尋常性乾癬(かんせん)の病因論や標準的漢方治療を述べることは本稿の目的ではありません。
個人的な経験ですが、以前に長崎の某病院で(当時は保険適応が無い)レミケード治療を受け、乾癬皮膚病変が跡形も無く消失したものの、転勤で神戸市に転居してから、再度、以前よりもやや強く、広範囲に乾癬が再発したという中年男性の症例に接したのが3年前でした。そこで神戸市を含む兵庫県内でのレミケード治療が受けられる施設を紹介した経緯(いきさつ)があります。
私自身の経験では、中医学の医案(症例報告)に基づいて、いろいろな漢方治療を行ってきましたが、奏功した症例が少ないのが印象です。一方、アトピー性皮膚炎に乾癬が合併した症例では、比較的早期に治療効果が得られたケースも存在しましたが、アトピー性皮膚炎治療がメインであり、乾癬に対しては外用療法のみで対処しました。そのような訳で、いまだに決定的な漢方治療は見いだせないでいます。
本稿で紹介する症例は比較的短期に寛解に近い状態に持ち込めた48歳女性の症例です。
初診(平成26年2月某日)の皮膚所見をご覧ください。
ほぼ全身に乾癬性紅皮症変化と鱗屑の形成が認められます。尋常性乾癬と診断しました。30年ほど前から発症したということです。某漢方医で煎じ薬を処方され、服用中であるということでしたが、処方内容は初診時にご持参されませんでした。脈象、舌象は特に異常は無く、痒みが強く、赤味も強くなってきたとの主訴でした。夜間のカラ咳が止まらないこともあるという自覚症状がありましたが、呼吸音は異常ありませんでした。問診票には、「簡単で安い漢方薬を希望」とありました。既往歴として、42歳時に子宮筋腫の手術をした。その後生理が無かったことから筋腫核出術ではなく、子宮摘出術であったと推測しましたが、患者さんからどの術式なのか確認できませんでした。 初診時に私が考えたこと&初診時外用薬: 現在服用中の漢方煎じ薬の内容が不明である以上、(煎じ薬よりも安価な)エキス剤に変更する訳にはいかない。あるいは煎じ薬を続けているので、病情が安定しているのかも知れない。とりあえず、外用薬として西洋医学的には標準治療とされている処方+漢方エキス(養陰血剤+清熱涼血剤)を混合して処方しよう。次回来院時に、現在の煎じ漢方の処方内容を検証しよう。以上のように考えました。 二診(初診から1か月後)、皮膚の赤味と痒みは減少しました。患者さんが持参された某漢方医の処方。 以下
写真上が煎じ薬の処方内容です。乾癬1号と称する配伍は以下のものでした。
土茯苓(菝葜 山帰来と同じ、甘淡/平 清熱解毒除湿利関節)、槐花(涼血止血)、金銀花(清熱解毒)、菊花(清肝明目 肝陽上亢による頭痛や眩暈に用います)、芍薬(白芍なら養血斂陰に赤芍なら清熱涼血 祛瘀止痛に作用します)、牡丹皮(清熱涼血 活血祛瘀)、地黄(熟地黄なら補肝腎養血滋陰、補精益髄に作用し、生地黄なら養陰清熱に作用します)蘇葉(発表散寒、行気寛中、解魚蟹毒 辛温解表薬に分類されます)、甘草(調和諸薬)、牛蒡子(清熱解毒利湿 抗ウイルス作用 辛涼解表薬に分類されます)
寒熱弁証から言えば、やや涼に偏した処方です。基本的な芍薬と地黄の細分化がありません。これは欠落ともいえる事項です。
次に、四物湯の配伍でも、当帰(養血、活血、止痛、潤腸通便)、芍薬、川芎(活血行気、祛風止痛)、地黄という具合に芍薬と地黄の細分化が省略されています。ここまでは許容範囲ですが、
炮附子(辛熱 補火助陽 散寒止痛 回陽救逆) 乾姜(辛熱 温中 回陽)になると、治療の一貫性が疑われてきます。熱薬である附子と乾姜の配伍理由が私には理解できないというか、矛盾する配伍です。冷やしてみたり、逆に熱してみたりで一貫性が欠如しています。
さらに、桂枝茯苓丸の配伍に至っては、先ず、桂枝(辛温 発汗解表、温通、袪風寒湿邪、温経通絡)と桂皮=肉桂(辛甘大熱 温裏散寒、補火助陽、引火帰源)の区別が誤っています。桂皮とすれば、大温ですから、そもそもの乾癬1号方と矛盾してきます。さらに非難するつもりではありませんが、乾癬1号方の牡丹皮(清熱涼血 活血祛瘀)、芍薬が重複しているのです。四物湯の芍薬とも重複があります。炮附子、乾姜、桂皮と並ぶと生姜にしても大いに疑問です。
漢方の弁証で最も基本的な弁証は寒熱弁証です。全体として温め、熱するに傾いた処方になっています。感覚的に「馬鹿馬鹿しい誤処方」という印象を受けました。漢方の専門家からすれば、一貫性が最も重要なのですが、微塵も一貫性がありません。
桂枝茯苓丸を子宮筋腫の適応と考えても、納得がいきません。なぜなら、既に患者さんは筋腫摘出術をはるか6年前に受けているのです。一般的にも、閉経になりつつある年齢ですから、極言すれば子宮筋腫は縮小する時期なのです。
治療経過:煎じ漢方薬を即時停止させました。安価なエキス剤として、滋陰降火湯、当帰飲子各7.5gを処方しました。ペミロラストカリウム製剤20mgを併用。
第八診(平成26年9月3日)所見
乾癬皮膚病変はほぼ消失しています。背部の一部分のみに皮膚炎の所見が認められるまでに改善しました。
本症例を以て、乾癬の漢方治療の標準を強調するつもりは全くありません。私自身まだ最適な治療法を発見してはいないと感じているのです。
パソコンのキーを打てば自動的に処方が表記されるというような効率化の診療には賛成できません。出鱈目過ぎます。殆ど、頭脳を働かせたという形跡が認められなく、漢方生薬を馬鹿にした(甘くみた)処方を見せつけられ、いつもながら、同業の漢方医として気分が悪くなります。 ドクター康仁 2014年9月29日(月)