

 石山寺

5月12日(雨)
詩吟仲間のバス旅行で滋賀県・琵琶湖西岸にある「近江八景」をめぐる一日旅行に出かけました。昨夜来の雨が朝になってもあがらず、どうなる事かと気になりながらのスタートでしたが、車窓からは雨に洗われた新緑の風景が素晴らしく、あっという間に八景の一つ・瀬田の「唐橋」に着きました。漢詩では「夕暮れの景色がよい」とありますが、車窓から車の往来激しい唐橋を眺め、2番目の石山寺(西国13札所)に到着しました。先ず、見えてきたのは東大門(重文)で門の右に赤ふんどし姿の「青鬼」が迎えてくれました。何でもこの青鬼は石山寺の中興の祖「朗澄律師」が死の床に就いた時「青鬼になって降魔招福を請願する」と伝えたそうで、以来、僧の命日5月14日に青鬼供養があるそうです。
この門から境内へ繫がる石畳はツツジが雨で落花し、紅い帯を広げたようなで新緑の緑に映え、思わず感嘆の声を上げました。
掛井造りの金堂を拝観し、紫式部も見上げたであろう「秋の月」を想像しながら、この境内で大江敬香作「近江八景」を皆で朗吟しました。
    

続いて三井寺(園城寺)に行き「三井の晩鐘」で有名な鐘楼(600貫2250kg重文)を見ました。仲間の一人が300円で鐘を一突された、その音色はやさしいものでした。金堂(国宝)を拝観した後、新緑に包まれた広い境内を歩きました。参拝客も少なく、すがすがしい佇まいに心洗われる思いがしました。
昼食のあと、「堅田の落雁・浮御堂」を拝観し、琵琶湖大橋を渡って東岸へ。琵琶湖の西岸の奥に見える比良の山並みは白い雲を纏い、まさに詩の「比良の雪」のようです。そんな景色を楽しみながらスタート地点「唐橋」に戻り、「琵琶湖周航の歌」や「琵琶湖」を詠いながら一路奈良へ。楽しい一日旅行でした。

     
              三井寺(金堂・鐘楼)
            

  浮御堂(湖上の安全を祈願して恵心僧都が建立)


暑い!

2011年05月09日 | Weblog
      
5月8日(晴れ)

「こどもの日」は過ぎましたが、今日は南風が吹き、鯉のぼりが気持ちよく大空を泳いでいます。下界のほうは気温がグングンあがり25度を超えました。車の窓を全開して走っていても車内は暑く、とうとうクーラーを入れました。
明日からは気温がさがり、雨になると予報が出ていますが、どうなるやら。今夏も昨年同様に暑くなるのでしょうか。節電が叫ばれていますが、今日のような暑さが続くと、ちょっと自信がなくなり、扇風機を出してしまいました。