経堂めぐみ教会

礼拝メッセージの内容です。

1月20日 「神に従う」

2019-01-21 13:59:23 | 礼拝
Ⅰサムエル13:5~12、15:17~25 「神に従う」

中心聖句(15:22)「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」
 サウル王は失敗を重ねます。王として立てられますが、主の御声に聞き従うことをしませんでした。“神に従う”ことについて、サウル王の失敗を通して考えます。


Ⅰ:サウル王は自分の思いを優先させた(13:5~12)

(11)「あなたは、なんということをしたのか。」

 当時サウルとイスラエル人の主な敵はペリシテ人でした。サウルの子ヨナタンがペリシテ人の守備隊長を破ったことによって、ペリシテ人はイスラエルを憎むようになり、戦いを挑んできました。ペリシテ人は、戦車3万、騎兵6千、民は海辺の砂のように多くいました。一方サウルの兵は3千人、しかも手にしているのは、鋤やくわ、斧、鎌などの農具でした。イスラエル人はひどく追い込まれ、ほら穴や岩、ため池などに身を隠します。ある者はヨルダンを渡ってガドやギレアデへと逃れて行きました。残ってサウルと共にいる者たちもみな震えおののいていました。
イスラエルはペリシテ人と戦う前に、まずサムエルが戦地に来て犠牲を捧げ、礼拝を捧げることになっていました。サウルは7日間待ちますが、約束の日が来てもサムエルの姿は見えず、民たちは離れて去って行こうとしました。このような切羽詰まった状況の中で、サウルはじっとしておれず、「全焼のいけにえと和解のいけにえを私のところに持って来なさい」(9)と言って、自分で全焼のいけにえを捧げてしまいのです。しかしサウルが全焼のいけにえを捧げ終わったちょうどその時、サムエルが姿を現します。サムエルはサウルに怒って言います。(11)「あなたは、なんということをしたのか。」サウルは答えて、(11~12)「民が私から離れ去って行こうとし、また、あなたも定められた日にお見えにならず、ペリシテ人がミクマスに集まったのを見たからです。今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしているのに、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけにえをささげたのです。」サウルは弁解して答えました。ところがサムエルは(13)「あなたは愚かなことをしたものだ。あなたの神、主が命じた命令を守らなかった。」と言って神の怒りを告げました。

 サウルの行動のどこが愚かだったのでしょうか?
① 越権行為。彼は王として召されていたが、祭司としては召されていませんでした。それにもかかわらず、彼は祭司の働きを執り行ってしまいました。それは祭司にしか許されていないことでした。
② 神に信頼しなかったこと。危機的な状況の中にも神がすべてを治めておられるということを見失っていました。もし彼が本当に神を信頼していれば、最後までサムエルの到着を待つべきでした。
私たちもサウルのように、いざという時、神様に信頼するよりも、自分の思いや判断を優先させてしまうことがないでしょうか。
(箴言3:5~6)「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」
(新共同訳)(6)「常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。」
どのような時でも自分の判断に頼らず、神様に信頼しいつも主を認めるなら、主は行く道筋をまっすぐにされるのです。いつでもイエス様を意識することです。
以前、What would Jesus do? 「イエス様だったらどうする?」というブレスレットが流行りましたが、どうしたらよいか分からず判断を仰ぐとき、自分の思いではなく、イエス様だったらどうするだろうと、イエス様の思いを求めていきたいものです。


Ⅱ:サウル王は民を恐れて彼らの声に従った(15:17~25)

(24)「私は罪を犯しました。私は主の命令と、あなたのことばにそむいたからです。私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。」

 次に、サウルはアマレク人と戦いました。彼は神から(3)「今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを滅ぼし尽くせ」という命令を受けて出て行きました。彼はアマレクに勝利しましたが、(9)「肥えた羊や牛の最も良いもの、子羊とすべての最も良いものを惜しみ、これらを聖絶するのを好まず、ただ、つまらない、値打のないものだけを聖絶した。」と聖書は記しています。主の命令に従わず、すべてのものを滅ぼし尽くしませんでした。
それでも、サウルは主のことばを守りましたとサムエルに報告しますが、サムエルは、(14)「では、私の耳にはいるあの羊の声、私に聞こえる牛の声は、いったい何ですか。」と質問されます。サウルは(15)「アマレク人のところから連れて来ました。民は羊と牛の最も良いものを惜しんだのです。あなたの神、主に、いけにえをささげるためです。」と、民が滅ぼすのを惜しんだからと答えます。
再び、サムエルはこのことに対して、(19)「あなたはなぜ、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の目の前に悪を行なったのですか。」と詰問しますが、サウルは(20~21)「私は主の御声に聞き従いました。主が私に授けられた使命の道を進めました。私はアマレク人の王アガグを連れて来て、アマレクを聖絶しました。しかし民は、ギルガルであなたの神、主に、いけにえをささげるために、聖絶すべき物の最上の物として、分捕り物の中から、羊と牛を取って来たのです。」と、またイスラエルの民があなたへの捧げものとして取って置いた弁解します。
するとサムエルは(22)「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」とサムエルの考えが違うことを指摘されました。するとサウルは(24)「私は罪を犯しました。私は主の命令と、あなたのことばにそむいたからです。私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです。」と自分の罪を告白します。

なぜ、サウルは主の命令に従って、すべてのものを滅ぼさなかったのでしょうか。それはサウルが民を恐れたからです。有力者や戦いで犠牲を払ってくれた人たちが、肥えた牛や羊を惜しんだ時、サウルは拒むことができませんでした。確かに、多くの有力な長老たちの中で若いサウルが指導力を発揮することは難しかったでしょう。しかしそうであったとしても、サウルは主の命令に聞き従わなければならなかったのです。(17)「あなたは、自分では小さい者にすぐないと思っていても、イスラエルの諸部族のかしらではありませんか。主があなたに油をそそぎ、イスラエルの王とされました。」サムエルは油注がれた王であることを忘れてはならなかったのです。民を恐れるのではなく、主を恐れて、主のことばに聞き従うべきでした。

私たちもこの世の中でいろいろな圧力やプレッシャーの中に置かれています。人にどう見られるか、人から何と言われるかと気にして恐れてしまいます。人の声であったり、周りの力に押し流されてしまうこともあるかもしれません。しかし、私たちの第一の使命は、神の御声に聞き従うことです。人を恐れていたら真理を曲げることになり神に喜ばれません。人を恐れるのではなく、神を恐れる者とされますように。

 
Ⅲ:キリストの従順に倣う(ピリピ2:1~9)

(ピリピ2:8)「キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。」

 サウルはこれら二つの過ちを犯し、神に従うことができませんでした。従うことはそれほど容易なことではありません。しかし私たちには神に従う模範を示されたお方がいらっしゃいます。その方は、イエス・キリストです。

(ピリピ2:6~8)「キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てることができないとは考えないで、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられたのです。キリストは人としての性質をもって現われ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。」
イエス様はどのようなお方でしょうか。神の立場を捨てて、人間と同じ姿になられました。そしてご自身を無にしてまで他に仕える者となってくださいました。そして十字架の死にまで従い、尊い犠牲となってくださったのです。私たちはこの方を見つめ続けなければなりません。

(15:22)「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」
 神が最も喜ばれることは、私たちが神に従うことです。みことばに聞き従うことです。ご自分を低くし、十字架の死にまでも従われたイエス様の謙遜と服従に倣い、私たちが神を恐れ、神に従う者とされていきますように。
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1月13日新年聖餐礼拝 「心を尽くして主に仕える」

2019-01-15 22:52:13 | 礼拝
Ⅰサムエル8:1~9;12:19~25「心を尽くして主に仕える」

中心聖句(24)「ただ、主を恐れ、心を尽くし、誠意をもって主に仕えなさい。主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい。」


Ⅰ:イスラエルはこの世の王を求める(1~5)
 
(5)「どうか今、ほかのすべての国民のように、わたしたちをさばく王を立ててください。」

 イスラエルの民はサムエルに王と立てるように求めました。
 「どうか今、ほかのすべての国民のように、わたしたちをさばく王を立ててください。」他の国々は国を治める王が立てられていました。これまでのイスラエルは、アブラハム、イサク、ヤコブなどの族長たち、モーセ、ヨシュアのような神から賜物を与えられた指導者によって治められてきましたが、他の国のように私たちにも王を立ててくださいと懇願します。この時、イスラエルの民は神による支配よりも、人による支配を求めたのです。

なぜイスラエルは王を求めたのでしょうか?
①サムエルは年を重ね、二人の息子はさばきつかさとしてふさわしくなかったから。
(1~3)「サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとした。長男の名はヨエル、次男の名はアビヤである。彼らはベエル・シェバでさばきつかさであった。この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていた。」
②他の国は王政だったので、自分の国もそうしたかったから。
③国を守る指導者が必要だったから。
 イスラエルの民は、遊牧の生活からカナンに定着し、一つの国家として立っていこうとした時に、彼らを治める王の必要を感じ始めました。国家を形成していこうとする時、軍事、外交、政治など、周りの国々との関わりにおいてどうしても国の意思を代表する王が必要となってきていました。

 イスラエル人にとって一つの国家を形成することは喜ばしいことだったに違いありません。牧草地をさまよい、自然の脅威にさらされながら長い間、遊牧生活を続けてきた彼らにとって、定住の地を得て、家を建て、土地を耕し、収穫を得て生活するということは夢のようなものであったに違いありません。しかし、彼らは生活が安定し始めると、この地への関心が高まり、神への思いが薄くなっていき、神の支配よりも人の支配を求めるようになっていきました。神を恐れる思いが希薄になっていきました。神はイスラエルの民の要求の背後に、彼らが神を軽んじる思いがあることを見過ごしませんでした。
何か問題や困難がある時には神を熱心に求めても、生活が安定し、この世の多くのことに責任を負わされるようになると、だんだんと神を恐れる思いが希薄になってきてしまうことがあります。私たちも同じ轍を踏まないように気をつけなければなりません。


Ⅱ:主は民の声を聞き入れる(6~9)

(6)「彼らが、『私たちをさばく王を与えてください。』と言ったとき、そのことばはサムエルの気に入らなかった。そこでサムエルは主に祈った。」
 民の求めはサムエルにとって気に入らない事でした。他の聖書の訳ですと「そのことばはサムエルの目には悪しきことであった。」と訳されています。サムエルの目には悪いことでした。イスラエルを治める王は、主なる神ご自身でしたから、そう思うのも当然のことだったでしょう。サムエルは戸惑いながら主に祈ります。すると次のような答えが返ってきました。

(7~9)「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞き入れよ。それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのであるから。わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのした事といえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えたことだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。今、彼らの声を聞け。ただし、彼らにきびしく警告し、彼らを治める王の権利を彼らに知らせよ。」
①「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞き入れよ。」主からの答えは意外なものでした。聞き入れなさい。サムエルはそのような答えが返ってくるとは思っていなかったはずです。
②「それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのであるから。」
主はサムエルを気遣います。彼らはエジプトを脱出してから同じことを繰り返しているのです。彼らはサムエルあなたではなく、主であるこの私を退けたのです。
③「彼らを治める王の権利を彼らに知らせよ」王が立てられるなら、民にふりかかり重荷となる事柄をはっきり伝えなさい(11~18)。戦いのために徴兵されたり、収穫物を捧げたり、くびきを負わされるが、その時助けを求めても主は答えてはくれないと。
それでもイスラエルの民は、サムエルの忠告に耳をかそうとせず、自分たちをさばき戦ってくれる王を立ててほしいと願いました。それで主は民の要求を聞き入れました。

どうして神は民の要求を聞き入れたのでしょうか?なぜ神はそれが罪だとわかっても許されたのでしょうか?それは、失敗して後悔しないと、人間はわからない者だと神は知っていたからです。(8)「わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのした事といえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えたことだった。」と言われるように、正しい道を示しても、言うことを聞かず、幾度も同じ過ちを繰り返すことを知っていたからです。イスラエルの歴史は神への不信の歴史といっても過言ではありません。人間は本質的には神に従って生きていくことより、自分勝手に好きなように生きていきたいのです。神は人の本質をよくご存じです。
ですから、神のみこころに従って生きる生き方は、やろうと思ってできるようになるものではなく、どうしたらよいかを知っていても、実際にできないのが私たち人間です。自分の意思でみこころに従っていく生き方を体得するには、時には、失敗することで学ぶしかない場合もあります。実際に失敗しないとわからない、失敗を経験して苦しんで初めて分かるのだと言えます。そして悔い改めへと導かれます。
(詩篇119:67)「苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。」(119:71)「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」
 私自身も頭でわかっていてもなかなかできないことがあります。実際に失敗したり苦しんでやっとわかり「こうしたほうがいいんだな」「これはやってはいけないんだな。」と分かってくるものだと感じます。


Ⅲ:主がどれほど偉大なことをされたか(12:20~25)
 
イスラエルの民の要求は悪でしたが、しかし神はその要求を聞き入れ、神は彼らの神であり続けました。神はイスラエルの民を見捨てることはありませんでした。
 サムエルはこの時もう年老いていました。罪を告白する民に、サムエルは20節から告別説教をしています。これまで民の罪を指摘してきたサムエルは、ここでは民への祝福を語っています。
(20)「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行なった。しかし主に従い、わきにそれず、心を尽くして主に仕えなさい。」
 悪を働いたが恐れてはならない。わきにそれず主に心を尽くして仕えなさいと言われます。
(22)「まことに主は、ご自分の偉大な御名のために、ご自分の民を捨て去らない。主はあえて、あなたがたをご自分の民とされるからだ。」
 主はご自分の民を見捨てることはありません。「あえて」とありますように、みこころを損なうことをしたとしても、引き続きご自分の民として下さり、なお用いようとされるのです。
 復活された主イエスは、裏切った弟子たちにご自身をあえて現されました。本来なら去って行った者を追わないで、放っておいてもいいのですが、イエス様はそのようにはしませんでした。ふさわしくない者にもかかわらず、あえて用いようとされるのです。主は私たちにもそのように臨んでいてくださり、決して見捨てることなく、あえてご自身の民としてくださいます。
(24)「ただ、主を恐れ、心を尽くし、誠意をもって主に仕えなさい。主がどれほど偉大なことをあなたがたになさったかを見分けなさい。」
主がどれほどの大いなることをあなたがたにされたのかを、考えるように勧めています。主はどれだけ私たちのことを愛しているでしょうか。

使徒パウロは、クリスチャンであれば男でも女でも見つけ次第縛り上げて、牢に入れ死に至らせました。しかしある時、彼はダマスコ途上で神と出会う体験をしました。突然天から光が照らされ、「サウロ、サウロ。なぜ私を迫害するのか。」という声を聞きます。「主よ。あなたはどなたですか。」と尋ねると、「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」パウロは自分が迫害しているイエスに出会い、どんなに大きな愛と赦しが自分に注がれていたかを彼はここで知るのです。その後のパウロの生涯はいつもこの神の恵みに立ち、神の愛に迫られていました。

 パウロにご自身を現されたように、神は私たちにどのような大きなことをしてくださったでしょうか。神は私たち一人ひとりを愛し、ひとり子を世にお与えになりました。それは御子を信じる者が滅びることなく、罪赦され永遠のいのちを持つためです。それほどの大きな神の愛はありません。そして、神は人の過ちを赦してくださるのです。わきへそれてしまうようなことがあっても、決して捨て去ることなく、あえてご自分の民としてくださるのです。この神の愛と赦しを知る時に私たちは変えられていくのです。主が私たちになされた大いなることを覚え、ただ主を恐れ、心を尽くし主に仕えていく者とされますように。
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1月6日新年礼拝 「主よ。お話しください」

2019-01-08 11:24:02 | 礼拝
聖書:Ⅰサムエル3:1~10 「主よ。お話しください」

序:「主よ。お話しください。しもべは聞いております。」
 少年サムエルが祭司エリに教えられて祈った祈りです。それまで士師の時代にはほとんど神のことばが語られていませんでした。主はサムエルに声を掛けられます。そしてイスラエル王国誕生という新しい時代が幕開けします。主は私たち一人ひとりに語りかけてくださいます。この一年もみことばによって力づけられ励ましをいただいて歩んでまいります。
王国を誕生させる役目を果たす預言者サムエル(祭司であり、最後の士師でもある)とは、どのような人物だったのでしょうか。サムエルの人物像を通して、私たちの信仰姿勢をもう一度振り返ります。

 
Ⅰ:捧げられた人(1章)

サムエルは、エフライムの山地に住むエルカナの子として産まれました。エルカナには二人の妻があって、一人はハンナ、もう一人はペニンナでした。ペニンナには子どもがいましたが、ハンナには子どもがいませんでした。ハンナはなかなか子供が授からず、ペニンナからは嫌がらせを受けとてもつらい思いをしていました。
 ハンナと夫は毎年、シロの町に出かけて神様を礼拝する主の宮で捧げものをしていました。ある時、ハンナはこの主の宮で、泣きながら神様に祈っていました。
(10~11)「ハンナの心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。そして誓願を立てて言った。『万軍の主よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません。』」
 主はハンナの祈りに応え、翌年ハンナは男の子を授かります。ハンナはその子をサムエルと名付けました。ハンナの熱心な祈りによってサムエルは生まれ、母ハンナの信仰を受け継いでいきました。幼子が乳離れすると、ハンナはサムエルを主の宮に連れて行き、「神様に約束した通り、この子を神様におささげします」と言って、祭司のエリに預けました。(28)「それで私もまた、この子を主にお渡しいたします。この子は一生涯、主に渡されたものです。」サムエルはエリから神さまの教えを学んだり、手伝いをしたりして、神様に仕え、主にも人にも愛され、ますます成長していきました。

 私たちも神様によって贖われ、生かされて、主に捧げられた者です。自分の人生のように思いますが、神様によって与えられた人生であり、私たちの生涯も主に渡されたものです。好き勝手に生きていくのではなく、神様の計画の中にあります。
(エレミヤ29:11)「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
 主はこの年私たちに立てている計画をよく知っています。それは平安を与える計画であり、将来と希望を与える計画です。主のご計画の中を歩ませていただきましょう。


Ⅱ:神に聞く人(3:1~9)

 サムエルと言うと、私は「祈る少年サムエル」の絵を思い出します。私の家にもその絵が飾ってあります。物心つくころから、この絵は何の絵だろうと思いながら見ていました。サムエルは母の信仰を受け継ぐ祈りの人でした。
この頃、少年サムエルは14、5歳になっていたと思われますが、祭司エリの前で主に仕えていました。「そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。」とありますように、サムエルが誕生したのは、指導者のいない暗黒の時代でした。そのような時代にサムエルは神から呼びかけられます。彼は生れて初めて神の声を聞きます。

(4~5)「そのとき、主はサムエルを呼ばれた。彼は、『はい。ここにおります。』と言って、エリのところに走って行き、『はい。ここにおります。私をお呼びになったので。』と言った。エリは、『私は呼ばない。帰って、おやすみ。』と言った。それでサムエルは戻って、寝た。」
 サムエルは寝ている時に、自分の名を呼ぶ声を聞きました。そうすると、「はい、ここにおります」と答え、祭司エリが呼んだのだと思い、エリの所に急いで走って行きました。すると、エリは「私は呼ばない。帰ってお休み」とサムエルを帰します。
 サムエルはもう一度、自分の名を呼ぶ声を聞きました。またエリが呼んだと思って行きます。サムエルはエリのもとで主に仕えていましたが、実際に主のことばをそれまで聞いたことがなかったので、主からの呼びかけだとわかりませんでした。
(8~9)「主が三度目にサムエルを呼ばれたとき、サムエルは起きて、エリのところに行き、『はい。ここにおります。私をお呼びになったので。』と言った。そこでエリは、主がこの少年を呼んでおられるということを悟った。それで、エリはサムエルに言った。『行って、おやすみ。今度呼ばれたら、『主よ。お話しください。しもべは聞いております。』と申し上げなさい。』サムエルは行って、自分のところで寝た。」
 これで主がサムエルを呼ぶのは三度目です。サムエルはまたエリの所に行きます。そこでエリは、主がこの少年を呼んでおられるということを初めて理解します。そして今度呼ばれたら、「主よ。お話しください。しもべは聞いております。」と伝えました。

祈りには二つの祈りがあります。一つは「主よ、お聞きください。しもべは話します。」という祈りです。もう一つはエリが教えたように、「主よ、お話しください。しもべは聞いております。」という祈りです。
 神社やお寺に行くとお百度参りというのがあります。境内の一定の距離を百度往復して、その度に病気が治るようにとか願い事がかなうようにと祈願します。これはまさに「主よ。お聞きください。しもべは話します。」の祈りです。
 祈りについて、主イエスは山上の垂訓の中で次のように述べています。
(マタイ6:7~8)「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」
 父なる神は、私たちがお願いする前から私たちの必要を知っておられます。一生懸命祈らなければ聞いてくれないのではなく、神は私たちの必要をすでに知っていて願いは聞き入れられています。
本来祈りというのは、サムエルの態度「どうぞお話しください。僕は聞いております。」とあるように、神の呼びかけをまず聴くことから始まります。ここに祈りの本質があります。聴くことなしに応答としての祈りはありません。

ある牧師が祈りについて言われました。
「泣きじゃくる子供が母の子守唄によって心が静まっていくように、さまざまな矛盾や、不合理の中で、私たちは悩み、苦しみ、もだえながら、そこで神の語りかけを聞き、望みと力を与えられて生きていくのである。祈りとはまさにこうした激しい世の中で神の使者として生きようと願う者が、耳を傾けて神の語りかけを聞く時である。」
 この一年も、日々、神様の前に静まり、神の御声に耳を傾けます。サムエルに呼びかけたように、私たちにも主は呼びかけてくださいます。日々の生活の中で、主の御声を聞いて、力と望みをいただいて歩んでまいりましょう。
 

Ⅲ:使命を託された人(3:10~21)

(10)「そのうちに主が来られ、そばに立って、これまでと同じように、『サムエル。サムエル。』と呼ばれた。サムエルは、『お話しください。しもべは聞いております。』と申し上げた。」
 そうしますと、主はサムエルに仰せられました。(11~14節)サムエルにとってはかなり重たいことを告げられました。エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物の捧げものによっても、永遠に償うことができないと。ではエリの罪とは何なのか?自分の息子たちが、自らのろいを招くようなことをしているのを知りながら、彼らを戒めなかった罪です。
主を知らず、主のことばもまだ示されていなかったサムエルには、突然の主の語りかけは衝撃でした。しかも初めて聞いた主のことばは、師であり養い親であるエリへの裁きだったのです。
(15)「サムエルは朝まで眠り、それから主の宮のとびらをあけた。サムエルは、この黙示についてエリに語るのを恐れた。」
 翌日、エリはサムエルを呼び、「神様は何をお話になったのか。」と聞きます。「隠さないで教えてくれ」と願うエリに、サムエルは神様のさばきのことばを勇気を持ってしっかりと伝えました。
(18)「それでサムエルは、すべてのことを話して、何も隠さなかった。エリは言った。『その方は主だ。主がみこころにかなうことをなさいますように。』」
 エリの家に対するさばきのことばは厳しいものでありましたが、サムエルは神のことばを告げ、エリはそれを素直に受け止めました。この経験を通してサムエルは、預言者としての一歩を踏み出すのです。これがサムエルの預言者への召命です。
 私たちもそれぞれ神様に召された者であり、それぞれ自分の使命が与えられています。私たちにもどんなに小さな働きだとしても、その人に与えられた使命があるということです。「地の塩・世の光」としてこの世に遣わされています。
 
ミヒャエル・エンデ作「モモ」より
モモにはたくさんの友だちがいました。そして、友だちの中に、特別な人がいました。その一人は年よりのおじいさんで、道路掃除夫の“ベッポ”といいました。
ベッポは毎日、夜が明けないうちに、キーキー鳴る自転車で、仕事に出かけた。仲間と共に、ほうきと手押し車をもらい、どこの道路を掃除するか、指示を受けます。ベッポは、町がまだ眠っている、夜明け前のこの時間が、好きでした。それに、自分の仕事を気に入っていました。だから、仕事はていねいにやりました。とても大事な仕事だと自覚していたのです。じっくり考えるベッポは、道路掃除もまた、ゆっくりと時間をかけて着実にやりました。ひとあし進んではひと息。ひとあし進んではひと息。
ある日、ベッポは、自分の仕事について、モモに話したことがあります。とても長い道路を受け持つと、これではとてもやりきれないと思ってしまう。だから、せかせかと、スピードを上げてやろうとする。時々目を上げると、まだまだ残っている。ちっとも減ってない。だから、もっとすごい勢いで働こうとする。心配でたまらないから。でも、そうすると、しまいには息が切れて、動けなくなってしまう。こういうやり方は、いけない。一度に全部のことを考えてはいけない。次の一歩のことだけ、次のひと息のことだけ考える。いつもただ、次のことだけを考える。すると楽しくなってくる。楽しければ、仕事はうまく はかどる。ひょっと気づいた時には、一歩一歩進んできた道路が全部終わっている。どうやってやり遂げたかは、自分でも分からない。ベッポはそんなことを、モモを相手に考え込みながら、時には長い休みを取りながら話した。

 この年の初め、私自身、次のみことばに励まされました。
(マタイ6:34)「だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」
 みことばがなかなか与えられない時もありますが、今年はすっとこのみことばが心に入ってきました。先のことを考えると、心配が尽きません。明日は明日が心配します。労苦はその日その日に十分あるのですから、その日その日のことを考えて精一杯生きていくのがよいのでしょう。全部のことを考えてしまうと心配ではかどらなくなります。次のこと、次の一歩のことを考えていくように言われているのだと思います。
 神のことばは聞く人に力と勇気を与えてくださいます。サムエルが祈ったように、「主よ。お話しください。しもべは聞いております。」と、この年も、日々主のみことばに聞き、主にある力と望みをいただいて歩んでまいりましょう。先のことに悩まず、その日その日を喜んで仕えていくことができますように。
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12月2日 「唯一の神」

2018-12-04 17:54:00 | 礼拝
出エジプト記32章1~14節 「唯一の神」

救い主のご降誕を待ち望むアドベントに入りました。主を待ち望みつつクリスマスの喜びをお伝えしていきます。


Ⅰ:他の神々があってはならない(出20:3)

(出20:3)「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」

 神はモーセを通して十の戒めをイスラエルの民に授けました。私たちに与えられた一番目の戒めは、まことの神以外に、他の神々があってはならないという戒めです。まことの神様以外に礼拝する対象を持ってはならないということです。
神以外の物を神とする時、それは偶像となります。人間には昔から偶像を拝む習慣があります。モーセの時代も多くの偶像を礼拝していました。また日本でも「八百万の神々」と言われるように、太陽や月を神としたり、自然の山や木や石をあがめたり、人間が考え出したものを神の像として造って拝んだりしています。これらはみな偶像崇拝です。
また偶像とは、まことの神以外のものを神とすることですので、私たちの心の中で、あるものが神以上に大切なものとなるなら、それもやはり偶像となります。お金や財産、地位や名誉、快楽など、また自分自身も神となります。

そして、神は十戒を授ける前に、私はこのような者だと前置きしています。
(出20:2)「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である。」
 私はあなたをエジプトから連れ出したあなたの神、主だと述べています。イスラエルにとって、神は、ただ単に人間が抽象的に頭の中で作りだした存在ではありませんでした。正に、生きて働いていて、彼らをエジプトの国、奴隷の状態から救い出した恵み深い神であり、このシナイ山に至るまで導いてくださったあわれみ深い神でありました。
 私はあなたを奴隷状態から救い出した神、主であるから、他の神々があってはならないと言われるのです。「あってはならない」と禁止命令形が使われていますが、ここではむしろ「神々がなくてよい」「そんな必要はないじゃないか」というニュアンスです。
 神は私たちが罪の奴隷状態から救い出してくださった恵み深いお方です。私がエジプトの国、奴隷の家から救い出したのだから、あなたは私の他に、他の神々があってはならないと言われるのです。
 
 
Ⅱ:唯一の神を待ち望む(出32:1~6)

 しかし、モーセが山で十戒をいただいている間、民は大きな罪を犯してしまいます。民はモーセが山を下りて来るのを遅いのを見て、アロンのもとに集まって彼に言いました。
(出32:1)「さあ、私たちに先立って行く神を、造ってください。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか、私たちにはわからないから。」
 民はモーセがなかなか帰ってこないので不安になり、モーセの兄アロンに、目に見える偶像の神を造るように頼みました。本来ならアロンはモーセの助け手として、人々を説得し、モーセが帰って来るのを待たせるべきでした。しかし彼は民の圧力に負けてしまいました。アロンは人々に金の耳輪を持って来るように命じ、金の子牛を造るのです。
(4)「彼がそれを、彼らの手から受け取り、のみで型を造り、鋳物の子牛にしました。」子牛はエジプトにおいて神でした。民はそれを見て喜び(4)「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ。」と叫びました。これによって、早くも彼らは、与えられたばかりの十戒の、初めの二つを破ってしまったのです。その翌日、民はこの偶像の神にいけにえをささげ、「すわっては、飲み食いし、立っては、戯れた」のです。「戯れた」というのは不道徳な行為を示していると思われます。
 どうして、民はモーセの帰りを待てず、金の子牛を作ってしまったのでしょう?それはモーセがなかなか戻らないので、この先どうなるかいてもたってもいられず心配になってしまったからかもしれません。イスラエルの民にとって、モーセなき40日40夜はあまりにも長すぎました。彼らは忍耐して待つことができませんでした。そこで彼らはついに自分たちのために神を造ってくれとアロンに迫ったのです。
(へブル10:36)「あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」彼らには忍耐が必要でした。私たちは信仰者として忍耐して待つということが求められています。
 
 今日からアドベント(待降節)に入ります。救い主は預言の成就として、時が満ちてお生まれになりました。イスラエルの人々は長い間、メシヤを待ち望みました。
(マタイ1:20~22)「『ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。』このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。」
 イエスとは、「主は救い」という意味になります。神は人々を罪から救うためにひとり子をこの世にお与えになりました。このアドベントの時、私たちは主を待ち望みます。イスラエルの民は待てずして、自分たちで金の子牛を造り、都合のよい神にしてしまいました。唯一の神を信じ待ち望む者でありますように。

 
Ⅲ:唯一の神に立ち返る(11~14、31~32)

 この後、神はイスラエルの民の背信に対して烈火のごとく怒ります。神はこれらの民にさばきを下し、彼らを絶ち滅ぼすと言われましたが、その後のモーセの必死のとりなしの祈りによって、神はイスラエルを滅ぼすことを思いとどまります。とりなしの祈りというのは、本人に代わって、その人のために祈ることです。モーセは懸命に主に嘆願しました。 
(11~13)「もしイスラエル人を滅ぼされるなら、エジプト人が、『神は悪意をもってイスラエル人を連れ出したのだ』と言うでしょう。ですから、どうぞ燃える怒りをおさめてください。また先祖に対して、神が祝福すると言われた約束を思い出してください」

山から降りたモーセは民の堕落がはなはだしかったのを見て、神は災いを思い直すと言われたが、本当に大丈夫だろうかと不安を覚え、もう一度山に登り、民の罪のためにとりなしの祈りを捧げました。
(30)「あなたがたは大きな罪を犯した。それで今、私は主のところに上って行く。たぶんあなたがたの罪のために贖うことができるでしょう。」
「贖う」とは、捕えられている人を身代金を払うことによって解放することです。ある時は、誰かの命と引き換えにすることによって人の命を救うことです。
 モーセは主のところに戻って言いました。
(31~32)「ああ、この民は大きな罪を犯してしまいました。自分たちのために金の神を造ったのです。今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら―。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください。」
 モーセは神が本当に彼らの罪をお赦しになる気持ちがあるのかどうか、その答えを待っていたようです。しかし神からの答えはありませんでした。その後モーセは、「もしも民の罪を赦していただけないなら、私の名をあなたの書物から消してください」と言っています。彼はこの民が救われるためには、自分が滅んでしまってもかまわないとまで思っていたのです。ただ単に肉体が滅びるというだけではなく、神の書物から自分の名前が消されても構わない、すなわち、彼らの身代わりに自分が永遠の地獄に落とされても構わないと言っているのです。こんな不信仰な民のために、モーセはそこまで思っていたのです。はたして自分には、滅びゆく魂のために、モーセのような愛と重荷とをもって、とりなしているだろうかと反省させられます。

 モーセは、やがて来るべきキリストの型であり、キリストは私たちのためにとりなしの祈りをし、十字架にかかられ、全人類の罪を代わりに受けてくださいました。主イエスは十字架の上でこう叫ばれました。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)ご自分が十字架につけられているにもかかわらず、自分を十字架につけた人々のためにとりなしの祈りをしておられるのです。

 聖アウグスティヌスの母モニカのとりなしの祈り。
母モニカには悩みがありました。息子のアウグスティヌスが、まことの神様に従わず、放蕩な生活をしていたからです。彼女は息子のために祈り続けました。しかしアウグスティヌスは19歳で同棲して2人の子供をもうけました。また彼は善悪二元論を唱えるマニ教にのめり込み、ますます神から離れていきます。モニカはついに司祭のアンブロシウスに相談しました。アンブロシウスは彼女にこう言います。「安心して帰りなさい。涙の子は決して滅びることはありません。」そしてついに彼女のとりなしの祈りは聞き届けられました。彼が32歳の時、司祭から洗礼を受けました。モニカが天に召される1年前のことでした。彼が洗礼を受けるとモニカは「私がこの世に少しでも長く生きたいと願った望みは一つだけです。それは死ぬ前に、クリスチャンになったあなたを見ることでした」といって喜んだそうです。
 アウグスティヌスは母の献身的な愛と涙の祈りによって生まれ変わり救われました。私たち自身が救われたのも、誰か他の人が私のためにとりなしてくれたからです。今度は、私たちが、人々が唯一の神に立ち返るようとりなしていきます。
アドベントを迎えました。私たちの生活の中には多くの神々や偶像であふれています。そのような中で私たちが唯一の神を信じ、主のご降誕を待ち望みます。そしてこのクリスマス、私たちの周りのいる人たちが唯一まことの神様に立ち返るように、クリスマスの喜びをお伝えしていきましょう。
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11月18日 「あなたの神は私の神」

2018-11-20 10:58:19 | 礼拝
聖書:ルツ記1章

中心聖句(16)「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」
このことばはルツの信仰告白です。嫁のルツは自分の家に戻ることなく、イスラエルの神を信じ、姑のナオミが帰るベツレヘムについて行きました。そして彼女は異邦人でしたが、後に救い主イエス・キリストの系図に加えられる栄誉に預かります。


Ⅰ:ナオミの苦しみ(1~5)

(5)「こうしてナオミはふたりの子どもと夫に先立たれてしまった。」

(1)「さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それで、ユダのベツレヘムの人が妻と二人の息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにした。」
 ユダのベツレヘムの人の名はエリメレク、その妻はナオミ。二人の息子の名はマフロンとキルヨン、一家4人は、この地に飢饉があり、家族でヨルダン川の東、モアブに行きそこに滞在しました。
食糧のためにベツレヘムを離れ異教の地モアブに移り住みます。モアブ人は、ヨルダン川の東側に住み、アブラハムの甥のロト姉娘が父親によって身ごもった子モアブの子孫です。イスラエルとも親戚関係に当たります。生活のためとはいえ、モアブの地でしばらくの間住み着くのは決して楽なことではありませんでした。ベツレヘムで親しかった親戚や友人と別れ、環境の全く異なった外国の地で新しい人間関係を作らなければなりませんでした。
 今日日本では、仕事を求めて多くの国から来るようになりましたが、言葉の問題や慣れない環境での生活にはさまざまな苦労があることが想像できます。

 さらにナオミの身に思わぬことが降りかかります。
(3~5)「ナオミの夫エリメレクは死に、彼女とふたりの息子があとに残された。二人の息子はモアブの女を妻に迎えた。ひとりの名はオルパで、もうひとりの名はルツであった。こうして、彼らは約十年の間、そこに住んでいた。しかし、マフロンとキルヨンのふたりもまた死んだ。こうしてナオミは二人の子どもと夫に先立たれてしまった。」
モアブに住みしばらくして、ナオミの夫エリメレクは亡くなります。二人の息子はモアブの人と結婚し、約10年一緒に生活しますが、幸せは長くは続かず、その後二人の息子も亡くなってしまいます。ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、モアブの二人の嫁と残されることになりました。

(マタイ6:33)「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
エリメレクは生活が大変だったのでベツレヘムを離れ、食糧を求めて家族を連れてモアブの地に移り住みました。そこは異教の地であり、偶像が崇拝され、まことの神のいないところでした。ベツレヘムは飢饉があり生活は大変でしたが、神が共にいる所でした。何を第一とするか、何を一番大切にするかが問われています。

 
Ⅱ:ルツの堅い決心(6~18)

(16)「あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」

(6)「そこで、彼女は嫁たちと連れ立って、モアブの野から帰ろうとした。モアブの野でナオミは、主がご自分の民を顧みて彼らにパンを下さったと聞いたからである。」
 途方に暮れていたナオミでしたが、エルサレムで飢饉が終わったことを聞き、ナオミは二人の嫁を連れてモアブからエルサレムに帰る決心をします。
ナオミは道の途中で思い立ったように二人の嫁に話しかけます。
(8~9)「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、亡くなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、あなたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように。」
 何を思ったか、ナオミは二人に自分の家に帰るように勧めます。二人がナオミや夫にしてくれたように、神様が祝福してくださり、新たな幸せな家庭を築くようにと。二人はまだ若いし、再婚して新たな家庭で幸せを見つけてほしかったのです。ナオミの勧めに嫁たちは声を上げて泣き、(10)「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたといっしょに帰ります。」と言いました。二人の嫁は家に帰ろうとせず、ナオミについて行こうとしました。二人がついて行こうとした背景には、当時の律法で、残された妻は、亡くなった者の兄弟がその妻をめとり、夫の家族以外のところにとついではならないという決まりがあったからです。
 ナオミは二人を説得します。(11)「帰りなさい。娘たち。」あなたたちが自分と一緒に帰ったとしても、自分のお腹の中に、嫁たちの夫になるような息子たちがいるわけでもありません。たとい今晩でも夫を持ち、息子たちを産んだとしても、息子たちが成人するまで待つことはできません。二人が再婚できる可能性はほとんどないので、ナオミは二人の幸せを第一に考えて帰るように勧めました。
 
彼女たちはまた声を上げて泣き、オルパはしゅうとめに別れの口づけをして、自分の実家に帰って行きました。しかし、ルツはナオミの再度の勧めにも応じず、別れようとはしませんでした。ルツはきっぱりと次のように言います。
(16~17)「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」
ナオミは、ルツが自分といっしょに行こうと堅く決心しているのを見ると、もうそれ以上何も言いませんでした。なぜルツはそのように言えたのでしょう。姑についていくことは苦労が予想されました。どうして住み慣れた故郷を捨ててまでしてナオミの行く所についていこうとしたのでしょうか?

夫や姑との生活が彼女の心に消しがたい印象を与えていました。彼らは何かが違う、モアブ人にはない何かがあると感覚的に感じていました。またイスラエルの神とモアブの偶像神との違いを感じていました。モアブにはバアル・ペオルという神々がいましたが、ルツはイスラエルの聖なるきよい神に心惹かれていきました。モアブで共に過ごす間、ルツはナオミの純粋な信仰を受け継いだのでしょう。それゆえ、「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」と告白することができたのだと思います。

 弟嫁のオルパはモアブの実家に帰って行きました。しかし兄嫁のルツはナオミと一緒にベツレヘムに行きました。帰るかついて行くかの二者択一。異邦人のルツにとってイスラエルに姑と一緒に行くことは、苦労することが目に見えていました。しかしルツは信仰によってそれを選び取ります。私たちも道を選択する岐路に立たされる時があります。
(マタイ7:13~14)「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこからはいって行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。」
 狭い門から入るとは、この世の価値観に生きるのではなくて、福音を聞いてイエスを救い主として信じることを指しています。ルツはモアブには戻らす、イスラエルの人たちと共に、イスラエルの神を信じていくことを決意しました。目に見える所ではなく、神を信じる道を選択しました。私たちは何を第一として、何を選択するかが問われています。

 
Ⅲ:ルツはナオミと一緒にベツレヘムへ(19~22)

(20)「私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。」

 それから、二人は旅をしてベツレヘムに到着します。すると町中が騒ぎ出し、驚いて彼女を迎えました。人々は(19)「まあ。ナオミではありませんか。」と声をかけます。
(20~21)ナオミは彼女たちに「私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。全能者が私をひどい苦しみに会わせたのですから。私は満ち足りて出て行きましたが、主は私を素手で帰されました。なぜ私をナオミと呼ぶのですか。主は私を卑しくし、全能者が私をつらいめに会わせられましたのに。」
 「ナオミ」とは「楽しみ」、「マラ」とは「苦しみ」という意味。私をナオミと呼ばないで、マラと呼んでください。満ち足りて出て行った自分を、主は何も持たせずに素手で帰し、つらい目に会わせたのですから。
 「全能者が私をひどい苦しみに会わせた」「主は私を素手で帰されました」と繰り返すナオミは、ただ神への不満を言っているようにも聞こえますが、全能の主の大きな力がすべてを動かしていて、そのお方の前に自分は何もすることができないという思いがあったのだと思います。

1章は(21)「全能者が私をつらい目に会わせられた」という、希望がないナオミのことばで終わっているように読めます。しかし、ナオミとルツに対する神の御業はここから始まっていきます。大麦の刈り入れが始まったその頃、神の御手もまた動き始めていきます。
 マタイの福音書の初めに救い主の系図が記されています。
(マタイ1:5~6)「サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれた。」
 ボアズもルツも救い主の先祖の一人に数えられています。絶望の中うつろな姿でモアブから帰って来て、私をナオミ(楽しみ)ではなく、マラ(苦しみ)と呼んでくださいと願ったナオミ、また日ごとに他人の畑に行き、落穂を拾い集めて糧としなければならなかったルツ、このような人たちがやがて救い主イエス・キリストの先祖の一人に数えられ、その名を永遠に残すことになります。すべての主権を持っておられる全能の神が、その大きな力をもって、ナオミとルツの人生を動かしていきました。私たちの上にも、全能の神はその大いなる力をもって臨んでいてくださるのです。主は私たちの人生を希望に満ちたものにしようと働いておられます。

 ルツにとってナオミに従い、ベツレヘムで生活することは決して楽なことではありませんでした。それでもルツは自分の十字架を負い従って行き、時代は進みますが、救い主の系図に入れられるという祝福に預かりました。

(マタイ16:24~25)「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。」
 一人ひとり負うべき十字架があります。重荷が重すぎて耐えられない、すべてを放り投げだしたいと思い、この世の中に解決を求めたいと思うかもしれません。しかし十字架を背負い切れず世の中に出て行くのではなく、最後まで神様に従って行くのが祝福の道であることをルツの生涯から教えられるのです。

 ルツが「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」と告白してナオミに従って行くことを選んだように、私たちも自分の十字架を負い、まことの神に最後まで従ってまいりたいと思います。
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11月4日 「力ある勇士よ」

2018-11-09 11:52:53 | 礼拝
聖書:士師記6:11~24 「力ある勇士よ」

中心聖句(13)「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
主はギデオンをイスラエルを救う指導者として選びました。ギデオンには大きな重荷となり、最初受け止められませんでしたが、主が共におられることを確信し、勇士として立ち上がっていきます。


Ⅰ:イスラエルの苦難

(1~2)「イスラエル人はまた、主の目の前に悪を行った。そこで、主は七年の間、彼らをミデヤン人の手に渡した。こうして、ミデヤン人の勢力はイスラエルを押さえたので、イスラエル人はミデヤン人を避けて、山々にある洞窟や、ほら穴や、要害を自分たちのものにした。」
カナン征服後、新しい世代に移っていくと、次第に彼らの生活にはカナンの偶像が入り込むようになりました。神から離れ、主の目の前に悪を行い、そのため、7年の間、ミデヤン人に攻め込まれ苦しめられることになります。イスラエル人はミデヤン人を避けて山の洞窟や洞穴に身を隠しました。
(3~4)「イスラエル人が種を蒔くと、いつでもミデヤン人や、アマレク人や、東の人々が上って来て、イスラエル人を襲った。そしてイスラエル人に対して陣を敷き、その地の産物を荒らして、ガザに至るまで、イスラエルに羊や牛やろばのためのえささえも残さなかった。」
ミデヤン人は典型的な遊牧民であり、数えきれないほどのらくだに乗り、自分たちの家畜と天幕を持って移動しました。彼らはイスラエル人たちを滅ぼすためにやってくるのではありません。彼らは収穫の時期を見計らって襲い、その地の産物や家畜を奪って行きました。
(6)「それで、イスラエルはミデヤン人のために非常に弱くなっていた。すると、イスラエル人は主に叫び求めた。」
 彼らは悔い改めて主に叫び求めます。そして主はイスラエルを敵から救う指導者ギデオンを起こされました。
士師記のパターン: 背信と堕落 → 主のさばき(異教の民による圧迫) → 悩みと回心 → 主への叫び →士師(救助者)  この繰り返し


Ⅱ:臆病なギデオン

イスラエルを救う指導者としてギデオンが立てられました。ギデオンはどのような人物でしょうか。(11)「さて主の使いが来て、アビエゼル人ヨアシュに属するオフラにある樫の木の下にすわった。このとき、ヨアシュの子ギデオンはミデヤン人からのがれて、酒ぶねの中で小麦を打っていた。」
 「ミデヤン人からのがれて」ミデヤン人はイスラエル人が種をまき、手入れをし、収穫時になってこれを収穫しようとする時に襲ってきました。それが7年間も続いていて、イスラエル人はすっかり弱り果てていました。ギデオンは彼らの攻撃を避けて、酒ぶね(さかぶね)の中でこっそり麦を打つ臆病な者でしかありませんでした。「酒ぶね」は普通、2平方メートル、深さ60センチほどの自然の岩に掘られた穴で、そのような狭い場所でこっそりと身をひそめていました。ですから、決して勇士と呼ばれるような人物ではなかったのです。

主の使いはギデオンに声をかけられました。
(12)「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
最も新しい訳の「新改訳2017」では、「力ある勇士よ」と訳されています。勇ましい勇気ある強い人のことです。敵の襲撃を恐れて一人酒ぶねの中に隠れているような臆病なギデオンに、主の使いは「勇士よ」と声を掛けられたのです。これは本人も全く予想だにしていないことでした。勇士とは全く逆のような自分のことを「勇士」というのですから驚きです。
また、「主があなたといっしょにおられる。」と言われました。
ギデオンはすかさず疑問を持って訴えかけます。
(13)「ああ、主よ。もし主が私たちといっしょにおられるなら、なぜこれらのことがみな、私たちに起こったのでしょうか。私たちの先祖たちが、『主は私たちをエジプトから上らせたではないか。』と言って、私たちに話したあの驚くべきみわざはみな、どこにありますか。今、主は私たちを捨てて、ミデヤン人の手に渡されました。」
 ギデオンは、主がもし私たちといっしょにいるなら、どうして今こんなみじめな状況なのか、先祖たちがエジプトから救い出されたあの驚くべき御業はどこにあるのか、今私たちは主に見捨てられてしまっているのではないかと訴えています。イスラエルの現実からは、とうてい信じられないことばでした。
 私たちにもそのようなことがあると思います。今、自分が置かれている状況を見る時に、とうてい、主が共におられるとは思えないと思うかもしれません。しかし、主はそのような中にあっても、「勇士よ。主がいっしょにおられる」と言われるのです。

(14)「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」
(15)「ああ、主よ。どうすれば私はイスラエルを救えるでしょうか。ご存知のように、私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」
 
 主は「あなたのその力で行け」と言われます。しかしギデオンは「どの力」でと聞き返します。どこにそんな力があるのですか。私の氏族はマナセの中で最も弱く、私は父の家で一番若いのです。誰も私の命令に従ってくる人はいないでしょう。しかし、あなたのその力のままで大丈夫と言われるのです。もっと力をつけないといけないというのではありません。今あるその力で行って、イスラエルをミデヤン人から救えと言われるのです。

パウロは次のように言われます。
(Ⅱコリント12:9~10)「主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら私が弱いときにこそ、私は強いからです。」
 パウロの場合は肉体的な弱さがありました。また様々な困難を通り弱くされました。しかし彼は神の力が自分の弱さのうちに完全に現れるから、弱いときこそ強いと言われたのです。
 
主はギデオンに、「あなたのその力」で行きなさいと言われました。自分には力がありません。弱い者です。しかし、その力で行きなさいと言われるのです。私があなたを遣わすのであり、弱さのうちに私の力が現されるからです。


Ⅲ:しるしを求めるギデオン

(16)「わたしはあなたといっしょにいる。だからあなたはひとりを打ち殺すようにミデヤン人を打ち殺そう。」
 主はあなたといっしょにいると。だから、あなたはその力でミデヤン人を打つことができると言われたのです。ギデオンは臆病な者でしたので、本当に主が一緒にいるかどうかを確かめるためにしるしを求めました。

(17~18)「お願いです。私と話しておられるのがあなたであるというしるしを、私に見せてください。どうか、私が贈り物を持って来て、あなたのところに戻り、御前にそれを供えるまで、ここを離れないでください。」
 主はこの願いを快く受け入れてくださいました。ギデオンは家に入り、山羊の子を料理し、種を入れないパンを焼き、それを持っていきました。彼は神の使いが命じるままに、肉と種なしパンを岩の上に置き、その上に肉汁を注ぎました。主の使いが持っていた杖を伸ばしてその供え物に触れると、たちまち、火が岩から燃え上がって、それらのものを焼き尽くしてしまいました。すると主の使いは去って見えなくなりました。それで、この方が主の使いであることが分かりました。
(21~22)「主の使いは去って見えなくなった。これで、この方が主の使いであったことがわかった。」
 
 この後、ギデオンは自分の家から偶像を取り除き、戦いに備えました。しかしギデオンはもう一度、本当にあなたであるかとしるしを求めたのです
(36~40節)、「もしあなたが仰せられたように、私の手でイスラエルを救おうとされるなら、今、私は打ち場に刈り取った一頭分の羊の毛を置きます。もしその羊の毛の上にだけ露が下りていて、土全体がかわいていたら、あなたがおことばのとおりに私の手でイスラエルを救われることが、私にわかります。」
 するとそのようになりました。羊の毛の上だけに露がおり、土には降りていませんでした。またギデオンはもう一度試み、今度は、羊の毛だけがかわいていて、土全体に露が下りるように願うと、神はそのようにされました。
ギデオンはこの2回のしるしで、主が私と共にいてくださり、自分の手でイスラエルを救おうとされることを確信しました。ギデオンは臆病な者だったので、本当に自分がイスラエルを敵の手から救い出すことができるのか、ミデヤン人を打ち負かすことができるのか信じられませんでした。そのため、2度もしるしを求めたのです。しかし彼は、神様が自分といっしょにいると確信することができて、イスラエルを救う士師とて立ち上がっていくことができたのです。

 私たちも時に、あまりにも大きな問題や重荷を担う時に、「わたしにはできない」「自分には無理」とおじけづいてしまうことがあります。主はギデオンに呼びかけたように、私たちに「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」と呼びかけておられるのです。主がいっしょにいてくださるのでできるのです。勇気を持ってお応えしていきましょう。「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」
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10月7日 「備えられた道」

2018-10-08 18:09:26 | 礼拝
ヨシュア記3章6~17節

ヨシュアとその民はいよいよ神が与えると約束した地カナンに入って行きます。しかしそのためには、ヨルダン川を渡らなければなりませんでした。直面する困難の中、ヨシュアとイスラエルの民は、主に守られ、道が備えられて、約束の地へと導かれます。


Ⅰ:主が先立って行く

 ヨシュアは朝早く、イスラエルの人全部と一緒に、シティムを出発してヨルダン川の川岸まで行き、川を渡る前そこに3日滞在しました。
(3~4)「あなたがたは、あなたがたの神、主の契約の箱を見、レビ人の祭司たちが、それをかついでいるのを見たなら、あなたがたのいる所を発って、そのうしろを進まなければならない。あなたがたと箱との間には、約二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない。それは、あなたがたの行くべき道を知るためである。あなたがたは、今までこの道を通ったことがないからだ。」
民が命令されたことは、主の契約の箱を見て、宿営を出発し、契約の箱を見て進めと言うことでした。主の契約の箱をかつぐ祭司たちが先頭に立ち、民はその後をついていきます。「主の契約の箱」の中には、主がモーセに与えた十戒を刻んだ二枚の石の板が納められていました。神が民の先頭に立って行かれます。
 民と箱との間には、二千キュビト、約900メートルの距離をおかなければならず、それに近づいてはなりません。イスラエルはこの聖なる箱を見ながら進んで行きます。こうして、主が彼らの先頭に立って進み、行くべき道を導かれます。全イスラエルがヨルダン川を渡るという特別な経験は全く未知なるものでした。私たちが今まで通ったことがない新しい道を主は先頭に立って導かれます。

詩篇119:105「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」
 私たちはどっちを選んだらよいか、どっちの道を進んで行ったらよいか迷うことがあります。聖書のみことばは私の足のともしび、私の道の光となってくれるのです。「ともしび」とは、ずっと先を照らすのものではなく、足元を照らす灯りです。遠い未来のこともそうですが、今直面していることについて、これから進む道を照らす光となってくれるのです。イスラエルの民を約束の地に導き入れた主は、私たちが行く正しい道を教えてくださいます。


Ⅱ:主が共にいる

(7~8)「きょうから、わたしはイスラエル全体の見ている前で、あなたを大いなる者としよう。それは、わたしがモーセとともにいたように、あなたとともにいることを、彼らが知るためである。あなたは契約の箱をかつぐ祭司たちに命じてこう言え。『ヨルダン川の水ぎわに来たとき、あなたがたはヨルダン川の中に立たなければならない。』」
 主はヨシュアを大いなる者とすると約束されました。この奇蹟を通して、主がヨシュアと共にいて、指導者として立てられていることを民が知り、信頼するようにされます。
(10~11)「生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。」
生きて働かれる神があなたがたと共におられます。カナンの地には多くの力強い先住民が住んでいましたが、神は生きて働かれ、あなたがたの前からすべて追い払われます。主がヨシュアとその民と共にいたように、私たちと共にいてくださるのです。

(1:9)「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」
主はヨシュアに「強くあれ。雄々しくあれ、恐れてはならない。おののいてはならない。」と励ましを与えます。ヨシュアの心の中は不安や恐れでいっぱいでした。大丈夫だろうかと恐れおののいていました。今ヨシュアはモーセの後、民を率いるリーダーとして立てられました。すでに40年前に、ヨシュアはカナンの地を偵察したメンバーの一人でした。カナンの地が乳と蜜が流れる豊かな地であると同時に、そこに住む者たちは背が高く、力強いことも知っていました。自分たちがいなごのように見えたとも言っています(民数記13)。またイスラエルの民の不信仰やかたくなさも見てきました。ヨシュアの心は不安と恐れで覆われていました。神さまはそのことをよくご存知であり、わたしがあなたと共にいる。「強くあれ。雄々しくあれ。」と励まされるのです。

(ヨハネ14:27)「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がせてはなりません。恐れてはなりません。」
「わたしの平安」イエス様自身がいただいている平安です。そしてイエス様が共におられるところの平安です。それは状況に左右されることのない平安です。私たちもさまざまな状況の中で、不安や恐れの中を通って行くことがあります。イエス様の平安で心を満たしてください。


Ⅲ:主が道を備える

 イスラエルの民はヨルダン川を渡ろうとして天幕を出発し、祭司たちが契約の箱をかつぎ、民に先立って行きました。
(15~17)「箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、―ヨルダン川は刈り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだが―上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。主の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡り終わった。」
 この時期は、刈り入れの季節で、雪解け水のため、曲がりくねった細い川の流れではなく、外側の広い両岸いっぱいにまで広がり、水量は多く、勢いよく流れていました。アダムの町はヨルダン川のほとりにあって、そこで川の水がせき止められ、死海に下る水は完全にせき止められました。

川の水がせき止められたのは、いろいろな説明がなされますが、急に山崩れが起こって、一時川の水がせきとめられたとも言われます。しかしヨシュアと民が渡ろうとした時に、せきとめられたのは、モーセとその民が紅海を渡ったときのように、奇蹟としか言いようがありません。渡ろうとして一歩踏み出したときに、川はせき止められたのですから。

ある牧師は、信仰について次のように述べています。
「川の水がかれてから渡ることは困難なことではありません。しかし、神の言葉を信じて、川の水がいまだ両岸に満ちている時に、神の言葉を信じて、足を水ぎわに入れることは難しいことです。しかし、信仰とはそのことであり、聞いた御言葉に従うことです。現状がどうであれ、神を信じ従っていくことです。そしてそのとき神の栄光を見ることができるのです。
神はその状況を創造された方であり、その状況を変えることができる方である。たとい造られた世界がどのようであろうと、私たちは驚いてはならず、どんなときにも、状況を造られた方は、それを変えることができるのであり、その方のお言葉を信じ拠り所とするところに、私たちの信仰がある。」と。

この箇所から教えられるのは、どんな状況でも主に信頼していくならば状況が変えられ、道が開かれていくということです。
2000年7月、韓国の女子大生イ・チソンさんは、交通事故で全身大やけどを負いました。親指を除く8本は切断され、顔が完全に変わってしまいました。意識を取り戻した彼女はこう言いました。「お兄ちゃん、こんなになって、とても生きていけないわ。私を殺して。」治療は壮絶なものでした。目を覆いたくなるような治療を終え、事故から7か月後、チソンは退院することができました。しかし、彼女はやけどを負った顔を受け入れることができませんでした。教師になりたかったチソンは子どもたちから「怪物」と呼ばれたのです。「いっそ死んでしまえばよかった」と思うこともありました。極力自分の顔を見ないようにしましたが、苦しい気持ちに打ち勝つため、チソンは鏡に映る変わり果てた自分に手を振り、こう話しかけました。「こんにちは、イ・チソン。」すると、鏡の中のチソンも挨拶を返しました。「チソン、愛してるわ。」こうして少しずつ新しい自分を受け入れられるようになっていったのです。
そして事故から5年後の秋、チソンさんはリハビリテーション・カウンセリングを勉強するために、ボストン大学院に入学しました。リハビリテーション・カウンセリングとは、障害者となった人たちの心を癒すことを目的とするものです。彼女は自分と同じ苦しみにあっている人たちのために何かできることをしてあげたいと願うようになりました。絶望の淵を通った彼女の人生はまた新しく始まりました。
「私は今、しあわせ」と言います。神様はいつもチソンと一緒にいてくださった、愛し、慰め、励ましてくださいました。神様が共にいてくださると思うと、苦しく泣くことがあっても、不思議な平安で心が満たされたのです。

(Ⅰコリント10:13)「あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会せるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」
主は試練とともに、脱出の道をも備えてくださいます。ヨルダン川の水をせき止め、乾いた地を表し、道を備えられた主は、私たちのためにも道を備えてくださいます。水の中に一歩足を踏み入れた時、不思議が起こったように、私たちの生涯にも御業を表してくださるのです。生きて働かれる主を信じます。行く道を導きください。
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9月30日 主がともにおられる

2018-09-30 22:23:34 | 礼拝
民数記13章25節~14章9節


(14:9)「主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」
約束のカナンの地に入る前に、ヨシュアとカレブが恐れるイスラエルの会衆に対して語ったことばです。カナンの地に入って行くのは、私たちだけではない、主が共におられるのだ。そして主が成し遂げてくださるのです。だから恐れてはなりません。私たちも一人で進んでいくのではありません。主が共におられるのです。今日はこのみことばを中心に見ていきます。


Ⅰ:背の高い民と町の城壁(13:25~29)

今日は、カナン偵察と言われる箇所です。イスラエルの民がいよいよ約束の地カナンに近づいた時、バランの荒野で、主はモーセに、各部族から一人ずつ選び、カナンの地を調査・偵察するように命じられました。神がイスラエル人に与えようとしているカナンがどんな所か探らせるためでした。十二部族から一人ずつ選び、12人を偵察隊として派遣しました。
そして調査内容については、①住民について。ネゲブの山地に住んでいる民が強いか弱いか、少ないか多いか。②住居について。宿営か城壁の町か。③土地について。肥えてい
 
12人の偵察隊は、モーセの命令に従い、パレスチナの南の端から北の端まで行き巡りましたが、その詳細については明らかにされていません。彼らは出発してから40日後にモーセと会衆のところに戻って来ました。そしてその地で穫れた果物を見せて報告しました。
(27)「私たちは、あなたがお遣わしになった地に行きました。そこにはまことに乳と蜜が流れています。そしてこれがそこのくだものです。」
 その土地は、「乳と蜜が流れる」肥沃で豊かな土地でした。その証拠に取ってきた果物を見せたのです。ちょうどこの季節7~8月は、初ぶどうの熟する頃でした。

次に、そこに住む住民と町の様子について報告しました。
(28~29)「しかし、その地に住む民は力強く、その町々は城壁を持ち、非常に大きく、そのうえ、私たちはそこでアナクの子孫を見ました。ネゲブの地方にはアマレク人が住み、山地にはヘテ人、エブス人、エモリ人が住んでおり、海岸とヨルダンの川岸にはカナン人が住んでいます。」
 そこには、「アナクの子孫」が住んでいました。アナク人は背が高い力強い民族でした。その子孫が山や海、川沿いなど至る所に住んでいたのです。そして町々はとても大きく城壁に囲まれていました。
 以上が偵察隊の報告ですが、イスラエルの全会衆は、その報告を聞きながら、現実を知り恐れを感じたことでしょう。いよいよ約束の地に入ろうとする時に、その地には背の高い力強い民がいて、町は城壁に囲まれていたのですから。目の前に立ちはだかる高い壁に押しつぶされそうでした。
 私たちも日常生活の中で、将来のことや健康のこと、また仕事のことなどで、現実に押しつぶされてしまいそうになることがあるでしょう。


Ⅱ:必ずそれができるから(13:30~33)

(30)「そのとき、カレブがモーセの前で、民を静めて言った。『私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。』」
 イスラエルの会衆からつぶやきと嘆きが起こるなか、カレブはモーセの前で、民を静めて語りました。私たちは必ず上って行くべきだ、かの地を所有すべきだ、なぜなら、かの地を必ず所有することができるのだからと説得しようとしたのです。「新改訳2017」では、「必ずそれができるから」は「必ず打ち勝つことができます」と訳されています。カレブの発言は、主の名も信仰も出てきませんが、信仰を土台としていることは明らかでした。
 しかし、他の10人は(31)「私たちはあの民のところに攻め上れない。あの民は私たちより強いから。」また(32)彼らは偵察した土地について会衆に悪く言いふらしていました。その地は戦乱の地であり、「私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。」(33)「私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」と、「新改訳2017」では、「いなご」が「バッタ」と訳されています。彼らの前では自分たちがいなごやバッタのような小さな者に見え、とても戦える相手ではないと言い広めたのです。

カレブは勇気がある実直な人だと思います。10人の偵察隊と全会衆が消極的な否定的な態度の中、彼は声を上げて、「必ずそれができるから。」と言いました。いつの時代もそうですが、数の多さや強さに流されてしまいやすいですが、カレブは自分の心に正直に正しいと思ったことを勇気を出して話しました。
カレブは晩年次のように語っています。
(ヨシュア14:10)「今、ご覧のとおり、主がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせてくださいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。」
(11)「しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。」
(12)「どうか今、主があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。あの日、あなたが聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があったのです。主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことができましょう。」
 この時、カレブは85歳になっていましたが、カナン偵察に行った40歳の時と同じように、壮健で、困難に立ち向かう勇気を持っていました。それは、「主が共にいてくだされば」というのが条件でした。「神が共にいてくださる」ことが、カレブに困難に立ち向かう勇気と力を与えていたのです。信仰は私たちに勇気と積極性を与えます。
 
10人の偵察隊は背の高い人たちを前に「自分がいなごのように見えた」と言っています。私たちはしばしば、大きな問題にぶつかる時に、自分の弱さ、無力さに気づき、そのように思うことがあるでしょう。神を見失ってしまうと、現実だけがどんどん大きく見え、自分がむやみに小さくいなごのように見えてきます。どんなときにも、神様が共にいることを信じ、そこに望みをおいて生きる時、たとい自分がいなごのようであっても、巨人に向かって行くことができるのだと思います。カレブは共におられる主を信じていたので「私たちはぜひとも、上って行って、そこを占領しよう。必ずそれができるから。」と言うことができたのです。私たちも信じてそのように言いたいものです。
(Ⅰヨハネ5:5)「世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。」


Ⅲ:主がともにおられる(14:1~9)

 イスラエルの全会衆は12人の斥侯の報告を聞いて、大声をあげて一晩中泣き明かしたと書いてあります。また、彼らはモーセとアロンにつぶやきました。
(2~3)「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとされるのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちにとって良くはないか。」
(4)「さあ、私たちは、ひとりのかしらを立ててエジプトに帰ろう。」
 イスラエルの全会衆は、ヨシュアとカレブの意見ではなく、他の10人の斥侯の意見に同調しました。彼らは不平不満を言い、モーセではなく、別の人をリーダーとして立ててエジプトに帰ろうとまで言いました。

 モーセとアロンは、全会衆のつぶやきを聞いた時、とっさに神の前にひれ伏し祈りました。ヨシュアとカレブは自分の衣を引き裂き、会衆を懸命に説得しようとしました。
(7)「私たちが巡り歩いて探った地は、すばらしい良い地だった。」
(8)「もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には乳と蜜とが流れている。」
(9)「ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」
 ヨシュアもまた、信仰の人でした。主が共におられるので、彼らを恐れてはならないと伝えたのです。しかし、全会衆は聞き入れず彼らを石打にしようとしました。このことが原因で、イスラエルの民は約束の地に入るまでに、10日余りで行けるところを、40年間荒野を放浪することになるのです。

 新約聖書からマタイの福音書8章:23~27節を開きます。
「イエスが舟にお乗りになると、弟子たちも従った。すると、見よ、湖に大暴風が起こって、舟は大波をかぶった。ところが、イエスは眠っておられた。弟子たちはイエスのみもとに来て、イエスを起こして言った。『主よ。助けてください。私たちはおぼれそうです。』イエスは言われた。『なぜこわがるのか、信仰の薄い者たちだ。』それから、起き上がって、風と湖をしかりつけられると、大なぎになった。人々は驚いてこう言った。『風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。』

 イエス様と弟子たちを乗せた舟は、突然の暴風雨で沈みそうになります。弟子たちは寝ているイエス様を起こし、「おぼれそうです。助けてください。」と叫びました。するとイエス様は弟子たちの信仰をたしなめ、風と湖をしかりつけ嵐は静まりました。
 私たちは、神様を信じていましても、さまざまな試練に遭います。しかし、私たちにとって大きな違いは、私たちが一人で歩んでいくのではなく、イエス様が共に歩んでくださるということだと思います。私たちの人生を左右するのは、問題そのものではなく、その問題をどのように受け止めていくかということです。問題ばかり見ていくなら、心は恐れに支配されてしまいます。しかし「主は私とともにおられる」、この状況から助けてくださると信じていくなら、必ず神は道を開いてくださいます。私たちは人生の小舟に乗る時に、決して一人ではなく、いつもイエス様が同船しているのです。

最後に、オリンピックでの陸上競技であった話を紹介します。
1992年バルセロナ・オリンピック、陸上男子400m準決勝のレースでのことです。優勝候補だった英国代表のデレク・レドモンドは、最初は順調に走っていましたが、160m付近で突然右足にけいれんを起こし、動けなくなりその場でうずくまってしまいます。他の選手たちがゴールし終わったその時、デレク選手は立ち上がり、足を引きずりながら、自分のコースを守り必死にゴールを目指して走り続けます。最終コーナーにさしかかった時、係員の制止を振り切って一人の男性がコースに乱入してきました。レドモンド選手のお父さんでした。息子の姿を見かねて走り寄ってきました。お父さんは息子の肩を抱きかかえ「もう走らなくてもいいんだよ」と言うと、デレクは泣きながら、「いや、やらなきゃいけないんだ」と答えます。父は泣きながら行こうとする息子と一緒にトラックを歩き始めました。レドモンド選手はこれまで何度か怪我に泣いてきました。その度に父親のジムさんに励まされやっと手にしたオリンピックでした。父親のジムさんも同じ思いでオリンピックにやってきました。スタートしてから、2分47秒、6万5千人の拍手に迎えられたゴールでした。
レース後のインタビューで、お父さんは「これまで一緒にやってきたから、あの瞬間じっとしてられなかった。」と振り返ります。「最後まで走り抜こうとした息子を誇りに思う。」と語りました。
同じように、天の父なる神様は私たちが人生のゴールを迎えるまで共にいて励まし支え、そして私たちを誇りに思い「よくやった。良い忠実なしもべだ。」と言ってくださるのです。
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9月16日敬老の日礼拝 「いのちのパン」

2018-09-17 11:58:59 | 礼拝
聖書:出エジプト16:11~21   

「森永マンナ」というお菓子をご存知ですか?「マンナ」とは、旧約聖書「出エジプト記」に出てくる神様が与えてくださった糧「マナ」にちなんでつけられました。この「マンナ」の箱の側面に「マンナ」の由来が次のように書かれています。「マンナという語は旧約聖書にある“神の荒野をさまよえる民に与え給うた愛の食べ物mannaマナにちなんでいます”」今日は、愛の食べ物マナについて見ていきます。


Ⅰ:イスラエルのつぶやき

イスラエルの全会衆がエジプトを旅立ち、シンの荒野に入った時、イスラエルの全会衆はモーセとアロンにつぶやきました。
(3)「エジプトの地で、肉なべのそばにすわり、パンを満ち足りるまで食べていたときに、私たちは主の手にかかって死んでいたらよかったのに。事実、あなたがたは、私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせようとしているのです。」
 エジプトを出てからしばらく経ち、食べる物がそこをついていました。200万人以上の人々の食糧を確保することは大変なことでした。彼らは奴隷の身分だったので、実際にはエジプトで肉なべを食べ、パンに満ち足りていたわけではなかったでしょう。むしろむちで打たれながら苦役を課せられていたのです。しかし彼らはそこから救い出されたことを忘れてしまい、早くも不平不満を言うようになっていました。
(2)「イスラエル人の全会衆は、この荒野でモーセとアロンにつぶやいた。」と記されています。「つぶやく」は、tweetするということですが、小鳥がさえずるように、ぶつぶつと小さい声で一人ごとを言うようなことです。新改訳2017では、「不平を言った。」と訳されています。「つぶやき」よりも、もっとはっきりとしたことばが使われています。また、「全会衆」とありますように、一人二人ではなく、全会衆が一つとなって、モーセとアロンに不平を言ったのでした。
 
イスラエルの会衆はどうしてつぶやいたのでしょうか?それは、目の前の問題に捕らわれて、目の前のことしか見えなかったと言えると思います。エジプトから解放された祝福、以前神様が良くしてくださったことを忘れてしまっていたのです。一方、モーセはどうだったでしょうか?モーセは解決策を持っていたわけではありませんが、これまでの経験を通して、神が導き出したご自分の民を荒野で飢え死にさせるようなことは決してなさらないという確信がありました。
(詩篇103:2~5)「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。あなたの若さは、わしのように、新しくなる。」
 そしてモーセは、イスラエルの民のつぶやきを聞いた時、すぐに神に祈ったことでしょう。本来、食料が不足した時、イスラエルの民がすべきことは、モーセにつぶやくのではなく、神様に祈るべきだったのだと思います。これまで守り助けてくださった神様は、これからも私たちを守り続けてくださいます。


Ⅱ:愛の食べ物マナ
 
イスラエルのつぶやきを聞かれた神は不思議な食べ物を用意されました。主はモーセに告げて言われました。
(12)「わたしはイスラエル人のつぶやきを聞いた。彼らに告げて言え。『あなたがたは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンで満ち足りるであろう。あなたがたはわたしがあなたがたの神、主であることを知るようになる。』」
神はイスラエルをあわれみ、天からパンを降らせるようにしました。

天からのパンとは、どのような物でしょうか。
(13~15)朝、彼らが目覚めて外に出ると、宿営の周りの露が上がった後に、地面には、白い霜のような細かい物、うろこのような物がありました。本当に天からパンが降ってきたのです。イスラエル人にとっては初めて見る物でした。イスラエルの民はこれを見て、「これは何だろう」と言い合いました。「これはマナである。」とも訳すことができます。モーセは民衆にこれは神が私たちに与えてくださったパンだと説明しました。
(16~21)そこで主は集め方を命じられました。それぞれ自分の食べる分だけ集めるように。一オメルは、2.3リットルです。人数に応じて一日の必要な分だけ集めるようにと言われました。このマナは、毎日その日の食べる分を集めなければならず、翌日の分まで集めておくことは許されませんでした。またその日の分はその日に食べなければなりませんでした。ところが、神の指示に従わず、翌日まで残しておいた者は、翌日マナを集めないで、それを食べようとしたところ、虫がわいて腐っていて、食べることができませんでした。味はどんな味だったのでしょう?味は、蜜を入れたせんべいのよう(31)、またクリームの味のようと記されています。今でいうウェハースのような食べ物かもしれません。このマナは、安息日を除けば、一日たりとも決して止むことはありませんでした。この天来のパンは、彼らがカナンの地に入るまで毎日続きました。

アンパンマンの生みの親、漫画家のやなせたかしさんは、2013年94歳で召されました。
アンパンマンの顔は真ん丸いあんパン。格好はよくないし、顔が水にぬれると力がなくなってしまいます。自分自身弱さを持っていますが、それでも困っている人に出会うと、自分の顔を食べさせ、ぼろぼろになっても人を助けます。戦争を通られた、やなせさんは、戦後、勧善懲悪のかっこいいヒーローはたくさんでましたが、本当のヒーローは飢えや苦しんでいる人を助ける人であり、正義とは犠牲の中に表されると言われました。

やなせさんは、アンパンマンを制作したきっかけについて次のように述べています。
 正義というものはいったい何か。ミサイルで相手をやっつけることなのか、あるいはそこに来た怪獣をやっつけることなのか。僕はそうでないと思ったのね。本当の正義の味方だったら、そこにお腹をすかせた子供がいたら、その子供にパンをわけて与える人が正義の味方なんだと思ったんです。
 海外にはストリートチルドレンがいっぱいいるし、次から次へと子供たちが命を落としている。それはなぜか。飢えで死んでいるんだ。食べるものがない。本当に正義の味方だったら、飢える子供を助ける方が先なんじゃないか…。
 だから飢えている子供を助けるヒーローを作ろうと。その場合、一番簡単なファストフードは何か。日本でいえば、「アンパン」だと思ったんです。飢えを助けることができるし、甘いからお菓子にもなる。それに音の響きがいいでしょ。ジャムやクリームというより、「アン」「パン」という韻を踏んだサウンド。アン、パン、マン、という音の響きの良さで選びました。アンパン、僕自身も好きですよ。俺の子供の頃は、「アンパン」「せんべい」「キャラメル」くらいしかなかったんだよ。

 神様はイスラエルを愛するがゆえに、彼らのつぶやきを聞き、天からマナを降らせました。神様は私たちにも同じようにされ、約束の地に入るまで必要を与え養ってくださいます。


Ⅲ:いのちとは時間

次に、これまで見てきました天から降ってきたマナには、深い霊的な意味があります。
 イエス様はヨハネの福音書6章で次のように説明しています。
(32~33)「まことに、まことに、あなたがたに告げます。モーセはあなたがたに天からのパンを与えたのではありません。しかし、わたしの父は、あなたがたに天からまことのパンをお与えになります。というのは、神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」
神ご自身がマナを通してイスラエルの民を養われました。そして新約の時代、神は天からまことのパンをお与えになります。神のパンである主イエスが「天から下って来て、世にいのちを与える」からです。
(35)「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」
 イエス様は「わたしがいのちを与えるパン」だと言われました。モーセの時代のパンは、ただ単に人々の肉体の必要を満たすためのものでした。しかし実は、人々に霊的ないのちを与えるパンがあり、そのいのちのパンがイエス・キリストです。ちょうどマナが天から降って来たように、キリストは天からこの地上に下り、全人類の罪を背負い、身代わりとなって死んでくださいました。
このイエスを信じる者は、決して霊的に飢え渇くことがなく、また決して死ぬことがなく、永遠に生きるのです。

 ところで、「いのち」とは何でしょう?
日野原重明さん(元聖路加国際病院名誉院長)は、105歳でこの世を去りましたが、晩年小学校に出向いて、「いのちの授業」を行いました。先生は、人生において最も大切だと思うことを次の世代の人たちに伝えていく活動を続けました。先生がテーマとしてきたの「命の尊さ」です。
日野原さんは、60歳頃「よど号ハイジャック事件」に遭遇し、ハイジャックされた飛行機に乗り合わせ二日間機内で人質になりました。その経験が彼の人生観を大きく変え、それ以降は自分の人生を他の人のために使いたいという決意を強めたそうです。
              
先生はクラスの中で、子どもたちに「自分が生きていると思っている人は手を挙げてごらん」と言うと、全員が手を挙げます。
「では命はどこにあるの」と質問すると、心臓に手を当てて「ここにあります」と答える子がいます。先生は聴診器を渡して隣同士で心臓の音を聞いてもらって、このように話を続けます。
「心臓は確かに大切な臓器だけれども、これは頭や手足に血液を送るポンプであり、命ではない。
命とは感じるもので、目には見えないんだ。君たちね。目には見えないけれども大切なものを考えてごらん。空気見えるの? 酸素は? 風が見えるの?でもその空気があるから僕たちは生きている。このように本当に大切なものは目には見えないんだよ」と。
さらに先生は続けます。「命はなぜ目に見えないか。それは命とは君たちが持っている時間だからなんだよ。死んでしまったら自分で使える時間もなくなってしまう。どうか一度しかない自分の時間、命をどのように使うかしっかり考えながら生きていってほしい。さらに言えば、その命を今度は自分以外の何かのために使うことを学んでほしい」と言われます。

 日野原先生は、いのちとは時間と言われました。そしてそれをどのように使うか、何のために使うかが問われているのだと思います。
パンは生きていく上でとても大切なものですが、イエス様はもっと大切なものがあると言われました。(マタイ4:4)「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。」と。人はパンだけで生きるのではなく、神のことばによって、いのちが与えられ、養われ、生かされるのです。
イエス様のことばを聞いて、今さらですが確かにそうだなと思います。人は生きていくために、パンを求めていかなければなりませんが、確かに、それだけでは生きていけないのだと思います。私たちは心があり、霊やたましいを持っていますので、誰かを愛したり、愛されたり、神様を信じたり、使命に生かされるなど、そのような中で本当の幸せを感じることができるのでしょう。与えられているいのちをどのように使うか考えさせられます。「私はいのちのパンです」とイエス様は言われました。まことのいのちに生かされていく私たち一人ひとりでありますように。


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9月2日「最初の過越し」

2018-09-03 16:18:17 | 礼拝
出エジプト記12章は最初の過越しについて記しています。神はイスラエルの民に過ぎ越しの祭りを行うように命じられました。初子の死によりエジプト中が泣き叫ぶ中イスラエルの民は平安が与えられ守られました。

Ⅰ:救いへの感謝

(21)「そこで、モーセはイスラエルの長老たちをみな呼び寄せて言った。『あなたがたの家族のために羊を、ためらうことなく、取り、過ぎ越しのいけにえとしてほふりなさい。』

 モーセは長老たちを呼び寄せて言われます。羊は家族ごとに一頭ほふりました。「ほふる」とは、殺して体などを切り裂くことです。羊一頭はだいたい男10人で食べる量ですが、家族の人数によっては、他の家族と分け合ったようです。羊は傷のない一歳の雄の羊でした。それは神の子羊イエス様のモデルであり、傷のない羊が「過越しのいけにえ」として捧げられました。
 その後、過越しの祭りは、年に一度春に、歴史的出来事である出エジプトを記念して行われてきました。刈り入れの祭り、仮庵の祭りと合わせて3大祭りの一つです。祭りは8日間行われ、過越しの祭りが1日、種なしパンの祭りが7日で、通常二つを合わせて、過越しの祭りと呼ばれています。聖書には旧新約を問わず、この祭りのことが最も多く記されています。
イスラエル人はこの祭りをどうして毎年行い続けているのでしょうか?それは、神がイスラエルになされた出エジプトの出来事をいつも思い出し忘れないようにするためです。エジプトから救い出されたことを感謝し、それを記念して毎年行うのです。神からの祝福を感謝するとともに、神による救いを記念する重要な祭です。

詩篇103篇2節「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」主の良くしてくださったことを一つとして忘れないようにと言われます。人は忘れやすい者です。時には昨日したこと、今朝したことも忘れてしまうことがあります。自分が相手のためにしたことはよく覚えていても、自分がしてもらったことはつい忘れてしまうことがあります。

イスラエルの人たちは、過ぎ越しの祭りを祝い、神様がエジプトから救い出してくださったことを忘れないようにしました。クリスチャンであれば、一人ひとりエジプトから救い出された出エジプトの経験があります。私でしたら、1993年のクリスマスに受洗しました。今年でちょうど25年になります。どんなに信仰生活が長くなろうと、罪の中から救い出されたことを忘れないで、いつも感謝していたいものです。そこから新たな人生が始まったのですから。

Ⅱ:招き入れられている恵み

(22~23)「ヒソプの一束を取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血をかもいと二本の門柱につけなさい。朝まで、だれも家の戸口から外に出てはならない。主がエジプトを打つために行き巡られ、かもいと二本の門柱にある血をご覧になれば、主はその戸口を過ぎ越され、滅ぼす者があなたがたの家に入って、打つことがないようにされる。」

「ヒソプ」とは、罪をきよめる儀式のたに用いられていた植物です。ヒソプを一束取って鉢の中の血に浸し、その血をかもいと二本の門柱につけました。「かもい」とは、二本の柱をつなぐ上部の横木のことです。家の入口にあるかもいと二本の門柱に血を塗りました。主はそれを見て、その家に災いが起こらず、過ぎ越すようにされました。
第10番目の災いはすべての初子が亡くなるという災いです。それは、エジプト人だけではなく、イスラエル人にも及ぶ可能性がありました。しかし、神の命令に従ったイスラエル人は災いから守られたのです。
そしてこの羊の血は、キリストの血の型・モデルを表しています。血が人々を救いました。血はいのちを表しています。私たちが贖い出されたのは、キリストの血によるのです。

私たちは罪があるゆえに自分で自分を救うことができません。少し良いことをしたからとか、人のために何かしたからということで、罪が帳消しになるものでもありません。
パウロは自分は何をしているのか分からないと言われました。
(ローマ7:15~20)「私には、自分のしていることがわかりません。私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行っているからです。ですから、それを行なっているのは、もはや私ではなく、私のうちに住みついている罪なのです。」
 また、ダビデは詩篇51篇で、(5)「ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。」(7)「ヒソプをもって私の罪を除いてきよめていください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。」と言っています。
 私自身を顧みる時に、25年信仰生活をしていますが、少しはましになってきているように思いますが、心の中を見ますと罪汚れは依然ありますし、今だに同じ過ちを繰り返したりもします。それでも「わたしはあなたを罪に定めない」と言ってくださいます。信仰ゆえに神の前に義と認めてくださるのは、本当にもったいないことだと感じます。かもいと二本の柱の血を見て、さばきが過ぎ越されたようにです。

「ちいろば」という本で有名な、榎本保郎という牧師は次のように言っています。
 パウロは、(ローマ6:6)「私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。」と言っています。パウロは「私たちの古い人をキリストとともに十字架につけよう」とは言ってません。「つけられた」という過去形のことばを用いて、すでに赦しのうちに入れられている恵みを証ししています。私たちがどうであろうと、すでに、主は十字架にかかって血を流されたことによって、滅ぶべき古き人の赦しのしるしとなってくださいました。そのことを知り、そのことに感謝して生きることが信仰です。
 またパウロは、「私は、この身に、イエスの焼き印を帯びているのですから。」(ガラテヤ6:17)と語っていますが、かつてエジプトの国で、入口の二つの柱とかもいに子羊の血の塗られている家だけが、神の怒りから免れたように、主イエス・キリストのしるしをいただいている私たちは、もはや神の怒りから解放され、キリストとともに生きる望みを与えられているのです。

 私自身、今回の説教準備をしている中で、私はすでに赦しの中に入れられていることに気づかされました。もっとこうしなければいけない、こうしてはいけないというのではなく、今のありのままの自分でキリストゆえに神に受け入れられ、赦されていることを改めて気付かされました。羊の血が塗ってあるのを見て、災いは過ぎ越していきました。エジプト中が泣き叫ぶなか、イスラエル人は平安が与えられ守られました。
主に信頼します。主の血に信頼していきたいものです。

Ⅲ:恵みへの応答

(24~27)「あなたがたはこのことを、あなたとあなたの子孫のためのおきてとして、永遠に守りなさい。また、主が約束どおりに与えてくださる地にはいるとき、あなたがたはこの儀式を守りなさい。あなたがたの子どもたちが、『この儀式はどういう意味ですか。』と言ったとき、あなたがたはこう答えなさい。『それは主への過越しのいけにえだ。主がエジプトを打ったとき、主はエジプトにいたイスラエル人の家を過ぎ越され、私たちの家々を救ってくださったのだ。』すると民はひざまずいて、礼拝した。」

 イスラエルの人は約束の地に入ってからも、子羊をほふりこの儀式を守りました。それは自分たちの子どもたちに伝えていくためです。彼らは代々この儀式を守りながら、偉大なる神の救いのみわざを子供たちに伝えました。やがて主イエスは、この過越しの夜に、新約時代に生きる私たちのために、新しく聖餐式という礼典を定められました。私たちはこの礼典を守る度に、主の死を告げ知らせるとともに、主の偉大なる救いの御業に感謝をささげます。

イエス様は食事の最中にパンを取って感謝してから、さいて弟子たちに一つ一つ分けてあげました。そして「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」次にぶどう酒のはいった杯を取り、「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」と言われました。
「私を覚えて、これを行いなさい。」という命令が付け加えられています。「覚えて」とは、私たちがいかに忘れやすい存在であるのでいつも主を覚えるべきことを示しています。そして聖餐式に参加し、パンを食し、杯を飲むことによって、主を覚え、また主が自分のような罪人のために十字架にかかられたことを確信させられるのです。
「ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。」このことばは、イエスのことばから直接出たのではなく、パウロの説明です。聖餐式を行なうたびに、終わりの日まで、主の死を告げ知らせるのです。
 
榎本保郎牧師は「ちいろば牧師」の愛称で知られています。三浦綾子さんの「ちいろば先生物語」で広く知られるようになりました。自らをイエスの乗り物、小さいロバとして生涯を伝道に捧げられました。聖書には小さなロバが用いられる箇所があります。
 マタイの福音書21章2~3節「向こうの村へ行きなさい。そうするとすぐに、ろばがつながれていて、いっしょにろばの子がいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。もしだれかが何か言ったら、『主がお入用なのです。』と言いなさい。そうすれば、すぐに渡してくれます。」
 イエス様は弟子たちを遣わし、向こうの村に小さな子ロバがつながれているので、それをほどいてご自身のもとに連れて来るように、そして誰かが何か言ったら「主がお入用なのです」と伝えるように言われました。イエス様は縄につながれているロバの子をほどいて、ご自身のために用いられました。同じように、イエス様は私たちを用いられます。縄につながれているならそれをほどいて用いられるのです。私たちは主を背中に乗せる小さなロバです。主の恵みにお応えし、主が再び来られる日まで主の救いを宣べ伝えていく者としてください。

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