西洋医学的検査を以ってしてもまったく原因の特定ができない不明熱だけを範疇とする漢方理論ではなく、内傷発熱論の応用は広いと考えるべきである。
中医学の定義では、内傷発熱とは臓腑気血虚損、あるいは臓腑の機能失調による発熱とされます。内傷発熱は、一般的に微熱を主としますが、一部の患者には高熱がみられます。或いは、実際には患者の体温が上昇せず正常範囲にあるにもかかわらず、発熱感、あるいは手のひらや足の裏が火照る五心煩熱の自覚症状をみる場合もあります。現代の中医内科学には、腫瘍、血液病、結合織病、結核、内分泌系疾患による発熱、或いは一部の感染症、原因不明の発熱(狭義の不明熱)の治療には、本証を参照すると良いとあります。従って、内傷発熱論は狭義の不明熱にだけ限定するものではないと考えられるのです。西洋医学的検査手段がまったく無かった時代に、漢方医が持てる知識と想像力を総動員した医学史の一部です。現代は漢方と西洋医学とを併用する中西医結合医学の時代であり、漢方の薬理が西洋基礎医学により解明されつつあることは人類の福祉に必ずや貢献するものと思うのです。
内傷発熱と対をなす外感発熱は「邪正闘争」時に生まれる熱とされます。漢方医学では、「邪正闘争」を次のように説いています。
人体は「外邪」を受感すると、正気(免疫と言い換えても良いかもしれません)が外邪を駆逐しようとします。当然、正気と外邪の戦いが生じます。このことを「邪正闘争」といい、熱が発生します。この熱が「外感発熱」です。発熱は高熱であり、急に発症し、経過が短く、発展が早いなどの特徴があります。初期には悪寒を認める場合があります。大部分は西洋医学でいう、感染症による発熱が相当します。
外感発熱は外邪の種類により「風寒による発熱」「風温による発熱」「湿熱による発熱」「寒湿による発熱」「暑湿による発熱」の大きく5つに分けられます。ここで「邪正闘争」を拡大解釈すれば腫瘍に対する免疫反応も含まれるわけですから、内傷発熱と外寒発熱にはオーバーラップする部分があるとも言えます。輸血の際に時折出現する発熱などは経緯から判断すれば「外感発熱」といえるでしょう。また、HIV感染症、肺結核症に見るような発熱は定義からすれば外感発熱ですが、内傷発熱の機序が加わってきます。やはり、厳格に線引きをするのは難しいのです。事実、現代の中医内科学では厳格な線引きをあえてしていない印象を受けます。
(1)肝鬱発熱(かんうつ発熱)
ストレスに弱い方が、なんら原因らしきものもないのに長期的に微熱が続く場合のほとんどは、これに相当します。経口での非ステロイド系抗炎症解熱剤が処方される場合がありますが効果は一時的で、服用を中止すると再び発熱します。ストレスを受けると、特に肝が傷つくと漢方では考えます。その結果、肝気鬱結といって肝の気がスムーズに流れない気滞が生じます。気は陽気ですから、鬱滞すれば熱が発生します。これを肝鬱化火といいます。イライラして怒りやすい(煩燥易怒)、口が渇いて苦味を感じる(口苦口乾)、胸やわき腹の張ったような感じ(胸脇悶脹)、ため息をよくつく傾向があり、肝は蔵血を主り、女性の生理に深くかかわるので、生理不順、生理痛や乳房の張り感を伴うことが多いのです。舌苔は黄色で、脈は弦数の傾向があります。ため息をすることで一時的に気の流れが良くなると中医学は考えます。治法は疏肝解鬱、清肝瀉熱です。ファーストチョイスは丹梔逍遥散加減です。簿丹皮、山梔子は清肝瀉熱、柴胡、薄荷は疏肝解熱、当帰、白芍は養血柔肝、白朮、茯苓、甘草は健脾に働きます。
発熱が目立ち、舌が赤く、口渇があり、便秘傾向がある場合には、白朮、茯苓を取り除き、黄芩、竜胆草を加え、清肝瀉火の効能を強めるといいようです。
胸脇部の張痛が目立つ場合には、理気止痛の効果を持つ、鬱金、川楝子を加えると
効果的です。体が重く、疲れやすく、口が苦く、舌苔が黄色で厚く、頭に汗をよく
かく、悪心、逆に軟便気味などの中焦湿熱鬱蒸の症状がある場合、陰股部の湿疹などの肝経湿熱の関与が疑われる場合には、越鞠丸(えつぎくがん)(別名六鬱丸)(香附子 川芎 山梔子 蒼朮 神曲)を選択し、疏肝清熱化湿を目的に柴胡、黄芩を加えるといいようです。
平素は陰虚体質で肝鬱発熱に罹患した場合、肝郁発熱が慢性化して傷陰に至り、陰虚傾向が出てきた場合などには(これを肝鬱陰傷と呼びます)滋水清肝飲(生地黄 山茱萸 茯苓 当帰 山薬 牡丹皮 澤瀉 白芍 柴胡 山梔子 酸棗仁)を用いて、滋陰、清熱、解欝の効能を求めます。
肝鬱化火が著しく、赤ら顔で目が充血し(面紅目赤)、イライラして怒りやすく(心煩易怒)、尿黄かつ排尿時に熱感があり、舌質が紅く、脈が数(頻脈90毎分以上)の場合には、清肝瀉火が必要であり、龍胆瀉肝湯が効果的です。
(2)気血不足
漢方では脾気を中気とも言います。脾気が衰えると、栄養の吸収が悪くなり、元気がなくなります。その結果として血虚も生じます。つまり気血不足が原因となる発熱です。
疲労後の発熱と疲労の度合いに比例する発熱の加重が見られます。微熱あるいは高熱も生じることがあります。眩暈、体のだるさ、自汗、風邪引き易い、気短懶言(息切れを感じ疲労のために言葉数が少なくなることを意味します)、少食、軟便、舌質が淡、舌苔が薄白、脈が細であることなどが特徴です。全身の気虚が根底にありますから、防御機能低下のために風邪を引き易くなります。脾失健運のために、食が細くなり、軟便傾向が出現します。
治法は漢方用語で益気生血、甘温除大熱です。
補中益気湯加減を行います。黄耆、人参は補中益気、白朮、陳皮、甘草は健脾和中、当帰は養血、昇麻、柴胡は健脾昇清の効能があります。
自汗が著しい場合は、牡蛎、龍骨を加え、固表止汗します。
寒気や発熱を交互に繰り返す場合には、桂枝、芍薬を加え、調和営衛をはかります。
胸腹悶満、舌苔が白膩の場合には、脾虚湿盛が考えられますので、蒼朮、茯苓、厚朴を加え、健脾燥湿すべきです。
口が苦く、舌苔が黄色の場合には、肝経湿熱との鑑別の上で、昇陽益胃湯で健脾益気、清熱化湿をはかります。夏場の気虚発熱の場合には清暑益気湯(脾胃論 李東垣)の補脾気、化暑湿の効能が奏効する場合があります。気虚症状があり、かつ老人で平素陽虚気味の人に原因不明の発熱が生じた場合には補中益気湯に金匱腎気丸を加味すると良いようです。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)は、元の時代に李東垣によって考案された方剤です。組成は、黄耆 人参 白? 炙甘草 柴胡 升麻 当帰 陳皮です。温熱寒涼の色分けはオレンジ 赤 濃いブルー 薄いブルーです。黄耆(おうぎ)が君薬(くんやく)とされる方剤です。君薬(くんやく)とは方剤の中でもっとも重要な役割を果たす生薬を指します。補中益気湯は黄耆(おうぎ)が君薬で、それに補気剤である四君子湯(人参 茯苓 白朮 炙甘草)から茯苓を除いたものに、活血養血剤である当帰(とうき)に、理気薬のうち温薬のひとつである陳皮(ちんぴ)と涼薬である柴胡(さいこ)と升麻(しょうま)を加えたものです。
補中益気湯の作用は、中国では、胃腸を丈夫にする補中益気(ほちゅうえっき)作用、肛門脱出(脱肛)や子宮脱など中気下陷(ちゅうきかかん)の、いわゆる内臓下垂を改善する昇陽挙陥(しょうようきょかん)作用、気虚発熱(ききょはつねつ)を解熱させる甘温除大熱(かんおんじょたいねつ)の作用の3つと言われます。甘温除大熱の意味は、君薬である黄耆と、同じく甘温剤である人参、白朮で気虚発熱を解熱することを指します。
そもそも、補中益気湯の考案者である元の時代の李東垣(元)は著書“脾胃論”の中で、疲れすぎの際の発熱の病理として、命門の火と元気は不両立(両雄相たたず)であり、勝即一負の原則(片方が弱ると片方が勝る)を展開し、疲れすぎで元気が衰えると、その分、命門の火(中医学が想定する生命を維持する火)が強くなり、気虚発熱の原因となると説きました。これは、現代中国医学からすれば、やや「こじつけ」的な理論であるようです。現代では、肉体疲労が重なったり、飲食の不摂生によって脾気虚(ひききょ)が生じると、その結果、津液(しんえき)(体液と考えていいでしょう)が生成不足になり、陽気(ようき)を制御する陰(いん)に属する津液の不足によって、陽気が外表に広がって発熱をきたすとする説と、脾気が弱ると清陽不升(せいようふしょう)といい、陽気が上昇できなくなり、郁滞(うったい)する結果、やがては発熱をきたすという説が有力です。脾虚は最終的には血虚につながります。
柴胡と升麻はそれ自体が涼薬です。加えて大切な中医学的な作用があります。
昇挙陽気(しょうきょようき)といい、郁滞した陽気を動かして引っ張りあげて発散させるという働きです。方剤学では引経使薬(いんけいしやく)という役割を果たしています。黄耆にも昇挙陽気作用があります。
気虚タイプの月経過多症やだらだらと生理が止まらない経期延長などに有効です。子宮脱の傾向がある場合にも有効です。
また、どうしても太れないやせすぎの女性で、虚弱体質で手足がだるく、疲れやすく、自汗の傾向があり、胃下垂や脱肛などの中気下陷があり、暖かい飲み物を飲むと具合が良くなる(これを喜熱飲と漢方用語でいいます)の虚症の婦人に有効です。気虚発熱の考え方は中医学独自の理論です。一方、見方を変えれば、脾気虚で血虚、津液不足が招来され、陰(津液、血)が不足すると、陽気を抑えることができずに発熱するという理論は、陰虚発熱論につながるものです。漢方理論はいわば「歩き回ると元に戻る性質=メビウスの輪?」を持ち、その時点時点での証の捉え方が治療上で肝要なことがわかります。その意味で八綱弁証は欠かせない診断方法です。
(3)陰虚発熱
素体陰虚といい、もともと陰虚体質であるか、あるいは下痢などが慢性的に続き、津液不足に陥った場合などの久痢傷陰、あるいは理気薬などの温燥の薬剤などを長期間服用して津液不足になった場合に、陰液が不足するために陽気を抑えられずに制火不能となり、陰陽平衡が崩れ、相対的に陽気の偏盛が生じ発熱する場合を指します。
症状は午後或いは夜間の潮熱、手のひらや足の裏の火照り(五心煩熱)、骨蒸顴紅、心煩、盗汗(寝汗)、不眠、多夢、口乾咽燥、大便乾結、尿少色黄、舌質が淡く赤色、乾燥、あるいは裂紋、無苔もしくは少苔、脈が細数の陰虚火旺の特徴があります。
証候を分析すると、陰虚内熱のため、骨蒸顴紅(手足の骨が蒸されるような熱感と頬の赤みを指す)、五心煩熱が生じ、虚火上炎、撹乱心火のため、顴紅、心煩、多夢が生じる。内熱による津液(体液)外泄のため、盗汗(寝汗)が生じます。陰虚内熱により、口乾咽燥、腸燥便秘(コロコロ便)などが生じます。
治法は滋陰清熱であり、清骨散加減を基本処方とします。銀柴胡、地骨皮、胡黄連、知母、青蒿、秦艽で清虚熱、鼈甲、地母で滋陰液、甘草は調和諸薬に作用します。
不眠の者には、酸棗仁、柏子仁、夜交藤を加え、養心安神をはかると良い効果が得られます。
盗汗がひどい場合には、牡蠣、浮小麦、糯稲根を加え、固表斂汗の効能を期します。
虚火上炎の症状が著しい者には、大補陰丸あるいは知柏地黄丸に変更し、滋陰降火をはかります。
頭暈気短(めまい息切れ)、倦怠無力など気虚の症状を伴う者には、党参、沙参、麦冬、五味子を加え、益気ならびに養陰の効能を強めると良いようです。また、滋陰清熱には前のブログで述べた滋陰降火湯も有効です。
(4)淤血発熱
血行が悪くなって発熱する場合です。癌の患者さんに見られる発熱、手術後の発熱などが相当すると考えられます。西洋医学での「吸収熱」がもっとも近い概念です。しかし、西洋医学の「腫瘍熱」の本体も明らかにされてない現状なのです。
午後或いは夜間の発熱、口乾咽燥、身体に部位が固定性の痛みがあり、腫塊、血塊があり、重症者は肌膚甲錯(さめ肌)、顔色が萎黄か黯黒でさえません。舌質は紫暗で、淤斑や淤血点があり、脈が渋です。治療原則は活血化淤です。血府逐淤湯加減が標準的です。桃仁、紅花、赤芍、牛膝は活血化淤、当帰、川芎、生地黄で養血活血、柴胡、枳穀で疏肝理気、桔梗と枳穀はそれぞれ「昇」と「降」の気機調整に働きます。血分淤熱の清除効能を強化しようと思えば、牡丹皮、地?虫、大黄を加えると効果的です。
メビウスの輪 ラビリンスの森
漢方理論はある意味「メビウスの輪」の様相を呈します。中医基礎理論では、気滞は気滞血淤につながります。前者は肝鬱発熱の病理とされ、後者は淤血発熱の病理とされ、血を推動する気の効力は気虚全般において低下し、また気の摂血作用の低下は出血を招来させ、結果として淤血につながります。前者は気虚発熱の病理とされ、後者は淤血発熱の病理とされるのです。さらに全身的な気虚は脾気虚につながり、血虚を招来させます。津血同源の基礎理論から、最終的には陰液(津液)不足に陥ります。このように、気虚発熱論と陰虚発熱論が裏表の関係にあることがわかります。人体は統一理論で語るには複雑すぎる宇宙のようです。漢方医は「よって立つ診断方法」によって、「ラビリンス(迷宮)の森」から抜け出し、もっとも効果的な治療法を選択しなければなりません。実践と経験が尊ばれる所以なのです。
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北京では、オリンピックが終了して、パラリンピックが開催されています。期間中はあらゆる生薬の航空便での輸送が禁じられています。大変仕事がしにくくなってきています。無事にパラリンピックが終了し、テロ対策としての航空便での輸送規制が無くなることを希望していますが、2010年の上海万博でも同様の規制が行われるでしょう。痛ましい出来事として、アフガニスタンでは邦人が殺害されました。現在、世界は景気低迷、インフレの悪化、食糧不足、異常天候、局地戦争など悪材料が蔓延しています。北朝鮮は核施設の再稼動を始めるとの報道がありました。歳をとるにつれて「若かった時には感じなかった恐怖」を感じています。
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