小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

内向的人間

2016-10-11 22:29:50 | 考察文
今年、「コンビニ人間」で、芥川賞を受賞した、村田沙耶香さん。

彼女の、「コンビニ人間」以外の著書も、読んでみて、彼女は、内向的人間であると、確信している。

内向的とは、活動的エネルギーが、少なく、おとなしく、デリケートな性格である。

彼女の、世の、元気な多数派に対する、少数派、の抵抗が、小説でも、強く感じられる。

明らかに、内向的人間といえる、人で、僕が知っているのは。

自殺した、漫画家の、山田花子さん。

世間では、ほとんど、知られていないが、著述家、中小企業診断士、の、本田信一さん。

医学者の、池見酉次郎先生、などである。

三人とも、自分が、内向的人間であると、自称している。

あと、漫画家の、小林よしのりさん、も内向的だし。

私も、もちろん内向的人間である。

内向的人間の特徴として、無口、おとなしい、哲学的、観念的、物事の本質的なことに強い、自分の夢想の世界に生きるのが好き、学問や芸術向き、文章を書くのが好き、などがあげられる、と思う。

内向的人間といっても、みな、違いは、あって、一口には言えないが、共通する点も、多いのである。

山田花子さんは、漫画家、であり、もろに芸術家であるし、彼女のメモには、膨大な、物事の本質的なことに関する、ことが書かれていたし。

本田信一さん、は、Wikipedia にも、のっているが、「内向型人間の生き方にはコツがある」とか、内向的人間むけの本ばかりを、たくさん出しているし、発表していないが、小説も書いていた、と、本人は、言っている(読んでみたいが)。

池見酉次郎先生は、一生、過敏性腸症候群の患者でもあり、哲学や宗教、文学にも、詳しく、(無理して読もうとしているのではなく、自分の関心が、そっちの方に向いてしまうのである)学究肌であり、世間では、日野原重明先生が、医学の神様のように、見なされているが、外向的人間は、学究肌ではないことが多い。僕は、池見酉次郎先生の方が、日野原重明先生より、医学者として、はるかに優れていると思っているが。

それと、ブルース・リーにも、内向性を感じる。

ブルース・リーは、武術家という、体を動かす、元気のある人間だか。

精神的な関心は、内向き、である。(自分を知ろうとしている)

ブルース・リーは、大学は、哲学科を専攻し、ものすごい読書家であり、大学を中退したにもかかわらず、大学時代に、大学の生徒に、哲学を教えていたし、彼も、哲学的な文章を、多く書いているし。それに、映画の制作、というのは、まさに芸術であるし。

そもそも、武術(マーシャル・アーツ)とは、その動きが、あまりにも、美しいので、「武の芸術」という意味だし。

その他。

フロイトは外向的人間であり、ユングは内向的人間である。

三島由紀夫は、内向的人間とか、言う人もいるが、彼は、外向的人間だと思う。

彼は、世間の出来事には、何事でも、関心をもっていたし、そして、世間のことは、何でも知っていたし。

しかし、彼は、外向的人間であると、同時に、絶えず、考えていた。

しかし、三島由紀夫が、考えていたことは、世間や、世間の出来事に対して、の考察であって、あまり、自分というものは何か、ということには、関心をもっていなかった。

僕が、最初に、内向的人間を人間を発見して、自分の同類だと、感激したのは、高校の、「倫理・社会」、の教科書での、思想家、哲学者の中で、ゼーレン・キルケゴールを知った時だった。

それまで、カントやヘーゲルのように、世界の原理を追及する体系的哲学の、ドイツ観念論から、離れ、

キルケゴールの言葉を借りれば、

「たとえ全世界の富を手にしたところで、自分自身を見失っては、何の幸福があろうか」

と、自分の実存を、知ろうとした、ところに感動した。

キルケゴールによって、実存主義哲学が、その後、発展していった。
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