パラドクスの小匣

南原四郎、こと潮田文のブログです。

『カラマーゾフの兄弟』について、ちょっとばかり…

2007-11-30 20:12:48 | Weblog
 いきなり、スメルジャコフなんかを出してしまって、ちょっとアレ(拙速)だったので、『カラマーゾフの兄弟』について、少しフォローしたい。

 『カラマーゾフの兄弟』は、光文社から亀山郁夫の新訳がベストセラーになって話題になっている。売れたのは、「読みやすい」からだそうだが、どんな風に読みやすいかというと、たとえば、上が原卓也の訳で、下が亀山郁夫による「新訳」だ。

《だが、事実フョードルは一生を通じて、演技するのが、それも突然なにか意外な役割を、しかも肝心なことは、たとえば今の場合のようにみすみす自分の損になるとわかっているときでさえ、何の必要もないのに演技して見せるのが好きな男であった。》

 以下、亀山郁夫訳。

《じっさい、フョードルは一生をとおして芝居を打ち、人前で急に何か思いがけない役どころを演じるのが好きだった。しかも大事な点は、ときとしてなんの必要もないのに、たとえば今度の場合のようにそれが自分の損になるとわかっていてなおかつ芝居を打つのである。》

 正直言って、私は原訳のほうが好み(私が読んだのは岩波文庫版で、訳者は米川正夫であるが、雰囲気は原訳に近い)だが、いずれにしたって、「読みやすさ(読みにくさ)」という点では五十歩百歩じゃないのかな。原訳ではわかりにくくて、亀山訳ならわかる、というセンスがわからない。(というか、幼すぎないか、感想が。黒岩涙香の『鉄仮面』なんか、バリバリの文語文だが、ものすごく読みやすいぞ)

 それはさておき、フョードルとは、カラマーゾフの3兄弟の父親で、淫蕩だが、滑稽なことの好きな、一般的には「憎めない」男なのだが、子供たちにとってはそうではない。「父親失格」の典型的タイプで、若い頃は育児を全く放擲し、子供たちが大きくなってからは、たとえば、長男のドミートリーとグルーシェンカという評判の美女をめぐって争う始末である。
 ドミートリーは、すでに婚約者がいたにもかかわらず、それを捨てて、グルーシェンカと一緒になろうとしている。一方、父親のフュードルは、自分と一緒になれば、3000ルーブルあげようという。
 ところが、この3000ルーブルはフュードルの亡き妻が残した遺産のうちの、ドミートリーの取り分であって、激高したドミートリーは、親父をぶち殺してでも3000ルーブルを取り返す、と公言して、実際にある晩、父親の家を襲うが、気後れして逃げ出そうとした矢先、カラマーゾフ家の下男、グリゴーリーと出くわし、殴り殺してしまう。
 しかし、殺したと思ったのはドミートリーの勘違いで、グリゴーリーは気を失っただけで、しかも、その間にフュードルは何者かに殺されてしまい、ドミートリーは、グリゴーリーの証言等をもとに、父親殺しの罪で捕まってしまう。
 しかし、実際に殺したのは、フュードルの私生児と噂されながら、グリゴーリーのもとで育てられたスメルジャコフであった。
 スメルジャコフは非常に大胆、かつ狡猾な男で、自分がフュードルを殺したのだが、それは、父親を憎んでやまないあなた方の意を受けて、そうしたのですよ、と次兄のイワンに打ち明ける。イワンは、びっくりして、では法廷でお前が真犯人であると言うぞ、と言うと、スメルジャコフは、そんなことをしても無駄ですよ、私は全否定しますからね、私が真犯人であるとあなたに告白したなんて、誰が信じるでしょうか、と言う。そして、愕然とするイワンに、「大丈夫ですよ、あなたが殺したんじゃありません」と囁く。もちろん、その真意は、「実際に殺したのはあなたでもドミートリーでもなく、私ですが、本当の責任は、あなた方にあるんですよ」である。
 というのは、イワンは兄のドミートリーが父親を殺しかねない、いや、このままでは殺すにちがいない、と思いながら、それを制止せず、むしろ望んですらいたからだ。
 スメルジャコフは、こう言って自殺してしまう。
 一方、イワンは、法廷で真犯人はスメルジャコフだと主張するものの、スメルジャコフの言う通り、荒唐無稽の作り話であるとして受け入れられず、ドミートリーは有罪となり、イワンは発狂するのだが、このスメルジャコフが大江健三郎に似ているというのは、大江が、沖縄の日本軍守備隊長の赤松中尉を集団自決の命令者であると、事実上、告発しながら、本文中で「殺人者」とは書いていないことをもって、自分への「名誉毀損」の嫌疑を否定するとともに、「実際に殺したのは赤松さん、あなたじゃありません、日本軍(日本国)という、縦の組織が殺したんです」と、ちゃっかり、年来の主張に結びつけているからなのだ。

追伸 くろいわるいこう(黒岩涙香)と入力変換したら、「黒い悪い子(う)」となった。トホホ。