経堂めぐみ教会

礼拝メッセージの内容です。

9月28日礼拝メッセージ要約

2008-09-30 10:05:20 | 礼拝
聖書:マルコ10:46-52
メッセージ:“そばを通られるイエス様”

Ⅰ:叫び求めるバルテマイ
 (48)「彼を黙らせようと、大ぜいでたしなめたが、彼はますます、『ダビデの子よ。私をあわれんでください。』と叫び立てた。」
 過ぎ越しの祭りに向かっている人々が大勢通る中、見栄などかなぐり捨てて、何とかしてくださいと叫び求めます。

Ⅱ:答えてくださるイエス様
 「『わたしに何をしてほしいのか。』すると盲人は言った。『先生。目が見えるようになることです。』」
 イエス様はどんなに忙しくても、立ち止まって聞いて下さるお方です。「先生」(ラボに)とは、私がおすがりするお方、親密な関係、信頼感を持った表現です。

Ⅲ:新たな信頼関係に入ります
 『さあ、行きなさい。あなたの信仰があなたを救ったのです。』すると、すぐさま彼は見えるようになり、イエスの行かれる所について行った。」
 (エレミヤ29:11,12)「それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。」呼び求めるなら平安・将来・希望が与えられます。主に信頼し、お従いしていく者でありますように。
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9月21日礼拝メッセージ要約

2008-09-22 14:17:13 | 礼拝
聖書:マタイ25:14-30
メッセージ:“良い忠実なしもべ”

Ⅰ:私たちは豊かなタラント・賜物が与えられています
 (15)「彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。」
 1タラントは6000デナリ、1デナリは当時の労働者の一日分の賃金ですから相当な額の財産です。少なくとも1タラントの賜物が与えられています。

Ⅱ:私たちは賜物を忠実に用います
 (21、23)「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」
 5タラントもうけたしもべと、2タラントもうけたしもべに同じことばでほめ、同じ報いを与えています。神の国では業績や成果によって評価されるのではなく、預けられた物をいかに忠実に管理し用いるかによって評価されます。

Ⅲ:神の愛に生かされ仕えていきます
 (24、25)「ご主人様。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。」
1タラント預かったしもべは、主人に対して間違った主人観、イメージを持っていました。主人への愛に欠けていました。一方、5タラント、2タラント預かったしもべは主人を信頼し、しもべとして主人に喜んでいただこうという思いがあります。十字架で示された無償の愛、無条件の愛に生かされ、賜物を忠実に用い、主に仕えていく者となさせください。
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9月14日敬老の日礼拝

2008-09-15 09:20:23 | 礼拝
聖書:マルコ9:1-13
メッセージ:“十字架を負って従いなさいⅧ-白く光り輝く主-”

Ⅰ:イエスが神の御子、神ご自身であります
 「イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。」イエス様の変貌、姿変わり。神の尊いご臨在の前にひざまずき、ご栄光を拝させていただきます。
 イエスは、現れたエリヤとモーセと話をするが、律法(モーセ)と預言(エリヤ)の成就としてこの世に来られました。ペテロは神々しさにふれて何を言っていいかわからなかった。弟子たちがそのことを消化するには時間がかかりました。

Ⅱ:クリスチャンの信仰生活の変化
 「変わった」ということば、3箇所に使われています。イエス様が変えられたのだから私も変えて下さいます。
 ローマ12:2「神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」みこころに生き、神に喜ばれるよう変えられなさい。
 Ⅱコリント3:18「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」主イエスを見ているなら変えられていきます。見るもの、聞くもの、読むものによって変えられます。御霊の変化をお与え下さい。
 
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9月7日礼拝メッセージ要約

2008-09-08 10:14:28 | 礼拝
聖書:マルコ8:27-38
メッセージ:“十字架を負って従いなさいⅦ-十字架はいのちの道-”

Ⅰ:ご自身への告白を求めるイエス様
 「『では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。』ペテロが答えてイエスに言った。『あなたは、キリストです。』」イエス様はあなたは私を誰だと思うかと、迫りをもって招かれます。

Ⅱ:自分の歩まれる道を示されるイエス様
 「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた。」イエス様の道は十字架の道・復活の道・贖いの完成の道です。

Ⅲ:イエス様の弟子になる道
 (34、35)「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。」イエス様は十字架にかかり、いのちを与えてくださいました。私たちも自分の十字架を負い、イエス様にお従いしていく者でありますように。
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8月31日礼拝メッセージ要約

2008-09-01 10:21:50 | 礼拝
聖書:マルコ6:33-44
メッセージ:“十字架を負って従いなさい(Ⅵ)-羊を養う主イエス-”

Ⅰ:羊飼いは羊を深くあわれむ
 「イエスは、舟から上がられると、多くの群集をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。」
 持っているもの(五つのパンと二匹の魚)だけを見ると到底不可能に見えてしまいます。壁にぶつかるとき、祈り、信仰による突破口を見出します。

Ⅱ:主のあわれみのみわざに招かれている
 「イエスは、みなを、それぞれ組にして青草の上にすわらせるよう、弟子たちにお命じになった。そこで人々は、百人、五十人と固まって席に着いた。」青草の上に座らせるように、絶望の中に希望をいただいていきます。

Ⅲ:ささげたものを用いられる
 「するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた。人々はみな、食べて満腹した。パンを食べたのは、男が五千人であった。」
 持っているものをお捧げするときに収穫が与えられます。自分は何をどのように捧げたらよいか。収穫の秋、自分を主にお捧げして用いていただき、主の栄光を現す者とさせていただきましょう。
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