ボイシー日記

手がふさがっていては、新しいものは掴めない。

長野県人の青春群像「安曇野」。

2011-07-02 10:10:17 | 
臼井吉見の「安曇野」を読んでいる。
いま、NHK「おひさま」の舞台が安曇野なので
どんなところかと思い、借りてきて読んでみたが
全5部のうちまだ第1部だが、
これがまた想像以上の面白い内容で、読み応えあり!
明治時代の長野県についていろいろ書かれている。
長野県人としては必読の一冊。

「安曇野」は、明治時代初期に、安曇野で生まれた
相馬愛蔵・黒光夫妻、作家の木下尚江、
彫刻家の荻原守衛など5~6人の若者たちの青春群像物語。
相馬愛蔵・黒光夫妻は、新宿・中村屋の創設者である。
中村屋は何度も食べに行っていたのに、
長野県人だったとは知らなかった。。

物語は、仙台生まれで明治女学校に通っていた
相馬黒光が、油絵とオルガンだけを持って、
安曇野の相馬愛蔵のところへ嫁入るところから始まる。
そして、松本辺りの当時の養蚕の様子から、長野県庁の移庁・分県運動、
廃娼運動、長野県の飯田事件、栃木県の加波山事件などの自由民権運動、
さらに明治時代の東京の暮らしぶり、明治女学校など女学校の様子、
キリスト教のこと、田中正造の足尾銅山鉱毒事件など事細かに書かれてる。
いろんな資料を元に書かれていて、
いわばスラスラ読める歴史書みたいな本だ。

第1部では、結局、相馬黒光が安曇野の土地に馴染めず
夫婦で東京へ出て、帝大正門前にパン屋として
「中村屋」をオープンする準備のところで終わっている。

また、事実なのかわからないが、
相馬夫婦が東京で一旗揚げようと出て行く途中で
黒光の明治女学校時代の先生であった、
島崎藤村の小諸の家を訪ねる話まであった。
ちょうどその時、島崎藤村は、八ヶ岳から甲府、
諏訪を廻る修学旅行で居なかったが、
その修学旅行とは「千曲川のスケッチ」に書かれている。

「千曲川のスケッチ」にあったから挿入したのか、
事実としてそうだったのか。。
いや、訪ねたことも、フィクションなのか。。
いろいろ想像してみるのも愉快だ。
で、間髪入れず、「第2部」に突入中。
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