小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

死刑

2012-01-14 00:22:33 | Weblog
「小川新法相、死刑執行に前向き姿勢」(産経新聞)

世界には死刑がない国がある。死刑を廃止している国で、ある凶悪犯罪の事件のニュースを聞いた時、私が最初に感じたことは、「おそろしい」のひとことである。最高刑が死刑ではなく、無期懲役としてしまうと、「何人、人を殺そうが、どんなことをやっても死刑にはならない。刑務所の中で、衣食住を与えられて、生きていける」と考える人が出てきて、犯罪が増えてしまうのではないか、という危惧である。しかし、死刑を廃止している国で、犯罪が増えているのかどうかの統計的な違いは、あるのかどうかは、知らないが。何となく、統計的には有意に犯罪が増えてはいないような気がするが。しかし日本の場合は、検察による、でっちあげの冤罪の判決が多すぎるから、死刑は慎重にすべきだと思う。それと、失業の問題である。不景気で職がなければ、食べていけない。失業者は、何か犯罪をして、刑務所に入れば、衣食住が確保される、と考える人も出てもおかしくないと思うが。しかし、実際には、そういうことは、まずないだろう。とすると、死刑を廃止しても、犯罪が増えるということも、まずないだろう。

ちなみに、昔は、公開処刑が当たり前だった。昔は、死は公然と語られていた。そして、「生のことは密やかに語れ」と言われていた。(生)とは、生きること、セックスのこと、そして産まれてくる赤ん坊のこと、などである。現代では、それが完全に逆転してしまっている。(生)のことは、めでたいこと、楽しいこと、として堂々と語られる。文部科学省も性教育には積極的である。一方、(死)のことは、医療にせよ、死刑にせよ、安易に語ってはならないもの、となってしまっている。しかしソクラテスが言うように、「哲学とは死の練習」なのである。つまり現代では、哲学がなくなってしまっているのである。しかし、

「死を直視しない人間は、生も直視しない」(浅野浩二)