旅の淡彩スケッチ便り

水絵描きと申します。旅と絵を描くことが好きです。国内外を旅行した思い出とともに旅先で描いた絵を載せています。

十和田湖畔のブナ黄葉

2018年11月15日 | スケッチ
10月下旬、東北の紅葉を巡る3日間の旅をしました。直前にギックリ腰を発症したのでツアーをキャンセルしようとしましたが期日が迫っているのでダメだと言われました。どうしようか迷いましたが55歳以上限定のゆったり旅なので無理をしなければ行ってこれるだろうと考え、腰に湿布薬を張り、杖をついて出かけました。初日は新幹線で一ノ関まで行ってそこからバスで青森の小牧温泉へ。温泉に浸かっていると少し痛みが和らぎました。翌日は八甲田山にロープウエイで登りましたが天気が悪く視界がききません。早々に下山して今回の旅行のハイライト十和田湖遊覧と奥入瀬渓流の観光に向かいました。絵は十和田湖へ行く途中に見たブナ林の黄葉です。十和田湖畔にはこのようなブナ林が無数にあって、今がちょうど見頃を迎えていました。
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公園の一隅

2018年11月08日 | スケッチ
先々週にUPした同じ水元公園です。この公園には都心とは思えない自然が残っていてスケッチポイントがたくさんあります。まだまだ描きたいところが残っているので時機を見て再訪したいと思っています。


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ノーザンホースパーク

2018年11月01日 | スケッチ
会社勤めをしていた頃、札幌に3年間暮らしたことがありました。冬のスキーは勿論ゴルフやテニスをしたり、きのこ狩りに行ったりした楽しい思い出が残っています。それから40年の月日が流れました。
数年前、そんな昔暮らした跡を訪ねて札幌周辺をレンタカーで走り回りました。住んでいた南34条西11丁目の社宅や息子が通っていた藻岩下のキリスト幼稚園はそのまま残っていました。
そのとき訪れたのが苫小牧市にあるノーザンホースパークです。広さ15万坪。「馬と大地と人の絆」がテーマの自然公園ですが開園が平成元年ですから当時は残念ながらまだできていませんでした。
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水元公園の水辺

2018年10月27日 | スケッチ
みちのく紅葉を巡る旅から帰ってきました。ぎっくり腰を発症して間もなくだったのでキャンセルしようと思ったのですが、時間が間に合わず腰に湿布薬やらホカロンを張り、杖をつきながらなんとか戻りました。
奥入瀬渓流や猊鼻渓など今がちょうど見頃でした。絵にしたい風景が何点かありましたので近いうちにアップしたいと思っています。
今週の絵は水元公園の水生植物園近くの風景です。
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松虫寺界隈

2018年10月18日 | スケッチ
松虫寺は薄幸の美貌の皇女松虫姫にまつわる長く悲しい物語を秘めた古寺です。聖武天皇の第三皇女として生まれた松虫姫は年頃になって重い病にかかりましたが、ある日夢枕に遠い坂東の下総の地に効験あらたかな薬師如来がおられるというお告げがあって天皇は娘を下向させました。姫は印旛沼のほとりで草庵を結び祈りの日々を送ったところ病は全快したそうです。天皇はこのことに謝意を表すため僧行基に命じて一寺を建立松虫寺と名付けました。
松虫寺についてはバックナンバー2009年の4月11日にも掲載しています。
この辺りは最近開発が進んで新しい道路や橋や住宅が建ってきましたが松虫寺を中心とした数キロ四方は森や林が残り細い農道が走り田圃や畑があって農家が点在する里の風景が広がっています。絵はこのタイムスリップしたような不思議なワンダーランドで描いた一枚です。

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赤坂 日枝神社にて

2018年10月11日 | スケッチ
自室で探し物をしていたら昔描いたスケッチが出てきました。それがこの絵です。東京赤坂にある日枝神社ですが描いた日付をみると平成17年7月となっています。今はペンでデッサンすることは滅多にありませんが当時は習っていたI先生がペン画の先生だったのでこんな描き方をしたのでしょう。
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プリトヴィツェ湖群国立公園にて その4

2018年10月04日 | スケッチ
プリトヴィツェ湖群はアッパ―レイクとロウアーレイクに分かれています。足の状態がよくないのでロウアーレイクをハイキングした後、みんなと別れ一人で舟に乗り集合場所になっている昼食のレストランに向かいました。今回掲載した絵は家内が撮った写真の中から一枚を選んで描いたアッパーレイクの滝のひとつです。
昼食後、プリトヴィツェ湖群国立公園を発ち雨の降る中を歩きながら首都ザグレブを観光しましたが、さして絵にしたいと思うような風景はありませんでした。こうしてクロアチアの旅は終わりました。
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彼岸花咲く

2018年09月24日 | スケッチ
家の近くの祖光院というお寺で彼岸花が咲いています。ここは毎年この時期の私のスケッチポイントになっています。今年は暗い竹藪をバックに咲く白い彼岸花を主役にしてみました。
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プリトヴィツェ湖群国立公園にて その3

2018年09月20日 | スケッチ
内戦時にこのプリトヴィツェ湖郡は武力衝突の舞台となりました。最初に占領したのはクロアチアからの独立を図ったセルビア人の軍隊です。その後クロアチアが奪還に成功しましたがその過程でこのあたり一帯に大量の地雷が埋められたそうです。
今は地雷も撤去されて観光客も来れるようになりましたが一時は世界遺産の危機的遺産のリストに登録されたほどです。この美しい風景を見ているとそんな暗い過去があったとはとても思えません。
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プリトヴィツェ湖群国立公園にて その2

2018年09月13日 | スケッチ
プリトヴィツェ湖群国立公園のある一帯はカルスト地形となっていて石灰岩が水に侵食されてできた湖水群が特徴です。同じような地形は中国の四川省にもあり、九塞溝や黄龍が有名です。10年以上前に九塞溝や黄龍を訪ねたことがありますが、同じカルスト地形でもスケールの大きさは別として滝の美しさではプリトヴィツェ湖群国立公園の方が優っているように感じました。それに人でごったがえす九塞溝に比べてここでは一日に入場する観光客を大幅に制限しているのでゆったりと観光できるメリットもあります。絵はそんな滝のひとつです。
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プリトヴィツェ湖群国立公園にて その1

2018年09月06日 | スケッチ
旅行8日目の朝、今回の旅行のハイライトのひとつプリトヴィツェ湖を訪れました。天候は快晴、問題はなさそうです。問題は私の足。ハイキングは初級程度とガイドブックに出ていましたがかなり UP DOWN があるので歩け通せるか配です。ここには大小16の湖と92の滝があり、アッパーレイクとロウアーレイクに分かれています。ハイキングはそのうちのロウア―レイクから始まりました。絵は公園の入口から10分ほど歩いたところです。エメラルドグリーンの湖に注ぐ滝に魅了され絵にしました。
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箱根 富士屋ホテル

2018年08月30日 | スケッチ
絵は箱根宮ノ下にある富士屋ホテルの花御殿です。1878年創業の箱根を代表する老舗ホテルで今まで昭和天皇やタイ国王、ヘレンケラー、チャップリンなどの有名人に利用されてきました。
国道1号線に面しているため箱根駅伝のときにはTV中継のポイントにもなっています。
10年近く前に妹夫婦と一緒に宿泊したのが昨日のように思い出されます。
クロアチアの旅行が続いていますが間に合わなくてかなり前に描いた絵をUPしました。いまならこんな描き方をしませんが当時はペン画でした。ペンの線が強すぎると思ったので手前の緑はクレヨンで上塗りしています。
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スタリ・モスト

2018年08月23日 | スケッチ
絵はモスタルのランドマーク スタリ・モストです。ボスニア語で「古い橋」を意味するスタリ・モストは16世紀にオスマントルコのスレイマン一世により9年の歳月をかけて架けられ民族融和の象徴となっていました。
ところがその後1993年の内戦で破壊され、2004年に再建されて今は世界遺産になっています。
この橋のたもとで観光客へ土産物を売っている往年の大女優エリザベステイラー似の美女(下の写真)に出会いました。今は町の若者たちがこの橋から下を流れるネレトバ川へダイビングするのが流行っているとか。川面から24mの高さがあるそうです。やはり平和が一番ですね。

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ボスニア・ヘルツェゴビナ モスタルへ

2018年08月16日 | スケッチ
北海道へ出かけた孫たちからインコと文鳥の番とクワガタ2匹とカブトムシ3匹を預かり世話をしています。言われたとおりに毎日エサと水を取り替えて巣箱をきれいにするだけですがこれだけ多いと1時間近くかかります。帰ってくるまであと数日、どんな土産話を聞かせてくれることでしょう。

旅行7日目の朝、ドブロブニクを発ちボスニア・ヘルツェゴビナの観光地モスタルへ向いました。モスタルに行くのは9年ぶりです。前に訪れた時は住宅の外壁に銃弾の痕が残っていたり乳飲み子を抱いた若い物乞いの女性を多く見かけました。今回も何人かの物乞いの女性に出会いました。内戦から30年近く経ちましたが戦争の傷跡が癒えるまでにはまだ当分時間がかかるようです。

絵はモスタルへ向かう途中で見かけた風景です。イスラム教徒が国民の半数を占める国だけあってモスクらしい建物の傍にミナレットが建っていました。
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コトル旧市街

2018年08月09日 | スケッチ
コトルは人口一万人ちょっとの小さな街ですがクルーズ船の寄港地にもなっています。かってヴェネチア共和国の一部であったこの街にはヴェネチア様式の建物が多く残りユネスコの世界遺産に登録されています。

絵はそのコトルの旧市街にあるスヴェタ・ニコラ広場。左手の小さな教会は聖ルカ教会です。

この国の国名モンテネグロとは「黒い山」を意味しますがその言葉通りこの街の背後にも黒っぽい山が聳えていました。時間がなくて登れませんでしたがこの山には延長4.5キロにもなる古代の城壁が今も残っています。
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