陸奥月旦抄

茶絽主が気の付いた事、世情変化への感想、自省などを述べます。
登場人物の敬称を省略させて頂きます。

レーガン大統領のジョークと中東紛争

2006-08-22 22:39:52 | 中東問題
 レーガン大統領が国賓として初来日し、天皇陛下主催の宮中晩餐会が行われた。1983年11月10日夜の事だ。晩餐の後、和気藹々と歓談が行われていたが、突然に外交ブラックボックスを介して緊急連絡が入り、レーガンは席を去った。ちょっとアラブで問題が起きたようですと言いながら。

 衆知のようにレーガンはウィットに溢れ、ジョークが上手である。気楽な歓談の席上でも、こんな話をしていた。

 アラブの何処かの川岸で、サソリがカエルに出逢い、頼みを言った。
「あちらの川岸まで俺を背負って、渡してくれないか」
「嫌だよ。おまえは背負っている間に、俺を刺すだろう」
「そんな事は絶対にしない。お前が死ねば、俺も溺れ死ぬからな」
カエルは、それもそうだなと言う訳で、サソリを背負って川を渡り始め、川の中程へ来た。
サソリは、突然カエルを刺した。死にかけたカエルは、息絶え々々の中で尋ねた。
「刺さないと言ったのに。お前も死ぬぞ。何故こんなことを?」
「俺にも分かるもんか。ここはアラブだからな」
と溺れながら、サソリは答えた。

 これは、真崎秀樹「昭和天皇の思い出」(読売新聞社、1992)に載っている挿話を短縮したものだ。

 1982年、アメリカはレバノンに米兵を派遣し、平和維持軍として常置した。それから1年後、レーガンが訪日する2週間前、イスラム民兵組織による自爆トラックテロで、海兵隊員241人が死亡した。これが原因となって、3ヵ月後にレーガンはレバノンから米軍を撤退させた。

 こうした背景があるから、楽しみにしていた日本訪問の間にも、レーガンは中東問題の難しさに頭を悩ませていたのであろう。中近東では、「俺も死ぬからお前も死ね」と言う訳の分らぬ論理で動いているとレーガンは考えていたらしい。偶々それがジョークになった。話し終った途端に、米軍機がシリア側のミサイルで攻撃されたとの緊急連絡が入り、慌ただしい退席となった。

 あれから23年経過した今も、中東では私達に分らない論理で紛争が起きている。サソリがイスラエルなのか、あるいは<ヒズボラ>なのか、私には判断がつかない。「7月レバノン事変」の結果は、イスラエルが戦略的に勝ったと言う人達がいる。空爆で<ヒズボラ>勢力は徹底的にインフラを破壊され、溜め込んだミサイルも相当数破壊されて、再度攻撃をやれないだろうと言う見方である。成る程、あの凄まじい廃虚の姿は、様々な形で世界へ配信された。私は、怯えながら崩れた建物の間を避難するレバノン市民の姿を見て、イスラエルに憎悪感を抱いた。

 確かに、南部レバノンのみならず、全土に渡って攻撃を受け、レバノンは壊滅的な打撃を受けている。だが、それでイスラエルは全世界から非難されている。特にアラブ諸国では、<ヒズボラ>批判をしていた政府の姿勢を民衆が激しく糾弾した結果、サウディアラビア、ヨルダン、エジプトもイスラエル批判に転じた。

 イスラエル国内でも、紛争反対の市民から批判が出ている。それよりも驚いた事に、帰還したイスラエル予備役兵士の間で今度の戦闘における指揮官の無能力、兵站補給に関する無計画さを強く批判する声が起きている。イスラエル政府としては、これを無視出来ず、新しい糾弾委員会を結成して作戦結果の審査に当たらざるを得なくなった。兵士の戦闘精神が、かつての4回に亘る中東戦争におけるものとは、質が変わって来ているのだ。地上戦でも、<ヒズボラ>のゲリラ的戦法に対抗し切れず、電撃侵攻とならなかった事に兵士は自信を無くしているのだろう。

 空爆継続に要した費用、それに加え1万人を越す地上軍の南レバノン侵攻で、イスラエルの費やした戦費も馬鹿にならないはずだ。米国は、毎年40億ドル程をイスラエルに補助し続けているが、今年の援助額は5割り増しになるかも知れない。更に戦闘が再開・拡大されれば、イスラエル財政は間違い無くひっ迫する。

 一方、国連の停戦決議がイスラエルの要求、即ち<ヒズボラ>武装解除が担保されないままで採決されたことで、リクードや軍部筋などのイスラエル強硬派はオルメルト政権を突き上げている。米国の親イスラエル派勢力は、共和党にも民主党にも多数いる訳だが、これでは問題解決にならぬとの不満から<ヒズボラ>の背後にいるシリアとイランを徹底的に叩けと騒ぐ。

 何をもって今回の紛争の勝ち負けを判断するかは難しい。<ヒズボラ>は、リーダーのハッサン・ナスラッラー師を始め意気軒昂であり、シリアやイランは彼らを益々応援するであろう。イスラエルは、今回の紛争で中東イスラム諸国を糾合せしめて敵としただけで無く、インドネシア、マレーシアなどのアジア・イスラム諸国の非難をも集めてしまった。ヨーロッパでも、イスラエルの唯我独尊的振舞いに批判的な国が増つつある。

 イスラエルのオルメルト政権が強硬派を押さえ切れず、カディマ党が分裂すれば政権は崩壊する。替って、ネタニヤフ強硬派の登場となれば、中東紛争は再開されるであろうし、一層大規模になると想像される。イランは、全国規模の軍事大演習を8月20日から開始し、米・イスラエル連合に対抗する姿勢を明確にした。

 改めて、故レーガン大統領が23年前に語ったジョークの重さを感じる昨今である。
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