ゆうしゃケン  小心翼翼・平々凡々

団塊世代の技術系サラリーマンだった。引退した今は妻と二人で平和な生活を願いつつ、趣味と独り言でストレス発散

山田緑地

2008-09-12 15:50:45 | 

     山田緑地 芝生広場にて

 

  初秋の爽やかな午後、出張だったが打合せが予想外に順調に終わって、早めだったが直帰した。ちょうど和音君が来ていた。天気が良いので家の中で遊ぶより、戸外でかけっこでもさせた方が、と思って妻と3人で山田緑地に出かけた。

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 この山田緑地と云うのは、戦時中に日本軍の弾薬庫が置かれたところで、戦後は米軍が管理していたが、昭和47年に返却されたところであって、一般人は50年以上も立ち入り禁止だった。 そのため手付かずの自然がそのまま残っており、北九州市では「30世紀の森づくり」を基本テーマに管理して、市民に有料自然公園として開放している。ボランティアによるバードウオッチングや自然観察会などが定例的に開催されていて、手軽に自然と親しめるところである。我が家からはわずか数キロという近場ではあったが、娘たちが大きくなっていたので私は訪れるチャンスがなかった。

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 平日の夕方と云うこともあって、入り口部の広大な芝生広場には誰も人がいなかった。私は木陰の芝生に座り込んで、持参したハーモニカを吹いた。我が家でも練習はしているが、ご近所迷惑になると思って思いっきり吹けなかったのだ。

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和音君は裸足になって小川のせせらぎに入って水遊び。日差しが強くて暑かったので水は冷たくて気持ちよかったのだろう。半ズボンはすぐにびしょぬれになったが、どこ吹く風、はしゃぎまわっていた。妻は当然お守り役、一緒に芝生を駆け回っていた。

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1時間も遊ぶと、眠たくなったのか疲れたのか、3輪車には乗らずに抱っこをせがむ。まだ2歳なので、長時間歩くのは疲れるのだろう。森の家の自然展示場で山田緑地に住む動植物を見た。ウリボウやヤマドリ、昆虫などが展示されていたが、和音君が気に入ったのが水槽のフナと亀。亀が泳ぎ回るのが珍しかったのか、水槽に顔をくっつけて見ていた。

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孫達が足腰が丈夫になったら、弁当持って自然観察コースをハイキングしたいものだ。自然と慣れ親しんで、自然の叡智を学んで欲しい。そんなことを考えながら、影が長くなった緑地を後にした。和音君、疲れきっていたのだろうか、車に乗り込むとすぐに眠ってしまった。

 

 

 

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 妻が・・

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 その日の夕方、妻が気分が悪いと言い出した。昼間の疲れが出たのだろうか。食事もせずに寝た。翌日、心配だったが妻を残して出勤した。長女が来るので何とかなるだろうと考えていたのだ。

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 ところが妻は容態がますます悪くなって、食べ物はおろか飲み物まで受け付けない。水でさえも飲むと吐き出すと娘から容態を聞き、慌てて帰った。顔色を見ると青白く張りが無い声だった。 これはまずい、とおもって緊急病院に連れて行くというと、今までは寝ていれば治ると病院には行かなかった妻だが、今回は行くという。よほど自分でも辛かったのだろう。

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緊急病院に着くと、気分が落ち着いたか少しは良くなったようだったが、血液検査・レントゲンやエコーなどの検査があった。そして点滴を打っていると顔色も赤みがさして、元に戻ったようだった。私はベッドの横で文庫本を読みながら付き添っていたが、先生(着任間もない若い女性の先生のように思われたが)から診察結果の話があった。それによると各種の検査結果ではどこにも異常は見当たらない、だから疲れなのでしょうという。私も現在の状況から見て、もう大丈夫だ、と云う実感を得ていたので、その話に納得した。妻も安心したらしい。柔らかな顔に戻っていた。

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結局、病院から戻ったのは10時半。2人とも疲れてはいたが、何となく安心。私はシャワーを浴びて、ビールを飲んで、一休みして寝た。

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今年は緊急病院にお世話になった。親父から始まって、長女、和音君、妻ときた。これで終わりになって欲しいものだ。妻から聞いた話だが、和音君、妻の容態が悪いのが分かったらしく、妻の様子を気に掛けながらも、大人しく一人遊びをしていたという。いじらしいものだ。一番頑張ったのは和音君だったかもしれない。

 

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コメント (15)
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