中満分消飲なのか中満分消湯なのか、飲と湯の違いが有りますが、恐らく同じものでしょう。どちらも煎じ薬なのですから。ともかくタイトルが中満分消湯と「湯」になっていますので、2001年の医案をご紹介したいと思います。中には134報のように、中満分清飲というタイトルもありました。混乱しますね。
患者:林某 30歳 女性
初診年月日:2001年5月8日
主訴:浮腫4年
病歴:
ネフローゼ症候群4年。入院時、下肢浮腫、腹液、尿蛋白3+、総コレステロール、トリグリセリド高値、ステロイド、フロセミド等西洋薬治療で、腹液不消。
初診時所見:
下肢浮腫、腹液、大便と小便不利、腰部腹部倶に寒涼、大便不通暢、嘔逆し涎があり、手脚厥冷、面色皓白、形寒畏冷舌白滑、脈沈遅、尿蛋白3+、総コレステロール、トリグリセリド高値。
中医弁証:脾胃寒湿、水湿停蓄不化
西医診断:ネフローゼ症候群
治法:辛熱散寒、温脾胃助運化
方薬:中満分消湯
黄蓍15g 党参15g 茯苓15g 半夏10g 澤瀉15g 川烏(主に四川省で栽培されるトリカブト属植物の母根、傍生の子根が附子)15g 厚朴15g 吴茱萸(散寒燥湿、下降逆気)15g 麻黄15g 畢澄茄(ひっちょうか 辛/温 温裏散寒止痛 胃寒による疼痛、嘔吐、吃逆などに用いる)10g 乾姜15g 木香7g 草豆蔲(そうずく 燥湿、温中、行気 温裏散寒薬に分類される)10g 升麻10g 柴胡10g 青皮10g 川黄連10g 川黄柏10g 益智仁(温脾開胃摂唾、温腎固精縮尿)15g 甘草10g
7剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
(付記:益智仁、助陽薬に分類され、
脾腎が寒を感受したことによる腹痛、嘔吐、下痢などに用い、乾姜 党参 白朮などの配伍が多く、脾胃虚寒による食欲低下、涎(よだれ)などに用います。食欲増進と唾液分泌抑制の作用があります。
吴茱萸=呉茱萸、散寒薬に分類され、散寒燥湿、下降逆気に働き、
中焦虚寒、肝気上逆による頭痛、嘔気嘔吐に対して、人参、乾姜などを配伍することが多い。呉茱萸湯:呉茱萸 人参 大棗 生姜 功能:温中補虚、降逆止嘔 出典 傷寒論)奇しくも、本案には吴茱萸湯の配伍がありますね。
二診 2001年5月15日
小便やや増加、腹部やや緊張がとれてゆったりとなる。前方継続服用。
方薬:中満分消湯:前方に同じ
7剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
三診 2001年5月22日
小便は1500ml/24hrに増加、原方に行気利水の檳榔を加味し継続服用。
方薬 中満分消湯:前方に檳榔15g加味
14剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
四診 2001年6月5日
小便は増加し3000ml/hr程度に至る。腹張大減、前方継続服用。
方薬 中満分消湯:前方に檳榔15g加味(三診と同方薬)
9剤、水煎服用、毎日1剤、2回に分服。
五診 2001年6月14日
腹液全消、腹部の寒涼感は既に癒えた。患者は中薬治療を受けてからは西洋薬の服用を中止していたが、効果は明確であり、この後は引き続き中薬で治療効果を固めることになった。
ドクター康仁の印象
初診から約5週間弱 計37剤で浮腫、腹水が消えたわけですから、見事な治療でした。しかし、ネフローゼ症候群の蛋白尿の程度の推移の記載がありませんね。その点は指摘されても反論できませんね。私としては「この後は引き続き中薬で治療効果を固めることになった。」の引き続きの治療内容が知りたいわけです。
本案の張琪氏の中満分消湯
黄蓍15g 党参15g 茯苓15g 半夏10g 澤瀉15g 川烏15g 厚朴15g 吴茱萸15g 麻黄15g 畢澄茄(ひっちょうか)10g 乾姜15g 木香7g 草豆蔲(そうずく)10g 升麻10g 柴胡10g 青皮10g 川黄連10g 川黄柏10g 益智仁15g 甘草10g
黄耆 人参は補中気健脾、川烏、吴茱萸、畢澄茄、乾姜、草豆蔲は辛熱散寒、益智仁は温腎暖脾、青皮、陳皮、厚朴は疏肝理気泄満、升麻、柴胡は升清陽、茯苓 澤瀉は利湿濁、麻黄は宣肺利尿、半夏は降逆化淡濁、黄連 黄柏は苦寒であり、温薬に配伍して、辛熱剤による傷陰を防止と解釈できます。
今までの張琪氏の中満分消飲を比較して見ましょう。
その前に李東垣の原方の中満分消飲(蘭宝秘蔵)の組成は
上下分消中満分消、四君子四苓、半陳二黄芩連、二姜厚朴枳実砂仁知母暗記文
によれば、人参 茯苓 白朮 甘草 猪苓 澤瀉 半夏 陳皮 黄芩 黄連 乾姜 姜黄 厚朴 枳実 砂仁 知母であり、功能は清熱 利湿 和中です。
方意は、方中、人参 白朮 茯苓 甘草は健脾除湿に作用し、乾姜 砂仁は温脾陽に作用し燥湿に働く、四苓(白朮 澤瀉 猪苓 茯苓)は淡滲利湿に、二陳湯(半夏 陳皮 茯苓 甘草)は化湿痰に作用し、湿濁を除き、昇清を回復させる。黄連 黄芩の苦寒を用いて胃熱を清し、痞満を除き、知母の滋陰は黄連と共同して清熱に作用し、熱が清され、濁陰が降りる。清昇濁降となれば張満は自ずと除かれる。脾胃不和はすなわち木乗土であり、枳実 厚朴 姜黄は平肝解鬱、行気散満に働く。これらは、「素問 陰陽応象大論」の「中満者、内に之を瀉す」に根拠とする分消法であり、辛熱を以って散じ、苦を以って瀉し、淡滲をもって利し、上下分消となる。」というものです。
ネフローゼ症候群張琪氏漢方治療3 腎病漢方治療238報)では方薬:中満分消飲加減として李東垣の中満分消飲とほぼ同じ組成です。以下
川厚朴10g 枳実20g 黄連20g 黄芩10g 半夏10g 陳皮10g 澤瀉10g 茯苓10g 砂仁5g 乾姜5g 姜黄5g 党参10g 白朮5g 猪苓10g 甘草5g
本案では寒湿困脾に属するのでしょう。
ともかくも、
張琪氏の中満分消湯の方証は、腹液不消、大便小便不利、腰部腹部寒涼、嘔逆清涎、舌白滑、脈沈遅、手脚厥冷、面色皓白、形寒畏冷になるでしょう。明らかに寒証です。しかしながら、辛熱を以って散じ、苦を以って瀉し、淡滲をもって利し、上下分消となる方意は同じですね。
臨床では「耳学問」が大切です。老師が、「このような場合にはこれこれの組み合わせが佳也」と教えを述べれば弟子は身につく知識を蓄積できるのです。
本日の結論:張琪氏の中満分消湯の方証を暗記することが大切です。経験の問題ですが。
2014年2月3日(月)