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慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療10

2012-12-30 00:15:00 | Marilyn Monroe マリリン モンロー

時振声教授 医案4

29歳男性、下腿浮腫があり、尿蛋白定性は4+、時氏受診時までに慢性腎炎として、ステロイド、免疫抑制剤、中薬で治療を受けていた。時受診時には24時間尿蛋白定量では5gの蛋白尿であり、ステロイドは10mg/日を維持量としていた。入院時所見:腰部酸張(lumbar soreness and distension)、咽干、軽度乏力(slight lassitude)、睡眠差(insomnia)、舌質偏紅、苔薄黄略?thin yellowish and a little greasy coating)、脈弦滑沈取無力(taut-rolling pulse but forceless while deep pulse-taking)。平素易感冒(平素カゼをひきやすい)。

(付記。他のデータも無かったわけではないのでしょうが、中医医案の特色は細かい血液生化学のデータを記載しないところにあるようです。中医学は経験医学であり、教科書で一般化できない師弟間の秘密があります。)

(さて)中医学の弁証では、先ず、consumptive disease(虚損)であり、mainly strengthen Qi and nourish kidney-Yin(益気滋腎陰を主とする)を治療原則と判断しました。その治療(具体的内容は記載がありません)により、腰酸などの腎虚症状は軽減され、ステロイドも漸減し中止できるまでになりました。

(付記。通常は腎内科医の仕事はここで終了しますが、この医案では)しかし、lassitude(けだるさ、疲労倦怠感)が次第に酷くなり、四肢の重い感じが、特に運動時に激しくなり、嘔気を伴い、食欲不振、軟便、口干(dry throat)が出現し、舌尖紅、苔薄白?脈は細弦略滑(thready-taut pulse with a little rolling)であった。脾気虚兼脾陰不足挟有湿邪(deficiency of spleen Qi with deficiency of spleen Yin complicated with damp-pathogen)と弁証し、益気健脾養陰利湿(reinforce Qi to invigorate the spleen and nourish Yin to induce diuresis)を治則と判断し、参苓白朮散(太平恵民和剤局方)加減を用いた。

参苓白朮散(太平恵民和剤局方)の元方は、人参 茯苓 白朮 山薬 蓮子肉 白扁豆 薏苡仁 砂仁 桔梗 甘草です。

時氏は人参を党参25g、茯苓30g薏苡仁30g蒼朮(燥湿健脾)白朮各15g山薬20g蓮子肉 白扁豆各15g砂仁、白蔲仁各6g桔梗10g白芍15g黄蓍20g大棗 甘草各6gにて治療開始しました。氏が加味したのは、蒼朮白蔲仁白芍黄蓍大棗です。

蒼朮 白朮 各15gという記載は健脾利湿の際によく見かける処方です。但し、陰虚、便秘がある場合は用いないと中薬講義では教えています。「脾は燥を好む」という中医表現があります。蒼朮は燥湿健脾作用のうち燥湿作用が強い。白朮は健脾、消腫作用が強いと記憶しています。共に用いることで脾虚による湿を改善します。生蒼朮は化湿作用が強く、長期の使用は津液不足をきたすことがあります。制蒼朮は蒸してから乾燥させたもので、化湿作用はやや低下します。炒蒼朮は炒めたもので生蒼朮と比較すると化湿作用は低下します。現在流通している蒼朮は殆ど制、或いは炒蒼朮です。

白蔲仁は白豆蔲(びゃくずく)です。化湿行気 温中止 化湿開胃に作用します。湿邪が上焦にある場合(胸苦しい)に良いとされています。中国では赤ちゃんの吐乳にミルクに粉末を混ぜて飲ませます。方剤では三仁湯(杏仁、白蔲仁、薏苡仁)中配合されています。中国臨床では砂仁とカップルにして使用することが多いようです。煎じ薬の場合には、処方箋には/寇仁各6~ 後下(こうしゃ)というように記載される場合が多いです。共に芳香化湿薬ですので後から煎じる必要性があります。時氏の処方はpowder(散)ですから、後下の必要性は勿論ありません。

白芍の使用目的は私にはわかりません。このような処方のコツが師弟間の秘密なんでしょうね。養陰、斂陰の意味でしょうか?湿がある場合に、どのような基準で使用を決定するのか?難しいですね。

黄蓍20gは多いですね。黄蓍の使い方を極めると腎病の治療に役に立ちますね。

さて、上記時氏の参苓白朮散加味にて3ヶ月治療したところ、いわゆる倦怠感が軽度残るものの、他の症状は悉く消失し、24時間尿蛋白の定量では1g/日に減少して、患者は退院となりました。尿量の変化や生化学的データなどの記載は一切ありませんでしたが、結果よければ全てよしですね。

ともかく、中医学の診断に診察は欠かせません。四診合参の内容は、望診(神色形態 神は精神状態、態は異常な動作を指す、舌診)、聞診(音声を耳で聞く、体臭を鼻で嗅ぐ)、問診「十問」寒熱、汗、痛み、頭身、便、飲食、胸、難聴、口渇、旧病、病因、婦人科特有、小児科特有、そして切診脈診、按診)です。四診合参が習慣となれば、時間的にも、精神的にも大きな苦痛にはなりません。

30日には上海に飛び、朱老師に会ってきます。今回は贅沢にJALで行ってきます。

ドクター康仁 2012年 最終記

Marilynの版木を彫っている時に私流の楽しみ方があります。近未来は確率論的に予想できますが、予言はできません。過去は記録しておくことで、確定されます。正確には私流の楽しみ方があったと過去形で表現すべきでしょう。

Lying_monroe_with_japanese_mask_5

Marilyn Monroe; similar to a Japanese Noh mask? Original woodcut by Dr. Kojin.

能面にも共通するsomethingを感じて記録しました。


慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療9

2012-12-28 04:45:00 | Marilyn Monroe マリリン モンロー

時振声教授 医案3

10年間の慢性腎炎に悩む41歳女性患者。10年来、過労や上気道炎で急性悪化を繰り返してきた。10日前悪寒発熱、悪心、食べると嘔吐するという外感病によると思われる症状が出現し、対症療法の後、症状は一旦落ち着いたが、乏尿、浮腫、四肢の重い感じ、眩暈や頭の張る感じ、悪心嘔吐などの症状が強くなった。入院後検査:形神倶衰(lassitude of both physique and mind,顔面と頭部の浮腫(いわゆるpitting edemaでありpuffyと表現される)眼瞼は如臥蚕(like the lying silkworm)で、腹部は腫大し、下肢にはpitting edemaが著明であるが、皮膚は粗い、爪は乾燥し、舌は紅、苔薄黄、脈は沈細数(deep-thready-rapid pulse)血圧24/13.5kPa(1kPa=7.5mmHgで換算すると180/101mmHg)尿蛋白定性(4+)尿沈渣400倍毎視野 白血球4~6 赤血球4~6 上皮細胞1~2 顆粒円柱0~1、末梢血液検査:(原文をそのまま載せれば白血球1.2109乗(好中球0.72、リンパ球0.28と記載されており、国際単位に一致しません。)血清アルブミン値は2.6g/dl グロブリン値は1.8/dl,ヘモグロビン値は9.2/dl PSPテスト15分値2%、2時間値32%であった。元来の内湿と新しい外感の影響を受けたことによる脾虚が進行して気虚が著しくなると、脾の水質運化作用も更に低下する上に、肺の主気作用も傷害され、宣発粛降作用(通調水道作用)により津液を三焦にめぐらす作用も衰え、肺の宣発作用の一部として汗になる作用も衰えます。元来の慢性腎炎により、腎の気化作用も衰えていますので、水質の邪が郁滞することになります。

これらは、基礎理論に従う立場からの私の分析です。一日尿蛋白の定量や、BUN、クレアチニン、血清脂質などのデータは医案には記載されていません。いわゆる腎機能の指標である糸球体ろ過値(GFR)も記載がありません。PSPテストの低下に対するコメントも記載がありません。

さて、

時氏は水湿内停、形成表実、水停、鬱熱証と診断しました。治療は解表清裏、発汗利尿として、越婢加朮湯麻黄連翹赤小豆湯合方を以って、三焦の気を宣通し、内外の湿邪を分消すると判断しました。説明しますが、解表清裏とは発汗させ解熱させ、かつ裏熱も清する意味であり、発汗利尿とは“発汗させれば循環血漿流量が減少するので利尿には適さないのではないか?”という画一的な西洋医学理論ではなく、前述したように、発汗させることを開鬼門カイグイメンともいい、提壷掲蓋の概念から、中医学的には宣肺シュアンフェイによって尿を出させる治療法であり、宣肺排尿(シュアンフェイパイニャオ)を図るという意味になろうかと私は思います。宣肺解表剤により、一時的な尿閉を改善し、尿量を増加させる治療法と理解してください。

越婢加朮湯

越婢加朮湯は現代中医学では主として「水腫」の「風水氾濫」に用いられる方剤です。

風水氾濫とは?

眼瞼浮腫、続いて四肢及び全身まで腫れてきて、勢いが急であり、多くは悪寒、発熱、肢節酸痛、小便不利などがみられる。風熱に偏るものは、咽喉が腫れ痛み、舌質紅、脈浮滑数などを伴う。風寒に偏るものは、悪寒、咳、喘息、舌台薄白、脈浮滑あるいは緊が見られる。水腫が酷い場合、沈脈も見られる。

中医学による将校分析:風邪襲表、肺失宣降の為、水道が通調されず、膀胱まで水液が運ばれなければ、悪風、発熱、肢節酸痛、小便不利、全身浮腫などが現れる。風は陽邪であり、拡散や変化が早く、移動しやすい特徴がある。その性質は軽揚であり、風水が互いに絡み合って発病することにより、水腫が顔面から始まり、直ちに全身に波及する。もし風邪に熱が伴う場合、咽喉が腫れ痛み、舌質紅、脈浮滑数が見られる。風邪に寒が伴う場合、邪が肌表にあり、衛陽が阻ばまれて、肺気不宣になるため、悪寒、発熱、咳き、喘息などが現れる。腫れが酷く、陽気が巡らず内にこもれば、脈沈、或いは沈滑脈、あるいは沈緊が現れる。

治療原則:散風清熱、宣肺行水

方剤:越婢加朮湯(金匱要略)加減。

越婢加朮湯(金匱要略):麻黄 生石膏 甘草 大棗 生姜 白朮

処方中の麻黄は、宣散肺気、発汗解表に働き、表にある水気が取ることができる。生石膏は解肌清熱をし、白朮、甘草、生姜、大棗は健脾化湿をして、崇土制水(五行学説での健脾により水停を除くの意味)の効能がある。それに適当に浮萍、澤瀉、茯苓を加えて、宣肺利水消腫の効能を増強する。咽喉腫痛があれば、板藍根、桔梗、連翹を加えて、清咽散結解毒を期し、熱重尿少の場合には、鮮茅根を加えて、清熱利尿をはかる。もし風寒偏盛であれば、石膏を取り去って、蘇葉、防風、桂枝を加えて、麻黄の辛温解表の力を増強する。もし咳、喘息が割合に酷い場合は、前胡、杏仁を加えて、降気止喘することができる。汗出悪風、衛陽気虚の場合防己黄耆湯(金匱要略)の加減を使い、助衛行水をする。本証には西洋医学での上気道感染後の急性腎炎症候群(慢性腎炎の急性悪化も含む)に類似する病態がある。

 もし表証が次第に解消され、身重かつ水腫が退かないものには、水湿浸漬型として論治する。

防己黄耆湯(金匱要略):防己 黄蓍 白朮 甘草 生姜 大棗が適する。

麻黄連翹赤小豆湯「傷寒論」

「水腫」の「湿毒侵淫」に用いられる方剤です。

 (症状)眼瞼浮腫が全身に及び、小便不利、全身発瘡、甚だしいものは潰爛も見られ、悪風、発熱、舌質紅、苔薄黄、脈浮数或いは滑数である。

 (症候分析)皮膚は脾肺によって司られている部位であり、だから皮膚瘡廱が現れる。湿毒が即時に清解消散されなければ、臓腑に内帰して、中焦の脾胃は水湿を運化できなくなり、昇降清濁の働きが失われ、肺の通調水道の働きを異常にさせ、小便不利になる。風は百病の長であり、病の初期は、多く風邪に関わり、それで眼瞼が先に腫れてきて、即時に全身に波及し、かつ悪風、発熱の症状が現れる。その舌質紅、苔薄黄、脈浮数或いは滑数は、風邪夾湿毒によるものである。

 (治法)宣肺解毒、利湿消腫

 (方薬)麻黄連翹赤小豆湯五味消毒飲である。

麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論):麻黄 杏仁 生梓白皮 連翹 赤小豆 甘草 生姜 大棗

前方中の麻黄、杏仁、桑白皮などは、宣肺行水に、生梓白皮は清熱解毒に、連翹は清熱散結に、赤小豆は利水消腫に作用する。

五味消毒飲(医宗金鑑):金銀花 野菊花 蒲公英 紫花地丁 紫背天葵

後方は銀花、野菊花、蒲公英、紫花地丁、紫背天癸で清解湿毒の力を増強する。膿毒の酷いものには、多く蒲公英、紫花地丁を使用する。湿が盛んで糜爛のある者には、苦参、土茯苓を加え、風が盛んで掻痒のある者には、白鮮皮、地膚子を加え、もし血熱かつ紅腫があれば、丹皮、赤芍を加え、大便不通には、大黄、芒硝を加える。本証には西洋医学での、ビールスあるいはリケッチャ感染による急性腎不全を伴う腎障害に類似する病態がある。

本稿に戻り、時氏が処方したのが、

麻黄 白朮生石膏(先煎)各30g生姜10g大棗5枚、連翹12g赤小豆白茅根各30g澤瀉15gです。

元方の越婢加朮湯(金匱要略)の組成は麻黄 生石膏 甘草 大棗 生姜 白朮であり、

元方の麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論)の組成は麻黄 杏仁 生梓白皮 連翹 赤小豆 甘草 生姜 大棗です。

麻黄 白朮生石膏(先煎)各30gですから通常の量からすれば大量です。生姜大棗は両方に共通です。連翹12g赤小豆30gが麻黄連翹赤小豆湯(傷寒論)由来となります。澤瀉15g 白茅根30gが加味されています。7剤を服薬後、病勢は大きく減少し、顔面の浮腫は消退し、頭痛、眩暈、悪心嘔吐は消失し、体が軽くなったと患者は訴え、尿検査の改善も著しかった。

そうしたところ

数日後、感外邪(カゼをひいた)。汗が出て、時々悪風があり、全身のだるい痛み、筋肉痛、四肢の重たい感じが出現し、脈は虚数(feeble-rapid,舌苔は白、舌質は紅。そこで、風湿の邪がまだ十分に除かれていない時に、新たに外感が加わり、過去の病歴と一致する証(水湿内停、形成表実、水停、鬱熱証)が発生したと考え、表虚裏湿(exterior deficiency and interior damp)は疑いの無いところであるから、防己黄耆湯(金匱要略)加味方を以って、健脾表実(replenishing the body surface by invigoration of spleen)と清熱利湿(reduce damp-heat by diuresis)を図った。

時氏が処方したのは、以下

生黄耆防己炒白朮各15g甘草6g(ここまでが防己黄耆湯)加、赤白芍薬各10g赤小豆30g連翹12g葛根20g板藍根15g防風10g服薬20剤で、病状軽快し、退院となった。微温~温薬3薬、微寒~寒薬5薬、平薬2薬の配合です。

ドクター康仁の付記

大青葉ダーチンイェの根が板バンランゲンです。清熱解毒 利咽に作用しますが、近年では抗ウイルス作用が注目されています。芍薬でも赤芍薬は血分での活血化瘀作用に優れます。白芍薬は赤芍薬と同様に微寒ですが、苦酸で、補血収斂、柔肝止痛、平抑肝陽に作用します。上記症例では、収斂作用を期待して止汗目的で使用されたかもしれません。赤小豆は利水消腫 解毒排膿の効があります。葛根は解筋止痛の効に優れます。防風は袪風除湿に作用します。黄蓍はあまりにも有名な生薬ですが、①補気昇陽②益衛固表、(衛気の衛)③托毒生肌 ④利水消腫に作用します。平たく言えば、水毒をとり、尿を利し(利尿消腫作用により脾虚水腫を改善)、元気を増し(補気昇陽)、汗を止め(固表止汗)、皮膚の栄養を助け、肉芽の形成を促し、化膿を止め、膿汁を排泄させる効能(托毒生肌)中気下陥(脱肛、子宮脱垂)にも効果ありとなります。黄蓍の②益衛固表、(衛気の衛)の作用について少述すれば、衛気を養い止汗作用、抵抗力を増加させる作用、喘息や気虚の寒邪の風寒に(精気不足の人のカゼに)使用され、有名方剤として、白朮と共に「玉屏風散」があり、反復性扁桃腺炎の予防治療に用いられます。時氏の処方中にも黄蓍、白朮、防風の三薬「玉屏風散」が配合されているとも判断できます。防己ファンジー祛風清熱薬で、祛風止痛、利水消腫に作用し、利水作用(および鎮痛作用)が注目されています。

それにしても、難しいのは麻黄の使い方ですね。時氏は最初には麻黄で宣肺排尿(利尿)を狙い、次には黄蓍で固表止汗を図るという具合に「臨機応変」に治療法を変えています。

当初の処方:麻黄 白朮生石膏(先煎)各30g生姜10g大棗5枚、連翹12g赤小豆白茅根各30g澤瀉15g

後の処方 :生黄耆防己炒白朮各15g甘草6g(ここまでが防己黄耆湯)加、赤白芍薬各10g赤小豆30g連翹12g葛根20g板藍根15g防風10g

共通するのは白朮(健脾利湿)赤小豆(利水消腫)連翹(清熱解毒)だけです。

ところで、防己黄蓍等の防己は「広防已」とは異なります。
広防已は、アリストロキア酸という腎障害を起こす物質を含み、海外ではchinese herb nephropathyといわれる腎障害をおこすと報告されています。オオツヅラフジ科の植物を原料とする日本薬局方の「防己」はアリストロキア酸を含みませんので危険性はありません。日本の生薬メーカーは品質管理が徹底していますが、「個人輸入」などの場合、別物の「広防已」が紛れ込む可能性がありますのでご注意ください。

次回も時教授の医案を紹介いたします。

年内の更新も今回が最後になるかもしれません。

夜も明け始め、本年の最後の診療が私を待っています。

P1070052 

Marilyn Monroe in early morning blue.

Original woodcut by Dr. Kojin.

さようなら。2012年。


慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療8

2012-12-26 00:15:00 | Marilyn Monroe マリリン モンロー

中医学は経験医学です。長年の経験を積んだ名医を老中医と尊称します。中国伝統医学をtraditional Chinese medicine(TCM)といいます。老中医は内科領域ではveteran TCM physicianと英訳します。それでは、veteran TCM physician Shiの症例報告(医案)を覗いてみましょう。中国のcase reportは治療が無効であった場合のreportは殆ど見られません。ですから、治療が有効であった症例報告という意味でeffective casesとしての医案(case report)です。

時振声教授 医案1

1995年9月17日初診、32歳女性。2ヶ月前に感冒発熱咽頭痛の後に肉眼的血尿が生じ、近医を受診し治療を受け肉眼的な血尿は消失したが、顕微鏡学的血尿が持続し、受診となった。腎生検を施行、経度増殖性IgA腎炎であった。臨床診断は“隠匿性糸球体腎炎(血尿型)”とした。腰膝酸軟、全身乏力、感冒にかかりやすく、咽干喜飲、手心熱、生理は遅れがちで、生理不順があり、生理血に瘀塊があり、大便は乾燥しており、2~3日に一度便通がある。小便は黄、尿意切迫、頻尿、排尿痛は無いが、排尿時に熱感を感じることがある。舌質は暗紅、苔は薄黄、舌の奥はやや?、脈弦細。初診時の尿検査では、尿蛋白(-)尿沈渣400倍率で毎視野白血球0~3、赤血球15~20であった。気陰不足、陰虚内熱、血熱妄行に属する証と判断した。

益気滋腎清利と化瘀止血を治則とした。彼は益気滋腎化瘀清利湯加味:太子参15g女貞子、旱蓮草各10g、生側柏、馬鞭草、益母草各30g、白茅根20g、大、小薊各6gを用いた。服薬2週後には、諸症は軽減し、尿沈渣400倍率で赤血球3~5と改善した。さらに継続して4週服用後で検尿に異常所見がなくなった。原方から大、小薊を去り、継続服用しているが1996年遼寧省中医学誌第二期報に発表するまで再発はない。

評析

本症例は外感風熱による肉眼的血尿時に治療が不十分であったので、病が遷延し、気陰内耗、陰虚内熱、血熱妄行に至った。唐容川は述べる:“離経の血は、新鮮血であれどもまた、瘀血と為す。”故に、時氏は、血尿には虚実を論じない、すでに離経の血が存在し必ず瘀滞を有するからだ。治療時には常に活血化瘀を忘れないようにする、同時に、血を見て止血はよろしくない、炭類の止血固渋薬を大量に使用するのは禁忌であり、効果が無いばかりか、また却って瘀滞が病呈を遷延させると時老中医は説いています。

太子参は益気健脾、補記生津に、女貞子旱蓮草は滋腎養肝に、生側柏は涼血散瘀、袪風利湿、馬鞭草は活血散瘀、利水消腫に、大小薊は涼血止血、散瘀利尿、益母草は活血利水作用するが、“行血は不傷新血(出血させることにはならなく)、養血は瘀血を滞らせることもない”更に、中空で節のある白茅根は、郁熱を透じ、小便の渋りや排尿痛によく効く、また涼血止血に作用する。益気滋腎、活血化瘀、清利湿熱、涼血止血の功能は、“血尿腎炎”の有効良方である。

時振声教授 医案2 腎陰不足 陰虚内熱案

20歳女性、感冒発熱後に肉眼的血尿が出現。某病院で腎生検を受け、IgA腎炎と診断される。ステロイドホルモン、雷公藤治療が無効で、顕微鏡学的血尿、(400倍毎視野で尿沈渣赤血球1030個)尿蛋白定性(+)或いは(-)。疲労が重なり、感冒で咽頭痛が生じると肉眼的血尿が加重し、2~3日続くと、顕微鏡学的血尿になり、病呈は1年以上になっていた。腰酸腰痛、咽干咽痛、口干喜飲、食欲不振、尿は新鮮な肉を洗った時のような赤い色で、大便は乾燥に傾き、舌質暗紅、舌苔薄黄微?、脈は弦細であった。腎陰不足、陰虚内熱、血熱妄行、挟有瘀血、湿熱にて、滋腎化瘀清利湯と銀蒲玄麦甘桔湯の合方を4剤投与したところ病状は好転し、咽干咽痛は軽減した。尿検査にて蛋白(+~-)赤血球(5~8)、滋腎化瘀清利湯を2ヶ月継続投与したところ、如検査で蛋白(-)赤血球(-)となった。治療効能を固めるために、さらに2ヶ月投与を継続した。尿検査は正常に属している。

評析

IgA腎炎では肉眼的血尿あるいは顕微鏡学的血尿があり、同時に手足心熱、口干喜飲、大便偏干、脈象は沈細あるいは弦細、舌質は暗紅苔薄或いは舌質紅無苔などは、中医弁証では腎陰不足或いは肝腎陰虚、瘀血を挟み、湿熱も伴う証に属する。時氏は滋腎化瘀清利湯を以って滋養腎陰を治本とし、清熱利湿と活血化瘀を治標として、臨床治療効果を高めている。

時氏滋腎化瘀清利湯女貞子10旱蓮草10白花蛇舌草15生側柏15馬鞭草15大小薊30益母草30白茅根30石葦30

銀蒲玄麦甘桔湯:銀花15蒲公英15玄参10麦門冬15生甘草6g桔梗6g薄荷6g(後下)

温薬が一つも見当たらないのが本日の焦点の一つと感じてください。治本や治標という用語に拘らなくてもいいのではないかと私は思います。

次回も時振声教授の医案をご紹介します。

続く

ドクター康仁 記

Peaceful_green_reflection

画竜点睛を欠くといいますね。最後に決め損なったことを表現する四文字熟語の表現の一つですが、私は、昔とは違って、最初に眼を書き入れます。木版画というのは、切り損なったら終わりの世界ですから、最初に眼から彫り始めます。もし、点睛を欠けばそれ以上は彫り進めません。


慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療7

2012-12-24 20:08:17 | ブログ

宣肺利水 清熱涼血法

風熱外感、肺失宣降の証が慢性腎炎に認められる場合の治療法です。臨床症状は、顔面の浮腫(面目浮腫)、咽頭痛と咽頭の発赤(咽痛咽赤)、口が渇き飲水を欲する(口干喜飲)、肉眼的血尿が見られることもあり、舌の辺や尖は紅であり、舌苔は黄であり、脈は浮数である。現代医学的には「慢性腎炎の急性悪化」であり、その原因は呼吸器の感染症という分野に属するでしょう。

ここで、津液の生成と輸布の基礎理論に再び戻ります。

津液は脾の「水湿運化作用」により水穀から小腸、大腸より吸収され、脾の「昇清作用」により肺に運ばれ、肝の疏泄作用とともに肺の主気作用、宣発粛降作用(通調水道作用)により三焦をめぐり、肺の宣発作用の一部として汗になるとともに、腎の気化作用により、利尿(降濁作用)によってその量が調節されます。

この理論体系から弁ずれば、元来慢性腎炎で腎の気化作用が低下している時に、肺の主気作用、宣発粛降作用(通調水道作用)が低下すれば、津液の輸布に支障が生じて、浮腫が生じるということになります。

基礎理論から、もう少し「肺」について付記します。

宣通と発散を総称して宣発といいます。肺気が上昇して全身および体外に発散することです。その生理機能は

体内の濁気を排出(呼吸の呼)

脾から送られた津液と水穀精微を全身、皮毛に散布

衛気の宣発し、腠理の開合を調節し、汗を体外に排出する 

以上の3つです。

肺の粛降作用は

    呼吸により自然界の清気を吸入

    清気と水穀精微を下へ散布し、腎に清気を納めさせる

    肺と呼吸道を清潔にする

    体内の水液を下へ輸送し、肺の通調水道作用の一部となる。 

以上の4つの機能を粛降作用といいます。

聞きなれない言葉ですが、肺は通調水道(つうちょうすいどうトンデアオシュイダオ)を行う臓であり、肺是水之上源(肺は水の上源)という表現も基礎理論では出現してきます。

発汗させることを開鬼門カイグイメンともいいます。有名な四文字熟語で提壷掲蓋、提壷ティフー掲蓋ジエガイがあります。蓋のついた壷の下の穴から水を出させるには、蓋をずらした方が出やすくなるという日常の経験則から生まれた熟語です。中医学的には宣肺シュアンフェイによって尿を出させる治療法であり、宣肺排尿(シュアンフェイパイニャオ)といいます。簡単な例としては、くしゃみさせて尿を出させるという方法です。宣肺解表剤により、一時的な尿閉を改善したり、尿量を増加させる治療法です。

私自身の感想では、肺の悪性腫瘍の際、病勢が進行すると必ず浮腫が生じます。若いころから、この浮腫の原因はなんだろうかと疑問を抱き続けています。肺朝百脈とも言います。全身の血液が経脈を通して肺に集まり、肺の呼吸によって、気体交換を行ってから、全身に分布することを意味する漢方用語です。

肺は鼻に開竅し、在体は皮、華は毛であり、在液は正常な鼻水(涕テイ)であると最後に付記します。

さて、宣肺利水 清熱涼血法の具体的方薬に話を進めます。越婢湯(えっぴとう)(金匱要略)と五皮飲(ごひいん)(中蔵経)の合方加減を主方とします。越婢湯の元組成は麻黄石膏18生姜炙甘草であり、宣肺泄熱 利水消腫が功能であり、主治は風水挟雑で、突発する浮腫(特に顔面)、悪風発熱、全身浮腫の方剤です。五皮飲の組成は、生姜皮 桑白皮 陳皮 大腹皮 茯苓皮 各等分 粗末一回9g水煎服用です。大腹皮は利気薬で、下気寛中 利水消腫 腹満 腹張の時に下気、中焦を気持ちよくさせる作用があります。五皮飲の効能は、利湿消腫 理気健脾 主治脾虚気滞 水腫(皮水)です。

2005年版の中国書籍「腎病 古今名家 験案全析」(科学技術文献出版社)によれば、越婢湯、五皮飲合法加減として、麻黄 杏仁 石膏 桑白皮 陳皮 大腹皮 茯苓皮 車前草 白花蛇舌草 益母草 白茅根 大小薊を記載しています。麻黄 杏仁は

宣肺に作用し、石膏を配伍して清熱を図り、桑白皮は清肺熱に作用すると共に、陳皮 大腹皮 茯苓皮 車前草とともに利水行気に作用し、白花蛇舌草 益母草 白茅根 大小薊は清熱涼血に作用すると解説されています。熱証が強い者には黄芩 金銀花を加味し清熱解毒の功能を強化し、尿中の赤血球が増す場合には、茜草(根)槐花旱蓮草を加え、涼血止血の功能を強化します。

本稿までに、CKDに対する以下の治療法について紹介しました。


慢性腎炎、(特にIgA腎炎)の漢方治療6

2012-12-24 00:15:00 | ブログ

益気滋腎、活血清利法

気陰両虚、湿熱瘀阻の証に対する治療法です。臨床症状は、面色淡黄、腰膝酸軟、手足心熱、口干喜飲、舌質は紅で歯痕があり、瘀斑や瘀点を認め、脈は沈細です。気虚の病位は脾にあり、陰虚の病位は腎にありますから、脾腎気陰両虚証ということになります。中医学的な問診、望診、切診での病態です。気と津液の関係は、以下の4点です。

1.気は津液を生むことが出来る

2.気は津液をめぐらすことが出来る

3.気は津液を固摂することが出来る

4.津液は気の母でもある

脾気虚、腎気虚が慢性化すれば、陰(津液)を損なうようになります。病因は1によります。陰が損なわれれば気も損なわれ(病因は4によります)悪循環に陥ります。この悪循環の証の一つが気陰両虚ともいえます。

津液の生成と輸布に戻ります。

津液は脾の「水湿運化作用」により水穀から小腸、大腸より吸収され、脾の「昇清作用」により肺に運ばれ、肝の疏泄作用とともに肺の主気作用、宣発粛降作用(通調水道作用)により三焦をめぐり、肺の宣発作用の一部として汗になるとともに、腎の気化作用により、利尿(降濁作用)によってその量が調節されます。脾の「水湿運化作用」の失調は気血生化の源が失調すると同時に、正常な津液でない病理産物である内湿が体内に生じてきます。やや、「こじつけ気味」になるのですが、腎陰虚が進めば、陰虚内熱の熱邪と内湿が互結して、湿熱の一部となり下焦に瘀阻します。湿熱の物理が確定されていませんので、「一部」と表現します。

さて瘀血の成因に戻りますと、瘀血とは?

体内における血液停滞、離経の血液など経脈と臓腑の阻滞した血の総称をさします。

気滞により血が十分にめぐらず血瘀が生じる。

気不摂血により出血し離経の瘀血が生じる。

気虚によっても血が十分にめぐらず血瘀が生じる。

(血寒によっても瘀血は生じる)

(血熱によっても離経の瘀血を生じる)(陰虚内熱でも然り)

以上でしたね。したがって、気陰両虚になると、瘀血の証が出てきます。津血同源です。このような思考回路は漢方医にとっては、至極自然に出来上がっていますが、「基礎理論に矛盾しないように説明しろ」と詰問されると難しいものです。

参蓍地黄湯加味方を主方とします。組成は六味地黄丸(小児薬用直決)加味方とも言えるもので、人参(あるいは党参)、黄蓍生地黄山薬山茱萸茯苓牡丹皮澤瀉のうち黄蓍、人参以外は、六味地黄丸の熟地黄が涼薬の生地黄に変化し、山薬、山茱萸、澤瀉、牡丹皮、茯苓は六味地黄丸そのもので、補腎陰に作用します。六味地黄丸加党参、黄蓍方に、さらに石葦益母草丹参劉寄奴白茅根を加味したものになっています。湿熱の熱邪がある場合には、温薬の人参より、党参が、熟地黄より生地黄が適していると判断しているものと思います。参蓍地黄湯加味方全体を分析すると、党参、黄蓍、茯苓は健脾益気に、生地黄、山薬、山茱萸は滋腎補陰に、益母草、丹参、劉寄奴は活血化瘀に、白茅根、牡丹皮、澤瀉、石葦は清利湿熱に作用すると解説されています。厳密には山茱萸には補腎湯、補腎陰の両方の作用があります。湿熱の証が強い者には黄柏晩蚕沙(ばんばんしゃ)を、陽虚に偏するものには、巴戟天菟絲子を加味します。私自身は晩蚕沙(ばんばんしゃ)の使用経験はありません。

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上海中医薬科大学付属暁光病院腎内科の陳教授の慢性腎炎に対する方剤の基本骨格は、党参15丹参15黄蓍1530生地黄15 山茱萸10 准山薬15でした。参蓍地黄湯加味方と共通します。ご紹介しておきます。

ドクター康仁 記