エミリーのつれづれ

日々の暮らしぶりを紹介します。

おさらい会

2010年01月31日 | Weblog
  1月31日(雨)
昨夜は満月が耀いていたのに、朝起きてみたら雨です。
今日はお稽古している詩吟の会の錬成会がありました。所属している支部では年に2回おさらい会というべき練成会があり、私は李白の「送元二」を吟じました。遠く異郷の地に赴く友への惜別の思いを詠った詩ですが、現代とは違い、永久の別れになるかもしれない友との別れの苦しみと寂しさを詠えきれたか。とにかく錬成会は終わりました。人の吟を聞き、また練習あるのみを反省したのは今更言うまでもありません。

      
会が終わってから、昨秋生れたお孫さんと娘さんが里帰りをしている友人の家に行きました。娘さんとは彼女が小学生の頃からの知り合いで、来週にはまた関東に戻るので「ご一緒にお食事を」と招待してくださったのです。
美味しいワインをいただきながらのすき焼きは最高のもてなしでしたが、ここにプラスαのお孫ちゃんの笑顔が加わりました。
本当に親の安定した心を反映したかのように、寝ているかと思えば起き、起きているかと思えばすやすやと眠り、起きれば話しかけたいような口をあけ、ニコニコと笑いかけてくれます。見飽きる事がありません。
「何故この子が生れてきたのかを考えれば愛おしくて、この子に私は生かされている」と言い切る娘さんの言葉から、母性の原点をみたようでした。

彼女は小学生の頃から坂本龍馬を敬愛していましたが、たまたまNHKの大河ドラマ「龍馬伝」を見ていたら、しっかり孫君も首を伸ばし、画面を直視しています。お母さんの好みも早やしっかり受け止めているようで、思わずパチリ。可愛いでしょう!。

春雷?

2010年01月28日 | Weblog
1月28日(雨)
明け方から激しい雨が降っていましたが、子供達が通学する時間帯には小雨状態となりました。(昨日は春を思わせる陽気であったのに)
9時過ぎ、ドドドドドーンと大きな音が。なんの音かと気になり、何回かの音で「もしかしたら春雷?」と、思わせるほど、氷雨ではない温かい雨のなかの雷鳴です。雨は昼過ぎには上がりました。奈良では3月のお水取りが終わらないと春が来ないと言われているので、今日の雷はお空の雷様の気まぐれでしょうか。

昼まえ、スポーツジムに行きました。最近、新しいプログラムが加わりました。サークルトレーニングといい、ダンベル、ゴム、マット、ステップ台、フラフープ、ウエストラインマシンと、7種類の道具(20台x20人)がスタジオ内に円形に並べられ、時計回りに順々にトライしていきます。30分間の運動ですが、いろいろな身体の部位を知らず知らずにトレーニングをしていき、終わってみれば汗ダクダク状態です。

フラフープは懐かしい道具ですが、なかなか上手く腰に留まってくれず、私のたこ踊りの奮闘に皆は腹を抱えて笑います。その笑いにもめげず、私は腰を振っていますので汗の半分は冷や汗かも。その後、マシンで3キロ歩いて今日のトレーニングは終了です。

快晴

2010年01月24日 | Weblog
1月24日(貼れ)
午後から博物館でサンディートークがあるので行きました。博物館では毎週ではありませんが、土曜日に公開講座、日曜日にサンデイトークがあります。
今日の演題は最近、博物館に寄贈があった南北朝・室町時代の仏像にスポットをあてた奈良の市井の仏師集団による彫刻についての講演でした。

終わってから奈良公園を歩いてみました。昨夜行われた若草山焼きの一夜明けた黒焦げの山肌をあちこちから見る事が出来ます。写真後ろの山が若草山(標高342m)です。
やがて春が来れば、芝が芽を出し、また緑の山肌を見せてくれる事でしょう。そんな日が近いことを思わせる晴天でした。

若草山焼き

2010年01月23日 | Weblog
  

1月23日(晴れ)
定例の博物館ボランティア活動日です。9時前に奈良公園に行くと博物館前から東大寺に向かう参道は、早や軒を連ねた屋台が店開きをしていました。午後から若草山焼き見物を兼ねた観光客が博物館に来られ、久々の盛況です。(今日は7時まで博物館の開館が延長されました)

ボランティアを終えた後、奈良在住の人から山焼き穴場スポットを教えてもらい出かけました。人の流れは若草山に向かっていますが、私は逆方向に向かい、JR奈良駅の傍にあるマンション13階からの鑑賞です。
6時前にその場所に着くと、すでに数人が来ておられました。精巧なカメラを持ったマニアの方たちです。その人達からポスターで見かける迫力ある映像は「多重露光で撮影する」など、山焼き情報や写真の撮りかたを教えていただきながら花火の揚がる6時を待ちました。眼下にはJR奈良駅の列車が長い光の帯を連ねて流れていきます
6時、花火が揚がりました。冬空に威勢よくポンポンと火の花が開いていきます。今年は遷都1300年を祝い、例年より多くの花火が揚がると聞いておりましたが、数を数える余裕もなく見惚れておりました。。(私のカメラは普通のデジカメの上、シャッターチャンスが遅いので、目で見るような美しい影像をキャッチする事は私の腕では無理でした)

花火が終わると山に点火された火が山肌を上がっていくのが見えます。その昔、付近の農民が野焼きをしたのが始まりとされ、その後、諸事情を経て、明治になって途絶えていた山焼きが復活し、平成21年から1月の第4土曜日になったと聞いています。
今夜は風もなく、一等地で山焼きを見る事が出来、幸先のよい1年のスタートになりました。

今年も美術館・博物館めぐりが楽しみ

2010年01月19日 | Weblog
     
1月19日(晴れ)
大寒が近いというのに季節はずれの陽気です。友人の怪我見舞いをかねて京都へ行きました。友人は年末、ちょっとヨロケて机の角に胸をぶつけただけなのに肋骨骨折をしたとか。幸い回復も早く、元気な様子に一安心しました。

帰り道、京都駅内の「えき美術館」で菊池契月展をみました。氏は明治・大正・昭和と3時代に京都を拠点に活躍した日本画の大家です。
画は人物・花鳥・山水に分けられますが、氏は人物画、特に歴史を画題にした人物画を描いてこられましたが、後には市井の人物画をも描かれています。そのタッチは繊細・優美・華麗で画面から、古来、日本女性がもつ芳しい色香と気品が溢れでているようで、声を呑むほどでした。
氏が白い紙に線描をされる時は物音一つたてない様、家人は最大限の気を使ったとか。研ぎ澄まされたような墨線をみると、そのエピソードも充分理解できます。
「観察に基づいた写実的表現」「写生に基づいた装飾表現」、この2つ表現が見事に画に具現化されていて魅了されました。

15年目!

2010年01月18日 | Weblog
1月18日(晴れ)
昨日は未曾有の阪神大震災が起きた日から15年ということで、報道もそのニュースが占めていました。
私はあの15年前の1月17日、主人の転勤先中国・天津におりました。衛星放送を通じ同次元でニュースを見て、すぐに安否の国際電話を入れました。大学生の甥が神戸で下宿をしておりましたが、無事との知らせを受けたものの、被害がどんどん広がりTVから目が離せない状態になったのを昨日のように思い出します。

その年の春節(日本の正月のようなもの)は1月31日で、私は少し早めに日本に一時帰国し、おにぎり2食分を持って甥の長田区の下宿先に行きました。その下宿先のアパートからも死者が出たという事でしたが、1階の彼の部屋は外壁が落ち、部屋の中から崩壊した街の風景が見えました。幸い甥は本箱がベットに倒れかかり、その隙間に入って助かったという事でした。天井や壁からのすさまじい土ぼこりを取り除きながら、身の回りの品をまとめる事に奔走した事、乗換えバスの長い列を覚えております。

当地、中国でもこの阪神大震災のニュースは大きく取り上げられましたが、79年に起きた北京・唐山地震で30万人が死亡したという大地震は世界に発信されなかったと聞きます。それは76年に文化大革命が終結したばかりで、世相が安定していなかったからともいわれています。
79年の大地震では北京に近い天津でも数万人が犠牲になり、当時の恐怖を阪神大震災で思い起こされた人も多く、しばらくは地震の話題でもちきりでした。

あれから15年が経ちました。新幹線の列車の窓からやルミナリエなどで、神戸の驚異的な復興を目にしていますが、人々に与えた心の苦しみや恐怖はそう簡単に消えるものではありません。
私の身辺も大きく変わり、15年の年月の重みを感じる昨今ですが、喉元すぎれば・・・・で、地震対策も人生設計も中途半端な状態です。今一度「生きる」という命題に真面目に向き合わねばと思った一日でした。

初稽古

2010年01月15日 | Weblog
  
1月15日(晴れ)

今年初めての墨絵のお稽古をしました。今日は9人。そのなかに上海で一緒に墨絵を習っていた友人が帰国した後、東京から大阪に転勤し、ようやく墨絵の道具が手元に届いたと、昨夜から泊りがけで来てくれました。

相変わらず、墨絵を描くより、来てから我が台所で作ってくださった蕪スープ、それぞれが持参くださった手作りスイートなどを食べ、おしゃべりするほうが多かったようなお稽古でしたが、絵は心を落ち着け、静かな自分の時空のなかで描くべきで、お稽古場所では描いてきたものを出し、少しヒントや筆入れしたものを持ち帰り、また描き足していくのがよいと私は思っていますし、また人の作品を見る事で「私も頑張ろう!」と意欲も湧くというものです。ですから集まる事もおしゃべりするのもお稽古の楽しみと思っています。

写真は駅のホームで感動した上村松篁氏の「丹頂」のポスターを模倣させてもらった私の今年初の絵です。この1週間、一日8時間ぐらい集中して描きました。もう少し手を入れていこうと思っています。
氏の気品ある絵と雲泥の差がありますが、私なりに苦労した模写作品です。
 

わ~い 蟹だ!

2010年01月11日 | Weblog
1月11日(晴れ)
朝早く「ピンポン」と玄関のチャイムが・・・。大きな冷凍箱を持った宅急便です。実はこの宅急便を待っていたのですが、でも・・・。というのは

年末、ある方から「美味しい蟹を送りますね」という電話。思いがけない突然の電話に動転し、「いやいや、そんなお気遣いくださいません様に。ムニャムニャ○x△*」と意味不明の言葉で電話を切りました。
子供達に言うと「ホンマ?」「幻聴が聞こえたのではないの!」と言われ、お電話をいただいたものの、配達日を聞いていないし・・・。
「もしかしたら○x△*」かもと思いながらも、友人達と蟹旅行を計画すれど立ち消えになるし、街まで食べに行く予定もないし・・。と、実は宅急便を心待ちに待っていたのです。
その蟹が届いたのです。すぐに京都の娘宅に電話をし、明日は学校があるので、なんとしても「今夜来て!」と緊急招集をかけました。

ということで、夜7時前、娘家族が到着しました。早速、蟹鍋が始まり、また正月の再現です。お腹一杯、幸せ一杯です。「めっちゃ美味しい!」という家族のメッツセージを伝えるだけで、蟹の写真をお見せする皆様、ごめんなさいね。9時過ぎ、腹鼓を打ちながら娘家族が帰って行きました。

京都へ

2010年01月08日 | Weblog
  1月8日(晴れ)
トロンボーン奏者で自称3男坊の奥さんはピアニストで、京都の某女子短期大学で非常勤講師もしていますが、その学校でピアノリサイタル(ニューイヤーコンサート)があるというので出かけました。開演が4時からというのでその前に、京都国立博物館で開催中の「ハプスブルグ」の特別展をみました。
600年以上もヨーロッパで君臨したハプスブルグ家だけに、その至宝の工芸品や絵画は素晴らしいの一言でした。16~18世紀の名画の数点は旅先のヨーロッパの教会や美術館で見たものもあり、感慨深いものがありました。

そのあと、京都の西南にある会場の大学に行きました。開演1時間前に着いたので会場はまだパラパラ状態ですが(写真)、開演時間になると700人から入る大講堂は8割の人で埋まりました。
今日の演目はベートーヴェンの3大ソナタ悲愴・月光・熱情です。この演目の彼女のピアノは昨3月に別のホールで聞きましたが、会場の大きさ、ピアノの違いもあり、また彼女自身のベートーヴェン解釈と表現が進化したのか、すこし違った印象を持ちましたが、素晴らしい演奏でした。

美術館へ

2010年01月06日 | Weblog
1月6日(晴れ)
年末の事。私鉄の駅ホームの壁に貼ってあった松柏美術館の「白の魅力」というポスターに目が止まりました。上村松篁氏の代表作・額装「丹頂」一対の右側の絵で、銀世界の竹やぶの傍に丹頂鶴が一羽、墨と白の濃淡だけの色で描かれ、スクッと気品高く立っています。
余りの素晴らしさに模写しようと意気込み、駅員さんに頼んでポスターを頂いてきました。早速、墨で輪郭を描いてみましたが、白と墨の濃淡の繊細さの表現が分らず、筆が進みません。

年末から4日まで松柏美術館は休館していましたので、今日は墨絵仲間を誘ってへ行ってきました。本物の大きな絵を右から左から眺め、ますます難しさが分ってきました。説明を読みますと
氏は初め、多彩な色を使って鮮やかに花鳥を表現されてきましたが、後年「一切の無駄を排除した白と黒で多くの色彩を表現する」事に苦心され、氏だけの神秘な白の世界を描く事に成功されました。
どこまで模写できるかわかりませんが、頑張って描いてみようと思っています。

写真は美術館の庭に咲いていた「炉開き椿」です。お茶室の炉を開く秋から咲く一重の淡桃色の小さな花です。とても可憐で、思わず足を止めました。