経堂めぐみ教会

日曜礼拝のメッセージ動画です。

2月23日 聖日礼拝

2014-02-24 11:03:38 | 礼拝
聖書:ガラテヤ3:1~14
メッセージ:“十字架につけられたキリスト”

Ⅰ:信仰生活の原点
(1)「十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に、あんなにはっきり示されたのに、だれがあなたがたを迷わせたのですか。」
 自分にとって十字架とは何でしょうか、信仰生活の原点である十字架に心を向けていきます。

Ⅱ:律法によるのろい
(13)「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられる者はすべてのろわれたものである』と書いてあるからです。」
 律法によっては義と認められません。キリストは、全人類の身代わりとなって十字架にかかり、自らのろわれた者となり、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。

Ⅲ:信仰による祝福
(14)「このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」
 キリストの十字架は、神の祝福が私たちに及ぶためです。キリストを信じる信仰によって、神の救いの祝福が豊かにありますように。信仰によって歩ませください。
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2月16日 聖日礼拝

2014-02-17 10:15:23 | 礼拝
聖書:ガラテヤ2:11~16
メッセージ:“信仰による義認”
特別賛美:ヘンデル「協奏曲へ長調」越川伊豆美姉

Ⅰ:信仰の戦い
(4~5)「彼らは私たちを奴隷に引き落とそうとして、キリスト・イエスにあって私たちの持つ自由をうかがうためにしのびこんでいたのです。私たちは彼らに一時も譲歩しませんでした。それは福音の真理があなたがたの間で常に保たれるためです。」
 当時も律法主義との信仰の戦いがありました。自分の欲や偶像など信仰から引き離すものからお守りください。

Ⅱ:主の召しへの応答
(7)「ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私が割礼を受けない者への福音をゆだねられていることを理解してくれました。」
ペテロとパウロも同じ福音を伝えますが、それぞれ違う召しが与えられていました。主から与えられた召しに忠実にお応えしていきます。

Ⅲ:ペテロのつまづき
(14)「あなたは、自分がユダヤ人でありながらユダヤ人のようには生活せず、異邦人のように生活していたのに、どうして異邦人に対して、ユダヤ人の生活を強いるのですか。」
パウロはペテロを叱責します。福音の真理を曲げるような行動をとったからです。失敗し、つまづくことがありますが、信仰によって赦され、再び立たせていただきましょう。

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2月9日 聖日礼拝

2014-02-10 09:59:28 | 礼拝
聖書:ガラテヤ1:6~17
メッセージ:“唯一の福音”
特別賛美:ファニー・メンデルスゾーン“小夜想曲”中田真理子姉

Ⅰ:パウロのあいさつ
(1)「使徒となったパウロー私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのですー」
 神に聞き従い、神を第一に信頼していきます。私たちの歩みを確かなものとしてください。

Ⅱ:他の福音はありません
(7)「ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかき乱す者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。」
 聖書の福音(よい知らせ)は、キリストの十字架と復活を信じる信仰によって救われるという唯一の福音です。

Ⅲ:福音は神からの啓示です
(11-12)「私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。」
 啓示とは人間に隠されていたことを神が明らかにすることです。キリストは罪人を救うために身代わりとなって十字架にかかり死んでくださいました。この福音を信じ、キリストの愛に生きる生涯へと導きください。
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2月2日 聖日礼拝

2014-02-04 14:35:17 | 礼拝
聖書:ガラテヤ2:15~21
メッセージ:“信仰によって生きる”
特別賛美:モーツァルト“ソナタ ケッヘル545番”黒柳朱美姉

(20)「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」

Ⅰ:キリストとともに十字架につけられる
 キリストが私の罪の身代わりに十字架にかかられたことは、実は私も十字架につけられたのです。
(19)「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。」
 古い自分はキリストとともに十字架に死に、律法から自由にされました。

Ⅱ:キリストが私のうちに生きている
 律法に死んだ者はキリストがうちに住んでいてくださいます。私を愛して、いのちを捨ててくださったお方の愛が、今も私を支え続けています。今私が生きているのは、御子を信じる信仰によっているのです。
(21)「私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」
十字架の愛を無にはしません。キリストを信じる信仰によって歩ませください。
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