goo blog サービス終了のお知らせ 

小説家、反ワク医師、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、反ワク医師、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

予定調和

2014-01-15 04:41:10 | 考察文
ライプニッツの予定調和は、単純に同感できる。もちろん私も予定調和説を信じている。

しかし、ルネッサンスの宗教改革者のカルヴィンの予定調和の考え方には、疑問がある。

あらかじめ、人間の一生や、この世は、神の意志によって決定されている、と考えるのならば、その説を人に主張したり、働くことが大切だから、熱心に働け、と主張する必要もないことになる。なぜなら、人間の一生や、この世は、あらかじめ、神の意志によって決定されている、のであるから、何もカルヴィンが熱心に自分の意志で他人に働きかけて、影響を及ぼそうとする必要もない、ことになる。からだ。カルヴィンが自分の意見を主張しても、主張しなくても、人間の人生は、影響を受けないことになるからだ。予定調和は、(あらゆる)人間(特に思想家)の行動や教えが、人間の運命を変えない、という考えなのだから。

しかし、カルヴィンが、この世に生まれた事、カルヴィンの他者への働きかけの行動や教えも、あらかじめ神が計画したものであり、カルヴィン自身の行動や教えも、神の予定調和として、あらかじめ神の予定調和の中に組み込まれていた、とも考えることも出来るわけだから、矛盾はない、とも言える。

予定調和は、自由意志の否定につながる。もちろん私は、(これだけは絶対、自分の物であると、全ての人間が信じている)自由意志はないと絶対的に確信している。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 芥川龍之介 | トップ | 大川隆法 »

考察文」カテゴリの最新記事