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旅の淡彩スケッチ便り

水絵描きと申します。旅と絵を描くことが好きです。国内外を旅行した思い出とともに旅先で描いた絵を載せています。

サンチャゴデコンポステ-ラ大聖堂

2011年02月14日 | 旅行記

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国境を超えスペインに入り、1時間ほど走ったところで、歓喜の丘に着きました。長い旅の末、サンチャゴ デ コンポステ-ラが望めるこの丘にたどり着いた巡礼者が歓喜の声をあげることからこの名が付いたとか。私たちが着いた時も、ホタテガイをリュックに付けた若い二人の巡礼者に会いました。聞くとドイツから徒歩で来たとのことでした。

丘を下りてしばらく走ると大聖堂に到着しました。目指すヤコブの門は大聖堂の裏手にありました。門を入り、狭い階段を上って眩しく光輝くご本尊の聖ヤコブの像に後ろからハグして接吻しました。こんなことができるのは今だけです。

ここはロ-マ、エルサレムと並ぶキリスト教の三大聖地のひとつとなっています。フランスのブルターニュのヴァンヌ市に住んでいる、熱心なカトリック教徒である娘の義父母も、この街を目指して徒歩で巡礼の旅をしてきました。当時は勤めがありましたので、できるのは夏のバカンス休暇のときだけ。祖父のジェラ-ルさんが車で伴走して、何回かに分けて旅をしたそうです。なぜ巡礼者がホタテガイを身につけるのか不思議でしたので義父に聞くと 「セ トラディショネル それが伝統というものです。」という答えが返ってきました。

絵は今年の年賀状にした絵柄のひとつ 大聖堂です。


ヴィ-ニョ ヴェルデ

2011年02月07日 | 旅行記

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ポルトを発ち高速道路を北上してスペインへ向かいました。今回の旅は、入ると全ての罪が許されると言われ、約10年に一度開くサンチャゴ デ コンポステ-ラ大聖堂のヤコブの門を通ることがウリとなっていました。今日はそこへ行く予定になっています。

相変わらず体調が優れず咳と吐き気が続いています。北上するにつれ気温が低下してきました。「なんで絵も描けない寒い冬にこんな遠い所まで来たのだろう。ひょっとして私が知らない罪があって、それを許してもらうためにここに来たかったのでは。」と相方に愚痴を言いましたが「10年後の貴方は80歳。今回が最後のチャンスです。」と言われ納得する他はありませんでした。

絵は高速道をバスで走行中に見た風景です。スペイン国境に近いこの辺は川が多く、あたり一面川霧がたちこめていました。ここはまたヴィ-ニョ ヴェルデと呼ばれる緑のワインの生産地で有名なところです。試飲する機会がありましたがアルコ-ル度が低くフル-ティ-で飲みやすいワインでした。


葡萄酒運搬船

2011年01月31日 | 旅行記

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10年近く絵を描いています。長い老後をどう過ごすかと思っていましたが、この趣味を選んで本当に良かったと思います。お蔭さまで退屈することもなくなりました。

絵といっても千差万別ですが、私の場合透明水彩で描く風景画です。静物画や人物画はあまり描きません。ペンかダ-マトグラフで線描きしたのに淡く色付けしていますが使う紙はF2からF4まで。これ以上大きいのは使いません。屋外で描く場合も持ち運びが便利ですし、描きためたのを整理するにはクリアファイルがあればOK。でも一番のメリットはスキャナ-に入れてパソコンに取り込むためにはF4がぎりぎりの大きさだからです。

絵はドウロ川に浮かぶ葡萄酒運搬船、背後に見えるのはポルト市街です。ポルトは人口約30万。リスボンの300キロ北に位置し、ポルトガルの国名の元になった街として有名です。


ポルト夕景

2011年01月24日 | 旅行記

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     (画面上で左クリックすると絵が大きくなります)

トマ-ルを発ち、バスで4時間かけて訪れたポルトは既に夕方でした。夏ならば夜10時ころまで明るい欧州ですが、時は冬。日の入りは早くなります。

絵はポルト歴史地区にあるサン フランシスコ教会近くからの眺め「ポルト夕景」です。横からの夕日を浴びてドウロ川や建物などが黄色く染まり車などの影が長く伸びていました。


トマ-ル

2011年01月17日 | 旅行記

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    (画面上で左クリックすると絵が大きくなります)

昨年末にポルトガル8日間の旅をしました。出発の前日、添乗員さんから欧州は寒波で寒い上に、最近は雨が多いので雨具を忘れないようとの電話がありました。おまけに風邪をひいて体調は最悪です。夕方5時には暗くなりますし、こんな寒いときに行っては外でスケッチすることもできません。もっと季節のいい時にと思いましたが、サンチャゴ デ コンポステ-ラ大聖堂のヤコブの門をどうしても通りたいと相方が言い張るので根負けしました。

絵は旅行初日に訪れたトマ-ルの、昼食を取ったレストランからの眺めです。街の後方に見えるのは、世界遺産キリスト教修道院です。雨の予想が外れて天気は快晴。暖かくて小春日和でした。

旅の記憶が鮮明なうちにUPしたいので予定を変更しました。遠野についてはこの後載せる予定です。


ペレシュ城

2011年01月10日 | 旅行記

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       (画面上で左クリックすると絵が大きくなります)

ブランを発ち、シナイアへ向かいました.絵はカロル一世により、夏の離宮として1875年に建てられたペレシュ城です。欧州でも指折りの美しく壮麗な城ですが、観光開発が遅れているためノイシュバンシュタイン城ほど知名度が高くありません。

この日は旅行最終日。シナイアの見学を午前中で終え、首都のブカレストであの悪名高いチャウシェスクが最後に演説した旧共産党本部やグロテスクな国民の館などを見学しました。

泊ったホテルの隣にあるス-パ-カルフ-ル(日本にもある仏系の大型ス-パ-)でジェロビタ-ルという名の皺とりクリ-ムが安価で買えるというという情報が伝わり、女性客の眼の色が変わりました。夕食もそこそこに大勢の旅仲間が売り場に殺到したため、あっという間に売り切れたとのことです。いつまでも美しくありたいという女性の執念に驚きました。

最後にひと騒動ありましたがこうして旅が終わりました。


ブラン城

2011年01月03日 | 旅行記

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    (画面上で左クリックすると絵が大きくなります)

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。早いもので2008年5月から始めたブログも今年で4年目に入り、掲載した絵も100枚を超えました。こんなに続くとは予想してませんでしたが、見て頂いている方がいる限り継続したいと思っています。

旅行6日目、ブラショフを発ち、ブランへ向かいました。絵は「ブラン城の見える街角」です。この城はドラキュラの城として有名です。行ったときは8月。花が一杯の家々を見ていると長閑で平和な光景ですが、中世の時代にはこの城を拠点にして、オスマントルコとの間で熾烈な戦いが繰り広げられていました。


ブラショフ市街

2010年12月27日 | 旅行記

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忙しい一週間でした。月曜日にポルトガルから帰国。翌々日から孫を預かり一泊させた後、急用で和歌山へ。ホテルに泊っているときに妻から「息子夫婦からまた孫を預かることになったので早く帰れ」とのメ-ルを受け取りスケッチの下見をする予定を変更して早々に帰宅。風邪で寝ない孫を看病して翌日まで過ごしました。お蔭で時差ぼけなど何処かへ吹っ飛んでしまいました。

絵は5日目に泊ったキャピトルホテルの窓から眺めたブラショフ市内の風景です。


聖ニコラエ教会

2010年12月20日 | 旅行記

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有料のブログサ-ビスに変更してからちょうどこの11月で2年が経過したことになりますが、その時から始めたアクセスカウントが今日で32417件となりました。1年間に一万五千件を超えるアクセスを頂いたことになり、これほどうれしいことはありません。

大勢の人達から見られているのは励みにもなりますし、ブロガ-冥利に尽きるのですが、件数が増えるに伴って、招かざる客からの悪質なコメントに悩まされてきました。悪意のあるコメントをスパムに指定して発信できなくしたり、キャプチャ認識制にするなどの対策を取ってきましたがあまり効果が上がらないので承認制にすることにしました。承認しないとUPしないのでタイムラグが生じますがどうかご理解を頂きたいと思います。

絵は古都ブラショフにあるル-マニア正教の聖ニコラエ教会です。

たった今、ポルトガルから帰ってきました。天気に恵まれ、小春日和の毎日でした。絵を何枚か描きましたので年明けからUPしていきたいと思っています。


サスキ-ズ

2010年12月12日 | 旅行記

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シギショアラからブラショフへ行く途中のサスキ-ズというところで、陽気な音楽が流れてきてバスが臨時停車しました。運転手さんが「きっと村の結婚式があるのだろう」と言うので降りて見に行きましたが、どこにも花嫁や花婿の姿がありません。村人たちが大勢集まっていて何かの準備をしています。よく聞くとオランダから自転車に乗ってやってくる人達の歓迎会ということでした。

やがて3人の初老のサイクリストが到着して歓迎式典が始まりました。前庭の芝生に連なって咲くバラがきれいなところでした。

明日からポルトガルに出かけます。生憎欧州は寒波が来ていて寒いそうです。風邪をひいて体調が良くない上に、事前情報では毎日雨ばかりとか。今更予約を取り消せませんのでしかたがありませんがあまり気乗りがしません。絵が描ければいいのですが。


ヴラド ドラクル

2010年12月06日 | 旅行記

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シギショアラではCASA LUI VLAD DRACLEという名のレストランで昼食を取りました。時計台の側らの向かって右側の黄色い建物がそれです。ここはドラキュラのモデルとなったワラキア公(串刺し公)ヴラド ドラクルの生家だったところです。ここには今も、生き血を吸って口を真っ赤に染め、黒いマントを羽織ったドラキュラがいました。このドラキュラ、とても愛想がよく食事をしている我々の傍に来て、ツ-ショットの写真を撮らせていました。


シギショアラ旧市街

2010年11月22日 | 旅行記

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息子夫婦が共働きのため、保育所に入れている孫息子の送迎を時々しています。僅かですが社会や家族の役に立っているというのは生き甲斐にもなります。孫が可愛いとよく言われますが、フランスにいる孫達にはなかなか会えないので、ジジババにとっては、今はこの国産の孫に会うのが唯一の楽しみになっています。

絵は先々週UPした時計台からの眺望です。ここからはシギショアラの旧市街が一望できます。


イギリス館

2010年11月16日 | 旅行記

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敬愛する久納先生からペン彩画展の案内状を頂いたので、APECの開催で厳戒中の横浜へ出かけました。せっかく横浜まで来て展覧会を見るだけではもったいないので、港の見える丘公園へ行きました。いつもは観光客やスケッチする人達が大勢いるところなのに様子が変です。絵は機動隊に見守られながら一人で静かに描いたイギリス館です。


シギショアラ

2010年11月08日 | 旅行記

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翌日、中世の面影が色濃く残る街、シギショアラを訪ねました。最も絵になると期待していた所です。ここはまたドラキュラ伝説の街でもあります。

絵は1556年に建てられた街のランドマ-ク時計塔です。高さは64M、展望台からは旧市街を一望できます。雪の多いトランシルバニア地方なので、左側には屋根の付いた歩道がありました。