旅の淡彩スケッチ便り

水絵描きと申します。旅と絵を描くことが好きです。国内外を旅行した思い出とともに旅先で描いた絵を載せています。

ザンクトヴォルフガング

2008年12月27日 | 旅行記

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ハルシュタットに2泊後、再び湖を渡り、電車とバスを乗り継いで古くからの巡礼の町ザンクトヴォルフガングへ向かいました。途中のバスの車窓からザルツカンマ-グ-トのすばらしい景色が見えました。ここから登山電車に乗って サウンド オブ ミュ-ジック の中でマリアが子供達とピクニックへ出かけたシャフベルク山頂のホテルを目指しましたが、あいにく頂上は雪が舞うほどの悪天候のため電車が運行休止。やむなく麓の街に泊まることにしました。

夕方近くなって雨が上がったので街を散策しました。途中の果物屋で美味しそうなサクランボを見つけ、買うことにしました。いつもしているフランス式の買い方を試したいと娘が言うので任せました。「拳骨二つ分ください」すると売り子が紙袋にサクランボを入れてくれました。量り売りの単位として「拳骨」が共通語になっていることがわかり面白いと思いました。

夏というのにまるで冬のような寒さです。持ってきたセ-タ-やヤッケなど全て着込んでも寒いので早々にホテルに戻りました。

絵は「雨のザンクトギルゲン」です。ここはモ-ツアルトの母の故郷として知られています。


ハルシュタット

2008年12月22日 | 旅行記

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3日目、ウィ-ン西駅から急行電車に乗りました。今回はユ-レイルパス(周遊券)を使って旅行しましたが、2泊したウィ-ン以外は泊まるホテルも予約しないで、その日の気分次第で行き先を決める気ままな旅でした。

7月初旬のトップシ-ズンでしたが、前泊地から公衆電話で予約を入れるか当日の朝、観光案内所に飛び込んで交渉すると簡単にホテルが取れました。冊子「地球の歩き方」とト-マスクックの時刻表がとても役に立ちました。

アットナムブッハイムという駅で急行電車を降りてロ-カル線に乗り換えようとしましたが、乗り間違えてザルツブルグ行きの急行電車に乗るハップニングがありました。やむなくザルツブルグまで行って引き返しましたが2時間のロスタイムをしました。

絵は湖上から眺めたハルシュタットの街です。ツア-では陸路で来るようですが私たちは対岸のハルシュタット駅から小さな舟に乗って湖を渡って街に入りました。当時のラフスケッチと写真をもとにリメイクしました。


ベルヴェデ-レ宮殿

2008年12月17日 | 旅行記

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娘がフランスで結婚式を挙げることになり、先方のご両親との挙式の打ち合わせを兼ねて、スイス、オ-ストリア、フランスを17日間、娘と二人だけで旅行したことがありました。(打ち合わせといっても式場その他は全てお任せしましたので、あとは披露宴でのメインディシュを決めるくらいでした。(お母様から冗談半分に蛙または野ウサギやイノシシの猟肉料理(ジビエ)はいかがですかと聞かれて日本人の口に合わないのでごく普通の牛肉料理でお願いしました。)

当時、娘はパリで音楽を勉強していましたので初日はウィ-ンで落ち合うことにしました。空港から電車と地下鉄を乗り継いでカ-ルスプラッツ駅まで辿り着きましたが、予約した駅前のホテルが見つけられず、重いトランクを引きずりながら1時間近く歩き回りました。

やっとホテルを見つけほっとしたのも束の間、パリからサベナ航空でやって来るはずの娘がなかなか来ないので心配しました。予定より2時間半も遅れて到着した娘と再会して旅が始まりました。

絵はサヴォイ公オイゲンの夏の離宮 ベルヴェデ-レ宮殿です。


水門のある風景

2008年12月13日 | 旅行記

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スケッチ仲間とは時々一緒に絵を描きに行くことがあります。少し前になりますが品川から京浜急行に乗って雑色という所へ絵を描きに行きました。

下町情緒の残る街です。駅前の商店街を通って、多摩川の河口に近い所へ出たところに水門がありました。絵はそのとき描いた「水門のある風景」です。

それにしても雑色「ぞうしき」とは変わった地名です。


上海 外灘

2008年12月08日 | 旅行記

    

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杭州から上海までの帰路は中国新幹線「弾丸」に乗りました。線路が未整備のため今は時速200キロしか出せないようですが、2010年の上海万博時には時速350キロを目指すようです。

幸い旅行期間中は連日の好天気に恵まれました。中国最後の夜は上海外灘をナイトクル-ズしました。ライトアップされた旧市街のビル群を、写真をもとに帰国後描きました。

ゴッホは何枚か夜の絵を描いていますが、夜の絵はあまり描いたことがないので彼のようには上手く描けません。


古寺 寒山寺

2008年12月02日 | 旅行記

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アクセスカウンタ-は桁数やデザインなど種類が豊富ですが、選ぶときに面白いことがわかりました。今、カウンタ-はいろんな所で使われていますが、お店の来客数を数えるカウンタ-の中には来客数を多く見せるために1件の来客でダブルあるいはトリプルカウントするのもあるようです。

繁盛しているように見せたい気持ちはわかりますがこれはインチキですよネ。食品の産地偽装が大きなニュ-スになりましたがこんなところにも偽装があることがわかりました。

絵は唐の詩人張継の作った 月落ち烏啼いて霜天に満つ で始まる有名な漢詩「楓橋夜泊」の最後の一節  夜半の鐘声(難しい声の字が出ません)客船に至る  の舞台 寒山寺の鐘楼です。昔、この辺を荒らし回った和冦が鐘を持ち去ったという風評があり、責任を感じた伊藤博文がこの鐘を寒山寺に寄贈したそうです。寒山寺は水路が境内に隣接しており舟が停泊できるようになっています。漢詩が詠まれた状況がよくわかりました。