聖書個所:ルカの福音書1章8~20節,67~79節
ザカリヤ夫妻についてですが、ザカリヤはユダヤのヘロデ王の時代、アビヤの組の祭司でした。彼の妻はアロンの子孫で名をエリザベツと言いました。二人とも神を信じる正しい人たちで、神の命令通りに、落度なく行っていました。しかし、彼らには子どもがいませんでした。エリサベツは不妊の女で、また二人ともすでに年を取り過ぎていました。ザカリヤが、祭司の務めをしていた時に、祭司職の習慣でくじを引いたところ、ザカリヤに当たり、神殿に入って香をたくことになりました。するとその時、主の使いが彼に現われて、香の祭壇の右に立ちます。これを見たザカリヤは取り乱し恐怖に襲われます。み使いは告げます。(13)「恐れることはありません。ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。あなたの妻エリサベツは、あなたに男の子を産みます。その名をヨハネとつけなさい。」二人は子どもを授かりたいとの願いはとうの昔に忘れていたことでしょう。しかし、主は二人の祈りを覚えておられたのです。そしてその子は、二人のためだけではなく、多くの救い主を待ち望むイスラエルの人々にとっても大きな喜びとなります。なぜなら、その子はエリヤの霊と力に満たされ、主に先立って歩み、不従順な者たちを神に立ち返らせ、来るべき救い主の道を備える者になるからです。
ザカリヤは御使いに言います。(18)「私はそのようなことを、何によって知ることができるでしょうか。この私は年寄りですし、妻ももう年をとっています。」ザカリヤは信じることができませんでした。「何によって知ることができるのか」と、御使いが言われる言葉以外に、そのことが分かるしるし、証拠を求めたのです。(19~20)み使いは答えます。「この私は神の前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この良い知らせを伝えるために遣わされたのです。見なさい。これらのことが起こる日まで、あなたは口がきけなくなり、話せなくなります。その時が来れば実現する私のことばを、あなたが信じなかったからです。」ザカリヤは、子どもが生まれるまで、口がきけなくなってしまいます。み使いのことばを信じなかったからです。しかし、神のご計画は人間の応答に左右されることなく、その時が来れば必ず実現します。しばらくして、御使いの御告げ通り、エリサベツはみごもりました。
月が満ちて、エリサベツは男の子と産みました。8日目には、割礼を施し、名前を付けることになっていたので、近所の人々や親戚がお祝いに集まりました。彼らは父親の名前にちなんで「ザカリヤ」と名付けようとしました。しかし、母親のエリサベツは「いいえ、その子の名は、ヨハネとしなければならない」と言いました。周りの人々が不思議がると、父親のザカリヤに確認し、書き板を持ってきて書かせたところ、「その子の名はヨハネ」と書きました。すると、ただちにザカリヤの口が開かれ、舌が解かれ、物が言えるようになって、神をほめたたえました。68節から「ザカリヤの賛歌」です。ザカリヤは聖霊に満たされて預言して言います。(68~69)「ほむべきかな、イスラエルの神、主。主はその御民を顧みて、贖いをなし、救いの角を私たちのために、しもべダビデの家に立てられた。」この賛歌は、今こそ、約束された救いを備え、実現してくださる神への感謝が歌われています。後半の76節には、自分の息子のヨハネが救い主のために準備をする人になるという使命が預言されています。救いを備え、実現してくださった主は、変わることのない深いあわれみと真実な愛をもって私たちをも導いていてくださいます。待たされたとしても、主は必ず必要に応じてくださいます。主の最善を信じて待ち望みます。