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チェシャ猫のいる教会




ハロウィンにはまだ早い...


ロンドンから南方にある村の、ずっとずっと気になっていた小さな教会に行ってきた。

サリー州のクランレイという村の聖ニコラ教会には、「チェシャ猫」のような「笑う猫」の彫像があるというのである。


英国にはもともと「チェシャ猫のような」という慣用句はあったものの(文献には18世紀初出)、この猫を有名にしたのは、ルイス・キャロルの『不思議な国のアリス』!

あの最高のナンセンス・ストーリー中に、「チェシャ猫が姿を消した後、ニヤニヤ笑いだけがそこに残」る、不気味で不可思議、魅力的なキャラクターである。




わくわくしながら訪れた村の教会は、封建領主が領民のために建てた1170年のロマネスク様式のものだった。
1000年の間に増改築が進み、12世紀当時のものはほとんど残っていないが、北袖廊、目線の高さにある「チェシャ猫」は当時のもの。これにどんなアフォーダンスが...


たしかにニヤニヤと笑う猫に見えないこともない。
しかしこの訪問を機に再読したとても興味深い本、尾形希和子著『教会の怪物たち ロマネスクの図像学 』(講談社選書メチエ 2013) の詳しい説明や写真などによると、これを「猫」と断定する要素は多くはないように思えるのだ...

まあ、「人間と関わりの深い動物である猫は、世界各地で神や化け物としての伝承、動物寓話などが数多くある」(Wikipediaより)。
バケモノ、妖怪としての猫に似たもの...

「貪る口のシンボリズムは、まさに死と再生に結びつくものとして大いに機能した」そうです。おもしろいなあ!(以下、引用はすべて上掲書より)。




エジプトでは猫は神格化されていたし、たとえばケルトの古民話にはケット・シー (Cait Sith)という愉快な妖精猫が登場する。
中世ヨーロッパ、黒猫は魔女の使いであった。
あるいは代表的にはベルギーのイーペルに残る「猫祭り」に代表される、季節の変り目に催された元は残酷な「猫焼き」祭りなど、彼らは人間にとって最も身近で、かつミステリアスな生き物だったのであろう。




「ロマネスクではまだ「恐怖」や「アイロニー」などと深く結びついていた「口」のグロテスク性も、同時に「滑稽さ」や「セクシャリティ」「笑い」に容易に結びついた」

「不安を克服するために人は恐ろしいものに名前を付け、目に見えないものを図像化するが、さらには恐怖を打ち消そうとするためにそれを笑い飛ばす。バフチンは恐ろしいものを笑い飛ばすことによってそこから逃れようとするのも「グロテスク」の機能の一つであると言う」(「笑いを誘うガーゴイル」の章より)


「笑いを誘うグロテスクなものはしばしば辟邪(へきじゃ)の機能を帯びていた」

「ロマネスクの怪物たちは、「不安」「恐怖」の直接の投影でもあり、あるいは「不安の克服」の結果でもあるかもしれないが、同時に「脅威的存在」として「喜び」や「笑い」をも喚起しただろう」

「ロマネスクの世界では、同じ動物や怪物が、場合によっては悪徳の寓意にも美徳の寓意にも、そしてまた聖なるものの表象にもなり、恐怖や喜びや笑いなどのさまざまな感情を呼び起こすものだった」(以上「ロマネスク聖堂内の笑い」の章より)



去年、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された『不思議な国のアリス』展で撮影したもの


「怪物たちは「物質世界」と「精神世界」との間、あるいは「内」と「外」の閾にあり、「終わり」と「始まり」と「その先にあるもの」を指し示し、その二つの世界をつなぐものなのだ」(「辺境は最も神に近い場所」の章より)

まさにチェシャ猫のことか。


ルイス・キャロルはクランレイから程近いギルフォード(車で20分ほど)に住まい、そこで亡くなった。
『不思議な国のアリス』を書き上げたのは、ギルフォードに転居する3年前ではあったらしいが、彼がこのニヤニヤ笑う猫の彫像を見ていたかもしれない、と...



同じく『不思議な国のアリス』展で撮影、有名なジョン・テニエルの挿絵。


「ハートの女王は不埒な猫の首を刎ねるよう死刑執行人に命じたが、中空に頭だけで現れたチャシャ猫には切るべき首が見当たらなった」のシーン。
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