この3連休は割と遊びまくり。まず金曜日の夜はNHとはっちゃけて、土曜日はほぼ死亡。日曜日もNHと遊びまくりで終了。最終の月曜日は、毎年恒例になりつつある石巻トリコローレ・フェスティバルのバンドとButzmetzのリハ。うん、仕事は色々たまりまくっているけど、そんなことは無視して遊び倒した。ま、それも良かろう。
それはともかく、普段読んでいるメルマガから興味深い記事を発見。Robin Thickeというアーティストによる楽曲"Blurred Lines"が、今は亡き偉大なソウル・シンガーMarvin Gayeの遺族から著作権侵害に当たると争われた裁判で、ロサンゼルスの地方裁判所がMarvinの遺族側の主張を認めて、日本円にして約2億円強だかの損害賠償を認めたらしい。
とりあえず、両方の曲を聴いていただこうか。この記事読んで知ったんだけど、Robin Thickeのこの曲、割とラジオで流れまくってたように思う。
https://www.youtube.com/watch?v=yyDUC1LUXSU
続いてMarvin Gayeの方。
https://www.youtube.com/watch?v=fp7Q1OAzITM
てかね、似てるか?
しかも、判決の決め手になった一つが、Robin Thicke側に「この曲はMarvin Gayeに"inspire"されてできた曲だ」というインタビュー記事があったことらしい。もうちょい噛み砕くと、要はこの2曲、「雰囲気」が似てるからアウトということだ。なんだよそれ。
まあ、地裁レベルの判決だし、Robin Thickeが控訴するかどうかもよくわからんし、あくまで米国内の事件だけど、それらを差し引いてもこれはキツイ。いくら個別の裁判についてはその事実関係に左右されるとしてもだよ。タテマエとして法治国家の判決の一つとして尊重はするけど、ホンネとして「裁判官&陪審員ども(アメリカだからね)、空気読めや」てのが私の第一印象。
そもそも、後続のミュージシャンが先達の偉大なミュージシャンの楽曲に"inspire"されるのはある意味当然。基本、バッハやモーツァルトの時代よりも先代から、音楽という芸術は「パクリ」の集大成だと私は思っている(異論あれば是非)。要は、自分にとって「憧れ」の存在から「パクって=学んで」ナンボ、というか、そうやって自分の音楽を作り上げていくのが後続の「あり方」だと思うわけさ。何かモノの本で読んだ記憶があるけど、日本語の「学ぶ」という動詞、こいつの語源は「まねぶ=真似る」から来ている、とも。
こんな理屈がまかり通ると、極論すれば「尊敬するミュージシャンは●×です」と言った瞬間に、その尊敬するミュージシャンにライセンス料支払わなきゃならん、となってしまう。ほんまかいな。
例えば日本の場合、同じような音楽の著作権侵害で争われた事件は過去にあるんだけど、その場合、楽曲のメロディーの類似性が判断の根拠となっている。でもね、この事件の場合、認定されたのは楽曲の「雰囲気」。
私は多少なりとも「法律」を生業としている人間だけど、こういう事件を見るといつも、法律ってのはカンペキなツールじゃないな、と思ってしまう。ま、「穴」があるからこそツールとして使えたりする場合もあるんだけどね。
結論。仮にこれが新たな法理論として確立してしまったら、俺、だけじゃなく、世の中のミュージシャン(プロアマ問わず)、全員破産するぞ(笑)。大げさかな?
-Butzmetz社長-
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