小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

いじめ

2015-07-13 22:42:36 | 考察文
いじめ、は、いじめられて、泣き寝入りして、自殺した子供の方が悪い。と私は思っている。

死ぬほどの度胸があるのなら、いじめてるヤツラに、チキン・ゲームの決闘を申し込めばいい。

簡単なチキンゲーム=「サイコロを振って、偶数が出たら、オレが死ぬ。奇数が出たら、お前が死ぬ」

という、極めて簡単なルールの決闘である。

私とチキン・ゲームをする度胸のあるヤツは、はたしているだろうか?

私は、誰とでも、いつでも、受けてたつぞ。

「命が惜しけりゃ、男はやめな」

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精神科医物語(上)

2015-07-13 00:51:09 | 小説
精神科医物語

 丈太郎は精神科医である。医師国家試験に通った後、ある国立病院で二年研修した。彼が大学の医局に入らなかったのは、いろいろ理由がある。彼は学問好きではあったが、ひとコトで言ってしまえば、彼は文学、芸術に価値を感じていて、学問には、はるかに低い価値しか感じられなかったためである。

 ガリレオ・ガリレイは地動説を唱えたため、宗教裁判にかけられ、地動説を否定することをせまられた。ガリレオはやむなく、「それでも地球は動く」と小声で言って、表面上は地動説を否定した。ガリレオと同時期にジョルダーノ・ブルーノという哲学者がいた。彼は天文学者でもあった。彼もガリレオと同じく地動説を主張した。そのためガリレオと同じく宗教裁判にかけられた。だが、ブルーノは地動説を最後まで否定しなかった。そのためブルーノは火あぶりにされた。どんなに時の権力者が力づくで、ある科学の説を否定しても、科学の真理そのものが変わることはない。時がたち、社会体制が変われば、いずれ科学の真理は認められる時が来るのである。だからガリレオは地動説を表面上、否定できたのである。しかしブルーノにとって地動説は彼の思想であった。科学は万人のものであるが、思想は、かけがえのない個人のものである。思想を否定する事は自分を否定する事になる。そのため、ブルーノは、火あぶりにされる、とわかっていても自分の思想を捨てる事は出来なかったのである。
また、アインシュタインの相対性理論にしても、アインシュタインがいなくても、彼の死後、50年以内に、誰か、別の科学者が相対性理論を発見できた事は間違いない、という事はもう物理学者の間では常識である。
科学でも医学でも、新しい法則や病気を発見すると、それらには第一発見者の名前がつけられる。ビルロート、ブラウン=セカール、バセドウ、ハーバーボッシュ。
しかし、それらは、第一発見者が見つけなくても、時間の問題で、いずれは別の科学者によって発見されるものである。そうなると科学者というものは代替がきくものなのである。一生かけて、何かの素晴らしい発見をして医学書の中に自分の名前を一文字入れる事だけに自分の生涯をかけるなど、丈太郎には、極めて虚しく思われて仕方がなかった。それに比べると、思想や芸術というものは、どんなに稚拙なものであっても、自分以外の人間では、つくり出せない代替のきかない、まさに自分のかけがえのない生きた証なのだ。

 こう書くと芸術にだけ価値があって、科学者を卑しめているようにとらえられかねない。しかし、もちろん、そんな単純な見方は間違いである。真の科学者は、研究する事が面白くて面白くてしかたがない人達である。名誉などは二の次に過ぎない。そもそも時代とともに生活が豊かに、便利になっていくのは、科学者のおかげ以外の何物でもない。そもそも芸術家は人間の生活に必要な物資など何一つ生産しない。農業従事者は世の中にかかせない職業だが、芸術家などいなくても世の中は何も困りはしない。芸術家は、先生、などと呼ばれているが、この明白な事実をいつも肝に銘じておかなくてはならない。だからといって、やたら卑下する必要もない。芸術家はその作品によって、世人を楽しませたり、勇気を与えたりする。要は各人が自分の職業に励んでいるから世の中は成り立っているという事である。

 大学の医局に入る人間は、好むと好まざるとにかかわらず、医学で身を立て、名をなしたいと思っている人間が行くところである。大学の医局とは、教授を頂点とする封建社会である。医学の知識や技術を教えてやるから奴隷になれ、である。もちろん給料など出ない。あと、何年もかけて博士号とやらである。博士号というのは、武道の世界で言うなら、段位のようなものであり、ハクのような面もあり、じっさい実力がある証明書であることもあるが、そうでないこともある。少なくとも臨床の能力とは、あまり関係がない。文学、芸術方面に価値をおいていて、医学に価値を感じられない彼のような人間には、そういうものを汲々と求める必要がなかったのは、当然である。加えて、教授に気に入られなかった人間はヘンピなイナカの病院へ売りとばされ、教授は紹介料として、その病院から謝礼をうけとり、ふところに入れる。文学、芸術に命をかけている彼にとっては、芸術の世界でなら、そういう奴隷的苦難、修業、しがらみ、をもよろこんで忍従するが、関心のない、学問世界に涙を流して奴隷化し、医学の実力とやらを身につける気はさらさらなかった。ただ医学は、経験を有した上級医のコトバによって伝承されていくものであり、技術や理解を向上させるには、上級医や仲間との、コトバによる伝授がどうしても必要なのである。実際、大学の臨床実習では上級医のひとコトは、宝石ほどの価値があった。ひとコトひとコトによって目からウロコがおち、己のゴカイや無知に気づかされ、又、理解が向上するよろこびを、丈太郎は臨床実習で、ひしひしと感じた。医学の修得には独学は困難なのである。不可能とはいえないが、上司や仲間とのコトバによる教授がないと100倍くらいの遠まわり、をすることになる。100読は1聞にしかず、である。
だから医学を身につけたい人間は奴隷制であっても医局に入るのである。しかし、医学に、そもそも価値観を感じていない彼にとっては、奴隷化して実力をつけるよりも、100倍遠まわりをしても、文芸を創作する自由な時間をもつことの方が大切だった。医学に興味をもっていない、などといっても、6年、医学をつめこまされ、国家試験まで通る理解力をもっている人間である。いやがうえでも医学に興味をもてるのは教育の当然の結果である。彼は音楽理論はチンプンカンプンでも、医学はチンプンカンプンではなく、医学書なら読みこなすことが出来るのである。それでともかく、彼は国家試験に通ると、ある国立病院に入って、研修した。国立病院は大学病院とくらべると全然教育体制などなく、実力はつきにくいが、逆にいうなら、大学病院のように実力を身につけなくても、しかられることもない。ので文学創作の時間を持ちたい彼には向いていた。しかし、彼は一分たりとも文学創作に打ち込みたかった。彼には、発作のように、書きたい衝動が起こると、所と場所をわきまえず、筆を走らすのだった。今かける、今しか書けない、と感じた時は、キンム時間であっても、医局の自分の机か、図書室で、3時間も4時間も一人、筆を走らせるのだった。そのため彼は、小説を書いていて病棟に行かないこともあって、医学修得に、やる気がないと、思われたのか、最低の二年の初期研修は、おえたが、レジデントにはなれず、ものの見事にリストラされた。しかし彼は小説を書いていてリストラされたことは、むしろ誇り、とさえ感じていた。文学創作のためなら命をもおしくない、との信念の証明であった。ただ困ったことはリストラされたため、生活の資を失ったことである。彼はリストラを宣告された時、筆で食べていけるか、さすがにあせって今まで書いてきた小説のうち、完成した自信作を、ある出版社に送った。しかし出版社の返事は、自費出版なら可、だが、企画ではダメというものだった。そのため彼は自費出版の費用をためるため、不本意な医学医療で働くことによって生活の資と出版費をためようと、ある小規模病院に再就職した。今は医者の斡旋業者がたくさんいて、これがまた、儲かるのである。丈太郎も、ある斡旋業者に頼んで再就職したのである。130床の精神病院である。CTもなければエコーもない。あるのはレントゲンくらい。医学に価値をおいているほとんどの人なら最新機器もない、最新情報も入らない、このような病院にはきたがらない。しかし彼にとっては医学はどうでもいいことだったので、最新機器、CTスキャンも、エコーも無い、ことは別に何とも思わなかった。むしろ最新機器があれば、最新機器にたよって、それなしには、診断できない医師になりうる可能性もある。教育は不便なるがよし、ではないが、CTを使わなくても症状から診断できる医者の方が能力が上であることはいうまでもない。そういう心理も彼にはあった。おそらく自分のような変わった人間でなくては、このような条件のわるい病院に来てくれる医師はいないのではなかろうか。そのためか、金銭的な待遇は、わりとよかった。入って間もない頃、彼ははやく病院になれようと、入院患者の名前と病気と、その薬を憶えようと夜おそくまで勉強していた。
その日は水曜だった。
夜になると夜勤のドクターが来る。どういう、つてで、この病院を知ったのか、人とあまり話をしない彼にはわからない。だが当直医というのは、たいていどっかの大学病院に勤める医局員で、研修医かそれよりもうちょっと経験年数が上か、それは知らない。が、ともかく大学の知識、技術を学んでいるという身分であり、給料は信じられないほど低く、無給というところさえある。大学病院にいて出世をのぞむ人間にとっては給料がでるようになるには何年もかかる。そこで生活の資は、アルバイトで捻出するというのが医道人の経済である。しかし出世だの技術、知識の修得だの、などにはクソクラエと眼中にない人間は民間の病院に常勤医として就職すればいい。給料だけはしっかりでる。自費出版の金もためられる。今まで彼は、教育熱心でない、国立病院で月曜から金曜まで、勤め、というか、研修し、週一回県のはずれの当直病院で当直のバイトをしていた。何と月曜から金曜、の労働の給料と、週一回、つまり月4回の当直病院のアルバイトの給料は同額なのである。何とバイトの方が割がいいことか。そんなわけで彼は、常勤医になったので、立ち場が逆転してしまった。常勤医になると、さすがに責任感というものもでてくる。
ある夜、彼が夜おそくまで医局で勉強していると当直医が来た。ふつう常勤医は5時で帰り、当直医は6時くらいに来て、顔をあわせることがあまりない。別に気まずい理由というのもないのだが、当直医も自由にくつろぎたい、という気持ちを尊重して、そんな習慣が何となくあるのである。ある日きたのは、名前は苗字だけ、だったから、バイト医なんて、みんな男の研修医だと思っていたのだが、女の人がきた。あとできいたのだが、この病院の当直にくる大学の医局もわりときまっていて、三つか四つある。その中の一つはレベルの高い公立大学だった。実をいうと彼は、地元のこの大学に入りたくて受験したのだが見事に落ち、やむなく、もう一つうけた関西の公立大学に入った。それで彼は関西で医学を学び、大学生活を送った。関西に行ったことのない彼には関西はカルチャーショックだった。第一に女子学生達が駅で関西弁でまくしたてているのにおどろいた。日本では地方では方言がのこっていることは知っていたがテレビによって標準語は普及しているはずだし、関西にいる人間は標準語で話をしているものだと思っていた。まるで異国へきたようなカンジ。しかし第二志望で入っても母校は母校。母校に対する誇りと思いはもっている。それでも関東へ卒業と同時にUターンしたのは、やっぱ関東がこいしくて、関西にはなじめきれへんかったのである。やはり関東の人間が関東をこいしがる気持ちは強く、居残る者も半分くらいはいるが、半分近くはUターンし、卒業と同時に関東のどこかの大学の医局に入るのである。丈太郎もそれと同じだった。ただ彼は大学というヒエラルヒーのある権威の象徴に入らず、研修指定の国立病院に入ったのである。彼が入れなかった地元の公立大学というのは、東大、医科歯科ほどべラボーに偏差値が高くはないが、やはりレベルはやや高く、それもあってか病院も付属の図書館も、きれいで、エレガントで、加えて、学生はみな知的そうで上品である。かえりみてみるに彼の母校の学生はやや下品で頭のわるい人儀礼智忠信孝悌にかけるところの者もいた。それで彼は、この大学出身者にコンプレックスを持っているのである。
ある夜のことである。彼が一人で医局で勉強していると女の当直医が入ってきた。彼は内心びっくりした。彼女は、
「はやく来すぎてしまってすみません。お仕事中のところをおじゃましてしまって」
と言った。いとやんごとなき、めでたき人である。これは、あやまるに価しないことである。むしろ丈太郎が謝るべきなのである。当直医がおそく来すぎることは、あやまってもおかしくはないが、早く来てわるいはずはない。ひきつぎも口頭でできる。丈太郎が勉強している、ところで、テレビをみるわけにもいかず、最も彼女が何をしたがっているのかは、わからないが、たいていは当直病院に来た人は、まずテレビのスイッチを入れる。一度、部屋に入った以上、部屋を出ていくわけにもいかず、彼女はソファーに座ってテーブルに置いてある雑誌を読むともなくパラパラみていた。彼の方が本当は悪いのである。当直医は病院にとって大切な存在なのだから気をきかせて、出会わないよう早めに去るべきなのである。彼女はジーパンをはいていたが、座った姿が少し男っぽくみえる。彼は医局に属せず、独学で医学を100倍の遠まわりして学んだ。わからないことがまだ山ほどある。一方、彼女は大学の医局で、もち前の頭のよさ、のみこみのよさ、に加えて縦と横の豊富なつながりから、どんな事態にも的確な指示をだせる実力ある医者だろう。それなのにさらに大学の医局にのこって医学を深めているのである。彼は彼女のうしろに、みえざる大学の権威をみた。大学の権威の後ろ盾がなく、学会にも入らぬ彼にとって大学の権威の象徴である彼女は内心、タジタジであった。しかし、それとは別にもう一つ想像力過多の彼を悩ましているものがあった。それは彼女のジーパンの下にはかれている肉づきのいい太ももにフィットしているパンティーがどんなのか、ということだった。彼女もセクシーな水着をきて海に行くんだろうか、とか、彼女にはかれて、洗濯され、ほされているパンティーが頭に浮かんできたりする。そんなことばかりに興味が行くから丈太郎の医学の実力はなかなか身につかないのである。彼女が来たからあわてて帰るというのも間がわるく、少ししてから、
「では、よろしくおねがいします」
と言って、あたかも彼女に関心がないような態度で部屋を出て行った。彼女は、
「おつかれさまでした」
とつつましく、挨拶した。
翌日、丈太郎が病院に行くと、つつましい彼女が、寝たベットが気にかかってしかたがなかった。彼は、田山花袋ほど、むさぼりかぐようなことは絶対しなかったが、彼女の香を含んだフトンを前に一人悩み、あんな知的できれいな人が週一回、当直にきてくれると思うとうれしい思いになるのだった。
ここの病院は130床くらいの病院なので、常勤の医者は彼がくる前は院長だけだった。あとは夜勤の当直医と、土日の日当直のバイト医で、やりくりしていた。院長は高齢で、体力的衰えから、一人での診療は少しきつくなっていた。以前、それを補佐するように院長と同じ大学の女医が常勤で勤めていたのである。病院の求人というのは、在籍医局との、しがらみがあるため少し、ややこしい。ほとんど100%大学病院の医局と民間病院の院長に何らかのつながり、があって、たとえば院長が、その医局出身というのであれば、最高のつながり、であるが別の大学の医局に友人がいる、というのでもいい。ともかくコネクションが必要なのである。それで、民間病院の院長が人手がほしいと思ったら、大学の医局にたのむのである。すると最終的には、人事権をもっている教授が、「○○君、ちょっとあそこの病院へ行ってくれないか」というのである。大学の医局もヒエラルヒーある一般の会社と同じようなもんで上司の命令にはさからえない。医者不足で困っている病院としては、医者を派遣してくれる大学教授は、涙、涙、でうれしい、ので教授に紹介料としていくばくかの謝礼をわたす。この額はかなりのものである。しかし、これは派遣される医師にとっては人身売買である。「二年、行ってきてくれないか」と言って、行って二年我慢しても、戻ってこれるか、どうかは、教授の胸三寸である。この病院の院長は関西の大学出身で、近くに、つて、のある大学の医局がない。近くにも大学病院は、あるが、近いからといって、あまり話しをしていない、ご近所さんに、きやすく、ものは頼みにくい。それより遠くても、気軽に頼めて、いざ、という時に頼りになるのは何といっても出身母校である。母校は他人ではなく、もはや身内、我が家みたいなものである。いざ困ったことになって泣きつけるところは母校である。それで院長が出身医局に頼んで、女医が来てくれたというところである。この女医を彼は知らない。だが、この女医は半年くらい前から休んでしまっている。それで人手がなくなってしまって、また院長一人になってしまったので、丈太郎がそのあとがま、として来たということになる。エコーもなければCTもない。やる気をもたねば、どんどん最新知識からはなれてしまう。このような病院にきてくれる人はめったにいないだろう。そもそも彼はババッちいニオイのするオンボロ病院が嫌いではないのだから変わっている。院長室は、別にあり、広い医局室を一人で使える。静かにものを書くにはすごくよい環境である。彼も、かえりみてみるに、はたして常勤で、この病院にきてくれる医者は自分以外にみつかるだろうか、と思ったが、たぶん医学的向上、出世を考えている医者のほとんどは、よほど変わり者でなければ、来ないんじゃないかと思われた。そのためか、待遇がよく、医者をひきつけておこうという意識が感じられる。冷蔵庫には、いつもかかさずジュースをきらさないで入れといてくれるし、クーラーはきいてるし、クッキーはおいてあるし。さらには、何と休職中の女医さんの持ち物が入ったダンボールが医局の部屋の隅に置いてあるのである。その中に何と、パンティーが入ってる。しかもTバックのかなりセクシーなのである。つい彼はそれが気になってしまう。彼女は常勤医だったのだから当直もあり、かえ、の下着をもってくることは、おかしくない。しかし休職中に病院に置いたままにしてある、ということはどういうことか。何となく、医師を病院につなげておくための意図的なものなのでは、という妄想が起こってくる。じっさい、それは彼を病院につなげておくために非常に有効に働いていた。
彼は、いけないと思いつつも、ついフラフラとダンボールの方へ行き、彼女のセクシーなパンティーを前に想像の翼をめぐらし、心地よい快感に心を乗せるのだった。医局には彼しかいないものだから、つい箱の中のパンティーが気になってしかたがない。患者の診療中の時まで、その雑念が入ってくる。診療がおわると彼は耐えきれず、急いで医局室にもどり、パンティーを前に、酩酊にふけるのだった。
ある日、彼がパンティーの前に座して夢うつつな気分でいると、ガチャリと戸が開いて、女の人が入ってきた。彼は、あせってパンティーをかくそうとポケットにつっこもうとした。
「あなた、いったい何をしているの。それ私の下着よ」
と言う。丈太郎は心臓が止まるかと思うほどあせった。おこっているがストレートヘアーのかぐや姫のような、うるわしい、いとやんごとないお方である。
「い、いえ。あ、あの・・・」
彼が困っているところを彼女はつづけざまに言った。
「人がいない時に人の下着をあさるなんて、あなたそれでも医者なの」
彼は答えられない。ぬすみを現行犯でみつかった犯罪者で弁明の余地がない。
「あ、あの岡田玲子先生ですか」
彼がおそるおそる聞くと、
「そうよ。ちょっと体調をくずして休んでいたけど、また来月から勤めることになったの。で、病院に電話したら常勤医が一人きたというから、どんな人かと思って、久しぶりに来てみたら、人の下着を無断であさる人だったなんて・・・」
と言って彼女はおこっている。
「ご、ごめんなさい。ゆるしてください」
と丈太郎はひれふしてあやまった。彼女は、しばし丈太郎を細目で見ていたが、黙って去って行った。
水曜日がきた。水曜日になると彼はうれしくなるのだった。というのは水曜日に、当直に、あのお方が来てくれるからだった。前日、新しいクッキーのつめあわせがさし入れされていた。前のクッキーのつめあわせは、ほとんど彼が食ってなくなってしまった。からだ。彼は土日の日当直に、来る当直医にクッキーを食われてしまうことが何となく腹だたしかった。こうなったら当直者用のクッキーと常勤医用のクッキーをわけておくべきだと思った。彼はセサミストリートのクッキーモンスターではなかったが、精神科の仕事は精神的なストレスがかかるので、ついつかれるとクッキーに走ってしまうのだった。これは性格が未成熟なためにおこる神経性過食症というものなのかもしれない。水曜日には、あの方がこられて、医局のベットにおやすみになってくださると思うと彼はうれしいのだった。土日は男の当直医で、部屋をどっちゃらけにして帰るのだが、女の方はつつましく、何もなかったかのようにモクレンのような残り香をのこし医局をさられるのだった。あのお方が横たえられたフトンの、のこり香をつい彼は、ねて、あの方が寝たフトンにねて、あの方と一時的にでも一体化できるような夢心地になってうれしいのだった。彼は二ヶ月でたべられるところのクッキーのひと缶を一週間でカラにしてしまっていた。そこで新しいクッキーがさしいれされた。翌日、クッキーのカンをあけると、一枚だけへっていた。あの方がお召し上がりになられたのだ。ああ、何とつつましいことか。クッキーはたくさんあるから、10枚でも20枚でも食べていいのに、一枚だけお召し上がりになられるなんて。そのお心に彼は大和なでしこのつつましさに心うたれるのであった。彼は腹は減ってなかったが、クッキーを食べようと思った。クッキーには5種類あった。白系、黒系(コーヒー系 )に、クリームつき、のやら、チョコつきのやらだった。あのお方が召されたのは白系の、中心部にチョコレートがのっているものだった。選び方にもつつましい品行方正なお人柄がにじみでている。彼もそれと同じ種類のクッキーを一枚とってたべた。何か、あのお方と一体化できたような、うれしさがおこるのだった。

が、幸福というものは、おうおうにして、長続きするものではない。人生には必ず別れがくる。しかも予告無しに。
ある木曜日の朝、丈太郎は、上気した気分で病院に行った。
彼は、朝一番に、当直日誌を見るのだった。その日は大凶だった。当直日誌には、こう書かれてあった。
「昨夜は、特に何もありませんでした。医局の人事で、当直は昨日までとなりました。長い間、お世話になりました」
丈太郎は号泣した。何度も読み返した。もう彼女は、この病院に当直に来ないのだ。それは、最愛の恋人を失った男が感じる悲しみの百倍の悲しみだった。数日、虚無の日々がつづいた。しかし、丈太郎は、子供の頃から苦難の人生を送ってきて、逆境には強かった。彼は悲哀を忘れようと本腰を入れて、精神保健指定医の勉強を始めた。精神保健指定医というのは国によって認定された精神科医の資格である。これは精神科を選んだ医師は必ず取らなくてはならない資格である。医学の世界では、各科ごとに、色々な専門医の資格がある。内科ならば、内科専門医というように。眼科ならば眼科専門医というように。しかしこれらは、学会がつくった資格であって、国が認めた国家資格ではない。しかし、たいていの専門医の資格は、それぞれの学会が、かなり厳しいテストをつくっていて、やはり、それなりの経験と実力がなければ、取れるものではない。そのため、専門医の資格を持っている医者はそれなりの実力があると見てさしつかえない。
しかし精神科の専門医はちょっと他科と違うのである。精神科の専門医は、精神保健指定医といって、国が決める国家資格なのである。これは、当然といえば当然である。精神科医は、あばれる患者や、自殺の可能性のある患者を個室に隔離したり、拘束したりしなくてはならない。治療の必要があれば、入院をいやがる患者を入院させたり、退院を求めても許可しない権限があるのである。つまり、患者の人権を制限する権限を持っているのである。他人の人権を制限できるのは、警察官と精神科医くらいである。このような、たいへんな権限を持つ資格なので、それは学会のレベルではなく、国が決める国家資格なのである。年に二度、夏と冬に行われる。これはペーパーテストではなく、8症例の患者のレポートを厚生省に提出して、合否が決められるのである。このレポートは、いわゆる医学の研究目的のためのレポートとは違い、精神保健福祉法を理解しているかどうかの、レポートで、医学のレポートというより、法律の条文を重視したレポートである。この審査はけっこう厳しく、落ちる人も多い。しかし精神科を選んだ以上、この審査には、どうしても通らなくてはならないのである。精神科医のほとんどは精神保健指定医の資格を持っている。もちろん、精神保健指定医の資格を持っていない精神科医もいる。しかし、精神保健指定医の資格を持っていない精神科医は、精神科において、人間以下と言われるほど、みじめな立場なのである。精神科医である以上、精神保健指定医の資格は持っていて当然の資格なのである。
なので、丈太郎も指定医の資格を取ろうと、精神保健福祉法の勉強に取り組んだ。

元のように単調な状態にもどった。医局と病棟は離れていて何か用があると、ナースコールがして、病棟に行くのである。ここの病院は、どう見ても赤字経営である事は間違いなかった。そもそも民間の精神病院は赤字経営の所の方が多いのである。そのため、病院は何とか収益を上げようと色々な手を打つ。ボロ病院のわりには、結構、高齢の患者が外来で来るのである。それは、病気の治療というより、孤独な老人が話し相手を求めて来るのである。院長は、そこらへんの、あしらいが上手く、患者を、よもやま話で、病院にひきつけておくのが上手いのである。
受け付けの事務の女性もピンクの事務服である。色っぽい。丈太郎は、初めて彼女らを見た時、思わず、うっ、と声を洩らしてしまった。しかし、患者を集めるには、彼女らの、色っぽい服は、たいして効果は無いだろう。しかし、彼を病院につなぎとめておくには、確実に効果があった。しかし、丈太郎はウブで純粋で、奥手で、スレッカラされていないので、女と話をすることが出来ないのである。
ある日の昼休み、事務の女性が、いつものようにクッキーの缶を持って医局にやってきた。
彼女は、クッキーの缶を冷蔵庫の上に置いた。
「先生。来週から、体調をくずして休職していた岡田玲子先生が復職することになりました。よろしくお願い致します」
そう言って彼女は去って行った。
丈太郎はドキンとした。当直の女医の事ばかり懸想していたので、彼女の事は忘れていたのである。丈太郎はあせった。彼女には弱みがある。彼女のパンティーを手にしている所をもろに見られてしまっているのである。これから、ここで彼女と二人きりで、過ごさなければならないのである。彼女は何と言うだろう。丈太郎は意味もなくグルグル医局の中を歩き回った。

その週末の休日、丈太郎は何と言って弁解しようかと、頭を絞った。そして、ある苦しい、一つのいいのがれを思いついた。

月曜になった。病院についた彼は緊張して、医局のドアを開けた。いつものように、日曜の当直医が、部屋をどっちゃらけにして帰っていったので、彼は丁寧に部屋をかたづけた。病棟に行って、一回りした。ナース詰め所で、隔離患者の患者の状態をカルテに記載し、定時処方の薬の処方箋を書いた。そしてまた、医局にもどってきた。
昼近くになった。ガチャリとドアが開いた。岡田玲子先生である。彼女はチラリと丈太郎を見た。丈太郎はこちこちに緊張して直立して深々と頭を下げて挨拶した。
「岡田玲子先生。はじめまして。山本丈太郎と申します。これから、よろしくお願い致します」
彼女は、黙ったまま、ロッカーから白衣を出して着て、デスクについた。彼と向かい合わせである。彼女の胸には精神保健指定医の金バッジが燦然と輝いている。指定医なのだ。
彼女が黙っているので、彼は小さな声で言った。
「あ、あの。よろしく」
「よろしく。変態さん」
彼は真っ青になった。彼女は上を向いて独り言のように呟いた。
「あーあ。ついてないなあ。これから変態と二人きりなんて。恐くてしょうがないわ」
彼は、急いで彼女の発言を打ち消すように力を込めて言った。
「ち、違います。僕は変態なんかではありません」
「なんで。だって女の下着をあさって、履くじゃない」
「ち、ちがいます」
「どう違うの」
彼はゴクリと唾を飲んだ。そして、昨日、考え抜いた事を堂々とした口調で言った。
「か、患者の半分は女です。ぼ、僕は女の患者の心理を理解するためには、男の視点からではなく、女の視点から理解しなくては本当に女の心を理解する事ができない、と思ったからなんです。あくまで人間の心理の理解の一環だったんです」
「へー。学術熱心なのね。そんな高邁な理由だとは知らなかったわ」
丈太郎はほっとした。
「それなら私もあなたの研究に協力してあげるわ」
彼女はコンパクトを取り出すと、彼など見ずに、ルージュの口紅をつけた。
「あなたに女の心理というものを教えてあげるわ」
「わ、わかってくれたんですね。ありがとう」
彼は最大の難関を無事に通過できた事に感激して随喜の涙を流した。
その時、ナースコールがした。
「あなた、行ってきなさい。私、ちょっと疲れてるから休むわ」
そう言って玲子はベッドに横になった。
「はい」
彼は、元気に返事して病棟へ向かった。
そんな風にして二人の病院勤めが、はじまった。

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精神科医物語(下)

2015-07-13 00:48:51 | 小説
ある日の昼食後、丈太郎は彼女にお茶を入れて出した。お茶を入れる事は、彼の役目だった。その他、全て、雑用は彼の仕事になった。精神科では、指定医の権限は絶大なのである。丈太郎も何としても、指定医になろうと思っていた。指定医を取るためのレポートには、指定医のサインが必要なのである。院長も指定医だが高齢で腎臓が悪く休みの日が多い。どんなに立派なレポートを書いても、指定医のサインがなければ、厚生省に提出することは出来ない。そのため、丈太郎は指定医になるためには玲子にゴマをするしかないのだ。
玲子は、彼の出したお茶を飲みながら、目の前のヤカンをじっと見ていた。
「ねえ、このヤカンかわいいと思わない」
「えっ。このヤカンが、ですか」
丈太郎はどうしても、わからなかった。ただのヤカンである。かわいさなんて、あるのだろうか。
「わ、わかりません。ぬいぐるみとかペットとかなら、わかりますが。ヤカンに、可愛さなんてあるんですか」
「もちろんよ」
「どこがかわいいんですか」
「全体の感じがよ」
彼は首をかしげた。
「あなた、女の心が全然わかってないわね。女は世の中の全てのものを、可愛いか、可愛くないか、という視点でみているものなのよ」
「はー。そうですか」
丈太郎は、なるほど、そんなもんかと思った。
「僕なんか、全然かわいくないですよね」
丈太郎は憐れみを求めるような弱気な口調でボソッと言った。
「そんなことないわ。あんた、けっこう、可愛いわよ」
「心にも無い、お世辞は言ってくれなくてもいいです」
丈太郎は決然とした口調で言った。
「お世辞じゃないわよ」
「どうしてですか。僕は今まで、ずっと、顔をけなされてきました。鏡を見ても、自分でも不細工だなーと思っています。これはもう、客観的に証明された事実なんです」
玲子はやれやれといった顔をしている。
「あなた、全然、女の心が解ってないわね。あなたは男の視点で女の心を考えているわ」
「どうしてです」
丈太郎は食い下がった。
「女は美の主体よ。特に私のような美しい女はね。自分が美を持っているんだから、女は外見の美しい物をムキになって求める気持ちはあまりおこらないの。女にとっては外見の美というものが、可愛さの判断基準じゃないの。その人の性格とか、ちょっとした仕草の中に可愛さを見出した時に、可愛いって思うものなのよ」
「なあるほど」
丈太郎は感心した。また、女が顔より性格に価値を置くのなら、自分もひょっとすると女と関わりを持てるかもしれない、と一縷の望みが起こって、嬉しくなった。

ある日の昼食後。その日は、デザートに苺のショートケーキがついていた。玲子は、それをムシャムシャ食べた。その姿は、ちょうど減量中の力石徹が白木邸で一個のリンゴをむしゃぶりつく姿に似ていた。食べた後、玲子は腹をポンと叩いて言った。
「あーあ。ケーキ食べちゃった」
「おいしくなかったんですか」
「違うわよ」
「じゃあ、なんで後悔じみたことを言うんです」
「あなた、わからない」
「え、ええ」
「本当にわからないの」
「え、ええ。どうしてですか」
玲子のケーキ皿が飛んできた。
「このバカ。トウヘンボク。太りたくないからに決まっているでしょ」
「じゃ、食べなきゃいいじゃないですか」
玲子のフォークが飛んできた。
「あなた、何て無神経な人なの。女はね、人一倍、食いしん坊なのよ。特に甘いものには目がないのよ。食べたい。けど太りたくない。女はいつも、この悩みに苦しみ、もがいているのよ。女はいつもプロボクサーなみの減量地獄と戦って生きているのよ。あなた、そんな事も知らなかったの」
玲子はつづけて言った。
「あなた。それでも精神科医。今まで神経性食思不振症の患者に何て言ってきたの」
「は、はあ。あんまり気にしないようにと・・・」
玲子のナイフが飛んできた。
「このバカ。ウスラトンカチ。それが精神科医のするアドバイス」
玲子は立ち上がって、鬼面人を驚かす形相で丈太郎の前に仁王立ちした。
「今の発言は許せないわ。あなたは、食べる事に対する女の涙ぐましい、けな気な気持ちを踏みにじったのよ。さあ、立ちなさい」
「立ってどうするのですか」
「つべこべ言わず立つのよ」
丈太郎は恐る恐る立ち上がった。玲子は乗馬ムチを握りしめている。
「さあ。手を壁につけて尻を突き出しなさい」
丈太郎は言われるまま、恐る恐る玲子に言われたように壁に手をつけて尻を突き出した。
「さあ。歯を食いしばりなさい」
丈太郎は歯を食いしばった。玲子はムチを振り上げて構えている。
「これは私、個人の怒りじゃないわ。日本の全女性の怒りの代弁よ」
玲子はムチを振り下ろした。
ビシー。
ビシー。
ビシー。
「ああー。痛―い。ゆ、許して下さい。玲子様」
丈太郎は泣き叫んだ。が、玲子は鞭打ちを止めない。百発くらい叩いた。
「ふー。つかれちゃった。でも、まだ、物足りないわ」
玲子は拷問用の算盤板の上に丈太郎を座らせた。そして20キロの御影石を二枚、膝の上に載せた。
「ああー」
向こう脛が算盤板の突端にゴリッと食いいった。
「い、痛―い」
玲子は、丈太郎の苦しみなど、どこ吹く風と石の上に、
「よっこらしょ」
と腰掛けた。
「ぎゃー」
丈太郎のけたたましい悲鳴が部屋に鳴り響いた。が、玲子は薄ら笑いで、尻をゆすった。
「ふふ。痛いでしょ。でもこれは愛の仕置きなのよ。あなたのような鈍感男は、こうして痛い思いをしない限り自覚できないわ。これからはどんどんスパルタ教育でいくからね」
玲子は笑いながら尻をゆすった。
「れ、玲子様。ゆ、許して下さい」
丈太郎は涙を流しながら訴えた。が、玲子は聞く耳を持たない。
「どう。痛いでしょ」
「は、はい。死にたいほど」
「オーバーね。女の生理の時の痛さは、こんなものの比じゃないわよ。この痛みの百倍の痛みなのよ。女の生理の辛さがわかった」
「は、はい。とくと」
玲子は余裕綽々でおもむろにタバコを一服して、吸いかけの火のついたタバコを悲鳴を上げている丈太郎の口の中に放り込んだ。
「ぎゃー」
丈太郎の悲鳴が上がる。もはや脚の感覚も頭の意識も麻痺して、丈太郎は死人のように、グッタリ項垂れた。玲子は、「あーあ」と大あくびをして、遊び疲れた子供のように立ち上がって席に戻った。丈太郎はノックアウトされたボクサーのようにグッタリと床に倒れ伏した。

ある日の事。
昼食後、丈太郎はレポートを書こうと思って、書棚から、精神保健福祉法の分厚い本を持ってきて、読み出した。
「あなた。何をしてるの」
「はい。レポートを書くため精神保健福祉法の勉強をするんです」
すると玲子が物差しでピシャンと丈太郎の手を叩いた。
「な、何をするんです」
「だめよ。そんな真面目に勉強なんかしちゃ」
この言葉の意味はどうしてもわからなかった。丈太郎は怒鳴るような大きな声で聞いた。
「ど、どうしてです」
「あなた、女の心理が知りたいんでしょ」
「・・・え、ええ」
「だったら、そんな真面目に勉強なんかしちゃだめよ」
「ど、どうしてです」
丈太郎はわけがわからず、また大きな声で聞いた。
「あなた、通るレポートを書きたいんでしょ」
「え、ええ。そうです。だから勉強するんです」
「だったら、そんな真面目に勉強なんかしちゃだめよ」
「ど、どうしてです。あなたの言ってる事は目茶苦茶な事のように思えます。あなただって、しっかりしたレポートを書いたから指定医の審査に通ったんでしょう」
「そうよ」
玲子はあっさり言った。
「じゃあ、なんで勉強しちゃいけないんですか」
丈太郎は大声で言った。
「カンが鈍るからよ」
「えっ」
丈太郎は耳に手を当てた。
「女はね、世の中の全ての事をカンでこなしているのよ。真面目に勉強なんかしちゃカンが鈍っちゃうわ」
「うぐっ」
丈太郎は反論できなかった。玲子はちゃんとレポートを書いて指定医の審査に通っているのである。確かに大学時代も女はやたらカンがよかった。真面目に勉強しなくてもカンがいいのか、丈太郎が一生懸命、勉強しても、なかなか通らない難しい試験も女は一回で通る事がよくあったのである。丈太郎はさびしそうな表情で玲子に言われた通り本を閉じた。もう大好きな勉強も出来なくなるのかと思うと丈太郎は泣きだしたくなる思いだった。
丈太郎はしかたなく本を書棚にもどし、かわりに机の上の新聞を手にした。
「××内閣。支持率90パーセントか。しかし靖国神社強行参拝なんかしたら、中国の反感を買うぞ」
彼はボソッと呟いた。
すると彼女は新聞を取り上げた。そして代わりに女性週刊誌をポンと投げ与えた。
「な、なにをするんですか」
「女は新聞なんか読まないものなのよ。女は政治や経済なんて全く関心を持っていないのよ」
「女はあくまで、女性週刊誌しか、読まないの」
「あなた、芸能人の○○と××は、離婚するかどうか、わかる」
「だ、誰ですか。その○○と××という人は」
「あなた、○○と××も知らないの。そんなの女にとって常識よ」
「じゃあ、△△が、所属事務所をやめて、独立したがってるって事は」
「し、知りません」
「あなた、何にも知らないのね。女は芸能人の動向やスキャンダルを血眼になって気にしているものなのよ。一週間後に、質問を出すからね。ちゃんと答えられるように勉強しておきなさい」

その翌日。玲子は朝から機嫌が悪かった。
「あー。むかつく。むかつく」
「何がむかつくんですか」
丈太郎はおそるおそる聞いた。
「生理よ。女は生理が近づくと、むかついてくるものなのよ。知ってる」
「し、知ってますよ。それくらい。月経前緊張ですよね。学生時代、産婦人科学で習いましたから」
「それは頭だけの知識よ。実際の辛さは、どんなものだか経験しなければ、わからないわ」
「ど、どんな痛さなんですか」
「それはもう想像を絶する痛みよ。生き地獄と言ってもいいくらいなものよ。女は顔では笑っているけど、心の中ではこの生き地獄に黙って耐えているのよ。あなたも生理前の苦しみをあじわってみる」
「い、いえ。いいです」
丈太郎は断わった。どうせ玲子のこと。何かひどい事をするに決まっている。
「あっ。痛い」
玲子は腹を押さえて椅子から落ちて、断末魔の人間のように、海老のように縮こまりながら、震える手を虚空に差し延べている。
「あなた、なにボケッとしているのよ。人が生き地獄に苦しんでいるというのに」
「救急車呼びましょうか」
「ばか。あなたは医者でしょ」
「ど、どうすればいいのですか」
「ベッドに運んで」
丈太郎は玲子をベッドに運んだ。
「なに、ボケッとしているのよ。助けようって気持ちはないの。女はデリカシーの無い男が大嫌いなのよ」
「鎮痛薬だしましょうか」
「そんなのとっくに飲んでるわ」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
「物まねをしなさい。女は、お笑い、が好きなのよ」
丈太郎は顎を突き出してアントニオ猪木の物まねをした。すぐに玲子のスリッパが飛んできた。
「面白くないわ。よけい生理痛がひどくなったわ」
「ど、どうすればいいのですか」
「ストリップショーしなさい。それなら、きっと痛みも少しは軽減すると思うわ」
「そ、そんな事だけは許して下さい。は、恥ずかしいです」
彼がモジモジしていると、玲子は、つづけて言った。
「あなた男でしょ。私なんか、医局旅行の時、教授をはじめスケベな医局員みんなが、脱げ、脱げ、と言うもんだから、男達の目を楽しませるために、やむなく皆の前で、裸になったのよ。スケベな男の視線に耐えながら。女はつつましいから男に何か要求されると嫌とは言えないものなのよ」
丈太郎は、その光景を想像して、思わず下腹部があつくなった。
が、丈太郎は、本当かな、と眉間に皺を寄せた。
「なによ。その目は。女は疑い深い男が嫌いなのよ。女は正直者なのよ」
「ほれ。お盆」
そう言って玲子は盆をとって、丈太郎の方へ転がした。
玲子の命令に逆らっては指定医のレポートにサインしてもらえない。これも、指定医をとるための煉獄なのだ、と思って、丈太郎は服を脱ぎだした。ワイシャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、Tシャツも脱いだ。丈太郎はパンツ一枚になった。丈太郎がモジモジしていると玲子は、
「はやく、それも脱ぎなさい」
と促した。丈太郎は、急いでパンツを脱いで、そこを盆で隠した。丈太郎は丸裸になって盆で、そこを隠しているという、みじめ極まりない格好である。玲子はみじめな丈太郎の姿を見てクスクス笑った。
「ボサッと立っているだけじゃ面白くないわ。歌でも歌いなさい」
玲子に言われて、丈太郎は浜崎あゆみの「SEASONS」を熱唱した。
「ほら。もっと腰をくねらせなさい」
玲子に言われて、丈太郎は腰をくねらせて歌った。
玲子はクスクス笑っている。
「じゃあ、今度は床に寝て、喘ぎなさい」
言われて丈太郎は床に寝て、盆でそこを隠しながら、胸を揉んで喘ぎ声を出した。丈太郎は何だか自分が本当に女になったような気がしてきた。
玲子はクスクス笑いながら、
「うまいじゃない。生理痛が、少しは軽減されたわ。もういいわ。服を着なさい。そこまでやった努力に免じて指定医のレポートには、サインしてあげるわ」
「本当ですね。本当にレポートにサインしてくれますね」
丈太郎は泣きながら訴えた。
「ええ。ちゃんと、レポートも指導してあげるし、サインもしてあげるわ。女は約束した事は、ちゃんと守るのよ」
丈太郎は後ろを向いてコソコソとパンツを履き、服を着た。
その時、病棟からのナースコールが来たので、丈太郎は、急いで医局を出て、病棟へ向かった。

その日、勤務がおわった後、丈太郎と玲子は横浜のロイヤルホテルへ行った。製薬会社の主催する新薬の説明会のためである。薬は、その値段を国が決めていて、それを公定薬価という。薬の値段は全国一律なのである。しかし、薬の値段から、製薬会社が薬をつくる費用を引いた金額、つまり製薬会社の利益はかなり、あるのである。そのため、製薬会社は病院に安い値段で販売契約をとろうとやっきになる。できるだけ安い値段で売っても、その値段から薬をつくる純費用を引いた金額、つまり製薬会社の利益は、十分出るため、製薬会社は何としても病院と契約をとりたがる。そして病院は安い値段で製薬会社から薬を仕入れる。そして、患者には公定薬価で処方するから、その金額の差が病院の利益となる。それが、薬価差益である。
そのため、製薬会社のMR(製薬会社のセールスマンみたいなもの)は、足しげく病院にくる。そして自社の薬の宣伝を腰を低くして、医者にするのである。ホテルで薬の説明会などもしょっちゅうするのである。外国から呼んだ高名な医者の講演をしたり、スライドを使って、自社の薬が、他社の薬より優れている客観的な統計を示したりする。その後は会食会があって、ホテルのゴージャスな料理が食べ放題なのである。
彼はどこの大学の医局にも、学会にも入っていないため、この講演会は、とても勉強になるので、よく出ていた。
勉強嫌いな玲子が、めずらしく、今日はこの会に出る、と言ったので、丈太郎と一緒に横浜に行ったのである。もちろん丈太郎は勉強のためだったが、食い意地のはった玲子は、説明会の後の料理のためである事は間違いない。
説明会は8時からなので、二時間待たねばならなかった。
玲子は高島屋へ入っていった。
丈太郎は、こういう高級店に入った事が無いので、タジタジとして玲子のあとについて行った。シャネルだの、エルメスだの、ルイ・ヴィトンだの、丈太郎には、さっぱり分からない。やたら高級そうである。
「あなた。シャネルとエルメスの違いがわかる」
「い、いえ。全然わかりません」
玲子は、やれやれ、といった顔つきである。
「あなた。女では、そんな事、常識よ」
丈太郎が黙っていると玲子はつづけて言った。
「あなた。女はブランドにこだわるのよ。ブランドものを買う時こそ、女の微妙なデリケートな心理が、最高超に達するのよ。あなたにブランドものを買う時の女のデリケートな心理を教えてあげるわ」
そう言って、玲子はルイ・ヴィトンと書かれた店に入って行った。玲子はさかんに店の中を回って、商品を物色している。丈太郎もあとをついて回った。
運動靴が、テーブルの上に厳かに置かれている。
値札を見て丈太郎はびっくりした。我が目を疑った。8万と書いてある。
「な、なんだ。こ、この値段は。どう見ても単なる運動靴が8万円。こんなの靴屋で三千円で買えるぞ」
さらに行くとゴムサンダルがあった。
丈太郎は値札を見て仰天した。5万と書いてある。
「な、なんだ。こ、これは。たんなるゴムサンダルじゃないか。これが5万円だと。こんなのはスーパーでは千円で買えるぞ」
玲子は、そして小さな赤いバッグの前で立ち止まった。値札に8万と書いてある。どう見ても五千円で買える代物である。
同じバッグで色の違う、二つをさかんに玲子は見比べている。
「レッドとフューチャーピンクと、どっちがいいかしら。迷うわー。ねえ、あんた、どっちがいいと思う」
「れ、玲子先生になら、どちらでもお似合いだと思います」
玲子は、10分近く迷っていたが、
「よし。決めた」
と言って、レッドの方を手にした。そして、それを丈太郎に渡した。
「さあ。レジに行って買ってらっしゃい」
丈太郎は、レジに行って財布から8万だして、バッグを受け取った。
そして、すぐに玲子の元に戻ってきた。
玲子はサッとそれを丈太郎から奪いとった。
「どう。ブランドものを買うデリケートな心理がわかったでしょう」
そう言って玲子は、クルリと踵を返して店を出た。丈太郎は一抹の不安を感じ出して、後ろから小声で玲子に声をかけた。
「あ、あの。お金・・・」
玲子はピタリと足を止めて、クルリと振り返ってキッと丈太郎をにらみつけた。
「あなた。女に支払わせようというの」
そう言って玲子はスタスタ歩いていった。
丈太郎は見栄も外聞もなく、子供のように泣き出したくなった。
玲子は、今度はランジェリーショップの前で立ち止まった。
「さあ。ブラジャーを買ってきなさい」
「な、なんでそんな事をしなくてはならないんですか」
「あなた、女の心理を理解したいんでしょ。下着を選ぶ時こそ、女の奥の深い微妙な心理が理解できるのよ」
「で、でも・・・」
「でも、も、へちまもないわ。ブラは試着して買うものなのよ。ちゃんと店員にサイズを測ってもらって買いなさい。パンティーも買うのよ」
丈太郎は真っ赤になって、ランジェリーショップに入った。ブラジャーの前で、モジモジしていると、女の店員がやってきた。ニコニコ笑いながら、
「彼女へのプレゼントですか。サイズはいくつですか」
「い、いえ。あ、あの。そ、その。サ、サイズをは、測って下さい」
途端に店員の顔が引きつった。
店員はメジャーを取り出すと、手を震わせながら丈太郎の脇を通してサイズを測った。
「あ、あの。お客様。トップが88で、アンダーが87ですので、サイズはAAAです。あ、あの、パッドをご使用になりますか」
丈太郎は真っ赤になって肯いた。
店員は、だんだん面白くなってきたらしく、ホクホクして丈太郎を試着ボックスに連れて行った。
上半身裸になった丈太郎に店員は、ストラップを手に通し肩にかけ、ベルトを後ろに回して、ホックをはめ、カップにパッドを入れて、アジャスターを調節した。
「お似合いですわよ」
と言って店員はクスクス笑った。
丈太郎は、
「か、買います」
と言って、急いでブラジャーを外してもらった。丈太郎は急いで服を着て試着室を出た。そして、そろいのパンティーも一枚、とって、レジで金を払い、急いで店を出た。
「どう。下着を買う女の微妙な心理がわかったでしょ」
丈太郎は真っ赤になって、急いで下着をカバンに入れた。
時計を見ると7時50分だった。
二人はデパートをでて、ロイヤルホテルに向かった。
ちょうど、薬の説明会が始まったところだった。
丈太郎は、目を輝かせて一心に講演を聞いたが、玲子は、ちょうど小学生が嫌いな授業を嫌々聞いているような様子だった。
講演は一時間でおわった。
その後の会食での玲子の食べっぷりは、凄まじいものだった。
そして、食べたあと、
「あーあ。食べちゃった」
と、後悔じみた口調で言った。
二人は、帰途に着いた。帰りの電車は、仕事帰りのサラリーマンでいっぱいだった。
やっと駅について、吐き出されるように降りた。
「あしたは、ちゃんと今日買った下着を履いてくるか、持ってくるのよ」
「は、はい」
そう言って、二人はわかれた。

翌日、丈太郎は玲子に言われたように、買った下着を持って出かけた。
その日、玲子は昼食を食べずに、蒟蒻ゼリーを一つだけ食べた。
丈太郎が食べるのを、羨ましそうに眺めながら、
「あーあ。お腹へっちゃったなー」
と呟いた。丈太郎が、
「どうして食べないのですか」
と聞くと、玲子は、
「女は少し食べ過ぎた日の翌日は蒟蒻だけで我慢するものなのよ」
と言った。
食事がおわって二時間くらいすると玲子の腹がグーと鳴った。玲子は空腹の不機嫌のためか、玲子は丈太郎を顎でしゃくって呼び寄せた。
「さあ、椅子になりなさい」
「な、なぜです」
「女はしとやかなのよ。男に命令されると、イヤとはいえないものなのよ」
丈太郎は、しぶしぶ玲子の前で四つん這いになった。玲子は、
「どっこいしょ」
と言って、丈太郎の背中に腰掛けた。
その時、焼き芋屋のマイクが聞こえた。
「やーきいもー。いーしやーきいもー。おいしい、おいしい、おいもだよ」
玲子は彼の尻をピシャリと叩いた。
「あ、焼きイモ屋だ。買ってきなさい」
「女は焼きイモが大好物なのよ」
丈太郎は、急いで、焼き芋を買ってきた。
「ほれ。また椅子になりなさい」
言われて丈太郎は再び、彼女の前で四つん這いになった。
玲子は、丈太郎の背中にドッカと尻を乗せて、焼きイモをホクホクいわせながら食べた。
「あー。食った。食った。ゲップ」
「ぶっ」
「あーあ。おならしちゃった」
「そ、それがしとやかな態度なのですか」
丈太郎は背中の上の玲子に問い糾すように言った。
「わかってないわね。女は一人でいる時には、かなりくだけるものなのよ」
そう言って玲子は丈太郎の背中から降りて椅子に胡坐をかいて座った。
「あなたは女を理想化し過ぎて見ているわ。女の心理が根本的に理解できていないわ」
「さあ。昨日、買ったセクシーなパンティーとブラを身につけて、鏡の前で悶えなさい」
「な、なぜ、そんな事をしなくてはならないんですか」
「わかってないわね。女はあなたが思っている以上に淫乱になりたくなくなる時があるのよ。特に下着を買った時にはね。鏡の前で自分の下着姿を見てナルシズムに浸って、激しく悶えるものなのよ」
丈太郎はコソコソと服を脱ぎ、パンティーとブラジャーを履いて鏡の前に立った。
「さあ、激しく悶えなさい」
そう言われても丈太郎は顔を真っ赤にしてモジモジしている。
「だめよ。そんな、突っ立っているだけじゃ。そっと胸とパンティーに手を当てて、ゆっくり揉むのよ」
丈太郎は、言われたように胸とパンティーに手を当てて、ゆっくり揉みだした。
「そう。だんだん感じてきたでしょ。もっと口を半開きにして、切ない声で喘ぐのよ」
「ああっ」
丈太郎はだんだん興奮してきた。
「そう。いいわよ。そのまま、もどかしそうにブラジャーとパンティーを脱いでいくのよ」
丈太郎の頭はもう混乱していた。本当に自分が女になっていくような気がしてきた。
「さあ、ブラジャーをとって、胸を揉むのよ」
丈太郎はブラジャーとパンティーを脱いで、片手で恥部を隠し、片手で、ゆっくり胸を揉みだした。
「ああっ。いいっ」
「さあ。私を男だと思いなさい。女はいつもは貞淑だけど、いったん、性欲が燃え出すと、徹底的に男に征服されたいと思うのよ。その極地は死よ。女はみな、性欲においては多かれ少なかれマゾヒストなのよ」
「は、はい」
「さあ、床に寝なさい」
玲子は丸裸で床に寝た丈太郎の顔をヒールでグイと踏みつけた。丈太郎の顔が歪んだ。
「ああっ。いいっ」
「ふふっ」
「ああっ。玲子様。好きです」
「ふふ。とうとう本心を吐いたわね」
「本当は女の心理の研究なんかじゃないでしょ。あなたは変態なマゾ男なだけでしょ」
「は、はい。そうです」
「こうやって女にいじめられる事がうれしいんでしょ」
「は、はい。そうです」
「いいわ。たっぷりいじめてあげるわ」
「さあ。犬のように四つん這いになりなさい」
言われて丈太郎は四つん這いになった。
「さあ。舌を出してヒールを丁寧に舐めなさい」
「はい」
丈太郎は四つん這いで、犬のようにペロペロと玲子のヒールを舐めた。
「ふふ」
玲子はヒールでグイと丈太郎の顔を踏みつけ、体重をかけてグリグリと揺さぶった。
「ああっ。幸せです。玲子様」
玲子は足をどけた。丈太郎は思わず彼女の太腿にしがみついた。
「ああっ。玲子様。好きです」
「ふふ」
彼女は白衣を脱いだ。白衣の下はTバックのパンティーとブラジャーだけだった。玲子はその姿のまま、ベッドにうつ伏せになった。
「さあ。奴隷君。体に触れさせてあげるわ。全身をマッサージしなさい」
「はい」
丈太郎は一心にマッサージした。
「玲子様。足を舐めていいですか」
「ふふ。いいわよ。しっかり丁寧に舐めるのよ」
「はい」
「ああっ。幸せです。玲子様」
この日から丈太郎は彼女の奴隷になって、彼女に身も心もつくすようになった。玲子も丈太郎を奴隷として好いている。二人はソフトなSとMの関係を持ったまま、それなりに楽しくこの精神病院で働いている。

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