gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

インフルエンザと漢方(6)

2009-06-19 13:45:35 | SARS

営血分証の方剤に清瘟敗毒飲(せいうんはいどくいん 余霖 疫疹一得 清代)があります。組成は生石膏 生地 犀角 黄連 山梔子 桔梗 芩 知母 赤芍玄参 連翹 生甘草 牡丹皮 竹葉 であり、桔梗と甘草を除き、涼寒薬一辺倒の方剤です。白虎湯(傷寒論 後漢代)三黄瀉心湯(金匱要略 後漢代) 黄連解毒湯(外台秘要 唐代) 涼膈散(太平恵民和剤局方 北宋代) 清営湯 化斑湯犀角地黄湯(いずれも温病条弁の方剤 清代)の全ての成分を含むのです。主治は温疫熱毒 気血両燔証であり、温病の重症型です。

本稿にいたるまで気分証の方剤について述べてきましたが、引き続き気分証の方剤を述べるにあたって、逆向きに、邪入営血の清瘟敗毒飲の構成方剤を眺めていく手法をとりたいと思うのです。というのは、かつてSARSが流行した際に、北京の中日友好病院が熱毒期(発症5日から7日):高熱、呼吸苦、舌が紅く、舌苔が黄厚燥の時期に清温敗毒飲の内服と魚醒草(ぎょせいそう 十薬 ドクダミ)と丹参の点滴を推奨し、結果、救命率を向上させた経緯があるからです。鳥インフルエンザにせよ、豚インフルエンザにせよ、SARSにせよ温病の粋に入ります。したがって、温病学はインフルエンザの治療上の重要なヒントを与えてくれます。

三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう 金匱要略)黄連 黄芩 大黄

結論から言えば、温病気分証にも営血分証にも用いられます。

効能は清心瀉火 解毒 泄熱化湿であり、主治は心火 血熱妄行 三焦熱毒積滞 湿熱内瘟(熱重湿軽)です。

三黄瀉心湯の効能を知る上で欠かせない中医学の概念が「臓腑熱(ぞうふねつ)」で、臓腑の熱を清するという治療概念があります。臓腑熱の証は以下のようになります。

心熱(心火とほぼ同意です):不眠 焦燥感 多夢 顔面紅潮 心悸 口内炎 舌尖のしみる感じを伴う痛み(古典的中医学では舌は心の苗と例えられます) 著しい心火の場合には狂躁などの精神症状 舌尖が紅い 脈数 

肺熱:咳嗽 痰が黄色 咽頭痛 

胃熱:胃痛 嘔吐 口臭 歯痛 歯肉出血 

肝胆火熱:口苦 いらいら感 易怒 頭痛 耳鳴 胸脇痛 

腸熱:腹痛 下痢 裏急後重 

現代西洋医学の日本では臓器別専門化が顕著になりました。その環境下で育った西洋医にとって、臓腑熱という概念は比較的受け入れやすいものですが、心熱と口内炎、精神症状、不眠 多夢などは中医学独自の相関です。

使用薬剤と常用方剤をあげてみましょう。

心熱黄連 梔子 木通 通草 蓮心

聞きなれない蓮心は蓮の実の中の緑色の胚芽の部分で、苦寒で、清心瀉火 安神

に働き、煩躁 不眠 遺精に補助的に使用される薬剤です。清営湯(せいえいとう温病条弁 生地黄 玄参 蓮心 連翹 犀角 麦冬 竹葉心 丹参 黄連 金銀花)に配合されています。心と表裏関係をなすのは小腸です。中医学には心―小腸―膀胱という、西洋医学的には首をひねりかねない臓腑間の関係があり、心熱が小腸に移り、排尿痛などの泌尿器の症状がでるという病因論があります。現代医学的には検尿しても細菌の感染が確認できない無菌性膀胱尿道炎の場合に、よく効く方剤があります。導赤散(どうせきさん)です。

導赤散(どうせきさん 小児薬証直決):木通 現代では木通は通草 あるいは灯心草で代用します。両者ともに利水滲湿薬で、引熱下行し、熱を小便から排泄させる働きがあります。生地黄 生甘草 淡竹葉 が配合です。効能は清心瀉火 利水通淋であり、心経熱盛証(心胸煩熱、口渇面赤、渇欲冷水、口舌アフター)に尿混濁、排尿痛などの熱移小腸の証が加わったものに効果があります。

実はインフルエンザの際の異常行動について私は心熱熾盛が関係しているのではないかと疑っているのです。三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう 金匱要略)黄連 黄芩 大黄のような瀉心熱の方剤が今後見直されてくる可能性があると思っています。

肺熱 桑白皮 知母 石膏 地骨皮 腥草

地骨皮は枸杞の根あるいは根皮です。甘寒で帰経は肺肝腎、効能は退骨蒸 清瀉肺熱 清虚熱、清熱涼血、骨蒸とは陰虚の際の午後の定時発熱、盗汗を伴い、骨の蒸されるような熱感を表す漢方独自な用語です。軽い生津作用もあります。地骨皮は肺熱を清する作用は瀉白散に利用されています。

瀉白散(しゃはくさん 小児薬証直決)地骨皮 桑白皮 甘草 粳米

主薬である桑白皮は甘寒で入肺し、瀉肺鬱熱に地骨皮は清肺実熱退虚熱に作用します。https://app.blog.ocn.ne.jp/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=31646836&blog_id=141738

桑白皮は瀉肺鬱熱作用に加え、利水消腫の作用を併せ持ちます。

瀉肺鬱熱作用が強調される方剤としては、前述の瀉白散に加え五虎湯も挙げられます。五虎湯(ごことう 万病回春)は麻杏甘石湯に桑白皮を加えたものです。

五虎湯(ごことう 万病回春):麻黄 杏仁 甘草 石膏 桑白皮

痰熱壅肺に対して清肺化痰の効能をもつ桑白皮湯も紹介します。

桑白皮湯(そうはくひとう 景岳全書):効能:清熱化痰 止咳平喘

桑白皮  黄連 山梔子 蘇子 半夏 貝母 杏仁

桑白皮湯に比較して温薬が減り、平喘効果より痰熱の効能に偏した方剤が清金化痰湯です。知母には潤燥作用がありますし、萋には清肺化痰作用の他に潤肺作用もあり、養陰剤の麦冬が配合されていますから、肺陰の保護という治療概念が入ってきます。肺熱が長引き、やや傷津の傾向が出現した場合に適すると考えられます。

清金化痰湯(せいきんけたんとう 統旨方):

芩 山梔子 知母 桑白皮 貝母 麦門冬 萋仁 茯苓 陳皮 桔梗 甘草

清金(清肺熱)に作用するのは、黄 山梔子 知母 桑白皮 化痰に作用するのは貝母 萋仁です。麦冬は潤肺に 桔梗は痰除去に作用します。主治は内傷咳嗽、痰熱鬱肺です。温薬は陳皮のみです。

肺熱に対する方剤はインフルエンザに十分に応用が可能でしょう。当初は銀翹散を投与し、咳嗽が強くなり、痰が黄色くなってくるようであれば、適当な清肺熱の方剤を選択しても過誤ではありません。SARS治療剤で前述した魚腥草(ぎょせいそう)は、帰経は肺、清熱解毒 排膿に作用し、古くから肺化膿症(肺?)に用いられてきました。中国 貴州では魚腥草を常食にしていると聞いています。抗菌作用が判明し、注射薬は多用されています。生の魚腥草は独自の臭みがありますが乾燥品には臭気はありません。

肝胆火熱龍胆草 夏枯草 青黛

龍胆瀉肝湯(蘭室秘蔵)

龍胆草(近代は 山梔子を加えます)木通(近代では通草を用います


インフルエンザと漢方(3)

2009-06-04 00:48:35 | SARS

前回までは、インフルエンザを温疫のひとつとして、温病学の基本をなす衛気営血弁証の中の「衛分証(えぶんしょう)」について、方剤として銀翹散桑菊飲について述べました。温病はインフルエンザに限らない広い概念ですが、衛分証は気分証に病状が進行するいわば、最初の病証です。衛分証の中で特に「湿を挟む」病証に対して、古くから朴夏苓湯(かつぼくかりょうとう)が使用されてきました。湿を挟む温病を湿温といいますが、湿温の初期に使用するのが朴夏苓湯です。湿を挟むことを漢方用語で「挟湿(きょうしつ)」といいますが、ややあいまいな表現です。湿温という概念が、多湿時期に起こる温病という時期環境の意味合いが強いのに比較して、挟湿という概念には、環境の湿度が人体に「外湿」として災いを及ぼしているという面と患者自体の素体(そたい:体質ともいえますが、、)が体内に湿を貯めやすい内湿であるという2つの意味合いを持つからです。

朴夏苓湯(かつぼくかりょうとう 医源 湿気論 清代)

杏仁 白寇仁 苡仁  厚朴 半夏 茯苓 淡豆 猪苓 澤瀉

証は頭重痛 身体が重い 発熱 腹満痞張 納呆(食欲不振と同意) 悪心 嘔吐 下痢 尿量減少 白?苔 濡脈(浮細軟)などであり、湿盛熱微の湿温初期に用いられます。表証を発散させ湿を除くという意味から宣表化湿が効能とされます。

方剤中の各中薬の量からは、名前の通り、 厚朴 半夏 茯苓が主薬なのですが、私は「覚えやすいように」杏仁 白寇仁 苡仁が先に口に出るようにしています。それは、後述する三仁湯(さんにんとう)でも杏仁 白寇仁 苡仁の組み合わせが出てくるからです。開開滲と覚えるのだそうですが、

杏仁による         開上焦

?仁 茯苓による     開中焦

苡仁 猪苓 澤瀉による  滲下焦  となります。

「開く」という文字の感覚が大切で、杏仁は肺、白?仁 茯苓は脾を通して、内湿を除去し、苡仁 猪苓 澤瀉は利水出作用により、さらに湿を除くという意味なのです。芳香化湿の香、行気化湿の半夏 厚朴の組み合わせになっていますから、湿を重視した方剤であることが理解できます。淡豆は辛涼解表薬です。組成から判断すると、清熱の作用は三仁湯より弱いものです。

三仁湯(さんにんとう 温病条弁 清代)

杏仁 ? 苡仁 竹葉 通草 滑石 半夏 厚朴 

証:悪寒 頭重痛 身体が重い 身熱不?(強い熱感があるが体表部を触れても熱が無い)午後熱感が悪化 胸腹痞張 納呆(食欲不振と同意)悪心 嘔吐 下痢 尿量少 白?苔 濡脈などになりますが、朴夏苓湯と変わらないじゃないのかと言われそうです。朴夏苓湯と同様に湿温初期の湿重熱軽の状態に用いられます。違いは、辛涼解表薬の配合がないこと、現代では利水滲出通淋薬として分類されている滑石(甘寒) 通草(甘淡寒) 竹葉(甘淡微寒)の配合です。尿量を増やし湿し、小便から泄熱するという効果が朴夏苓湯より若干強い印象があります。したがって、三焦に瀰漫した湿熱を邪する気分証の湿熱留恋三焦の治療方剤といわれ、衛気営血弁証の中の「衛分証(えぶんしょう)」より若干「気分証(きぶんしょう)」寄りになった状態の湿温には朴夏苓湯よりも三仁湯がよいという医家もありますが、それほどこだわることもないと私は考えます。伝統的弁証論治から少し離れ、いわば各症状別に治療する対症療法も漢方では可能なのです。つまり匙加減なのです。

衛分証(えぶんしょう)の病理は生体の抵抗力つまり衛気の低下による肺衛失宣であるならば、肺衛を強化すれば、寒邪はもちろん、温邪であろうと予防ができるというわけですが、ワクチン接種以外に、手軽に免疫増強ができるとも思えませんが、

気を補う補気薬に免疫増強の効果があることが確認されつつあります。玉屏風散(ぎょくびょうぶさん)を紹介します。

玉屏風散(世医得効方):黄蓍 白朮 防風の三味からなります。衛気が虚している気虚体質に感冒が加わった気虚感冒の予防薬としての位置づけがあります。平素、体弱表虚、自汗があって、感冒を引き易い者は玉屏風散(世医得効方)で益気固表し、感冒を予防することが大切であると中医は説いています。

いわゆる気虚感冒の症状は悪寒、発熱、無汗、頭痛、鼻閉、身痛、倦怠、咳嗽、痰を吐き出す力が弱く、舌苔が淡白、脈が浮、無力であり、感冒症状以外に、平素の倦怠、痰を吐き出す力が弱く、舌苔が淡白、脈が浮、無力などの気虚の症状を伴います。

治療法は益気解表で、方薬は参蘇飲(じんそいん 太平恵民和剤局方)加減が一般的です。組成は人参 甘草 茯苓 蘇葉 葛根 陳皮 半夏 前胡 桔梗 枳殻 木香 生姜 大棗です。

人参、甘草、茯苓は補気邪に作用します。(白朮が加われば四君子湯ですね)紫蘇葉、葛根は疏風解表に作用し、陳皮、半夏、前胡、桔梗は宣理肺気、化痰止咳に働きます。枳殻、木香は理気和中に働き、生姜、大棗で調和栄衛の配合となります。

    さて

玉屏風散(世医得効方):黄蓍 白朮 防風の黄耆(おうぎ)ですが、人参とともに補気薬の代表生薬です。価格も比較的安く、栽培しやすく効能も多岐にわたる優れものです。白朮(びゃくじゅつ)も黄耆と同様に、補気薬の代表生薬のひとつです。防風(ぼうふう)は辛微温で、風邪が著しい表証の解表という意味で風解表剤に分類されています。風湿、関節リウマチに効果があり、羌活と異なり、長期に使用しても副作用が少なく羌活より穏やかであるという意味で風薬中の潤剤ともいわれます。「燥」傷津からの「燥」を起こしません。中国では感冒時の痛み止めや破傷風の痙攣止めにも使用された経緯があります。また、止瀉作用(下痢止め)もあり、有名方剤として痛瀉要方(景岳全書:白芍 白朮 陳皮 防風)に配合されています。

    再度 SARSに戻って

北京市衛生局推薦のSARS予防の漢方処方を見てみると、

蒼朮12g白朮15g霍香12g金銀花20g貫衆12g黄耆15g沙参15g防風10g
アンダーラインを見ていただければ玉屏風散加方と理解できます。

燥湿健脾の蒼朮、芳香化湿の藿香、抗ウイルス効果のある清熱解毒薬の金銀花と貫衆、そして養肺陰の沙参の組み合わせになっています。温薬、涼寒薬の比率はほぼ同等ですから金銀花20g貫衆12gの量から判断しても、全体では平に近いと思われます。加えて、やはり湿を挟むのはよろしくないようですね。

―――***―――

上海時代に、咳と痰が慢性的に生じたことがありました。おそらく廃棄ガスや工場の排煙が原因だったでしょう。なにしろ、雨にうたれるとワイシャツに黒いしみが残ったくらいです。その時に、中薬学を教えていただいていた若い女性教師に金銀花と菊花を等量まぜてお茶にして飲むといいと教えていただいて症状が改善したことがあります。銀翹散の金銀花、桑菊飲の菊花ですよとおっしゃいました。上海時代の思い出のひとつです。今年の5月の連休の時に、上海の南京西路の岳陽病院

を訪れましたが、空気は格段に澄んでいて、路面も綺麗になっており、近づく万博の意気込みを感じました。

アンチエイジング、ストレス外来 ガン外来

漢方治療のお問い合わせは下記URLより

http://okamotokojindou.com/ 

漢方専門医院 岡本康仁堂クリニック


インフルエンザと漢方(1)

2009-06-01 10:36:15 | SARS

SARS(重症急性呼吸器症候群)流行後の上海に滞在したことがあります。2002年の冬に広州から始まったSARSが一般に新コロナウイルスの呼吸器感染症として認識され始めたのが2003年の春くらいからで、上海でも一時的な流行が見られました。その時分に留学準備のために上海市を訪れていました。日本人がよく行くカラオケ店などはお客が皆無といった具合で、ばたばたとつぶれて閉店していました。翌2004年早期に終息傾向がでてきましたが、不安になった私は、<msnctyst w:st="on" addresslist="26:京都府亀岡市;" address="亀岡市">

亀岡市

</msnctyst>の知人である西田氏(開業医)に頼んでタミフルを送ってもらっていました。タミフルの原料でもある「八角茴香」が中薬店から姿を消していた時期でもありました。幸い私は何事も無く過ごしましたが、一時2005年の秋に、発熱、咳嗽などの感冒症状を起こしたことがあります。その時に、同大学 ウイルス学(病毒)教授の恩師 朱老師が私の面倒を見てくれました。彼は「板藍根」入りの「銀翹片」を買ってきてくださいました。症状はまもなく治まりました。それを契機に漢方生薬の抗ウイルス(抗病毒)作用に興味を持つようになったのです。

「そして(大阪)神戸」となりました。今回は豚インフルエンザです。幸い私の地元の神戸では感染拡大が一服しています。弱毒型でありタミフル、リレンザが奏効し重症者は出ていない模様です。昨年10月ごろから今年の4月までのインフルエンザの流行から比べたら規模は格段に小さいといえます。

インフルエンザ(時流感冒あるいは時行感冒)に漢方医が薦める自分でできる感染予防

貫衆(かんじゅう)10g、板藍根(ばんらんこん)或いは大青葉(だいせいよう)12g、生甘草3gを煎じて、一日一回服用する。手洗い、うがい、マスクの着用はもちろんのこと、寒さを避け、暖かさを保つようにする。雨にあたることを避け、過度の疲労も禁物である。インフルエンザウイルスは、pH2未満の酸によっても不活化することが知られているので、室内に1立方メートル毎に酢510ml、水1040mlを混ぜたもので、毎日又は一日置きに2時間燻し、空気を消毒し、伝染を防ぐのがよいという。しかし酢で燻すのは石造りの中国の家屋では後で洗えばいいのでしょうが、木造が多い日本の家屋の場合には不向きのようです。それに日本人は匂いに敏感です。それで空気清浄機が飛ぶように売れているらしいのです。

感冒流行期に漢方医が薦める自分でできる感染予防

感染予防の方薬として。冬、春の風寒の季節では、貫衆(かんじゅう)、紫蘇(しそ)、荊芥(けいがい)各10gと、生甘草3gを煎じて、連続三日間服用する。夏の暑湿の季節では香(かっこう中国語でフオシャン)、蘭(はいらん中国語でペイラン)5gと、薄荷(はっか)2gを煎じて、飲み物の代わりに服用するとよいといわれています。

かぜ引きの治療は現代西洋医では大同小異

医師となって30数年、以前の私のかぜ引きの治療は、おそらく保険診療で認められた極々標準的な、誰が処方しようと大同小異のものでした。中国医学に接してみると、まあなんと奥の深いものかと驚かされたのです。

中国医学の感冒に対する基本的な姿勢総論

一口で言い表せませんが以下のようなものになります。

感冒は臨床上最頻の外感疾病であり、注意深い弁証論治が必要である。外感六淫、時行病毒を病因とし、人体の体表を守る働きが損なわれ、外界の変化に応じられなくなると、皮毛、口鼻から邪が侵入し、肺衛を犯し、衛表不和となり、病が出現する。病邪の性質を判断し、風寒、風熱と暑湿混雑とを見分け、治療は解表発汗を主とし、風寒には辛温、風熱には辛涼、暑湿には清暑湿の治療原則で対処する。

邪を引き留めないようにするために、通常、補薬、斂薬を禁用する。

寒、熱の二証をはっきり見分け、間違いがあってはならない。もし、偏寒、偏熱ともはっきりしない場合には辛平の軽い処方を用いる。表寒と裏熱を混雑する場合には解表清裏、宣肺泄熱する。時行感冒の伝染力は強く、重症のものは、風熱が多く見られ、清熱解毒薬を多く使用すべきである。併発症と混雑症を有する場合には適切な配慮が必要である。例えば、小児の感冒で驚(ひきつけなどの風の証も含む)や食滞を挟む場合には息風止痙或いは消食導滞の薬を配合する。老人、幼児及び重症の患者では、病情が変化して、熱に化し、裏に入る場合は、温病と併せて考慮しなくてはならない。基礎疾患があり、或いは、感冒によって基礎疾患が誘発、あるいは悪化した場合には、標本の弁証を的確に行い、治療の前後、病状の主次軽重に配慮し適切に対応する。体の衰弱による感冒には解表薬に適宜に扶正の薬を加え、邪を追い出す(扶正邪)。気虚と陰虚の軽重の診断に間違いがあってはならず、それぞれ適切な治療を行うべきである。

以上のように要約されますが、漢方用語に不慣れな諸氏、学兄は理解できなくてもかまいません。各論で解ったような気がしてくるからです。

風寒(ふうかん)証

悪寒がするものの、発熱が軽い。発熱時に汗は出ないことも出ることもある。頭痛、四肢関節の疼痛、鼻詰まり、嗄声、鼻水、喉の掻痒感、咳嗽があるが痰が薄くて白い、口渇はあったり無かったりする。舌苔は薄白で、浮或いは浮緊の脈象を示す。

寒は陰の邪気であるために、口渇はないことが多いが、或いはあっても熱飲を好む。舌苔が薄白、潤、脈が浮或いは浮緊などはすべて表寒の特徴である。

治療原則は辛温解表、宣肺散寒であり、荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)(外科理例)を主方とする。組成は?芥 防風 生姜 柴胡 薄荷 川 前胡 桔梗

枳殻 茯苓 甘草 羌活 独活である。

荊芥、防風、生姜は辛温散寒に、柴胡、薄荷は解表退熱に働く。川は活血散風に働くとともに頭痛に効き、前胡、桔梗、枳殻、茯苓、甘草は宣肺理気、化痰止咳に作用し、羌活、独活は風散寒、除湿を兼ね、四肢疼痛の要薬でもある。表寒の重い場合には麻黄、桂枝を加えて、辛温散寒の力を強めるとよい。

日本漢方は後漢時代の張仲景による「傷寒論」の六経弁証の影響を多大に受けているために、現在の漢方エキス剤には麻黄湯、桂枝湯が風寒の薬剤として保険適応となっています。

麻黄湯(傷寒論):麻黄 桂枝 杏仁 甘草の4味からなる。麻黄は発汗解表 宣肺平喘に作用し、桂枝は解肌発表 温経散寒に働き、麻黄の発汗解表を助け、両者で調和営衛に働く。杏仁は降利肺気に作用し、肺気上逆を抑え、甘草は調和諸薬に働いている。気機から見れば麻黄の宣(上へ発散)と杏仁の降(下に粛降)という組み合わせになる。

麻黄湯証は六経弁証で太陽傷寒表実証といわれるもので、傷寒論に忠実に記載すれば悪寒、発熱、悪風、頭痛、脈浮緊、無汗、喘、嘔逆、身疼腰痛、骨節疼痛となる。服用させてはいけない禁忌証として、傷寒論では陽虚の汗家、陽虚の胃寒症、陰虚の咽喉乾燥者、慢性の淋家 慢性の(皮膚の)化膿性疾患を有する瘡家としている。中国漢方を学ぶ上で最初の難関とも言えるのが「傷寒論」であり、六経弁証中の太陽傷寒表実証と太陽傷寒表虚証の理解である。私の経験で言えば、中国伝統医学のいわば慣習として無汗の場合は表実、有汗の場合は表虚と称すると理解するのが妥当かつ「妥協」なのです。風寒の邪気は患者が無汗であろうと有汗であろうと実邪です。それを表実と表虚に分けて表記するのは、ある意味、理にそぐわないのであり、表実と表虚は患者サイド発汗の無しと有りを表していると妥協して捉えるのです。そうすることによって寒邪閉表により衛陽が理(そうり)に拘束される衛閉営鬱(えいへいえいうつ)であるから無汗であるというような難解な中医理論に悩まされなくなります。感覚的に体表が風寒の邪気にガッチリ固められ汗が出ないのを風寒表実証と呼び、体表が緩んで発汗している状態を風寒表虚証と呼ぶと捉える程度でいいと私は思います。

桂枝湯(傷寒論):桂枝 白芍 生姜 大棗 甘草の5味からなる。桂枝は解肌発表 通経助陽に働き、生姜は和胃止嘔に働くとともに桂枝の発散邪を助けている。大棗の益気脾胃作用とともに桂枝と生姜は調和営衛に作用する。白芍は益陰斂営に、甘草は調和薬性に作用する。「散中有収 汗中寓補」の方剤と称されるのは、発散袪邪の桂枝に益陰斂営の白芍が加わり、補薬の大棗が配合されているという意味です。桂枝湯証は傷寒論では太陽中風表虚証といい、現在の風寒表虚証である。悪寒、発熱、悪風、頭痛、脈浮緩、自汗、鼻鳴、乾嘔、身痛である。服薬させてはならない禁忌証として、太陽病を下した後、気が上衝しない者、脈浮緊で無汗の者、酒の常用者、桂枝湯を飲んで吐いた者、発汗後、表証がすでに無くなった者としている。さて、桂枝は衛強を治し、白芍は営弱を治するとされています。ここまでくると、さすがに中医基礎理論を無視するわけにいかなくなります。現代医学的にも発汗のメカニズムは非常に複雑です。カゼを引いたときの発熱と発汗の有無について、中医理論ではどう説明しているかをある程度理解が必要です。

衛気(えき 中国語でウェイチ)

水穀精微物質の力の部分より生成され、血脈の外側に分布し、主として外邪から生体を守る防衛作用が効能です。毛穴の開閉も衛気の作用であり、外邪に対する防衛をします。黄蓍の作用のひとつである益気固表とは皮膚の毛穴の開閉をコントロールし衛気を充満させることです。

衛気の作用は:①外邪を防御 ②体温の維持 ③肌膚の温養 ④理(そうり)の調節と要約できます。理とは一義的に汗腺を含めた毛穴と理解してもいいのですが、私の感覚ではもっと広い意味を持つようです。これについては稿を改めて後述したいとおもいます。衛気が不足すれば体温が下がり、風邪を引きやすくなり、自汗を生じ、病後の回復も遅くなります。やや古典的な表現になりますが、衛気は慄疾滑利で陽に属します。カゼの場合の発熱は、やや深部の衛気が体表に動員されて邪と闘争するために発熱すると考えます。

営気(えいき 中国語でインチ)

水穀精微物質の栄養性が豊富なものから生成され、血脈の中に分布し、効能は血を造る成分になることです。津血同源ですから、汗の由来する津液の源にもなるのです。これも古典的な表現ですが、営気は純粋で陰に属し、営気は十二経脈、任脈、督脈を循行します。衛気が外邪に負けると、体表の固摂作用が低下して理が開いて、営気は汗となり体外に出ると考えます。

麻黄湯証の無汗を基礎理論で説明すれば、衛閉営鬱(えいへいえいうつ)です。

強烈な寒邪に対して大量に動員された衛気が理に鬱滞し(衛閉)、理はガチンと閉ざされるので、汗の出る道も閉ざされる(営鬱)というわけです。

一方、桂枝湯証の有汗は、衛強営弱(えきょうえいじゃく)と表現されます。

衛陽が不足気味のところに麻黄湯証の強烈な寒邪よりやや弱い風邪が体表から進入すると、衛陽が体表に動員され(陽浮)発熱するが、理の固摂が不十分なために陰営が汗となり体外に出てしまい、陰営が弱小の状態(陰弱)になると考えます。衛強営弱(えきょうえいじゃく)とは陽浮陰弱(ようふいんじゃく)と同意と考えられます。衛陽が相対的に陰営より強い状態とも言えます。後者の陰営が弱化するのは、もとはといえば不足気味の衛陽のためです。したがって、衛強営弱とは原因論からくる用語ではなく、状態を表す用語と理解できます。

営衛不和(えいえいふわ)という漢方用語があります。

傷寒論の太陽病脈証并治に出典された用語です。現代中医学では衛強営弱(えきょうえいじゃく)に加え、衛弱営強(えじゃくえいきょう)という概念も提供しています。衛気が虚弱で、汗が自然に出てくる。発熱がなく、時々自汗がある。という概念です。

調和営衛(ちょうわえいえい)という漢方用語があります。

これは桂枝湯の治療目的のひとつと考えるとよいようです。

通陽発散の桂枝 生姜と養営斂陰の白芍 益気脾胃の大棗を配合して、営衛不和を改善する方法とも言い換えられます。

現象を説明するには理論が必要です。独自の用語も出現してきます。中国伝統医学の基礎理論や独自な用語は、いわば、言語体系とも言うべきもので、英語を理解するときに英単語と文法の知識が必要であるのに似ていると私は考えます。先人の理論体系や基本用語を知るということは、素養として欠かせません。その素養は後の修行の中で、各漢方医が、その師の教えを通したり、あるいは自分の経験を通して再確認されたり、また臨床現場で治療に役に立つのです。いつの時代でも、異論、異説はあるものの、実践に耐えた理論が現在も生き残っていると私は思います。

インフルエンザに麻黄湯が有効という報告

タミフルによる異常行動の可能性が報告されてから、原則10歳以下の小児、乳幼児には特別のご両親の依頼が無い限りはタミフルは処方しません。リレンザは5歳以上に処方が可能なようですが、品薄状態が続きました。シンメトリルはインフルエンザA型にのみ適応があり、インフルエンザB型には処方できませんし、薬剤耐性が生じて効かなくなることが多い薬です。そのような経緯で特に小児科医の間で、漢方薬が見直されています。麻黄湯と桂枝湯あるいは麻黄加桂枝各半湯などです。

タミフルなどとほぼ同等の解熱効果があるという報告が最近なされています。麻黄にはエフェドリン効果で夜間不眠という傾向がありますが、桂枝湯を半量加えるとそのような問題は無くなります。現代日本でインフルエンザの治療薬に漢方薬も選択できるということは朗報です。このように漢方が見直されてきたのは、本場中国での漢方生薬の抗ウイルス作用がSARSを契機に近年本格的に研究が進んできた為と私は考えています。もっとも、古来より、いわゆるインフルエンザを含む感冒の治療は、中国では漢方薬が主体だったのです。近年の中国での研究報告から、臨床治療効果(In Vivo)と試験管内(In Vitro)の成績から一定の効果が認められたあるいは想定されるものを列記します。濃いブルーは寒薬、薄いブルーは涼薬、

オレンジ色は微温薬、赤は温薬です。

抗ウイルス及び抗菌(抗生物質様)作用を有する生薬

板藍根 柴胡 虎杖 黄連 黄 苦参