小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

寿司の思い出

2021-09-07 03:54:43 | 小説
小学校4年の時である。
僕は、埼玉県草加市の松原団地の団地に住んでいた。
草加市は、草加せんべい、で有名な、あの草加である。
西部池袋線で、「草加」駅の、次が、「松原団地」である。
僕は、この団地の中の、栄小学校に入学した。
2年の二学期から、3年の終わりまで、神奈川県の、二ノ宮にある、喘息の療養施設に入っていた。
4年になって、また、松原団地に戻ってきた。
僕は、元気な子の集団がこわかった。
なので、友達は、ほとんど、出来なかった。
担任は女の先生だった。
友達は、ほとんど出来なかったが、5人くらい、気の合う友達が出来た。
その中の一人に、おおらかな性格のヤツAがいた。
バカはしゃぎする、性格ではなく、かといって、クライ性格でもなかった。
彼とは、付き合いやすかった。
ある時、二人で、それぞれ、自転車に乗って、松原団地から、隣の、草加駅の方へ向かっていた。
「近くに、寿司屋があって、親戚の人Bさん、がいるから、寿司をおごらせてやるよ」
と彼が言ったのである。
以前、彼は、Bさんに、寿司をおごってもらったことがあるらしい。
しかし、彼は、そんな、垢抜けた性格ではなく、大人と堂々と話せるような、性格でもない。
そこらへんのことは、僕には、わからなかった。
寿司屋の前に着いた。
よくわからないが、彼は、寿司屋の中を覗いて、客が少なくなるのを待っているようだった。
彼と、Bさんが、どれほど親しいのかは、わからなかった。
彼は、客が少なくなった時に、寿司屋に入った。
僕も、彼と一緒に、店に入った。
彼は、寿司屋のカウンター席に座った。
僕も、彼の隣に、チョコンと座った。
もちろん、僕は、人見知りする性格なので、挨拶など出来ずに黙っていた。
Bさんは、Aを見ると、
「やあ。久しぶり」
と言った。
Aは、「お久しぶりです」と、Bさんに話しかけた。
Bさんは、ごく自然に、Aに、寿司を二個、握って、皿に載せて、出してくれた。
僕がAの友達であることを、Aは、Bさんに、紹介などしなかったが、そんなことは、わかりきったことである。
それで、僕にも、Bさんは、Aと同じように、寿司を二個、握って皿に載せて、出してくれた。
僕は、気が小さいので、「ありがとうございます」、という言葉も言えなかった。
ただ、黙って、Aと一緒に、寿司を食べた。
寿司、合計、4つ、だけだから、金額からすれば、たいしたことはないだろう。
しかし、僕は、こわかった。
もし、寿司職人の、Bさんが、僕に、寿司を出してくれなかったら、恥ずかしいな、みじめだな、と思っていたからである。
AはBさんと親しくても、僕とBさんは、赤の他人である。
赤の他人である、Bさんが、僕に寿司をおごってくれるだろうか?
と僕は悩んでいたのである。
なので、はたして、彼Aの、「寿司をおごらせてやるよ」、という言葉に、僕は、寿司屋に入るか、どうか、迷っていたのである。
彼も、あんまり、頻回に、なれなれしく、寿司をおごってもらうことは、ためらっている雰囲気だった。
彼は、あつかましい性格ではない。
ただ、彼は、おそらく、半年、か、一年以上前、あるいは、以前に、一回だけ、会いに行ったら、たまたま、寿司をおごってもらった経験があるので、きっと、おごってくれる、と思っていたのだろう。
僕は、シャイだったので、何も話さず、「ありがとうございます」とも、言わず、彼と一緒に寿司屋を出た。
そして、自転車に乗って、松原団地にもどった。
しかし、大人の寿司職人に、寿司をおごってもらった経験は、子供にとって、とても嬉しかった。
それ以上に、大人の優しさが嬉しかった。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 親の顔が見てみたい | トップ | 最悪の敵 »

小説」カテゴリの最新記事