陸奥月旦抄

茶絽主が気の付いた事、世情変化への感想、自省などを述べます。
登場人物の敬称を省略させて頂きます。

トルコ東部でM=7.2の大地震(10/23)

2011-10-25 23:41:54 | 中東問題
 トルコ東部、ワン湖近傍の高地で、M=7.2の大地震があった。日時は、10月23日午後1時40分(現地時間)である。都市部のワン市では、建物が10棟以上、エルジシュ市では、25~30棟が崩壊、推定犠牲者は、500~1000人に及ぶと言う。

 この地域は、イラン国境に近く、クルド人が多く住み、都市開発が遅れているらしい。建造物の耐震性などは十分であったのだろうか。震源地は、ワン市北北東約17km、震源の深さ約20kmだから、かなりの震度があったと想像される。

 トルコは、和歌山県串本町沖で起きた<エルトゥールル号遭難事件>(1890)を忘れず、1985年のイラン空域封鎖時に、215人の日本人を救助してくれた。東日本大震災、また最近の台風12号の豪雨被害でも、同国から援助のあったことが記憶に新しい。日本との距離はかなりあるが、出来るだけ早く救援物資を現地へ送り、被災者援助に政府は努力して欲しい。

 産経・大内清記者の現地報道によると、

死者366人に 救出難航、募る焦りと疲労
2011.10.25 19:31

 【ワン(トルコ東部)=大内清】トルコ東部を襲った大地震で、トルコ政府は25日、これまでに366人の死亡を確認したと発表した。負傷者は約1300人に上った。被害が集中するワンやエルジシュでは、なおも多数の住民が行方不明となっており、24日夜から25日にかけ、徹夜の救出作業が続いた。損傷を受けた建物は少なくとも2200棟、大地震発生後の余震は200回を超した。

 発生から3日目の25日未明。倒壊したアパートや民家数棟が集まるワン中心部の一角には、がれきの粉塵(ふんじん)や、地震発生時に起きた火災の煙が立ちこめていた。

 現場では国内各地から集められたレスキュー隊員が数時間おきのシフトを組み、地元住民らとともに24時間態勢で作業。廃材を撤去する重機やドリル、夜間照明用の自家発電の音が響く中、隊員らは、がれきのわずかな隙間に懐中電灯をさし入れ、人がいないかを確認する。

 被災者の生存率が著しく低下するといわれる「発生後72時間」まで半分以上が過ぎていた。「まだ中には何人か残っているはずなんだ」。現場で救急医のブラーク・タトリさん(24)は、焦りの色をみせながら、隊員たちを鼓舞した。

 まだ10月下旬とはいえ、海抜約1700メートルの高地にある一帯は夜間の冷え込みは厳しく、最低気温が零度を切ることもあるという。

 そんな中、被災地では住民数万人が、余震による建物の倒壊を恐れ戸外で避難生活を送る。多くは野宿同然だ。政府は24日、テント約1万2千張りを新たに提供すると発表したものの、トイレや暖房器具も足りておらず、一部では食糧不足も懸念されている。

 家族と車で寝泊まりするワンの会社員、ケリームさん(25)は道ばたで「このままでは凍え死ぬ。外国に助けを求めるべきだ」と訴えた。

 トルコには、昨年のガザ支援船襲撃事件で関係が極度に悪化したイスラエルや、歴史的に緊張関係にあるギリシャやアルメニアを含む数十カ国が支援を申し出た。しかし、トルコのエルドアン首相は「自国で対処可能だ」として、一部の国を除きこうした提案を拒否する姿勢をみせている。

 被災地のトルコ東部は、少数民族クルド人が集住する地域。「クルドはいつも差別されてきた。今回もそうなのかな…」とケリームさんは漏らす。住民には疲労とともに、政府への不信も強まりつつあった。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111025/mds11102519200008-n1.htm
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