桑螵蛸(そうひょうしょう)は、カマキリ科のオオカマキリ、コカマキリ、ウスバカマキリ、ハラビロカマキリなどの卵鞘の総称です。卵鞘(らんしょう)とは内部に多数の受精卵を包むスポンジ状の塊で、それを卵と言えばそれまでですが、卵を閉じ込めているメス蟷螂(カマキリ)の体内からの分泌液に薬性成分があるのか、卵自体に薬性成分があるのか、私は知りません。私は味見をしたことはありませんが、性味は甘咸/平、帰経は肝腎とされ、効能は補腎助陽、固精縮尿で、中薬学分類では収渋薬に分類されます。腎陽虚による遺精、滑精、遺尿、頻尿には補腎固渋の目的で、或いは脾陽虚にまで及び、冷えを伴う白色帯下などの病証にも使用されます。
メスカマキリは交尾の後でオスカマキリを食い殺すらしいのですが、オスカマキリには命がけの交尾というより自殺行為とも言えるものです。すぐに殺されるか、ゆっくり時間をかけて殺されるか、ともかくメスは怖ろしいものの、殺されても交尾の本能には勝てないものかと思います。そのメスが産んだ桑螵蛸をヒトの女性が服用する例として、中国では、妊娠期間の頻尿、尿失禁を治療する目的で、粉末にしてお粥で服用させるというような民間治療法もあるようです。
桑螵蛸散(本草衍義)は桑螵蛸を主薬として、遠志、石菖蒲、竜骨などを配伍して、腎虚による遺尿、混濁尿、頻尿、遺精、滑精などを治療する方剤です。腎陽虚型インポテンツにも用いられます。腎陽虚型インポテンツには、鹿茸、肉蓯蓉、莵絲子などを配伍します。<o:p></o:p>
それでは医案に進みましょう。<o:p></o:p>
患者:姜某 45歳 女性 初診年月日:2000年4月12日<o:p></o:p>
病歴:頻尿 尿意切迫一年余、かつて中薬治療を受けたが(薬物不詳)、症状無好転<o:p></o:p>
初診時所見:神疲乏力、自汗、双下肢酸痛無力、排尿痛無し、冷えを感受すると症状が加重、尿検査:WBC0~1/HP.舌尖紅、苔白、脈弦細。<o:p></o:p><o:p></o:p>
西医診断:尿道総合症<o:p></o:p>
方薬:桑螵蛸(補腎助陽、固精縮尿)20g 竜骨(収斂固渋止血)20g 太子参(益気養陰生津)20g 茯苓(健脾利水)15g 亀板(滋陰潜陽、益腎健骨、養血補心)20g 石菖蒲(開竅寧心、化湿和胃 芳香除湿、利水降濁)15g 当帰(養血活血)20g 覆盆子(益腎、固精、縮尿)20g 枸杞子(養陰)20g 淫羊藿(別名仙霊脾、補腎壮陽、祛風除湿、温燥の性質を持つ)15g 熟地黄(補肝腎養血滋陰、補精益髄)20g 金桜子(酸渋/平 固精縮尿、渋陽止瀉)20g 甘草15g 七剤、毎日1剤、2回に分服。<o:p></o:p>
二診:七剤服用にて、日中の頻尿、尿意切迫は著明に改善、但し夜間尿は多く、毎晩7~8回、睡眠不良、前方を加減した。<o:p></o:p>
方薬:桑螵蛸20g 竜骨20g 太子参20g 茯苓15g 亀板20g 石菖蒲15g 遠志15g 夜交藤(安神)30g 当帰20g 炒酸棗仁(安神)20g 五味子(斂肺滋腎、生津斂汗、渋精止瀉、寧心安神)20g 柏子仁(養心安神、益陰止汗)20g 金桜子20g 甘草15g 知母(清熱滋陰潤燥)15g 黄柏(清熱解毒燥湿 退虚熱 堅陰)15g 肉桂(温裏散寒、補火助陽、引火帰源)10g 肉蓯蓉(補腎陽、益精血、潤腸通便)15g 巴戟天(温潤 補腎助陽、袪風除湿)15g 水煎服用、毎日2回に分服<o:p></o:p>
経過:治療20日で排尿正常、乏力、腰痛消除、睡眠正常。<o:p></o:p>
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ドクター康仁の印象
頻尿があり尿意切迫があっても尿検査で異常なし。つまり、尿道総合症ですね。ところで心腎不交という漢方用語をご存知でしょうか?心と腎が交わらない状態を示す用語ですが、心火と腎水は交通することで、心火は冷まされ、腎水は温められ上焦と下焦の寒熱のバランスが取れているのが正常な状態であると中医学では説きます。心は神の宿るところで心神不寧が高じると、恍惚健忘や、更には心火上炎となり失眠が生じ、一方では、腎虚は頻尿を起こすという病理論です。上熱下寒の状態です。したがって、下焦熱盛、あるいは下焦湿熱には適応しないということになります。<o:p></o:p>
症候群的な発想をすれば、睡眠不良、頻尿があれば心腎両虚、心腎不交となりますが、「頻尿が酷いので眠っていられない」と卵が先か鶏が先かの類の因果律でもあります。しかしながら、中医学では、桑螵蛸散の証は心腎両虚、水火不交によるものとします。調補心腎、渋精止遺が治療となります。<o:p></o:p>
症候分析をすれば、心虚であれば神が養われないので恍惚健忘の証が見られ、腎虚不固、摂納失司であれば小便頻数、あるいは尿液混濁、あるいは遺尿、滑精などの諸証が現れます。
本中の桑螵蛸は補腎益精、固脬(脬=膀胱)止遺で君薬、原方の人参は太子参(益気生津)に変更されています、当帰は養心血に働き、原方では茯神は安神で共に佐薬であるとされています。本医案では茯苓が通して使用されているのが、やや違和感があります。浮腫があるわけではないので、茯苓よりも茯神の方が適していると思うからです。遠志、石菖蒲は安心定志作用で交通心腎を促す温薬で佐使薬です。石菖蒲の揮発性成分には鎮静効果があるとする最近の研究もあります。諸薬は協力して補腎益精、渋精止遺を果たしながら補心養神もできるということになります。
さて、二診では、夜間頻尿、睡眠不良が悪化しました。そこで、知母 黄柏 肉桂の滋腎通関丸が配伍されたのが氏の妙技でしょう。元来、下焦湿熱、小便が出にくく、一回尿量が少ないか、点滴状になる場合に使用されています。(298報、364報をご覧下さい。)陰陽相済という治療概念を持ち込んだのは氏の柔軟性を示しています。五味子を加味したり、淫羊藿を巴戟天に変更したり、ともかくも、漢方は経験医学ですね。本案の特徴は附子を使わず、滋腎通関丸を加え、更に酸棗仁 柏子仁 五味子等の安神薬を加えたところにあります。二診以降は心因性夜間頻尿という印象が強いです。<o:p></o:p>
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2014年5月29日(木)<o:p></o:p>