エミリーのつれづれ

日々の暮らしぶりを紹介します。

浦島花子さん状態のわたし

2016年01月31日 | Weblog

 1月31日

  

             今日の始まりはソリ遊びから

  

         旧 租界地 イタリアの風情を残した街                                マルコポーロ広場

出かける前に外を偵察してきた息子「寒風で頬が痛い」の一言で、昨日より重装備(ホカロンの補給)をして出発。先ずは孫が夢中になっている河の臨時ソリ乗り場へ。2日目となれば、ソリの操り方も上達し、対岸までの競争や3人乗りまでやり、時々、スッテンコロリと転んでも泣かずに立ち上がり、孫も大人も夢中。1時間ほど遊んで、次の場所にタクシーで移動。タクシーはひっきりなしに走っているので、ほぼ待ち時間なしで捕まえることができます。

     

  天津の台所「南市食品街」 お店を覆うアーケードができて雰囲気は一変。2階はレストラン・1階は胡麻菓子中心のお店と屋台          今日も飴菓子細工に夢中の孫

   

移動中のタクシー(鉄格子で遮断 )  五大道(旧租界地)を馬車で遊覧(20分・一人1600円・御者の横に座ったので馬の排便をばっちり目撃。寒さと臭さで郷愁感はゼロ)。イギリス、フランス人が住んでいた洋館が残るエリアー

   

    よく通った花鳥市場      春節に欠かせない水仙の鉢植え      雑多の店舗やざわめきは当時と同じ。

          

20年前に住んでいた新興住宅地の我が家。(住所は白堤路 学府花園)   夕食は韓国鉄板店に(今回の旅でも韓国人と間違えられる事がしばしば)

今回の旅で一番に訪れたい場所です。着任時からの仮住まいシェラトンホテルに4か月逗留した後の新居(会社が購入)。完成1か月遅れで入居したものの、断水、停電などに悩まされながらも、やっと生活の基盤ができた住まいです。当時としては庶民が羨む3階建ての一軒家で、周りは外国企業の駐在員家族が大半の、名の通り閑静な住宅地「学府花園」です。お隣は難関名門校「南開大学」の広大なキャンパス。近くには蔵書整理に行った天津図書館、主人が風邪で入院したヘリーポートを備えた天津中心病院もありました。

大学と道路を頼りに探しますが、心象風景と合う場所が見つかりません。やっと路地奥にひっそり佇む一画が「学府花園」のようです。あまりの変貌ぶりに唖然。

ここまで来る間も、タクシーの小さな窓から通り過ぎていく風景は大層な様変わりで、異郷に迷い込んだ旅人の心境「浦島太郎ならぬ浦島花子!」と、ため息の連続でした。現代の中国の飛躍的躍進の中では20年の空白は100年以上の重みを感ぜずにはいられません。気落ちする私を慰めて、孫推薦(焼き櫛が程よく自動回転するのが珍しい)の韓国鉄板店へ。帰路、天津タワー、オリンピック中心体育場、ネオンが瞬く天津駅、連なる高層マンション群を見ながら、またまた「びっくりポン」の連発です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 


周辺を探索します

2016年01月30日 | Weblog

今日も-6度の寒さですが、みんな重装備完了で、出発で~す。

         

 マンション通用門前の紅葉 実は偽物   対岸の歩道で手鞠を遊ぶ人、後方は太極拳を楽しむ人達たち。  氷上に降りで遊ぶ息子家族。

    1月30日 

ソリ代金は15元(300円)            息子と孫に押してもらい氷上ソリを楽しむ私

    

 行列ができる包子店           一皿 15個で約300円。3皿を注文し満腹・満腹。残った分は持ち帰りができます。

    

中国の正月。春節を飾る年画を売る店      綿菓子・飴細工を楽しむ孫(ウサギを頼んだのに豚が出来上がり、ニコニコ顔でやり直しを(現地人価格の倍は請求されたんだから)

     

  鼓楼古文化街(中国画の店が軒を連ねる地域)    書法家の店でお茶をご馳走になりました     夜は予約を入れておいたステーキ店へ

天津は現在1500万余の人口を持つ中国四大直轄市の一つであり、北京から140キロメートル、高速鉄道や高速道路で結ばれています。市は13区3県からなり、息子の住む天津市区の南開地区は市の中心地区になり、商業や娯楽施設が集中する賑やかな場所です。今日は息子も休みとなり、この周辺を歩くことにしました。一つめの古文化街は春節を迎える準備で、大勢の人が集まって買い物を楽しんでいます。

昼食は古文化街の庶民的な店へ。蒸し立ての湯気を上げた包子(中華まん)は庶民の好物。店内は行列ができています。厨房のおじさんは目が回るほど忙しいのか、ぐずぐずしていると怒鳴り声がかえってきます。それでも美味しいので店は大繁盛をしています。満腹の後はもう一つの古文化街へ。ここは古籍や書画の店が軒を連ねていますが、観光客は少なく、閑散としていて、客待ちの店主たちがトランプ遊びなどをしています。工作画の本を探しながら歩きました。今日は周辺を散策し、5㎞は歩いたでしょうか。5時過ぎにマンションに戻り、仕切りなおして予約していたレストランへ。昼食代の数十倍のお値段でしたが、それに見合う満足感がありました。

満腹状態でマンションへ。孫はそれからヴァイオリンのお稽古。4歳なのに、よく頑張ります。私はヘロヘロ。このブログを書くだけで精一杯です。今日も下手な中国語で民間外交も値切りもしっかりやりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    


びっくりポン第2弾

2016年01月29日 | Weblog

      

  住むマンション前の公園での孫         マンション傍の海河  完全に川は凍っています。

      

金湯橋の下、 氷上を歩くおじさん               河畔の放置された車はコチコチです                  凍りついた川

      中国のお正月「春節」はまもなくです。

    古文化街  ここでも20年前の印象とつながりません。

    マンションの敷地内のプライベートゾーンから入った食堂街で今夜の食事    

1月29日

朝7時。外はまだ真っ暗です。息子の出勤を見送ってから、もうひと眠りしたら9時半になっていました。午後から近くを散歩しました。先週の土曜日は-23度だったとか。今日は-6度。凍てつく寒さで、マンション前の公園で遊ぶ子どもはいません。嫁も孫も重装備、私もズボンを2枚重ねてゴロゴロ状態ですが、ブーツ底が薄いので、靴なかの指先はアイスキャンディのようにカチカチです。6時近くまでマンション周辺を歩き回り、息子の帰宅を待って、今日も外食です。どれもおいしく満腹、満腹。

 

 

 

 

 

 

 


 「第一声は・・  びっくりぽんです。

2016年01月29日 | Weblog

  

     中国天津国際空港             地下鉄駅から地上にでて{びっくりポン」です

 

1月28日、チャイナ・エアラインの機内に入った途端、離陸前と言うのに、そこは日本ではなく、まさに「中国」です。満席の周りを見回しても中国人。アナウンスも客室乗務員も中国語と英語のみ。急変の異文化体験に慣れぬままに、機は上昇し、白い雲の中に入っていきました。3時間余が経過し、大連に到着。入国検査を受ける時、宿泊先を聞かれ「・・・」。息子の転宅先の住所を確認していなかったのです。仕方なく「必ず天津空港に息子が出迎えに来ています」を拙い中国語で話し、無事に通過。機は渤海湾を飛び越え、約50分の飛行で天津国際空港に到着。外に出たら、息子がいません。ここでまた冷や汗です。(息子はなかなか出てこない私を待って傍のソファーに座っていたのですが)。ようや安堵の深呼吸の後に再会を喜び、空港の外に出ました。

20数年前、前任地のベルギーから日本に帰国せぬままユーラシア大陸を越えて次の任地国、中国は天津に来ました。当時は国内線のみの空港で、天津へは北京国際空港から車で入るので、新空港はもちろん地下鉄もはじめてです。天津の変貌ぶりに、第一声は口をあんぐり「びっくりポン」の連続です。

       

息子が住むマンションからの景色です。息子のマンションも30階の高層マンションです。室内は床全部が床暖房されており、室温は24度もあります。遅い夕食を食べにタクシーで街中に出かけました。20年前のタクシーは「面包」と呼ば。る食パン型の自転車も載せられるライトバンのようなタクシーがほとんどでしたが、今のタクシーはテレビ付き車で、またびっくり。

当時の一般月収は600元。今夜の支払いは500 元ほど。(一万円)。文化水準も生活水準も隔世の感があります。浦島太郎の心境です。まだ、20年前の印象と目の前の景色が重なりません。     深夜2時ごろまで仕事に精出す息子の姿を見ながら、私も興奮冷めやらず、なかなか寝付けません。


春を待つ薔薇たち!

2016年01月27日 | Weblog

       

誘引作業が終わっていない南壁     誘引作業が終わって春を待つ南壁

     1月27日

10年来の寒波が襲ってきて、震えあがっていますが、そんな中、薔薇の棘で手の甲に刺し傷を作りながら、枝の葉をすべて落し、誘引紐を外したのが昨年末の事です。

新年に入り、誘引を外した薔薇の枝は四方八方に伸び、傍を通るたびに棘が服や髪の毛に絡まり困っていましたが、薔薇の師匠が忙しく、なかなか手伝ってもらえる日が取れませんでした。先週末、ようやく師匠の手が空いて、我が家に来てくれ、伸びた枝の誘引と、寒肥えの指導を受けましたが、半分完了の状態で、北面、南面の壁が残っています。

今は殺風景な庭ですが、春の花咲く風景を思い描きながら、太陽を見かけたら庭に出ています。

   

           薬師寺 咲き始めた紅梅に春の息吹が・・・


新年早々、早くも反省!

2016年01月21日 | Weblog

     1月24日

                          支部長に感謝の花束を

所属している関西吟詩「哲菖会」の登美が丘支部が結成10年を迎え、今日、新年錬成会が行われました。お稽古している仲間・30余人が普段の練習の成果を披露しました。午後からは唐の詩人 李白の漢詩から好きな詩を各グループ毎に吟じる余興もあり、和やかな一日でしたが、私の出来は・・・。練習不足を反省。

 


初釜に

2016年01月19日 | Weblog

         1月19日

昨日から時折、突風と雪交じりの雨が降り、突然の天候異変に身体が付いていけず、震えあがっています。幸いにも今日は寒冷ですが太陽はでています。

友人宅での初釜に招かれました。がさつな暮らしをしていているので、にわかに上品な振る舞いはできませが、無礼なお作法を許してくださり、おいしい濃茶を頂戴して心豊かな時間を持ちました。

 

 


新年互礼会

2016年01月11日 | Weblog

     

                   わが支部の精鋭たちの合吟

1月11日

お稽古している詩吟の新年互礼会がありました。模範吟披露の後は喉自慢の各支部の精鋭5人による合吟が10組出場。所属する支部からも2組が抽選吟で勝負。賞はいただけませんでしたが、なかなか良かったですよ。後は余興大会、お楽しみ会ありで、楽しい半日でした。2週間後には支部内の新年錬成会があります。まだ練習が十分にできていません。どうしよう・・・。


元気で好奇心一杯のさくらちゃん!

2016年01月05日 | Weblog

          

         

我が家に滞在中の桜ちゃん。何をしても一生懸命。左上の写真は幼稚園のクリスマス会のオペレッタで演じたフラミンゴを披露してくれました。右上の写真は桜ちゃんのパパが描いた下絵に水彩色鉛筆でお絵描きをしています。

             できたよ、ばんざい! 

 明日、帰るので今日は3時間も集中して仕上げました。漢字のサインも何度も練習しました。子供の可能性は無限大です。活力も好奇心も枯れてきた私には刺激的な一週間でした。

 

 

 


行ってみたら・・・

2016年01月03日 | Weblog

    

 1月3日

昨夜はイタリアに留学中の孫と、そしてベルギー在住の次男家族ともアイパッドで交信ができ、お互い元気に新年を迎えられと事を喜び合いましたが、海外赴任先へ向かう長男、続いて娘家族も今日帰っていき、あとは3人だけになってしまいました。急に火が消えたような寂しさを感じます。

今日も好天でしたが、昨日も無風の好天で、みんなで新年には必ずお詣りする内の一つに行きました。ここを訪れはじめて30年は経つでしょうか。

場所は県立矢田自然公園と大和民族公園に挟まれた奈良市と大和郡山市の境にあります。道中、集落を通り抜けると、のどかな田園風景が広がっています。どんどんと山裾に入ると、池があり、竹林が迫り、その奥に白竜大神が祀られている古い神社があります。入口にはかって人が住む民家がありましたが、今は廃屋になっています。

我が家から新年の運動不足と満腹減らしには最適の地点にあるので、これまで行っていたのですが、何気なしに場所を検索したら「心霊スポット」と記されていてびっくりしました。奈良は古い土地柄ゆえ、いろいろな場所が存在するのでしょうね。