私の父は、野球が大好きでした。
仕事は普通のサラリーマンでしたが、地元の野球クラブに入って、
休日には、いわゆる(草野球)ばかりやっている(野球バカ)でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/f9/14ae9bfd9a9bb7221d6b4f0f0a944b0f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/03/7f/b1c6a55ab147493aa5e8c9f9912d7929.jpg)
父は体格も良く、エースピッチャーであり4番バッターでもある、
つまり、その野球クラブでは誰もが認める大選手でした。
父を「プロになれる素質で、アマでは勿体ない」と言う人も多数いました。
そんな父親だったので、私も物心ついた時には、勿論野球をしていました。
父と一緒にプロ野球観戦は日常茶飯事。
そんな私達父子を母は温かい目で見ていました。
と言うのも、母はずっと社会人ソフトボールの選手をしていたからです。
つまり私は何を考えるまでもなく、
生まれついての野球バカ街道を突っ走る事を、運命づけられていたのです。
母も体格が良く、両親の素質を受け継いだ私は身長185センチの堂々たる体躯を誇っていました。
子供野球から、中学に入ると当たり前に野球部以外には目も向きませんでした。
高校では、ある学校から勧誘もあったのですが、
やはり地元で子供の頃から顔馴染みの友達たちとやりたいと、
他県に留学する事はなく、地元の強豪校に入りました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/a4/abc3f78bb2c939ccdbbafd92f32d9220.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/18/67/ff670c949df57be601feef947fe4be29.jpg)
父と母とのDNAを受け継いだ私は、体格は申し分なく、素質も凄かったのです。
私が高校の野球部に入ると、野球部を辞める人が数人出ました。
監督は何とか彼等を引き留めようと説得したのですが、
彼等の意思は強く、結局それを止める事は叶いませんでした。
後で知ったのですが、彼等が野球部を辞めた理由は、私を驚かせました。
私を見た仲間達は「世の中にあんな奴が居るのを見たら、もう勝てないと思った」だったのです。
彼等だって私と同じ、野球バカ。
それなのに、、それまで一生懸命にやってきたのに、
私が普通に凄い剛速球を投げ、普通に平気な顔してホームランを打つのを見たら、
「こいつには絶対に勝てない、こんなのが居るんじゃもうダメだ」
皆は私という素質に驚き、初めて劣等感にさいなまれ、
もう、自分達には野球人生という選択肢は完全に失せたと、
敗北感しか感じなくなってしまったのだそうです。
何でもそうですが、人間は心が折れてしまったら、完敗ですね。
もう立ち直れないのです。
そういった辛い出来事もありましたが、
私は高校、そして大学と考えてはいたのですが、
高校在学中からプロのスカウトマンが見逃す筈はなく、
ドラフト会議となり、トントン拍子にプロの道へと進んで行きました。
それは両親にとっても大いなる歓びでありました。
私はプロでの人気もそこそこ獲得し、数年後に、
いよいよ大リーグへと夢を大きく伸ばし羽ばたいていきました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/1a/0c3930be9ee99a6f110b9c9afb399e1e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/3d/364a32e58491831df397944857430719.jpg)
そこで私は悪夢を目の当たりにしてしまったのです。
こんなのが居るんだったら、もうダメだ。
俺は絶対にこいつには敵わない、勝てない。
俺の今までの野球人生ってなんだったんだ。
友人達が俺を見て、「敵わない」と野球を辞めさせてしまった俺。
その俺が、こいつを見て「もう完全に敵わない、勝てない」と心底思う。
俺、もう野球辞めちゃおうかな・・・
顔・・勝てない。
体格・・敵わない。
モテっぷり・・話にならない。
性格・・男の俺が惚れちゃう。
肝心かなめの野球・・もう絶望としか言いようがない。
あ~、あ~、
溜息しか出てこない。
俺の野球人生って、、、何だったんだ~ッ!
夢か幻か・・・あ~~ッ!
仕事は普通のサラリーマンでしたが、地元の野球クラブに入って、
休日には、いわゆる(草野球)ばかりやっている(野球バカ)でした。
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父は体格も良く、エースピッチャーであり4番バッターでもある、
つまり、その野球クラブでは誰もが認める大選手でした。
父を「プロになれる素質で、アマでは勿体ない」と言う人も多数いました。
そんな父親だったので、私も物心ついた時には、勿論野球をしていました。
父と一緒にプロ野球観戦は日常茶飯事。
そんな私達父子を母は温かい目で見ていました。
と言うのも、母はずっと社会人ソフトボールの選手をしていたからです。
つまり私は何を考えるまでもなく、
生まれついての野球バカ街道を突っ走る事を、運命づけられていたのです。
母も体格が良く、両親の素質を受け継いだ私は身長185センチの堂々たる体躯を誇っていました。
子供野球から、中学に入ると当たり前に野球部以外には目も向きませんでした。
高校では、ある学校から勧誘もあったのですが、
やはり地元で子供の頃から顔馴染みの友達たちとやりたいと、
他県に留学する事はなく、地元の強豪校に入りました。
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父と母とのDNAを受け継いだ私は、体格は申し分なく、素質も凄かったのです。
私が高校の野球部に入ると、野球部を辞める人が数人出ました。
監督は何とか彼等を引き留めようと説得したのですが、
彼等の意思は強く、結局それを止める事は叶いませんでした。
後で知ったのですが、彼等が野球部を辞めた理由は、私を驚かせました。
私を見た仲間達は「世の中にあんな奴が居るのを見たら、もう勝てないと思った」だったのです。
彼等だって私と同じ、野球バカ。
それなのに、、それまで一生懸命にやってきたのに、
私が普通に凄い剛速球を投げ、普通に平気な顔してホームランを打つのを見たら、
「こいつには絶対に勝てない、こんなのが居るんじゃもうダメだ」
皆は私という素質に驚き、初めて劣等感にさいなまれ、
もう、自分達には野球人生という選択肢は完全に失せたと、
敗北感しか感じなくなってしまったのだそうです。
何でもそうですが、人間は心が折れてしまったら、完敗ですね。
もう立ち直れないのです。
そういった辛い出来事もありましたが、
私は高校、そして大学と考えてはいたのですが、
高校在学中からプロのスカウトマンが見逃す筈はなく、
ドラフト会議となり、トントン拍子にプロの道へと進んで行きました。
それは両親にとっても大いなる歓びでありました。
私はプロでの人気もそこそこ獲得し、数年後に、
いよいよ大リーグへと夢を大きく伸ばし羽ばたいていきました。
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そこで私は悪夢を目の当たりにしてしまったのです。
こんなのが居るんだったら、もうダメだ。
俺は絶対にこいつには敵わない、勝てない。
俺の今までの野球人生ってなんだったんだ。
友人達が俺を見て、「敵わない」と野球を辞めさせてしまった俺。
その俺が、こいつを見て「もう完全に敵わない、勝てない」と心底思う。
俺、もう野球辞めちゃおうかな・・・
顔・・勝てない。
体格・・敵わない。
モテっぷり・・話にならない。
性格・・男の俺が惚れちゃう。
肝心かなめの野球・・もう絶望としか言いようがない。
あ~、あ~、
溜息しか出てこない。
俺の野球人生って、、、何だったんだ~ッ!
夢か幻か・・・あ~~ッ!
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