考察: どのようなイレウス(腸閉塞)に有効なのか?
先日、ある内科医から、大建中湯はどのような腸閉塞に有効なのか?という質問メールをいただいた。以下は私見である。
1. まず、末梢血液検査で1万以上の白血球増多がないことを確認してください。
2. CRPなどの炎症反応が高値でないことを確認してください。
3. 舌下、脇の下、直腸での体温を測定して、直腸温が他の部位と比較して、1度以上高くないことを確認してください。舌下、脇の下で38度以上の発熱がないことを確認してください。
4. 基礎疾患を確認してください。癌などによる機械的な腸閉塞を除外してください。
5. 慢性的な便通異常などの既往があったかどうかを確認してください。
除外項目ではありません。
6. 腸雑音を確認して、異常に雑音が亢進してないことを確認してください。
7. サーモグラフィをイメージしてください。腹部の色はどんなイメージですか?
腹部全体が、明らかなオレンジ~赤で、急性の広範囲な炎症がイメージされる場合を除外してください。
8. 便秘傾向が過去においてあったかどうか確認してください。
(おうおうにして、便秘性の腸閉塞が老人に多いことあるので)
9. 過去に偽膜性(ぎまく)性大腸炎と診断されたことがあるかどうかを確認してください。その場合でも、さらに、現時点での発熱が無いこと(1、3、7)を確認してください。十分な補液と電解質補正、胃内ガス減圧処置がなされていることを確認してください。
10. 気管支喘息などで、ネオスチグミンなどのコリン作動阻害剤を使えないことを確認してください。
11. 糖尿病の基礎疾患があるかどうか、また、電解質異常、とくに低カリウム血症がないことを確認してください。
以上を確認のうえ、大建中湯を使用してください。3日以内に改善傾向が出現しない場合は中止してください。
さて、漢方生薬を組み合わせたものを「方剤(ほうざい)」といいます。大建中湯も方剤のひとつです。
漢方の勉強方法とは?
① 随証論治(ずいしょうろんち)と言い、いろいろな症状の集まりから、中医学的な診断方法に従ってそれに対応する薬剤(方剤)で治療することを学ぶ。
あるひとつの方剤には、対応する証があり、これを「方証(ほうしょう)」という。
② 薬剤(方剤を含む)の効能、特徴から、治療できる病態を勉強すること。
③病気、病態の本質を、中医学、西洋医学を合わせて総合的に診断することによって、 可能な限り、最善の治療に努める。(これを私は弁病論治ということにしている。)
①、②に関して「大建中湯」の適応症を簡単に述べれば、大建中湯の考案者
「張仲景」の記述を現代風に解釈しなければならない。
張仲景とは?
張仲景(ちょうちゅうけい)は、現代中国でも「医聖」列伝に入る後漢時代の医師であり。現代の未履修日本史では記憶が途絶えそうな、遠い昔の「卑弥呼(ひみこ)」の弥生時代、中国の「後漢」の時代の医師です。これまた、世界史未履修のための学生さんに、どのくらい前の話かと説明すると、後漢の前の時代の前漢の時代には、日本は「倭国(わこく)」と呼ばれ、「漢倭名国王(かんのわのなのこくおう)」が、金印を中国の皇帝から贈られた時代の後(あと)の時代であり、今から1900年以上も前の時代です。卑弥呼(ひみこ)が30代で「神がかり」のシャーマニズムで畏敬されていたときに、張仲景は40代半ば、医師としてその名声は急上昇していたといえます。
張仲景が50歳のころには、現在の中国の湖南省の州都である長沙の太守(県知事のような役職)になったというから、政治家としての才能もあったらしい。
しかし彼は政治家としてではなく、「傷寒雑病論」(しょうかんざつびょうろん)という医学書の著者として有名なのです。彼は「目で見て診察する望診(ぼうしん)」と「脈を診て診断する脈診(みゃくしん)」において、超能力を発揮したとも言われてます。
張仲景は、黄帝内経素問(そもん)霊枢、胎臚薬録(たいろやくろく)陰陽大論、平脈弁証、神農本草経等の古代の医書を熟読精通し、「傷寒難病論(しょうかんざつびょうろん)」十六巻を作ったとされます。「傷寒難病論」のうちの「傷寒論(しょうかんろん)」十巻を除いた残りの六巻を彼の死後に、弟子たちが纏め上げたのが「金匱要略(きんきようりゃく)」であると言われています。その後、戦乱などで散逸していまい、日本に伝えられたものは、平安時代の中~後期の「宋」の時代の「宋本」であるとされています。
「傷寒論」では、病邪の進入経路や、病状の進展具合によって、病期を太陽、少陽、陽明、太陰、少陰、厥陰(けついん)の六期に分けています。各時期における病状と、それに応じた生薬療法が記載されています。これが有名な六経弁証という診断体系です。臓腑(ぞうふ)の変化を経絡に結び付けて考察する弁証(診断)という事になります。使われる生薬115種は圧倒的に、附子(ぶし),桂枝、麻黄、干姜、生姜、大棗、厚朴、薤白、半夏、吴茱萸、杏仁、細辛、五味子、白?、人参、葱白、赤石脂、当帰、蜀椒、巴豆、旋?花などの温熱薬が多いのが特徴です。薬を組み合わせた方剤は112とされています。このうち全体として温の性質を持つ方剤数は約4割(筆者の主観であるが)を占めます。
「金匱要略(きんきようりゃく)」は、現代中国の「臓腑弁証(ぞうふべんしょう)」の基礎ともいえる体系で、いわゆる「証(しょう)」という概念が定着した最初のものであると筆者は考えます。「傷寒雑病論」の「雑病」部分に相当する「金匱要略」は、現代の慢性疾患に相当すると考えられます。寒涼薬や当帰(とうき)などの養血活血剤が多数記載され始めています。活血薬が多いのも特徴です。現在の日本での当帰芍薬散エキス製剤をはじめとする多くの当帰製剤は「傷寒論の当帰四逆散、当帰四逆加吴茱萸生姜湯」「金匱要略の当帰芍薬散、」が起源です。
大建中湯の記載は金匱要略
A. 方証から考えれば
大建中湯の方証は、中国語原文と簡明私的日本語を加えると次のようになります。
①大寒痛上下(腹が冷えて激しく痛み)
②拒按(腹を押さえれば痛いと患者は嫌がり)
③嘔不能飲食(吐いて食事ができない)
④上衝皮起(お腹をみると腸の形のようなものがムクムクと動いている)
②、③は腸閉塞なら原因病態を問わず出現します。④のムクムクとはいったいなんでしょう?腸が動くのであれば麻痺性腸閉塞でもなさそうです。
もっとも大切なのは、①の「冷えて痛む」にあります。私はこの文章に接したときに、
とっさにサーモグラフイでは、腹部は通常より青い