季節はずれのインテルメッツォ(続)

音楽、文学、絵画、スポーツ、シェパード等々についての雑記帖。

森と林

2013年12月27日 | 音楽
近所に「こもれびの森」というのがある。「木漏れ陽」あるいは「木漏れ日」と書けばよいものを。「コモレビ」って誰さ、なんてことになりそうじゃあないか。え、知らないのかい、ユダヤ教のコモレビの発言が波紋を呼んでいるじゃないか、なんて人をかつぎたくなる。
 
森なんていっても実は木が数本さ。いや、これはちょっと大げさだ。数十本、ことによったら数百本はある。(ところでこういう実際よりも少なくいう場合でも大げさというのだろうか?きっというのだろうが抵抗もあるな)

これを、きれいごとが好きなのだとみるべきなのか、盆栽のような小さなものに大自然を見ようとする日本人のDNAがそれを言わせるのか、結論を出すのはむつかしい。

今日の甘い言葉の氾濫さえなかったら日本人のDNAがなせるわざだと言うこともできたかもしれない。でもねえ、それはちょっと無理があります。これでもか、これでもかという美辞麗句の陳列状態の地名を見ていると。夢だの愛だのふれあいだのぺんぺん草だのの氾濫を見ていると。

だいいちこの美しすぎる名前を戴く盆栽、じゃなかった雑木林は廃車捨て場と化しているようで、横を通り抜けるのも痛々しい。

ところで、書こうとしていたことはこんなことじゃあなかった。

でも、それもどうでも良いことだ。ここまでの寝言を投稿してしまおう。続きはいずれ。