経堂めぐみ教会

礼拝メッセージの内容です。

8月29日聖日礼拝

2010-08-31 12:56:33 | 礼拝
聖書:マタイ6:19-34
メッセージ:“神の国とその義とを求めなさい”

Ⅰ:天に宝をたくわえなさい
(20)「自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。」
 富や財産、地位や名声は永遠的なものではありません。いつかは消えてなくなってしまいます。自分の心を天の神様に向け、自分の宝・大切なものを、神様のため、人のために用いていきます。

Ⅱ:心配しないように
(31)「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。」
 日常生活の中で仕事や健康などいろいろ不安は尽きませんが、天の父は私たちをご覧になり、必要なものすべてを備え、守り養ってくださいます。

Ⅲ:神の国と義とをもとめなさい
(33-34)「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だからあすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」
 神様を信頼し、御心を求め、神の目に正しいことを行い、一日一日を精一杯生きる者としてください。
 



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8月22日聖日礼拝

2010-08-23 09:25:23 | 礼拝
聖書:マタイ6:1-15
メッセージ:“隠れた所で見ておられる神”

Ⅰ:隠れた施し
(1)「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。」
(4)「あなたの施しが隠れているためです。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」
 人に見せるためではなく、神様のために行ないます。たとえ人の評価を得られなくても、隠れた所で見ておられる神が報いてくださいます。

Ⅱ:隠れた祈り
(6)「隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」
 言葉にならないような祈り、しどろもどろの祈りでも、神様に聞いてくださいます。神は私たちが願う前から私たちの必要を知っておられます。祈りとは神と私との個人的な会話です。

Ⅲ:主の祈り
 イエス様は簡潔に祈るよう教えられました。
(9-13)「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行なわれますように。私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。私たちを試みに会わせないで、お救いください。国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。」
 先ず、神の御名が崇められ、みこころがなされるように、そして私たちの必要のために祈ることを勧めます。日々の信仰生活を通して、主の御名が崇められ、隠れた所で見ておられる神様が報いてくださいますように。
 
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8月15日聖日礼拝

2010-08-16 11:05:57 | 礼拝
聖書:マタイ5:1-12
メッセージ:“平和をつくる者の幸い”

(9)「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」

Ⅰ:平和をつくる者は、神との平和を回復します
(ローマ5:1)「ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」キリストを信じる信仰により義とされ、神との和解をいただきます。

Ⅱ:平和をつくる者は自分自身との平和を持ちます
 神の平安をいただき心が満たされます。自分との調和がとれています。
(ヨハネ14:27)「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。」

Ⅲ:平和をつくる者は人との平和をつくります
 神との平和を回復し、神の平安をいただき、人との平和な関係をつくります。
(詩篇34:14)「悪を離れ、善を行なえ。平和を求め、それを追い求めよ。」
 今日で65回目の終戦記念日を迎えます。世界の平和は私たち一人ひとりの平和から築かれていきます。平和を追い求め、平和に生きる者とさせていただきましょう。
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8月1日聖日礼拝

2010-08-03 09:38:52 | 礼拝
聖書:マタイ5:38-48
メッセージ:“完全でありなさい”

Ⅰ:新しい義に生きる
(20)「もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、はいれません。」
 パリサイ人の義とは律法の行いによる義であり、表面的、形式的なものであるのに対し、イエス様の示された義は、内面的であり、心のあり方に基づくものであり、福音による正しい生き方を示されました。

Ⅱ:具体的にどのようなことか
 新しい義・正しい生き方とは、①和解に生きる。人との和解の中で赦しの関係の中で生きます。②純潔に生きる。男女は神の創造の目的から、互いの欲求を満足させるためではなく、互いに助け合い尊敬しあって生きます。③誠実に生きる。都合のよい抜け道を考えるのではなく、神と人との前に誠実に生きます。④積極的善に生きる。「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」報復を解決するためには損得勘定ではなく積極的善に生きます。⑤隣人愛に生きる。「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」

(48)「だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」
「完全」とは「目的にかなっている、計画通り、造ったとおりだ」という意味で、神様の創造の目的にそって生きていることを表わします。ここでの完全とは、人を隔てなく愛することを指しています。十字架を仰ぎ罪赦され、恵みにより主の御心にかなった正しい歩みをさせていただきます。
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