経堂めぐみ教会

日曜礼拝のメッセージ動画です。

4月4日召天者記念イースター礼拝

2021-04-05 14:09:49 | 礼拝
ルカの福音書24章1~12節「復活の朝」

 (1)「週の初めの日の明け方早く、彼女たちは準備しておいた香料を持って墓に来た。」女性たちは、日曜の明け方早く準備しておいた香料を持って墓に向かいました。主は安息日の直前に亡くなられたので、遺体を丁寧に埋葬することができませんでした。それを心苦しく思った女性たちは香料を持って墓を訪れたのです。香料は匂いを抑えるために遺体に塗るものです。女性たちはどんなにイエス様を慕っていたことでしょうか。彼女たちはイエス様を敬い、心から愛していました。(1)「明け方早く」ということばには、彼女たちのイエス様への思いの深さが表されています。十字架刑の際、男の弟子たちは身の危険を感じて逃げたのに、女の弟子たちはイエスが埋葬されるまで、しっかりと見届けていました。今回も、身の危険を覚悟の上で、埋葬用の香料を携えて訪れます。ただ、この時点では、彼女たちもまた、イエス様がよみがえったということは少しも考えてはいませんでした。

 ところが、彼女たちが墓に着いてみると、墓の入り口を塞いでいた大きな石が脇に転がされていました。驚いた女性たちは恐る恐る中へ入ってみると、なんと、そこにあるはずのイエス様の体はなくなっていました。墓の中には体を包んでいた亜麻布だけが残されていました。女性たちは、あるはずの遺体がないことで茫然としていました。すると、光り輝く衣を着た二人の御使いが、女性たちに近づいてきました。恐ろしくなって顔を伏せる女性たちに御使いは語りかけます。(5)「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。」(6)「ここにはおられません。よみがえられたのです。」と、イエス様が死から復活された事実を伝えます。そして、(6~7)「まだガリラヤにおられたころ、主がお話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず罪人たちの手に引き渡され、十字架につけられ、三日目によみがえると言われたでしょう。」と、主が話されたことを思い出すよう促しました。私たちは主の復活を信じています。しかし、そう信じて実際に生活しているでしょうか?生きて働いておられる主をこの世の常識や理解の中に押し込めてしまってはいないでしょうか。

 イエスのことばを思い出した女性たちは、どうしたでしょうか?(9)「そして墓から戻って、十一人とほかの人たち全員に、これらのことをすべて報告」しました。恐れから復活の喜びに変えられた彼女たちは、主がよみがえられたことを他の弟子たちに伝えたのです。報告した女性たちは、(10)「マグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブの母マリア、そして彼女たちとともにいた、ほかの女たち」でした。しかし使徒たちは、その話がたわごとのように思えたので信じることができせんでした。イエス様にお従いしていたのは、使徒たちだけではなく、女の弟子たちも従っていました。いやむしろ、女の弟子たちが忠実に従っていたと言えるのです。そして、その女性たちの中でも「マグダラのマリア」の名前がいつも最初に出てきます。彼女は以前七つの悪霊につかれていたといいますから、以前は、とにかく悲惨な生き方で、生けるしかばねとも言えるような生涯だったと思われます。そういうところから主によって救われただけに、主への感謝は誰にも負けないくらい深かったに違いありません。同じような感謝をもって献身的に仕えた婦人たちの中でも、マリアは筆頭に記されています。彼女は主の十字架の時も、恐れを忘れてそのそばに立ちました。葬りの後も彼女は主から離れられませんでした。彼女がどれほど主を愛していたのかがよくわかります。復活の主が最初に彼女に現れたのは、偶然ではなかったでしょう。ところで、私たちはどれほどイエス様を愛しているでしょうか?主は私が罪から救われるために、十字架にかかり、永遠のいのちのために三日目によみがえられました。罪の縄目から救い出してくださり、いのちを与えてくださったのです。主を愛しお従いしていきましょう。
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