前記
中医学は物質を特定して、反応を物質化、生化学化して解析し、治療に役立てようとする技術革新を長い間怠って来ました。その一方では、1964年に新疆ウイグル自治区のロプノール湖にて初の核実験、1967年には初の水爆実験を成功させています。旧ソ連からの技術援助があったにせよ、軍事兵器での革命はなされています。伝統中医学とは好対照です。
外感にしても風 寒 暑 湿 燥 火という六淫を病因として、中医学的にその特性を定義しましたが、細菌学、ウイルス学、生化学、免疫学への進展には到りませんでした。その意味では、革新が無かった訳です。
外感と内傷の別、八綱弁証(陰陽、虚実、表裏、寒熱)、臓腑弁証、気血津液弁証、衛気営血弁証などの弁証の中で全ての事象を説明しようとして、そしてある程度の説明が可能であることに言わば満足して、長い間、近代医学への踏み出しをせずに、中医生理学ともいえる独自の病態学に留まっています。
SLEやループス腎炎に対する近代医学の洞察には、一切かかわってこなかったというのが実情です。但し、ステロイドや免疫抑制剤と併用すれば、西洋薬の副作用を抑え、効果を増し、また原病に一定の効果があることは否定できない事実です。
使用する生薬は物質ですから熱水抽出物中の物質に効果を求めるのが中医学です。懸念するのは、ゆっくりと煎じるというような古典的な方法は非効率的であるとして、現在の大多数の中国の中医病院では「加熱加圧鍋」を用い、短時間で煎じ薬を作成しています。ところが、加圧加熱で抽出した薬性物質と、古来からの煎じ方法で抽出した薬性物質の違いについての研究者はいないようです。この辺も、非科学的と私は思うのです。金にならないことは研究もしたくないのでしょうか。
エキス剤を開発した日本の漢方薬メーカーは漢方の世界に技術革新をもたらしましたが、その保険適応が硬直化しました。適応病名に関しても、首をひねりたくなるものが多いのです。中医学の弁証は病名になりませんから、病名探しに時間を費やすことになります。言い換えれば、弁証すら出来ない医師が出鱈目に漢方薬を処方しても、病名が符合していれば全て保険が通るというのも、現代日本を表しています。
さて、
今回は大まかなループス腎炎の中医学的型分類と使用生薬について述べたいと思いますが、中医は主証から弁証します。決して西洋医学的な検査データから弁証は下しません。中医学は厳然として西洋医学とは別物であるという自負というよりも、西洋医学のデータと主証の関連性が見えてこないのが現状でしょう。
熱毒熾盛型
主証:発病が急であり、高熱が持続し解熱しない、両頬や手に紅斑が出現し、色は紫がかった紅であり、時に意識障害などの中枢神経症状があり、煩躁し口が渇く。関節の疼痛がある。尿は短赤で、舌質は紅?、苔は黄、脈は(洪)数、或いは弦数。
薬用:水牛角(冲服)牡丹皮 赤芍 紫草 白花蛇舌草 大黄 生地 青蒿 半枝蓮 菝葜(=土茯苓 山帰来)など。
陰虚内熱型
主証:微熱が続く、紅斑の色はやや鮮やかな紅色、脱毛、口が渇き咽痛がある、五心煩熱、寝汗、腰膝酸軟、関節の筋肉の鈍痛がある、心悸をみることがある、舌質紅少苔、脈細数。
薬用:女貞子 旱蓮草 生地 何首烏 鼈甲 沙参 麦門冬 山薬 丹参 茯苓 益母草 地骨皮 知母 黄柏など。
気血両虚型
主証:面色が蒼白、疲れやすい、自汗(動くと汗が出やすい)、動悸や息切れがある、眩暈や耳鳴りがする場合もある、女性の場合、生理の量が少なく、閉経する場合もある。舌は淡く苔は薄い、脈は細で無力である。
薬用:人参 白朮 茯苓 山茱萸 何首烏 女貞子 当帰 赤芍 丹参 益母草など
脾腎陽虚型:
主証:顔面や四肢に浮腫がある、寒がりで手足が冷たい、疲れやすい、腰膝酸軟、顔色がさえず(無華)、腹が張り、食欲が低下し、軟便か下痢気味であり、尿量は少なく、舌は色淡、質は胖大、苔は白、脈は沈細で弱である。
薬用:桂枝 炮附子 人参 熟地黄 山茱萸 白朮 薏苡仁 赤小豆 澤瀉 車前子(包煎)丹参 益母草 葫芦 檳榔など。
以上は大雑把な型分類であり、移行型も当然存在します。陰虚にして湿熱、気陰両虚などの類です。また、気滞血瘀などの型もあることはあるでしょうが、主な型分類は以上のようになるでしょう。日本でも入手可能な薬剤のみ記載しました。
勿論、ループス腎炎が進行し腎不全ともなれば、「関格(かんかく)」などの弁証分野に入ってきます。
付記すると、蛋白尿が多い場合には黄耆を加えるのが一般化しています。
だらだらと僅かな蛋白尿が続く場合には、芡実や金桜子などを加えます。
血尿に関しては使用生薬(白茅根 地楡 小薊など)を省きました。
荊芥 防風などの祛風湿剤や、特に虫類(全蝎 蜈蚣 地竜など)祛風通絡剤についても省いてあります。
後記
パソコンを眺め、打ち込むのに忙殺され、患者を診ない西洋医が多い病院、日本、
片や、
先ずは、全てを伝統論で解析し、患者は診るが、データには疎く、中医学(思想)に染まった中医世界、中国
ピンキリのキリの両極端の例として挙げましたが、どちらもいただけませんね。
「日本の医者は弁証できないじゃないの」と中医に馬鹿にされ、
一方
「中医は何も西洋医学を知らないじゃないの」と西洋医に揶揄されて、延々と折合いがつかない状況が続くのでしょうか。
虚すれば補い、実すれば瀉し、滞れば通し、寒熱平衡、陰陽平衡に導くのが中医学であると私は思います。その意味では非常に数学的な発想じゃないのかと思います。従って、各生薬別にそのさまざまな薬効の多次元でのスコアをつけて、方剤(生薬群)のもつベクトルを導き出すか、或いは修正することはスパコンを利用して将来可能になるでしょう。私は数学者でないのですが、絶えずそのような視線で方薬を眺める習慣がついています。生薬の色分けはその第一歩なのです。
熱毒熾盛型は実熱型、陰虚内熱型は虚熱型、気血両虚型は気血の虚証、脾腎陽虚型は陽虚と簡便化してみましょう、順に涼寒薬、養陰退虚熱、気血双補、補腎助陽(温腎暖脾)の生薬群の変化を眺めると、ブルーからオレンジあるいはレッドの生薬が増えてくるようになるのが一目瞭然でしょう。
勿論臓腑弁証は熟知していることが前提ですが、中医治療の原則は以上のようなものであり、病因となると、中医学独自のものと西洋医学独自なものに分かれるのです。弁証論では上記のような型分類になりますが、西洋医学的弁病論がしっかりと組み合わされて、初めて中医(漢方)腎臓病学が発展していくでしょう。
2013年11月8日(金) 記
「東京だよお母っん」などなど 島倉千代子氏 に 哀悼